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第7話 まずは七度尋ねてから

 さらりとした風が頬を撫でていったような気がして、アンリは目を覚ました。


「アンリ、起きられるか」

「うん……」


 ぼんやりと返事をした瞬間、一気に意識が覚醒した。がばりと起き上がる。


「ごめん、寝ちゃうなんて私――っ」

「気にするな、アンリのせいじゃない。こいつの仕業だ」

「え?」


 示されたほうを見ると、妖人種(タタンス)の少年がぶすっとした顔で丸椅子に腰掛けていた。


「君は魔法で眠らされたんだ」


 ああ、とアンリの口から声が漏れた。


「道理で不自然だと。急に眠くなったからびっくりしちゃった」

「俺も驚いたよ。何があったのか一瞬分からなくて……で、その隙に魔力補充薬(ポルト)を盗もうとしていたから、とりあえず捕まえておいたぞ」


 アンリは目を丸くして少年を見つめた。


「それじゃ、ここ最近の万引きって全部君が?」

「万引き? そんなことされてたのか!」


 アンリとエルに見つめられて、少年はますますふてくされた顔になった。ちょっと泣き出しそうな目をしている。

 エルがこちらを窺った。


「どうする?」

「うん……」


 窃盗犯は騎士団に突き出すのが常識だ。少年だろうが何だろうが変わりはしない。軽犯罪は各町に常駐している王属騎士団の分隊が裁くことに決まっているのだ。魔力補充薬(ポルト)四本程度では大した罪にはならないだろうけれど、羽に三角の切り込みを入れられるのは確実だ。窃盗の前科持ち、と分かるようにされれば今後生きにくくなるだろう。

 アンリは迷った末に、そっと問いかけた。


「どうして魔力補充薬(ポルト)が必要だったの?」


 少年はキッとアンリを睨んだ。


「どうせ騎士団に連れてくんだろ。だったら早く連れてけよ」

「ごめん、ちょっと気になって。どうしても教えてほしいんだ」


 少年の目をじっと見つめる。ビー玉のように透き通った青色の瞳。


「いつも一本ずつだったよね。最初に私を眠らせたときなんて、何本でも好きなだけ持っていけるチャンスだったのに、それでも一本しか持っていかなかったでしょ。だから、どこかで売ってるとかじゃなくって、必要があってそうしてるんだなって思って」

「……」

「何に使ってたの?」


 少年は黙ったままアンリを睨み続けていた。その目にぷっくりと涙が溜まっていき、ビー玉らしさが増していく。意地でも泣くまいとして奥歯を食いしばり、その拍子に震えた水滴がついに頬を伝った。

 バッと素早く腕で目元をこすって、そのまま顔を隠しながら、


「……母ちゃんが死にそうなんだ」


 少年の震えた声がそう言った。


「な、なんでか分かんないけど、魔力がどんどんなくなっていって……魔力補充薬(ポルト)を飲ませないと、し、死んじゃうって思って……でも金もないし、俺以外の兄弟はみんな、独り立ちしちゃって、どこにいるか分かんないし……」

「魔力が自然になくなっていく病気? それって」


 アンリがエルを見上げると、彼は軽く頷いた。同じことを思っていたらしい。

 いわゆる“魔力漏れ”――ダンジョン病の一種だ。モンスターと長時間接していると、彼らが持っている呪いによって魔力腺に穴が開き、魔力が流れ出してしまうのだ。魔力と生命力が密接に関連している長人間種(ナガン)妖人種(タタンス)がかかると致命傷になりうるが、早めに魔力補充薬(ポルト)を飲めば自然に治っていく。


「病状は? 魔力補充薬(ポルト)を飲ませて改善したか?」


 エルの問いに、少年は力なく首を横に振った。


「全然駄目だった。……もう起き上がれないくらいで……」


 エルも言葉を失った。起き上がれないほど重症化しているなら、それはもう――。


「――《ラストオーダー》しかない……」

「アンリ、それは」


 エルにたしなめられてアンリははっと口を押さえた。お金のない少年に売りつけるような代物ではない。かといって、無料で渡したらとんでもない赤字になってしまうし、本当に必要な人の手に渡らなくなる可能性がある。

 どうか聞いていないでくれ、と祈ったアンリを裏切るように、少年が目を上げた。


「《ラストオーダー》ってあれだろ、どんな怪我でも病気でも治すっていう――あれ、ここにあるのか?」


 アンリは少し躊躇って、しかし小さく頷いた。さすがにあれほど貴重な物を店頭に並べるわけにはいかない。奥にしまい込んであるから、少年は知らなかったのだろう。

 少年がカウンターに飛びついた。成人前の色濃い羽が、興奮でさらに鮮やかになる。


「頼む、譲ってくれ! 知ってるよ、とんでもない値段のやつだって知ってる! でも、どうしても母ちゃんを助けたいんだ……!」


 アンリは唇を噛んだ。《ラストオーダー》がある、なんて言わなければよかった。どうせ譲れないくせに、希望を見せるべきではなかったのだ。


「頼むよ。俺たちは長人間種(ナガン)に比べたら一瞬で死ぬような短命種だけどさ、それでも、母ちゃんがあんな風に苦しんでんのは見てらんないんだ! 頼む……譲ってくれるなら俺、何だって……そうだっ!」


 カウンターに額をこすりつけるようにして言いつのった少年が、はっとしたように顔を上げた。

 濡れた目がらんらんと光っている。


「譲ってくれるなら、あんたと使役の《永代契約》を結んだっていい」


 その言葉にアンリは息を呑んだ。《永代契約》はその名の通り世代を超えた永遠の契約である。その内容を“使役”にした場合、それは要するに、彼と彼の子どもたちの心身がすべてアンリの所有物――奴隷になる、という意味だ。

 彼が切れる唯一にして最強の手札を切って、しかし彼はどこまでも弱気に、カウンターへ手をついて頭を下げた。


「なぁお願いだよ……頼むから……」


 アンリは彼のつむじをしばらくの間見つめていた。真っ白になって逃げ出そうとする頭をどうにか捕まえて考える。うっかり口走ってしまったのは自分なんだ、責任を取らないと。それに、彼は本気だ。本気で覚悟して《永代契約》を口にした。その思いに応えないと。


「ねぇ、君、名前は?」

「……バナ・リリアス」

「ちょっと待ってて」


 アンリは立ち上がって二階の倉庫に走った。




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