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序章:リミエルは物足りない



 結婚生活に不満があるというわけではないのです。

 わたくしの夫であるシャルジール様は、聖グルグニア騎士団の騎士団長を務めている立派な方で、浅黒い肌に銀の髪の偉丈夫。

 精悍な顔立ちと、逞しい体つき。星空のような光の飛ぶ神秘的な紫色の瞳が美しい方で、男性たちからは慕われ、女性たちからは憧れられる人格者。


 聖グルグニア騎士団は、ミシュラミア王国の主神であるイゾルヴァン様を柱とする僧兵の集まりで、法王ラース・ミシュラミア様に仕えているのです。


 生真面目で浮いた話ひとつもなく、精錬で常に皆の見本となる振る舞いをしていると評判の、シャルジール・ギルフェウス様とわたくしが結婚したのは、今から一年ほど前。


 理由は至極単純なもので、わたくしのお兄様とシャルジール様は親しくしていて、お兄様がシャルジール様に「結婚相手がいないなら、リミエルを貰ってくれないか?」と言ったのがきっかけでした。


 その時、シャルジール様は我が家にお酒を飲みにきていて(品行方正なシャルジール様ですが、お酒は召し上がります。ただし、酔ったところは見たことがありませんが)わたくしも同席しておりました。


 わたくしは密やかにシャルジール様に憧れておりました。

 シャルジール様はひのうちどころがないぐらいの素敵な方でしたし、若い娘が年上の男性に憧れるのはよくあることだと思うのです。


 わたくしが十五、シャルジール様が二十歳の時でしたから、わたくしはまさかわたくしのような年下を、相手にしていただけるとは思っておりませんでした。


「シャルジール、好きな相手も、将来を誓った相手もいないのだろう? 妹を貰ってくれたら、俺も安心できるのだがな。どこの馬の骨かわからん相手に嫁がせるより、お前の方がよほど信用できる」


「お兄様、なんてことをおっしゃるの……!」


 と、わたくしは狼狽しながら怒りました。

 お兄様にはわたくしの淡い思いは気づかれていたでしょうから、ひどいからかいだと思ったのです。

 それと同時にシャルジール様はきっとお断りになるでしょう、わたくしの初恋はこれで終わりなのだと、苦しい気持ちになりました。


 シャルジール様は長い指で琥珀色の樽酒の入ったグラスを持って、口に運んでいた手を止めました。


「私でよければ」


「しゃ、シャルジール様、よ、よよ、酔っていらっしゃるのですか?」


 激しく動揺しながら尋ねるわたくしの手をとって、シャルジール様は優しく微笑んだのでした。


「リミエル様が、お嫌でしたらもちろん無理強いはしません」


「い、いい嫌などと、嫌なわけがありません……!」


「おお、よかった! では今夜は婚約の祝いだな! リミエルは十五だ。正式な結婚は三年後、十八になったらということで」


 そこからは、あっというまに話がまとまって、わたくしは皆の憧れである、私の初恋の人、シャルジール様の婚約者となったわけです。

 社交界には瞬く間に噂が広まって、わたくしは友人たちに羨ましがられたり、シャルジール様に片思いをしていた方々に妬まれたり、色々ありました。


 色々ありましたけれど、わたくしはシャルジール様の妻になれることが信じられなくて、ずっと夢の中にいるようでしたから、人から何を言われても、たまに、嫌がらせなどをされても、あまり気になりませんでした。

 ぼんやりしていたのです。

 本当に、ぼんやりしていたのです。

 どのぐらいぼんやりしていたのかといえば、婚約中の三年間の記憶が曖昧で、気づけば婚礼の儀式を終えて初夜が終わっていたぐらいに、ぼんやりしておりました。


 わたくしは、ギルフェウス家の奥方となりました。

 ギルフェウス家のお父様もお母様もよい方たちで、士官学校に通っている弟君も、すでにシャルジール様の部下の騎士の方に嫁いでいる妹君もよい方たちで、何よりもシャルジール様は本当にわたくしに優しくしてくださいます。


 わたくしは幸せでした。

 けれど──。


「物足りないのです……」


 シャルジール様がお仕事に出掛けてしまったあと、一人残された寝室のベッドで天井を見上げながら、わたくしは一人呟きました。


 きっとこれは、わがままで贅沢な悩みなのでしょう。

 シャルジール様は婚約中も、そして結婚後も、わたくしにとてもとても優しいのです。

 お忙しい方ですから、長らく家を留守にすることもありますし、帰りが遅いことも、朝が早いことも多くありますが、わたくしへの気遣いはいつも忘れずにいてくださいます。


 情熱的というよりは、穏やかで淡々としているといえばいいのでしょうか。

 声を荒げることも、怒るようなこともなく、いつもわたくしを尊重してくださるのです。


 喧嘩をしたことも一度もありませんし、わたくしが何かを不安に思っていると、先に気づいて言葉をくださいます。


 まさしく、完璧な夫、とでも申しましょうか。

 

 それは夫婦生活でも同様で、不安だった初夜も気づけば終わっていて、それからは月に数度、必ず夫婦の営みがありますけれど、何よりもわたくしを優先してくださり、わたくしの体に負担がないかと、そればかりを気にしてくださるのです。


 そうして一年。

 わたくしの毎日は、波もなく穏やかで、満ち足りているのです。

 ですが、そういうシャルジール様の完璧なところが、なぜか少し物足りないと感じ始めているのでした。



 

短めで終わると思います。お付き合いくださると嬉しいです。

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