友人に相談してみる
ギルフェウス邸は聖都にあり、聖グルグニア騎士団の本部もまた聖都のオルディック大神殿にあります。
オルディック大神殿には法王ラース様もいらっしゃり、聖都というのは、まさしく法王猊下のお膝元、という街です。
シャルジール様は、可能な限りギルフェウス邸に戻ってきてくださり、お屋敷から朝早く、馬に乗って騎士団本部にお出かけになります。
おかえりになられる日もあれば、そうでない日もあります。
特に式典の前は忙しく、それ以外にも何か王国内で事件があったとき、争いがあった時などは、長くお出かけになられます。
とはいえ、長らく王国は平和で、シャルジール様は「騎士団の出番など、本当はない方がいい。有事に備えて、訓練所で訓練しているぐらいがちょうどいいのです」とよくおっしゃいます。
わたくしを起こさないように静かに寝所から出ていくシャルジール様をお見送りすることは、まずありません。
もちろん妻ですから、結婚してしばらくは朝告鳥が鳴く頃にはすでに起き出して、身支度を整えるシャルジール様に合わせてわたくしも起きていたのです。
けれど「むしろ、ゆっくり眠っていてくれた方が、安心して出掛けることができます」と言われてしまってからは、お言葉に甘えるようになっていました。
ゆっくり目覚めて、ギルフェウス家の侍女の方々に身支度を整えてもらって、わたくしは今日の予定を確認します。
やることがたくさんあるというわけではないのですが、シャルジール様宛に届いた季節のご挨拶の返礼をしたり、家をきれいに整えたり、お父様やお母様とお話をしたり。
それから、社交の場に顔を出したり、お茶会を開いたり。
そういったことをしていると、一日などあっという間に終わってしまいます。
わたくしはどうやら人よりも少し、のんびりしているようで、お兄様にはリミエルを見ていると生きる速度を見直さなくてはいけないなと思う時があるな、と、たまに言われます。
それは、どうやら褒め言葉らしいのです。
妻としての務めの一番重要なことは、子供をうむことなのですが、それはまだ。
そのうち授かるだろうと考えていますし、特に焦ってもいませんでした。
「……子供ができなくて、焦っているわけではないのかしら」
そう言ったのは、わたくしの友人のリジーです。
今日はリジーとお茶会の予定でした。これは貴族の社交のためというわけではなくて、純粋に仲良しのお友達だからです。
リジーはわたくしと同じ歳の辺境伯家の長女で、大神殿の三大神官の一人であるグラディウス猊下と結婚をして、わたくしと同じく聖都に住んでいます。
友人が、会いたい時に会える場所に住んでいるというのは、とても幸せなことだと思います。
辺境伯家は遠いので、馬車では一週間以上かかってしまいますから、リジーがグラディウス猊下と結婚してくれて一番喜んだのはわたくしではないかなと思っています。
「焦ってはおりません。ただ、リジーの書いた本にも出てくる殿方は、激しく女性を求めるのです」
「リミエル、私の書いた本をまだ読んでいるの?」
「当然です。集めております。恋愛小説といえばハニーシュガー先生です。大ファンです」
「やめて……」
ギルフェウス邸の中庭にお茶の準備をしてもらって、わたくしとリジーは白い丸テーブルの椅子に向かい合って座っています。
テーブルには最近聖都で流行りのイチゴタルトと、オレンジシフォンケーキが用意されていて、アルシャリテ産の紅茶のよい香りが白いカップから漂っています。
「ハニーシュガー先生、どうして恥ずかしがりますの?」
「恥ずかしいのよ……その名前、やめておけばよかった……猊下が考えたのよ。だから、断れなかったの」
「とても可愛らしくて、いいと思います」
リジーは趣味で恋愛小説を書いていたところ、たまたまそれを読んだグラディウス猊下がリジーの大ファンになり、結婚までした、という珍しい過去の持ち主です。
わたくしはリジーの趣味の小説が昔から大好きでしたから、グラディウス猊下のお力で出版までされて、リジーがハニーシュガー先生になったと知った時は、それはもう喜びました。
リジーの恋愛小説は街でも大人気ですが、ハニーシュガー先生がリジーだと知っているのは、グラディウス猊下とわたくしぐらいです。
わたくしはリジーのことを誰にも言いませんが、少々鼻が高いのです。
「友人に読まれていると思うと、いたたまれないわ」
「昔は、読んで欲しいって言ってくれたのに」
「今思うと、とても恥ずかしいのよ。黒歴史だわ」
「くろ……?」
リジーは物知りです。わたくしが知らない言葉も、よく知っています。
わたくしは、遊びに来てくれたリジーに、最近の物足りなさを相談したのでした。
わたくしの悩みは贅沢なものですから、リジーぐらいしか相談できる相手がいません。
「子供ができなくて不安だから、もっと夫婦の営みを増やしたいっていう話かと思ったんだけど、違うのね」
「違うのです。それも大切ですけれど、そうではなくて、わたくしはリジーの書いた話に出てくる男性たちのように、情熱的に好きだと言われてみたいのです。強引でもいいですから、求められてみたいのです」
「私の書いてる話に出てくる男性たちの強引さを、手本にするのはあまりいいとは思えないけれど」
「とても、キュンとします。婚礼の儀式の最中に攫っていただいたり、冷たい夫から無理やり奪い取ったり、二人の男性に奪い合われたり……」
「それは物語だからいいのであって、実際に起こったら大変よ」
「それはそうですけれど……」
リジーは肩をすくめて、イチゴタルトのイチゴをフォークに刺して口に入れました。
「シャルジール様が、そんなに大人しい人だとは思わないけれど」
「とても優しいのですよ。いつも、優しいのです」
「じゃあ不満はないじゃない」
「で、でも、わたくしばかりが、シャルジール様を好きみたいで、寂しいのです。……わたくし、初恋の人ですから、シャルジール様のことは大好きです。そばにいられて、とても嬉しいのです。……でも、シャルジール様はわたくしのことを、さほど好きではないのかなって、思ってしまって」
「そんなこともないと思うけれど」
「そうでしょうか……」
「うーん。……まぁ、私の大事なリミエルが、不安に思っているのなら、少しだけアドバイスをするけれど。リミエルは普段、シャルジール様に何か言ったりするの? こうして欲しいとか、お願いをするってことだけど」
「いえ、何も。シャルジール様は、私が何かを言う前に、私の気持ちを察してくださいますから」
「つまり、寂しいとか、もっと構って欲しいとかは言わないのね?」
「は、はい。お忙しい方ですし、わがままは言えません。十分、構ってくださいますし……」
「だって物足りないんでしょう?」
リジーに言われて、わたくしは頷きました。
「じゃあ、もっと態度に出さないと。あと、セクシーな服を着てみるとか、そういう雰囲気になる御香を焚いてみるとか、精力がつく食事をそれとなく出してみるとか……酔ったふりをして甘えてみる、とかもいいわね。あとは、男は大抵メイド服が好きだと、私は思っているわ」
「……リジー!」
「な、何?」
「ありがとうございます、リジー! さすがは、ハニーシュガー先生です!」
「その名前で呼ばないで!」
わたくしは素晴らしい見識を得ました。
リジーの提案したものなら、シャルジール様にもそんなにご迷惑はかからないと思いますし、これは、試さないといけません。
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