グラディウス・エストヴァンは他人の恋愛が好き
◇
大神殿の生活というのは、あまり面白いものではない。
大神官家の一つエストヴァン家にの長男として生まれた私は、生まれた時から大神官家を継ぐと決まっていた。
それはつまり、大神殿から出られないということである。
私は司法の塔を継ぐ者。法を司り、罪人を裁く。それが私の役目。
罪人を裁く立場というのは、どういうわけか理由もなく他者から恐れられるものである。
私の顔立ちがあまり優しげではないということもあったのだろう。
私の両親というのもどちらかといえば寡黙で、司法の塔で働くものたちも物静かだ。
罪人を裁く立場の人間は、大声をあげて笑ってはいけないという決まりでもあるのかというぐらいに静かな生活の中で、私は完全に、退屈していた。
「胃が痛い? それは、ストレスですねぇ、猊下」
「ストレスとは」
「精神的負荷のことです。何もかもを投げ出して海に行きたーい! とか、たまに思うじゃないですか」
「思わない。思うか、シャルジール」
「思いませんね」
「うっそだぁ」
女のような容姿をした、聖騎士団の研究部門と医療部門を兼ねている研究長のエダが肩をすくめる。
時々、私は胃痛を感じて医務室へと通っていた。
医務室には、エダがいる場合もあれば、他の職員がいる場合もある。
今日はエダと、魔物討伐中に部下を庇い怪我をしたというシャルジールが来ていた。
「海に行きたーいって思うでしょ? 万国共通の、あれでしょ? 朝起きた瞬間に何もかもを捨て去って馬に乗って逃げたいって思うじゃん」
「エダ。グラディウス猊下に失礼な口の聞き方をするな」
「いや、構わない。お前たちは私と同年代だろう。気安く話してくれて構わない。私は怖いと思われているようだが、怖くないのだ。信じてほしい」
「いや、別に疑ってないけど」
「グラディウス猊下が公平な方であるということぐらいは、理解していますよ」
「ありがとう、二人とも。司法の塔にいると、皆が私に怯えているような気がしてな」
「顔が怖いもんねぇ、猊下。司法の塔は雰囲気暗いし、皆猊下と世間話もしないんでしょ? 職場環境が悪くてストレスが溜まってるんだよ、猊下」
「失礼だぞ、エダ」
「猊下も、シャルジールを見習って、みんなに優しくしたらいいんだよ。にこやかに、清らかに、八方美人にね」
「……お前は喧嘩を売っているのか?」
「こわーい。みんなの憧れのシャル様が怒った!」
けらけらと笑いながらエダが言う。
シャルジールとエダは、同じ聖騎士団に所属しているので仲がいいのだろう。
少し羨ましい。私も同年代の友人が欲しいものである。
「皆に憧れられても、嬉しくはない」
「そうだよね、シャルジールには愛しの姫様がいるんだし」
「婚約者がいるのか、シャルジール」
女性から熱い視線を向けられているシャルジールだが、非常に生真面目な男である。
今まで浮いた話一つ、聞いたことがなかった。
「フォールデン殿の娘か」
「違います」
「違うのか」
いつも聖騎士団に何かと差し入れをしているというミラーニス嬢かと思ったが、違うようだ。
「リミエルちゃんだよ。みんなの天使。可愛い可愛いリミエルちゃん。でも、アラングレイスが怖くて誰も近寄れない高嶺の花だね」
「あぁ、アラングレイスの……リミエルは、確か……」
「十五歳だったかな」
「なるほど」
「二人とも、私に何か言いたいことがあるのなら、はっきり言ってください」
「何もないよ?」
「何もない。五歳差など、そう珍しいことでもない。……リミエルは、小さかった気がするな。シャルジールは大きい」
「それが、何か」
「いや……」
その時私は、妙に胸がざわつくのを感じた。
シャルジールの隣にまだあどけない、アラングレイスが四方八方に防御壁を張り巡らせて外界から守っている、無垢で愛らしいリミエルが並んでいるのを想像した。
「いいな……」
「いい? 何、猊下もリミエルちゃんが好きなの?」
「まさか、猊下。リミエル様と、繋がりが?」
「いや、違う。そう睨むな、シャルジール。私はリミエルと個人的に話をしたことがない。何せ、アラングレイスが囲い込んで、男を近寄らせないようにしているのだから」
「でも、シャルジールはリミエルちゃんと話をしているんだよね?」
「まぁ、家に呼ばれたからな。アラングレイスに」
「アラングレイスも、いつまでもリミエルちゃんを嫁に出さないわけにはいかないってわかってるだろうし、シャルジールは一途だし、なんせ一途だし、信用できるから。期待しているのかもね」
エダがシャルジールをからかい、シャルジールはやや不機嫌そうにしていた。
そんな二人の会話を聞きながらしながら、私は妙な胸の高鳴りを感じていた。
後に、この時の私の抱いた感情は『身長差萌え』というのだと、物知りな妻に教えてもらうことになるのだが、この時の私ははじめての胸の高鳴りに戸惑っていた。
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