森の湖のほとりにて
うっそうと生い茂る森の中にある湖のほとり。
そこには、傘のささった大きなリュックを背負った背の低い少女が1人佇んでいた。
釣り糸を垂らす少女は、じっと息を殺しながら真剣に釣り糸の先を凝視している。
眉間に皺を寄せた少女の年齢は14、5ぐらいだろうか。幼い顔立ちに大きな青色の目。腰辺りまである灰色に近い茶色の髪をお下げにしている。
そして、少女の足下には1匹の大きなカエルが喉を鳴らしながら座っていた。体色は暗褐色で、吻端から尻の両側まで走る明るい黄色の縞がある。わき腹と手足にも同じ縞が確認出来る。
「今だ、チャコ」
魚が食いついたのか、水面に垂らしていた糸の周りに波紋が浮かんだ。
だが、チャコと少女の名前を呼んだのは、足元に座る大きなカエルだった。
「はい! 師匠」
チャコと呼ばれた少女は、勢いよく竿を立てる。
「バカヤロウ、勢いよく合わせ過ぎだ! それじゃあ魚がバレちまう」
師匠と呼ばれたカエルの忠告通り、竿は大きく弧を描くと、暴れる魚の力に耐えきれず、釣り糸がプツリと切れてしまった。
「わっ! とっとと」
急に抵抗を無くした竿にバランスを崩したチャコは、よろめいた後大きく尻もちをついた。
「いったぁ~~」
「あれほど言っただろう、間抜け。合わせるときは慎重に、だ。貴重な釣り針が無くなったじゃないか」
「そんな事言ったって、釣りなんて初めてだもん。それに、師匠が魚が食べたいー、なんて言うから挑戦してみたんじゃん」
口の悪いカエルに対し、チャコがほおを膨らませすねて見せる。
「確かに俺が久しぶりに魚を食べたいと言ったが、お前だって乗り気だったじゃないか。散々やり方を教えたのにすぐ忘れやがって」
「だってだって、急に魚がかかってビックリしたんだもん」
するとチャコはすくっと立ち上がり、懐から小さな木製のステッキを取り出した。
「もう、まどろっこしい事はお終い」
そう言って、ステッキを空中に文字を書くように動かした。
「おい! ばか! 止めっ――」
「スプラッシュ!」
師匠の制止を振り切り、チャコがそう叫ぶと、水面が大きく弾け巨大な水柱が立った。太陽の光を反射し、キラキラと空が輝く。そして、その水しぶきに混ざり飛び上がる様々な魚達。
水しぶきが振りそそぐ頃には、それを浴びないようチャコは持っていた傘を広げていた。
師匠のカエルも慌てて手近にあった大きな葉っぱをちぎり、傘代わりにする。
地面に吸い寄せられるように、水しぶきはざぁっと一気に降り注いだ。
2人が佇む岸には、落下してきた魚たちがピチピチと跳ねている。
「このアホ! あれほどむやみに魔法は使うなと言っているだろう! しかも関係ない生き物まで巻き添えにしやがって」
カエル師匠の言う通り、魚以外にも貝やエビなど様々な水棲生物の岸に落ちていた。
「だってぇ――」
「言い訳は良いから。とりあえず、食べる分の魚以外は湖に戻してやれ」
「はぁい」
師匠に怒られ、シュンとした表情のチャコが力なく返事をする。そして、1匹1匹丁寧に「ごめんね」と言いながら湖に戻していった。
そして、釣り針を咥えていた大きな魚と、もう一匹別の種類の魚だけは確保した。
「おぉ! アイカワとイワメじゃないか。こりゃ今夜はご馳走だ」
「アイカワとイワメって、どっちがどっちですか?」
「相変わらず無知だなぁ、チャコは」
カエル師匠はチャコの問いかけに、やれやれと言った感じでため息を吐いた。
「無知は余計です~。だって、魚なんて初めて釣ったんですから」
「釣ってはいないだろうが……まぁいい。こっちの口がへの字でエラの辺りが黄色い奴がアイカワで、白い斑文と黒い楕円が並んでいるのがイワメだよ」
「ハン……モン?」
チャコの頭の上に大きなクエスチョンマークが点滅する。
「……。小さい方がアイカワで、大きい方がイワメ」
「オッケーです! 分かりましたぁ」
カエル師匠は詳しく説明するのを諦めた様で、それぞれの大きさで伝えた。アイカワと呼ばれた魚は大体20センチほどで、イワメに至っては60センチを超えていた。
「まぁ、こんだけ大きけりゃ即席で手に入れた糸じゃ切れちまうな」
イワメのその巨体をまじまじと見つめながらカエル師匠が呟いた。
今回、釣りに使用した糸はバーリバスという蜘蛛から採取したものだ。採取といっても、すでにいなくなった巣から拝借しただけで有り、蜘蛛は殺したりしていない。蜘蛛がその巣にいる時は粘着力を持っているのだが、主がいなくなると時間と共にその粘着力を失い糸になる。だが、頑強さは落ちる事が無いので、釣り糸ととして市場に出回るのだ。
だが、市販されているものは7本や9本を撚ったものであるが、今回は1本だけを使用したため強度が足りず切れてしまったのだ。
「まぁまぁ、無事にゲットできたんですから良いじゃないですかぁ」
「全く、お前と言う奴は反省をしていないな? いいか、お前はタダでさえ魔力の制御が苦手なんだ。今回はこの程度で済んだが、下手したら湖の水が全て干上がっていたかも知れないんだぞ」
「もぉ~、反省してますってぇ。でも。早く私が一人前にならなきゃ師匠の身体はいつまでたってもカエルのままですよ?」
「別に慌てなくていい。もう15年もこの体なんだ、いい加減なれちまったよ」
「そうですかぁ? 色々と不便そうですけど」
「そんな事より、さっさと飯にするぞ」
カエル師匠は話を切り上げる様に言うと、岸から離れ木陰の方へ移動した。
「はいは~い、準備しますよ~」
師匠の言葉にチャコは、右手にアイカワを持つとイワメを抱きかかえる様に持ち上げ師匠の後ろについて行った。
新しく書き始めてみました。
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