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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ループ10回目の悪役令嬢は、今度こそ幸せになるために天敵をオトすことに決めた。

作者: としぞう

「う、あ、ああああああああっ!!」


 そう、叫びながら起きた私は、すぐに自分の置かれた状況がついさっきまでと全く変わっていることに気がついた。

 よく整えられた広い部屋。ふかふかの大きなベッド。

 寝汗でびしょびしょになったシーツ。乱れた髪。


 か細い腕。小さな手のひら。

 まだ薄い快適な胸。


「そう……また、戻ったのね……」


 私はまた、10歳2か月24日の私に戻っていた。

 これで実に10回目だ。



 今日、私は公爵家の長女として、アルフォート皇太子殿下の婚約者に内定する。

 もう9回そうだったのだ。正直うんざり。

 最初は嬉しかった皇太子殿下との婚約も、今では庭で毛虫を見つけてしまった時みたいな、ウエッて感じの感情しか湧かない。


 そう……私は人生を何度も何度もやり直しているのだ。

 何度も何度も死んでは、この10歳2か月24日の私に戻ってきてしまう。私の意志とは関係無く。

 

 もちろん、人生を繰り返すなんて話、他に聞いたことが無い。

 多分私だけが、このループに囚われているのだろうと、なんとなく確信している。

 おそらく、その理由は——


「……なんてのんびり考えてる場合じゃないわ。みんなが起きる前にやらないと」


 時刻は深夜4時頃。まだ使用人達も眠っている時間だ。

 これまでも毎回同じ時間に悪夢(前回で死ぬ様)を見て飛び起きていたのだから、今回だけ違うなんてこともないだろう。


 私はすぐさまベッドから飛び出し、汗で貼りついたパジャマを脱ぎ捨てる。

 そして、下着のみの姿になって、まだ殆ど使われていない新品同然の机の前に座り、本棚から一冊、分厚い本を取った。


「どこかの著者さん、ごめんなさい……『さぁ、踊りなさい』」


 私は顔も知らない誰かに謝罪しつつ、容赦なく呪文を唱えた。

 私の呪文に応え、本が光り輝き……ページの隙間から、黒い煙が染み出てくる。

 それらは宙で停滞し……やがて、ぶよぶよとした真っ黒の球体、インクの塊になった。


 そして、私は続ける。


「『そして、記しなさい。私の過去。私の未来を』」


 次の呪文を受けて、インクの塊がボチャンと、本の上に落ちた。

 インクは本を丸ごと黒く染め上げ……染み込んでいく。


 そして、インクが本に行き渡り——表紙の文字が変わった。


——マリー・ローズ。その9度の人生。


 最低最悪の題名だ。けれど、とにかく正しい。

 ここに記されたのは、私、マリー・ローズ公爵家令嬢の屈辱、後悔、怒り、羞恥、嫉妬、混乱、迷い、悲しみ、そして絶望。

 僅かな喜びや希望は必ず打ち砕かれ、より大きな苦しみと成って返ってきた。

 

 この本はそんな私の積み重ねを、私の記憶と魂の情報を基に文章化した記録。

 生まれて死に、死に、死に、死に、死に……死んで死んで死んで、また死んだ、ざっと100年分くらいの黒歴史だ。


 鮮烈な経験だろうと、人は時が経てば忘れてしまう。

 朧気になった記憶は都合良く改竄された美談となるか、埃を被り消去を待つだけのトラウマとなるか。


 だから、搾り出す。

 決して褪せないように、情報として焼き付ける。


「う……改めて向き合うとツラいものがあるわね……前より10年分くらい増えているわけだし……」


 本当は読みたくない。

 けれど、積み重ねた過去から学習し、過ちを正さねば、きっと私は永遠にこのループという地獄からは解放されない。

 たとえ、頭が痛もうと、目に涙が浮かぼうと、嗚咽が喉から漏れ出ようと、手が震えようと、私は私の歴史を目に焼き付け——


(うぷ……吐く。マジ吐くぅ!!)


 キ、キツイ!!


 ここに書いてあるのは、ちょっとした笑い話。

 バカな女が、不幸になって死ぬ。ただそれだけ。


 ただし! 全部私の体験談!!


(うああ!? フラッシュバックがぁ!!)


 苦しい、つらい。

 でも、逃げられない。それが過去……!


「かかってこい! こんちくしょう!!」


 私は自分のケツをひっぱたいて、涙混じりに叫んだ。

 まあ、かかってくるのもやっぱり、私なんですけどね。



 一回目。


 私は同然ループなんてすると思わないまま、自由に勝手気ままに生きていた。


 なんたって、私は公爵家の令嬢! しかも、皇太子殿下の許嫁!!

 この身に余る名誉を感じながら、常に相応しくあろうと努力をしていた。


 それでも……アルフォート皇太子殿下は、そんな私を疎ましく思っていた。

 殿下は学院で1人の少女に出会う。


 彼女はエンドール男爵家という、とるに足らないどこにでもいる田舎貴族の一人娘だった。

 そんな身分の全く違う相手を、殿下は見初められた。


 だから私は、エンドール嬢を排除しようとした。

 身の程を弁えさせてやろうとした。

 殿下の隣にいるのは私。


 このマリー・ローズこそが相応しいのだ、と。


「マリー・ローズ。貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 殿下は学院の生徒が集まる前で、堂々と宣言された。

 そして、未来の王妃であるエンドール嬢への仕打ちを咎められた。




 私は、全てを失った。

 

 思えば、殿下の言葉はあまりに横暴だ。

 浮気したのは自分。婚約破棄とて、両家の了承を得ていない。


 案外、私が認められ、エンドール嬢が排除され、私は殿下と婚姻を結べるかもしれなかった。


 けれど、だからなんだというのだろう。

 私は貴族の子息や令嬢、将来この国を支えていく者達の前で、皇太子殿下に三行半をつきつけられた。

 哀れな女。たかだか男爵令嬢にも負けた敗者。


 そんなレッテルを張られ、見下され、王妃として振る舞えようか。

 愛無く、憎みさえしてくる殿下と寄り添えようか。

 

 私は傲慢で、愚かな女だ。愛が欲しい。

 それが手に入らないのなら——


(結局私は、実家の私室に軟禁され、ことの判決が下るより先に、何者かが差し入れた毒薬を飲んで命を経った……)


 

 二回目。

 最初はループしたという事実を信じられなかったが、次第に現実として理解した。

 そして、今度こそ失敗しないと誓った。


 反省を生かし、エンドール嬢には一切関わらないことにした。

 悪い噂も全部無視。結局虐めている令嬢はいて、私に罪を押しつけようとしたみたいだけれど、アリバイ工作に抜かりの無かった私は、全て事実を持って払いのけた。




 結局、殿下には婚約破棄された。

 ちょっと申し訳なさげだった。

 殿下の新しい相手はやっぱり、エンドール嬢だった。


 そして、理由がはっきりしない婚約破棄のため、あることないこと噂が出回り、ローズ公爵家は威厳を失っていく。

 使用人達も多く解雇し、没落していく中で、その原因たる私は、その元使用人達に拉致され、暴行を受け、死んだ。



 三回目。


 私は、使用人恐怖症になった。

 いや、ただただ人が怖くなってしまった。


 皇太子殿下に捨てられたくない。

 そのために、一回目と二回目で殿下が褒めていたエンドール嬢の美徳を真似てみた。

 真似て、媚びへつらって、必死に、必死に……




 婚約破棄された。

 薄汚い売女のような女、とありがたいお言葉まで賜った。

 結局、殿下はまたエンドール嬢を選んだ。


 捨てられた私は、廃人のように引きこもり、気がついたら死んでいた。



「………………おえっ」


 ここで私は吐いた。

 尋常ではないフラッシュバック。

 すべてを失った虚無の感情。殴られる痛み。空腹。


 すべてがリアルに蘇ってくる。




——三十分後。


「いけないいけない。目的を忘れてはダメだわ」


 私は、としゃぶ……いいえ、口からお出でなさった物たちを呪文を唱えて虚空の彼方へと消し去り、気を取り直した。


 さて、四回目からだったかしら。

 使用人達も起きてきてしまうだろうし、駆け足でいきましょう。



 四回目。

 私は絶望し、ループ直後に自殺した。



「うん、スッゴいシンプル!!」


 腹から声が出た。


 私のループ体験の中で一番短く、あっさりした終わりだ。

 けれど、後味の悪さもかなりのものだった。


 死んで後味とかどうかしているけれど、とにかく、自殺だけは二度としないと誓ってからの……



 五回目。


 私は皇太子殿下を諦めた。

 自ら命を絶ったことで色々踏ん切りがついたのか、この時の目覚めは割とすっきりしていた。

 既に皇太子殿下への愛情など欠片もなく、未来の王妃として責任なんてものも、カビの生えたパンより価値がないと理解していたから。


 この時から私は、記録を読み返すことを始めた。

 最初はループを抜け出す以上に、もう二度と、皇太子殿下へと気持ちを流さないようにと、自戒を込めて始めたことだ。


 とはいえ、ループのスタートは私が皇太子殿下の許嫁に内定してしまった日からになる。

 内定してしまえば、理由無く解消するのは難しい。

 私は何もしなければ、皇太子殿下の許嫁として周囲に認知され、エンドール嬢に寝取られて、死ぬ。


 ならばと、相手に目を付けたのが、第二王子殿下だった。

 皇太子殿下との婚約を蹴るのだ、いっそ王族まるごと巻き込んで大事にしてしまえ!

 ……と、自殺明けにハイになっていた私は思った。



 結果。



 第二王子はエンドール嬢とくっついた。



 …………?

 と、最初私は何が起きたか分からなかった。


 お前は皇太子殿下とくっつくんじゃなかったのか?

 そう思いつつも口にできないまま、私は皇太子殿下の婚約でありながら、その弟に手を出そうとした悪女として、公開処刑されるのだった。




 六回目。

 私は早々に引きこもろうと決めた。

 ただし、三回目の最期みたいにならないように、元気で明るい引きこもり(無職)だ。


 私が駄目人間だとわかれば婚約なんて向こうから蹴ってくれるだろうし。


 そういうわけで、私は家庭内の融和に努めた。

 特に、これまで殆ど関わってこなかった義弟……というか、父が愛人を孕ませ、捨て、後から嫡子がいないからと引き取ってきた可哀想な男の子との関係だ。


 一回目は母と一緒にいじめ、二回目以降は関わらないようにしていた。

 そんな義弟と母、そして父の関係を良くし、家庭内に天国を作り出そうと計画したのだ。




 結果。




 義弟がエンドール嬢と結婚した。

 エンドール嬢にデレデレになった両親は、夢から覚めたみたいに引きこもりだった私を家から追い出した。


 そして私は、冒険者崩れとなり、モンスターに喰われて死んだ。



「……うん」


 ここで一息。

 大丈夫。吐いてない。吐いてない。


 ここでもまた、エンドール嬢。

 私もこの頃になればさすがに、彼女との奇妙な縁を感じずにはいられなかった。


 まるで獲物を定めた狩人の如く、私が懇意になった(なろうとした)相手とくっつき、私を絶望に沈めてくるのだから。


 



 続いて七回目。

 今回は前回のマイナーチェンジ版。

 学院に通いつつ平凡な私を演じた。


 皇太子殿下は平凡で庶民的なエンドール嬢を気に入っていたけれど、三回目と六回目で無能な私は嫌いというのは分かっている。

 間違っても私を選びはしないだろう。


 これは検証だ。

 私が誰ともろくに関わらなかった場合、エンドール嬢はどう動くか。

 自ら命を絶った四回目以外、必ず彼女が絡んでくる。

 私の選んだ道が偶然彼女の覇道と重なったのか、それとも必然か、見極めたかった。


 今回はいわば、ループ前提の人生だ。




 結果。


「貴様、僕に色目を使って、不当に利益を得ようとしているな!? 全てお見通しだ!!」


 は? 誰?

 そう頭をフリーズさせつつ思い出す。

 彼は宰相の息子だ。

 頭でっかちで自意識過剰で、顔ばかりはいいもんだから女子に言い寄られて鼻の下を伸ばしているむっつりスケベ。


 私は当然彼とは絡んでいないけれど、一方的に因縁をつけられ、あることないこと罪を被せられ、投獄された。

 そして、何かあったときの為にと持ち歩いていた毒薬を飲んで、死亡。


 ちなみに、エンドール嬢は皇太子殿下とくっついた。宰相の息子とくっつかなかったのは、宰相の息子ざまぁと言うべきか、エンドール嬢があのクソ男に捕まらずチクショウと言うべきか。




 うん、最期は割とあっさりしているほうだったけれど、屈辱感は天を裂き血を割る程に強く、憎々しかったものだわ。検証結果も微妙だったし。

 私は自分が、無意識に拳を握り込んでいたことに気がつく。

 いけない。うっかりこのまま机に振り下ろし、怒りを表現してしまうところだったわ。

 そんなことをすれば、今の私はきっと大惨事を起こしてしまう。それじゃあただ九回目を繰り返すだけになってしまうもの。


 そう軽く伏線を張りつつ……



 八回目。


 私は即家出した。


 公爵家? 皇太子殿下の許嫁?

 家族? エンドール嬢?


 知らん! みんな知らん!!

 私は自由に生きてやるんだ!!!!


 そう息巻いて家出した。


 実はこれだけループしている私は、この時点で魔術の腕も王国トップレベルまで上り詰めていたのだ。

 周回するごとに魔術を使う為のキャパシティである、魔力保有量も引き継がれているみたいで、最初から第六回の最期以上の冒険者として活躍することができた。


 今思えばこの時が一番充実していたかもしれない。

 私は人から頼られ、モンスターを蹂躙し、素晴らしい日々を送っていた!



 ……逮捕されたのは、突然だった。


 経緯は以下の通り。

 私が家出したことで、皇太子殿下の許嫁に選ばれたにも関わらず即おじゃんにしたと、ローズ公爵家は見事顔をつぶされた。

 そのまま没落の一途を辿るかと思われた公爵家だが、ある時を境になぜか名誉を回復していく。


 結論として、当主である父は不正に手を染めていた。

 そして、それがバレた時、全て娘であるマリー・ローズの仕業であると、罪を擦り付けたのだ。


 この国には屑しかいない。

 父の犯した不正は法だけでなく、倫理的にも完全アウトだった。

 しかし、近年になり名誉を取り戻しつつあった公爵家をいきなり潰したとなれば、理由はどうあれ他の貴族達への風聞が悪い。

 そう判断した国王、その他取り巻きは、父の釈明を受け入れ、私を大罪人として裁くこととした。


 父は弱みを握られ、首輪をつけられた犬のように国に仕えるしかなく、その汚いケツを拭わされることとなった私はそりゃあもう公開もできない最低最悪残酷極まりない処刑方法で人生を終えることとなった。


 今回はエンドール嬢の姿はなかったが、実は皇太子殿下と一緒に不正を調べていました、とかあっても驚かないわよ。ええ。今更の話ね。




 九回目。


 そして私は……弾けた。


「幸せが掴めないのなら、世界を滅ぼしてしまえばいいじゃない」


 私にはループ八回で手に入れた、人を超えた力があった。

 そして、深い絶望、憎しみ……この世界に対する怒りがあった。


 全てを無に帰してやろうと、手始めに我が公爵家を物理的に叩き潰し、人里離れた霊峰の奥地に居を構え、世界を、人を滅ぼす為の魔術研究を始めた。


 結果は大成功。

 私は魔物を意のままに操る術を手に入れ、世界中の人間を罪の有る無しに関わらず駆逐していった。

 

 世界の敵となり、魔王と呼ばれ、畏れられ……




 そして、彼女はやってきた。


「あなたが魔王……マリー・ローズ……!!」


 光り輝く剣を携え、私の居城へと踏み込んできたのは、あのエンドール嬢だった。


 後ろには皇太子殿下、第二王子、公爵家が消えたにも関わらずなぜかいる義弟、クソメガネがいた。

 どうやら今回の彼女は全てを手に入れたらしい。


 エンドール嬢は大人になったことで、これまで見てきた学生の彼女より垢抜けて、大層美しくなっていた。

 男たちも放っておかないだろう。

 なんでも、勇者とか呼ばれ、人類の希望にまで登りつめたというし。


「ふふふ……」


 私はこの状況になって、この生き方を選んで良かったと心から思った。

 なんたって、私にとっての死神を、この手で殺すことができるのだから。

 

 手始めに後ろのイケメン連中をぶっ飛ばしてやった。

 殺してはいない。絶望には目撃者が必要だ。


「早くも1対1ね?」

「っ……!」


 そして、魔王と勇者の一騎打ちが始まる。

 エンドール嬢の振り下ろす剣を王笏で防ぎ、魔術を放つ。

 彼女はそれを躱し、自身も魔術で応戦する。


 すぐに倒れたイケメン連中とは違い、彼女は強かった。とても強く、美しかった。


(楽しい……楽しい?)


 私は自分の中に、今まで無かった感情が芽生えるのを感じ、戸惑った。

 思えば、今日まで高めてきた自身の力を、全力でぶつけられる相手なんていなかったのだ。


 全力を振り絞り、それでも倒しきれない彼女。


 まさに彼女と私は水と油……いえ、光と闇ね。

 決して交わらず、それでいて、私は彼女に敵わない。


 世界は、彼女を祝福している。

 私はその踏み台に過ぎないのだと、理解させられた。



 王笏は折れ、魔力も尽き、私は地面に臥した。

 エンドール嬢も満身創痍ではあったけれど、私の上に跨がって、光る剣先を首筋に当ててきていた。


 勝敗は決した。


「……殺せ」


 私は彼女を見上げ、淡々と言う。

 私は愚かで、傲慢な女だ。討たれるのなら彼女の手でを望んだ。


 私は死など恐れてはいない。


 私は、この世のあらゆる幸福を集めたような彼女に殺されることで、このループから脱却し、本当の死を迎えられるかもしれない。


 私は、たとえ世界を滅ぼしかけた人類の敵として、未来永劫呪われ続けたとしても、構わない。


 私は……


 私は——


「…………っ」


 堪えきれないように嗚咽を漏らしたのは、私を追いつめていた彼女だった。

 大きな目に涙がたまり、零れ落ちる。


 私の頬へと落ちたその液体は熱く、気持ちが悪かった。


「あなたの瞳には……悲しみしかない」


 は?

 彼女の言葉に、私は驚き、何も返せなかった。


 気持ち的なものもあるけれど、既に私は死にかけて、言葉を喋る力さえ残されてはいなかったのだ。


「きっと、本当のあなたはこんな人じゃなかった。もっと優しくて、暖かい人だったって思うんです」


 そんな人間ではとてもないだろう。

 この時の私も、『今記録として読み返している私』も、彼女の言葉にはとても同意できない。


 けれど、彼女の言葉には力があった。

 まるで本当にそうであるかのような、抗えない何かを感じさせた。


「あなたを、世界は許しません。みんながあなたの所業に傷つき、大事なものを奪われた。けれど……」


 剣先が震える。

 既に私を押さえつける力は殆ど無い。

 けれど、私にはそれを押しのける力さえ残っていないのは……これもきっと、彼女の幸運の成す業か。


「わたしだけは、あなたの名を覚えます。あなたの死を、命を、悲しみを、尊びます」


 なんて、救いのない。

 彼女は私を否定した。


 8回も死を繰り返し、辿り着いた答えを、初めて、正面から。

 なんて、屈辱——


「さようなら……マリー・ローズ」







 



 私にとって、それはつい先ほどの出来事。

 屈辱に叫び、目を覚ましたほどに、怒りに満ちた最低の九回目。


 けれど、そんな激情は、既に私の中には無い。


 彼女の言葉を最後に、記録は終わっている。

 思えば、彼女に敬称無く名前を呼ばれたのは初めてだったかもしれない。

 妙に、あの涙のようななま暖かさのある……まるで友人に語りかけるような声だった。


「アリサ・エンドール」


 そう口にして、気がつく。

 ループ九回を経た今にして、何度も幸せを奪われ、最後の最後に直接手を下された、そんな今になって。


 私は初めて、彼女の名前を口にしたのだ。


「なんて、ばかばかしい」


 妙な感傷を溜め息で吹き飛ばす。


 生き方を決めねばならない。

 10回目の人生。今度こそ、当たり前に死ねるように。



「ええ、そうね。私の背負わされた業が、不幸にまみれた絶対敗北の定めならば……」


 本を閉じ、いつでも取り出せるよう、私だけの領域に隠す。

 既に窓の外は日が昇っていた。


 一日が、いや、人生がまた始まる。

 無駄にできる時間など、一秒たりとも無い。




 十回目の人生が始まり、六年が経った。

 今日は学院の入学式だ。


 こうして学院の制服を着るのはいつ以来だろう。

 義弟に媚びを売り引きこもる前……五回目以来?

 なんだか、すごく懐かしく、むずがゆい。


 七回目? ああ、あれは記憶から消したのでノーカウントだから。


「さて……」


 喉が張り付くような緊張を覚えつつ、私は外に出た。

 緊張なんていつ以来だろう。正直なところ、私は今でもまだ、この十回目の方針に自信が持てていない。


 仕込みは抜かりなくやってきた。

 けれど……相手が相手だ。


「『さぁ、送ってちょうだい』」


 使用人なぞに頼らない今の私はとても身軽で、誰にも声をかける必要は無い。

 私は呪文を唱え、自室から学院の敷地内へと転移する。

 

 本来なら、新入生はまっすぐ入学式の行われる講堂に向かう手はず。

 今までの数回もそうしてきたけれど……今回は用事がある。


 私は広い学院の敷地の隅、学生達の交流に使われる広場へと向かう。

 その広場の中央には、春になると花を咲かすオボロザクラという大樹が生えている。

 なんともご機嫌にムラがある木で、日によって咲かせたり、閉じたりする変な木なのだけれど。


(今日は間違いなく咲いているでしょうね)


 そう確信していた。

 これについてはループを繰り返したからというわけじゃない。

 オボロザクラが咲くかなんて、完全にランダムだし、私の行動が毎回違う以上、絶対変わらないものなんて無い。


(ううん、たった一つだけあったわね)


 遠目に見えるオボロザクラは、ピンク色に満開の花を咲かせていて……その木の下には、ひとりの少女が緊張した面持ちで立っていた。


 オボロザクラのように桃色の髪をした、あどけない顔立ちの少女。

 きっと、彼女を見た男子連中は、彼女がオボロザクラの精霊だと勘違いするだろう。

 けれど私にとって彼女は——


 私は生唾を飲み込み、額に滲んだ汗を拭う。

 そして、何度目かの決心に尻を叩かれ、歩き出した。


「おはよう。貴方が、アリサ?」

「えっ?」


 彼女——アリサ・エンドールは私を見返し、見とれたように言葉を詰まらせ、固まった。


 ほんのりと頬が紅潮し、どんどん色が深まっていく。

 そんな彼女に私は微笑み、頬に触れた。


「お手紙で感じていたとおり。とても可憐な子ね」

「へぁ……も、もしかして、マリー!?」

「ええ、そうよ。貴方の文通友達のマリーさん」


 私と彼女は偶然文通友達となった、今日初めて顔を合わせた友達同士。


 そしてきっとそれ以上の関係なる。

 いや、ならなくちゃいけない。



 私は不幸に愛されてしまった。

 それを打ち消すには、世界を救うほどに幸福に愛された彼女の力が必要だと、私は考えた。


 天敵であり死神。

 このアリサ・エンドールを我がものとし、私はこのループを脱してみせる!!


「ふ、ふふ……」


 そのために、偶然を装って文通友達となれるよう画策し、それ以外にもいろいろ準備を重ね、同じ学院に入学する今日、二人きりの待ち合わせをして……


(やば、背中の汗、尋常じゃない!!)


 彼女と二人きりで会うなんて、穏便だったこと一度も無いから!

 怖い!! 逃げ出したい!!!!


「ど、どうしました、マリーさん?」

「いいえ、なんでも。あと、さんはいらないわよ。アリサ」


 私の緊張、いや恐怖を感じ取ってか、心配げに声をかけてくるアリサ。

 そんなアリサに私は磨きに磨き抜いた作り笑顔を向ける。


「あ、う……」


 照れるように俯いてしまうアリサ。

 そんな彼女に畳みかけるよう、私は彼女の手を握った。


「ま、マリー!?」

「いいでしょう? ずっとこうしたかったの。アリサと会ったら、会えなかった分、ずっと一緒にいるんだって。……アリサは嫌かしら?」

「そ、そんなこと、ない! でも、マリー、すごくキレイで、わたしなんかとはとても釣り合わない……」

「そんなことないわよ。アリサ、すごく可憐だもの。私、アリサが貴方で良かったって心から思うわ」

「わ、わたしも……!」


 アリサは嬉しそうに私の手を握り返してくる。


(ふ、ふふ……!)


 私は恐怖でひきつらないよう、必死に作り笑顔を保つ。

 順調。いい感じ。手の汗腺、事前に潰しておいて良かった!!


「さあ、いきましょう、アリサ」

「うん……マリー!」


 こうして私のループ十回目が本格的に動き出した。

 これが成功するか否かはまだ分からない……けれど、今までのどの人生よりスリリングなものになると、私は確信していた。

面白ければ、ぜひ★評価のほど、よろしくお願いいたします。

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