大神殿への礼拝
クリスタルレイクと呼ばれる美しい湖の上の土地に建造されている大神殿にかかる橋は、いつもお祈りを捧げる人たちで混雑しています。
イゾルヴァン様に祈りを捧げることは各地の神殿や教会でも行うことができます。
ですが、王国民たちはラース様のおられる大神殿の、広く民に門戸を開いてくださっている礼拝堂で祈りを捧げること生涯の憧れとしている方も多いのです。
聖都は王国各地からの旅人でいつも賑わっていて、礼拝堂へ向かうエメザ中央橋は行く人と帰る人で中央で分断されていて、いつでも行列ができています。
大神殿に馬車や馬で行くことは、多くの民には許されておりません。
それを許可してしまうと、混雑と混乱は今の比ではなくなってしまいますから。
エメザ中央橋は徒歩で礼拝に向かう方々の為のもので、橋の手前には許可証の発行所があり、その発行所にも長い行列ができているぐらいです。
シャルジール様や騎士の方々や、大神殿で働く方々は右にあるエメザ右橋から、馬車での通行が許されている貴族や一部の方々はエメザ左橋から大神殿に向かいます。
エメザ左橋の通行に関しては、貴族は貴族を管理してくれているレザール猊下から許可証をいただくことができます。それ以外の方は許可証をお金で買うのですが、これがかなり高価です。
ですので、エメザ左橋を通る馬車は貴族、大商人――といったところでしょうか。
美しい湖の上にかかっている白い石橋を抜けると、古ルリラの庭と呼ばれる広場に出ます。
わたくしはミニットさんと一緒に馬車を降りました。
ギルフェウス家の方が馬車を馬車止めの敷地に運んでいってくださり、わたくしたちは礼拝堂へと向かいます。
もちろん、中央橋が混雑しているのと同様に、礼拝堂も人の列ができているのですが、ありがたいことに左橋から礼拝にくることができる者たちのために、別の入り口が用意されています。
ミニットさんと共にヨーレスの門と呼ばれる、左の入り口を抜けます。
入り口は全部で三つ。
大神殿奥に抜けることができる右側にあるグレウスの門、多くの民が使用している中央エルフェレスの門、そして左のヨーレスの門です。
この名前は、イゾルヴァン様が連れていると言われている、三つ首の獅子のそれぞれの首の名前からきています。
グレウスは力を司り、エルフェレスは慈愛を司り、ヨーレスは法を司ると言われています。
三大神官様方の在り方もそれに習っていて、騎士団などの武門の総括をなさっているフォールデン猊下、民政に携わっているレザール猊下、法令の取り決めや裁判などに携わっているグラディウス猊下がいらっしゃいます。
つまり、法王ラース様とはイゾルヴァン様の御子のような存在であり、そのイゾルヴァン様を神の御使いである三つ首の聖獣ロロス――グレウス、エルフェレス、ヨレース──フォールデン猊下、レザール猊下、グラディウス猊下が支える形で、国を治めているのです。
そんなわけですから、リジーがグラディウス猊下と結婚すると知った時は、わたくしはかなり驚きました。
といっても、辺境伯家とは国の要ですから、身分的にはなにも驚くことはないのですけれど。
三大神官様たちは滅多に人前に顔を出しませんから、どこで知り合ったのかという意味で驚いたのです。
そんなリジーは、グラディウス猊下と共に広大な大神殿の一角、司法の塔と呼ばれる建物で暮らしています。
三大神官様たちは大神殿を離れることができないので、嫁入りすると大神殿の中で暮らすことになるのです。
リジーがわたくしに会いに来ることはあっても、わたくしからリジーの元へ行ったことはありません。
司法の塔に足を踏み入れるのは、少し敷居が高いと感じてしまいます。
グラディウス猊下のご機嫌を悪くしてしまったら、リジーに申し訳ないですし。
ヨ―レスの門を抜けると、美しい天井画と、壁には彫刻が並ぶ通路が現れます。
天使たちや動物たちをモチーフとした彫刻と、ステンドグラスの嵌められた窓が並んでいます。
明るい日差しが窓から差し込んで、ステンドグラスの赤や黄色や青の色合いを床に映し出していました。
礼拝堂の回廊に入ると、とても神聖な気持ちになります。
この国はイゾルヴァン様に守られた地なのだと、肌で感じることができるようです。
「お祈りを終えたら、シャル様に会いにいきます。騎士団での、闘技大会に向けての鍛錬を見学していいと許可をいただきましたの」
「それは、ようございました。このところリミエル様が幸せそうで、私はとても嬉しいです」
「ありがとうございます、ミニットさん。でも、わたくし、ギルフェウス家に嫁いでからずっと幸せですよ? 皆さん、わたくしに優しくしてくださいますし」
「それは当たり前のことですよ、リミエル様。リミエル様はギルフェウス家の奥方様なのですから。それに、とてもおおらかで優しくていらっしゃいます。使用人一同、奥様の鷹揚で飾らないお姿に、日々活力をいただいているのです」
「そんなに褒められると、照れてしまいます。その、わたくしの場合は、のんびりしているといいますか、動作が人より、ゆっくりなのです。慌てて動くと、転んだり、物を落としたりしてしまって……昔からなのです」
のんびりしている、ぼんやりしているということを、鷹揚とかおおらかとか表現してくれるミニットさんや、ギルフェウス家の方々は優しいのです。
「だから、気を付けて動いていたら、すごくゆっくりで。わたくしは自分を、亀のようだなと思うことがありますわ」
学園では、わたくしとシャルジール様の婚約に嫉妬する貴族女性の方々に、「のろま」とか「亀のよう」とか、「愚鈍」とか、色々言われていた気がします。
でも、わたくしもその通りだと思っていましたので、特に怒ったりはしませんでした。
皆さんの二倍ぐらい、行動に時間がかかってしまうのですから、仕方ありません。これでも、一生懸命動いているのですけれど。
リジーの方がよっぽど怒っていた記憶があります。
ギルフェウス家に嫁いでからは、急いで何かをしなくてはいけない――というようなこともなく、皆さんわたくしを支えてくださるので、わたくしはすっかり甘えていました。
ギルフェウス家の方々はきびきびしていらっしゃるので、わたくしが多少ぼんやりしていても、何かをお願いするだけで、大抵の場合は全てやらなくてはいけない物事が終わっているのです。
「亀なんて! もっと可愛い動物ですよ、リミエル様。たとえていうなら、スローワッフルラビットです」
わたくしの脳裏に、草原に住んでいる大き目の、毛足の長いウサギの姿が思い出されました。
スローワッフルラビットは、はやく動けませんので、草原を風が吹くままにころころ転がるのです。
その姿が、ワッフルに似ているのでそんな名前がつけられました。
「亀よりも可愛いので、嬉しいです」
亀も可愛いとは思うのですけれど。
わたくしが喜ぶと、ミニットさんは満足気に微笑みました。
そんな話をしていると、礼拝堂に辿り着きました。礼拝堂は私語厳禁ですので、わたくしはきゅっと唇を結んで、高い天井の窓から光の降り注ぐ広い礼拝堂に足を踏み入れました。
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