クマ撃墜ゴールデン盾
◆◆◆
色々あって、四日ほど仕事を休んだ。
今まで我慢していた分、リミエルへの感情が溢れて止まらなかった。
思うままに抱かせてもらったせいで、動けなくなったリミエルの世話をしていたら、気づけば四日も経ってしまったというわけだ。
私は何度か眠っていていいと言ったのだが、リミエルは朝起きて、仕事に行く私を見送ってくれた。
眠そうに目を擦りながら私のあとをちょこちょこついてきて、「いってらっしゃいまし、シャル様」と微笑んでくれる。
気だるげで色香があり、頬が薄く染まっていて、思わず軽く唇を合わせると「シャル様、おかえりを待っていますね」とふにゃりと笑った。
可愛くて、死ぬかと思った。
後ろ髪を引かれる思いで屋敷を出て、馬に乗って大神殿に向かう。
聖都フォルステンの貴族街にあるギルフェウス家から、法王ラース様のお膝元であるイゾルヴァン大神殿までは、馬で向かっておよそ三十分程度の距離である。
有事の際以外では、馬を走らせることはない。
朝市が行われている港の前を通り、馬用の道が整備されている聖街中央区を抜けて大神殿へと向かう。
早い時間から働き始めている商人たちや、漁港で水揚げをしている漁師たち。
朝食を売る屋台から、油で炒められた米と肉の匂いや、油であげられた魚の匂いが漂ってくる。
錬成所では鉄を打つ音が響き、活気のある人の声がする。
もうすぐ各国の代表が集まる会談があるので、街の人々もその準備にどこか浮き足立っているようだった。
「ギルフェウス騎士団長様!」
「おはようございます、騎士団長様!」
明るく声をかけてくれる人々に軽く手をあげて答えて、私は四日ぶりの職場へと馬を進めた。
聖グルグニア騎士団は、法王ラース様と主神イゾルヴァン様に忠誠を誓っている神官の中でも、武力に優れた者たちが集められて作られた組織である。
私たちは僧兵と呼ばれている。
人々の見本になるよう振る舞わなければいけないと、教えられてきたのが私たちだ。
だから、まさか仕事を休んだ理由を、嫁と愛し合うため、とはとても言えない。
リミエルはすでに、私は具合が悪いのだと騎士団に伝えてくれている。
もちろん嘘をつくというのも、罪深いことではあるのだが、リミエルがよかれと思ってそうしてくれたのだから、否定するつもりはない。
今まで、病にかかったことなど一度もない。仕事を休んだことも一度もない。
それ故、疑われるようなことはないとは思うのだが──。
清廉な湖の中央に聳えてる大神殿には、中央に大きな橋がかかっている。
橋を越えると動物や女神などが彫刻されている大門が開かれていて、尖塔が何本も空を貫いているような造りの白亜の大神殿を仰ぎ見ることができる。
大神殿には法王ラース様と三大神官様がいらっしゃり、聖グルグニア騎士団は軍事部門を司るフォールデン猊下の管轄になっている。
大神殿の向かって左側に駐屯地があり、聖都や他都市にもいくつかの駐屯地が置かれている。
何事もなければ大神殿の駐屯地に詰めているが、有事の際は国中のどこであっても遠征に向かうのが騎士というものである。
とはいえ、最近は魔獣の異常発生もなく、落ち着いてはいるのだが。
騎士団の駐屯所の前で馬をとめて、馬番に愛馬であるメノウを預けると、駐屯所の門をくぐる。
二頭の獅子が向き合っている彫刻の間を抜けて、執務室へと向かう。
騎士団とはもちろん鍛錬や罪人の捕縛や野盗の捕縛、魔獣の討伐なども仕事ではあるのだが、案外書類仕事も多いものである。
数日休むだけで、各地から送られてきた報告書や確認しなくてはいけない書類などが山ほど溜まる。
組織というのは大きければ大きくなるほど雑務が増えるのだと、いつかフォールデン猊下がため息混じりにいっていたが、その通りだ。
「シャルジール様、お加減はいかがですか?」
通路を歩いていると、部下たちから声をかけられる。
私は「大丈夫だ」と答えると、皆安堵したように「よかった」と礼をして、それぞれの仕事に戻っていく。
やはり特に、私が休んだことについて訝しむものはいないようだ。
やや複雑な心境で政務室の扉を開くと──私の椅子に、エダが座っていた。
私はリミエルから、ドリンク剤や食材を『エスメラルダさん』という美しい女性から買ったと聞いていた。
十中八九エダで間違いないのだが、エスメラルダは女でも、エダは男である。
女のような顔をしているのは間違いないのだが、男だ。
そのエダ、私の椅子に足を組んで座って、私の顔を見るとそれはもう嬉しそうに破顔した。
嫌な予感しかしない。
「シャルジール! 待っていたよ。会いたかったよ、君に、ずっと」
「エダ。何の用だ?」
「いやぁ、君の奥方様がさ、僕の精力剤をそれはもうたくさん買ってくれたから、効き目はどうだったかなと思って」
「……やはりお前か。そんなものは飲んでいない。全て捨てた」
「四日も休んでいたのに?」
「具合が悪かったんだ。リミエルに危険なものを売りつけるな、エダ。それに、エスメラルダとはなんだ。リミエルは、美しい女性の商人だったと言っていたぞ」
「あぁ、それはね」
エダは指を立てて、立てた指をくるくる回した。
「男がああいったものを売っていると、誰も買ってくれないんだよ。だから、僕は商売をするときは女装をしているんだ。街の人々にも元気になってほしいからね、僕は」
「女装……」
「そう。胸にふわふわマカロンクッションを仕込んで、ボインボインにしているよ」
「……神聖なる神殿で、そのようなことをいうな」
「ボインは! 男の! ロマンじゃないか!」
「エダ、帰ってくれないか……」
私は額を抑えた。エダは悪い人間ではないが、話していると頭痛がしてくる。
「まぁ、それはそれとして。飲んだ感想を聞かせてよ。研究者として興味があるんだ」
「だから、飲んでいないと……」
私がそこまで言いかけると、エダは背中に隠していた金色に輝く盾を取り出した。
盾には二十六という数字と、熊の絵が彫られている。
「これは、熊撃墜ゴールデン盾、二十六。狩猟組合から、君に届いた贈り物だよ」
「……それは」
一晩で二十六頭は新記録だと、父上が言っていたのを思い出す。
そういえば父上は、熊を獣取引所に売りにいったのだったな。そこで、狩猟組合にも報告がいったのだろう。
父上や母上の部屋にも、数々の獣撃墜ゴールデン盾が並んでいたことを思い出した。
「具合が悪いんじゃなかったっけ、シャルジール。具合が悪い男が、二十六頭の熊を一晩で狩るのかな。数日前の記録だと聞いたけれど。僕が、リミエル嬢に例のものを売った日の夜の」
「エダ……エダ、頼む、それ以上言うな」
「騎士団の皆はいい子たちだからねぇ、君のことを信じているけれど……どうする? 熊撃墜、自慢しちゃう?」
「わかった、話す。全て、話すから」
私は肩を落とした。
もう、こうなれば話すしかない。
嘘をついて仕事を休み、熊狩をして嫁と愛し合っていたなど、部下たちに知られるわけにはいかないのだ。
ことのあらましを聞いたエダは腹を抱えて大笑いして、「リミエル嬢に、今度はもっと元気になるいい飲み物があるって伝えておいて」と、片目をつぶって言ったのだった。
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