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謝罪と誤解と本音と



 シャルジール様の膝に座らせていただいたわたくしは、腰に回る手に自分の手を重ねました。


「私は君に、ずっと寂しい思いをさせてしまっていたのだな、リミエル。一年もの間、すまなかった」


「そんなことはありません! わたくし、ずっと幸せでしたもの。シャル様がお兄様に会いに家にきてくださるようになってから、ずっと憧れていて……」


「──君から、その話を聞いたのははじめてだ」


「そ、それは、その、恥ずかしかったからで……女性から、愛の言葉を伝えるのははしたないことですし、ずっと、気持ちを隠しておりましたもの」


「いつから、私を?」


「それは……あの、シャル様が、はじめて我が家に来てくださった日からです。初恋でしたの。……でも、初恋は実らないといいますでしょう? だから、半分は諦めていて」


 シャルジール様はわたくしよりもずっと年上でした。

 ずっと──といっても、シャルジール様は十一歳のわたくしよりも五歳年上の十六歳。

 この五年が、十一歳のわたくしにとっては、けっして縮まらない距離のように感じられていました。

 まるで、スプリグルス大橋の端と端にいるようで、声も聞こえないぐらいです。

 

 いつかその橋は、無情にも落ちてしまうのだろうと考えていました。


「……私も、同じだった。あなたのことを可愛らしいと思っていたんだ、ずっと。けれどそれは、友人の妹に対する感情としては不適切だった。……それに」


 シャルジール様は輝く瞳で私を見つめました。

 どことなく、少年の面影を残した得意げな眼差しや、笑みの形をつくる口元は、いつも魅力的なシャルジール様ですけれど余計にそう感じてしまう表情でした。


「君が私に向けてくれる好意に、実を言えば私は気づいていた。……自惚れかもしれないと半分は思っていたが」


「知られていたのですか……? わたくし、わかりやすいでしょうか……隠していたつもりだったのに」


「それは私の願望も入っていたのだと思う。そうであったらいいと。君は誰にでも親切で優しいからな、リミエル。私に好意を持ってくれていたとして、それは大多数の中の一人だろうと思ってもいた」


「わ、わたくし、誰にでも好意を持ったりはしません。男性は、シャル様だけです」


「あぁ。疑ってはいないよ、リミエル。ただ……」


 シャルジール様はわたくしの髪に、どことなく甘えるように顔を埋めました。


「アラングレイスが君と私の婚姻を勧めてくれて、君が了承をしてくれて──私は、君が私を好ましく思っていてくれたのだなと、ようやく確信と実感を得た」


 わたくしにはシャルジール様のことがずっと大人に見えていました。

 けれど、それはとても当たり前のことなのですけれど、シャルジール様も一人の人間で、男性で、不安に思ったり悩んだりするものなのだと、わたくしは気づかなかったのです、ずっと。


「だがそれは……聖職者であり、騎士として常に己を律している私を、好きでいてくれたのだろうと、思った」


「わたくし、シャル様に憧れていました。それは、感情を説明するのはとても難しいですけれど、わたくしは……恋に落ちましたの。あなたに」


「あぁ。リミエル。……私はずっと、勘違いをしていたようだ。私は、己を隠していた。君に他人行儀だったように思う。だから君は寂しく思い、あのようなことをしてくれたのだろう」


「は、はい……わたくし、シャル様の愛を疑っていたわけではないのです。ただ、結婚前も後も、シャル様はわたくしにずっと優しくて、それは、幸せでしたけれど、妹のように思われているのかもしれないって、思ってしまって」


 わたくし、あのことをきちんと謝らなくてはいけません。

 結果的に、わたくしは今すごく幸せですけれど、シャルジール様を困らせたのは確かなのですから。 


「ごめんなさい。妹ではなく、女性として愛されたいと願ってしまいましたの。だから、あんなことを……」


「まさか。私はずっと、君を女性として愛していた。信仰や肩書きによって形作られた己以外の、全ての装飾を捨てた自分を君に見せることが、それで君に嫌われることが怖いと思うほどに」


「シャル様……」


「ただの男としての私は、常に君に愛を囁いて、君に触れて、君と愛し合いたいと思っているよ」


「は、はい……わたくしも、わたくしも、それは、同じで……っ」


 ごく自然に唇が重なり、そっと離れていきました。

 わたくしを抱きしめるシャルジール様の腕が、その指先が動いて、わたくしの手の甲と重なります。

 髪を結っているから、剥き出しになっている首筋に、シャルジール様が口付けました。

 軽く歯を立てられて、わたくしは少し、震えました。


 執務室は誰かが入ってくるかもしれませんから、わたくしはこれ以上はいけないと思って、シャルジール様から離れようとしました。

 けれど、逃げようとした手は執務机に置いてある書類をばさりと床に落としてしまっただけで、強く抱きしめられて口付けられると、それ以上抵抗することはできそうにありませんでした。



お読みくださりありがとうございました!

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