猫化の薬
わたくしを連れて執務室に入ったシャルジール様は、バタンと扉を閉めると内鍵をかけました。
ソファに降ろされたわたくしは、体の熱が少しおさまって落ち着いてきました。
いったいなんだったのでしょうと思いながら、きょろきょろと初めて入った執務室を眺めます。
ここがシャルジール様の仕事場。
小さな窓が並び、窓の外には訓練場の様子が見えます。
壁には一面の棚。棚には整然と並んだ書類や、歴代の他国との交流闘技大会の優勝盾が飾られています。
立派な執務机にはインク壺とペンと、重なった書類の束。
ひとつひとつの家具はとても立派ですが、あまり飾り気のない、シンプルな印象です。
「ここがシャル様の、お仕事のお部屋なのですね。はじめてきました。なんだか嬉しいです」
「ぐ……」
シャルジール様が、わたくしの前で胸を押さえて蹲りました。
わたくしは何事かと思い、シャルジール様の側にしゃがんで、肩に触れます。
「シャル様、どうされました? まさか、健康食品の粉を吸ってしまった、とか……! わたくしも、体があつくて、変な感じがしましたの。今は平気ですけれど……ごめんなさい、エダ様から、いただいてしまって、断れなくて」
「それはいいんだ、リミエル。すまない、あまりのことに、平静でいられず……」
「リミエル様、頭から猫の耳がはえてらっしゃいます。尻尾も。それが、嬉しい気持ちの時は、多分、パタパタ揺れるのです」
いつも冷静なミニットさんが、頬を染めながら言いました。
「えっ、耳、尻尾……?」
わたくし、慌てて自分の頭に触れました。確かに三角形の耳があります。
背中の下の方に手を回してみると、そちらにも長くてふさふさした黒い尻尾がありました。
「あぁ、本当です……! 耳と尻尾がはえたのははじめてですけれど、こんなことってありますのね」
「リミエル、変なところはないか、その、体に、という意味だが……」
「ありませんわ、大丈夫です。これが健康食品の効果なのでしょうか。耳と尻尾がはえると体が健康に……?」
「いや、ただの悪戯だろう。エダというのは、才能はあるが変わり者でな。害は、あるようなないような、微妙なところだ」
「シャル様、あの……」
シャルジール様はどことなく苦しげに眉根を寄せながら、わたくしを抱き上げて、もう一度ソファに座らせてくださいます。
耳と尻尾はさておき、わたくし、先ほどのことをシャルジール様とお話ししたいと思っていたのでした。
「わたくし、とても嬉しかったです。その……ミラーニス様に、はっきり言ってくださって」
「それは、当然だ。むしろすまなかった、リミエル。嫌なものを、君に見せてしまって」
「そんなこと、いいのです。シャル様は素敵な方ですから、ミラーニス様が好きになってしまう気持ち、わかりますもの。わたくし、ちょっと嫌な女でした。シャル様にああして、はっきり愛情を示していただいて、ミラーニス様に対して、少し得意に思ってしまったのです」
「リミエル……」
わたくし、つい先ほどミラーニス様とのことがあった時、体があつくてそれどころではなかったのですけれど。
でも、シャルジール様がわたくしを愛していること、口に出してくださって、嬉しかったのです。
同時にミラーニス様に対して、今まで色々と言われてきた分、少しやり返してすっきりしたような気持ちになってしまったのでした。
「……嫌な女です、わたくし」
「そんなことはない。私が、悪かったのだ。もっと早く、はっきり伝えていればよかった。あの様子では、以前からミラーニスに色々言われていたのだろう。すまなかった、リミエル。私は少し、いや、かなり鈍感なようだ」
「そんなことありませんわ。シャル様は、わたくしの気持ちを察してくださいますもの」
ミラーニス様が泣いているのに、スッキリした気持ちになるなんて、よくないことです。
でも、シャルジール様がわたくしを愛してくださるのは、嬉しいのです。
「リミエル様、耳と尻尾が、ぱたぱたしています……あぁあなんてお可愛らしい……ではなかった。私、エダ様にどうしたら元に戻るのかを聞いて参ります」
ミニットさんが執務室から出ていって、わたくしはシャルジール様と二人きりになりました。
シャルジール様はもう一度内鍵をかけて、私の隣へと来ました。
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