新たな健康食品
美しい天井絵と、整然と置かれた彫刻と太い蝋燭の燃える燭台に照らされた礼拝堂の祭壇に向かい、礼拝者の行列が続いています。
祈りを捧げる人々は、小さな子供でさえも沈黙の言いつけを守っていて、静謐な空間に行列が並び、短い礼拝が終わると帰っていくのです。
ヨーレスの門から入ると、もう一つの祭壇が設けられています。
わたくしはミニットさんを連れて祭壇に向かい、イゾルヴァン様に感謝を捧げました。
週に一度は必ずお祈りにくるようにしているのですけれど、祈る内容は決まって『お兄様や公爵家の皆、シャル様やギルフェウス家の方々が健やかで暮らせることを感謝いたします』という内容です。
特にシャルジール様は騎士ですから、何かあれば常に命を危険に晒さなくてはいけません。
毎日を健やかに過ごすことができるのは、イゾルヴァン様の賜物ですので、感謝の言葉を捧げることは大切です。
そうすればきっと、イゾルヴァン様のご加護が、シャルジール様を守ってくださるでしょうから。
わたくしは、武器を持って戦うことはできません。
わたくしにできることといえば、毎日のご無事を祈ることぐらいです。
祈りを終えたわたくしは、やや緊張しながら騎士団の本拠地へと向かいました。
騎士団の本拠地は、フォールデン猊下のいらっしゃる『剣の塔』にあります。
礼拝堂を抜けて大神殿の奥の回廊から、剣の塔に入ることができます。
「おお、これはこれは、シャルジールの奥方様ではありませんか!」
ミニットさんと共に剣の塔に向かって歩いていると、わたくしを呼ぶ人がありました。
前方からわたくしたちの元へと歩いてくるのは、女性のような、男性のような、ともかく美しい方でした。
どこかで見覚えがあるのですが、どこだったかしらと首を傾げていると、ミニットさんが「エスメラルダ!」と声をあげました。
そういえば、そうです。顔立ちは、エスメラルダさんによく似ています。
けれど、胸がありません。
妖艶な顔立ちと、大きな胸の色気のある女性と思っていたので、一瞬誰なのかわからなかったのですね。
「そうよ、私はエルメラルダ。またの名を、エダ」
「エダさん?」
「僕は、シャルジールの同僚で、騎士団の中でも研究部門に所属している研究者、エダ・スメラル。奥方様は、先日僕から健康食品を買ってくれて、感謝しているよ」
エダさんは美しい顔に、人懐っこい笑顔を浮かべました。
「まぁ、そうなのですね。わたくし、てっきり女性の方かと思っておりましたの。主人がいつも大変お世話になっておりますわ、エダ様」
「そう他人行儀にならなくてもいいよ。僕は堅苦しいのは苦手でね。僕のことは、エダか、エダちゃんって呼んで」
「エダさん」
「はぁい」
エダさんの身分が確かなことを認めたらしく、ミニットさんが一歩下がりました。
まだ少し、警戒しているような表情をしていますけれど、シャルジール様の同僚の方なのですから、きっとよい方だと思います。
「これからシャルジールの元へ行くの?」
「はい。シャル様の、鍛錬の見学に行くのですわ」
「それはよかった。じゃあ、先日健康食品を買ってくれたお礼に、新しい健康食品をプレゼントするよ。それは、差し入れだよね?」
ミニットさんはバスケットを手にしています。
バスケットには、騎士団の方々に配るための焼き菓子が入っていました。
焼き菓子を皆さんが召し上がるかどうかはわからないのですが、手ぶらというのも気が引けましたので、料理人の方々にお願いして準備をしてもらったものでした。
「新しい健康食品……」
「エダ様、シャルジール様は鍛錬中です。酒の類はいただけません」
好意をお断りするというのは、わたくしには難しいと感じられることの一つでした。
わたくしが困っていることを察してくれたのか、ミニットさんがわたくしのかわりにお断りをしてくれます。
「酒の類じゃないから、安心して。今回は粉末だよ。このエダ・スメラル印の元気の出るシーマムの粉末を食べ物に振りかけると、元気百倍腕力百倍、どんな魔獣でも倒せてしまうっていう代物で」
「そうですのね……でも、わたくし前回、反省しましたの。シャル様に、大変な思いをさせてしまったみたいで」
「奥方様、大丈夫。僕もシャルジールから感想を聞いたのだけどね、奥方様と親密になれて、とてもよかったと言っていたよ」
「そうだとしたら嬉しいですけれど、食べ物に細工をするのは少し……」
「そう言わずに、ね。ささっと振りかけるだけだからさ、ささっと」
エダ様はにこやかに言って、わたくしの手に小さな袋を押し付けました。
袋には何かしらの粉末が入っているようでした。
「シーマムの粉末に各種さまざまな元気の出る自然食品を混ぜ込んで作ってあるから、とても健康になると思うよ。鍛錬で疲れた体にぴったりなんじゃないかな」
「エダ様、駄目です、わたくし……」
「ではね、奥方様」
エダ様はわたくしが粉末をお返しする前に、去っていってしまいました。
わたくしは小袋を抱えて途方に暮れました。
お気持ちはありがたいのですけれど──。
とりあえず、ミニットさんに小袋を預けて、わたくしはシャルジール様の元へと向かいました。
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