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第5話 まさか五人に……


「結界を張ろう! ライトリィを呼び戻せ! でなければボクが寝ずの番をする!」

「落ち着いてよスティーユ」

「落ち着いてなどいられるものか! 君は悔しくないのか、万引きなんかされて!」

「悔しくないと言ったら嘘になるけどさ」


 ちくしょうこけにしやがって、と普段なら考えられない口調で呟きながら、スティーユが床を歩き回る。


「まだ掃除してないから、ホコリまみれになるよ」

「構うものか! くそっ、分かっちゃいたが魔力の痕跡が多すぎて追えないな。ちっ!」

「誰がブラッシングすると思ってんのさ……」


 苦笑しつつ看板を出しに行って、そこで外の騒ぎに気が付く。


(まだ夜が明けたばっかりなのに、みんな元気だな)


 まるで祭りか何かのようだ。走り回っているのはおおかたが冒険者だろう。身なりや顔つきが間違いなくそうだ。大きな声で何事かを叫びながら、全員が南のほう――ダンジョンのほうへ向かっていく。

 何かあったのだろうか、とアンリは聞くともなしに耳を傾けて、


「《バトニアル》が帰ってきた!」

「とんでもない大物を討伐してきたぞ!」


 その言葉を聞き取った瞬間、ぱっとそちらに気を取られた。予定より三日も早い。どうしてこんなに早い? 誰かが怪我をしたのだろうか。エルは無事? サダは? ジョージは?、キヌは? レオは? 大物って何だろう。想定外のことが起きてしまった? エルは――いろんな思いが一瞬で頭の中を埋め尽くし、そして真っ白になる。ヘッドホンをつけたかのように騒ぎが遠のいた。

 スティーユがするりと足元に寄ってきた。


「どうした、アンリ」

「スティーユ、エルたちが帰ってきたって」

「おや、ずいぶんと早いお帰りだね」

「うん……」


 アンリはぼうっと頷いた。看板の縁を握りしめた手が細かく震えている。

 彼女の胸中を察して、スティーユはゆらゆらと尻尾を揺らした。が、やがてその尻尾でぱたりと石畳を打つと、おもむろに立ち上がった。


「分かったよ、見に行ってきてやるから」

「本当?!」

「その代わり、店のこときっちりな。万引きなんか許さないように」

「うん! ありがとうスティーユ!」


 死んでいたら承知しないぞ、と心中で吠えながら、スティーユは石畳を蹴った。


 スティーユが戻ってくるのを今か今かと待ち構えていたアンリは、白い毛並みが客の足下をすり抜けてきた途端スツールを蹴倒す勢いで立ち上がった。


「スティーユ、お帰り! どうだった?」

「全員生きていたよ。心配はいらない」


 アンリの全身から力が抜けた。すとんと落ちるようにスツールに座り直して、深くついた溜め息に「よかった」と小さな声が混ざる。

 スティーユがカウンターに飛び乗って、尻尾でその肩を叩いた。


「客が待ってるぞ」

「あっ、ごめんなさい!」


 慌てておつりを数え出したアンリに、客は「いやいや、いいさいいさ、気にすんな。心配だったもんな、うん」と温かい目を向けた。


「それで、詳しいことは」


 その客が今朝のピークの最後だった。彼が出ていくのを待たずに前のめりになるアンリを、スティーユはいさめるつもりでそっぽを向く。


「ちょっと落ち着いて聞きたまえよ。まずは紅茶でも淹れたらどうだい」

「……分かった、そうする」


 アンリは大人しくその言葉に従った。

 紅茶の香りがふわりと漂う。その温かさが胸に染みる。アンリが息を入れたのを見計らって、スティーユは口を開いた。


「九十キロ地点で大型のドラゴンに出会ったらしい。どうにか倒したけれどキヌが負傷して、帰らざるを得なくなった、と」

「キヌが?」

「重傷じゃあないよ。しばらくは療養に専念するようだがね。あとの連中はいたって元気なものさ。エルなんかかすり傷しか負ってなかったぞ」

「そっか」

「久々のドラゴンキルだったからな。肉や皮や鱗なんかで、五等分しても恐ろしい金額になるだろうよ。まぁ、当の本人たちときたら、そんなことより新記録に至れなかったことを悔しがっていたが」

「エルたちらしいね」

「君のアイテムがとても役に立った、と言っていたよ」

「本当に? よかった」

「明日エルが話しに来るってさ」


 アンリの顔がぱぁっと輝いた。このキラキラに輝く笑顔を作らせるのはエルだけだ、死んでいたら殺してやるところだったぞ――などと思いながら、スティーユは意地悪く微笑んでパタリと尻尾を振った。


「よかったね。実に十日、いや十一日ぶりとなる、愛しい君との感動の再会だ」

「お菓子をたくさん用意しとかないと。冒険帰りのエルは特に、甘いものを欲しがるからな」


 愛しい君、の部分を聞き逃したのか、あえて無視したのか――おそらく本当に聞き逃している――アンリはにこにこしたまま、赤面すらせず頷いた。スティーユが「ちぇっ、からかいがいのない」と呟く。


「何?」

「いいや、なんでも。それよりか、先に店のことを済ませたらどうかな。万引きはされなかっただろうね」

「あっ、そうだった!」


 言われるまで忘れていました、と言わんばかりの態度に、スティーユは白い目を向けた。


「アンリ?」

「待って、今確認する。たぶん大丈夫だったと思うよ。今日来たのは顔見知りばっかりだったから。怪しい人はいなかったし――」


 と、魔力補充薬(ポルト)の棚に駆け寄って壜の数を数えていたアンリが、ぴたりと動きを止めた。

 それだけで悟ったスティーユが天を仰ぐ。


「言わんこっちゃない! だから嫌だったんだ!」

「全然気が付かなかった……。でも本当に怪しい人はいなかったよ。お客さんの顔は全部見てたし、みんな知ってる人だった」

「知ってる人だから信頼できるってわけでもないだろう! 事情があれば人は何だってするもんだ!」

「そうかもしれないけど、でも……」

「でもでも言ってると食人鬼(デモニグア)に食われるぞ!」


 子ども向けの脅しで叱責されて、アンリはしゅんと肩を落とした。


「このままじゃ赤字まっしぐらだぞ。純粋に魔力補充薬(ポルト)を求めにきた冒険者にも迷惑がかかる。何か手を打たないと」

「うん……」


 でも、と言いかけたのをアンリはすんでのところで飲み込んだ。

 でも、どうしたらいいっていうんだろう?

 その夜、ベッドの中でごろごろしながら考えた。

 鍵を掛けた箱の中に保管する? 夜の内はそれでもいいだろう。でも昼間は買い物客への迷惑になる。それにそんなことをしたら事情を話さなくてはいけなくなるだろう。話したが最後、血気盛んな冒険者たちが殺気立つのが目に見えた。犯人捜しで騒動が起きるのは勘弁願いたい。『万引きやめて!』なんてポスターを貼るのも同じことだ。


(上手く内々で収められたらいいんだけど。無理かな)


 アンリは溜め息をついて、ぎゅっと目を閉じた。エルの顔がまぶたの裏に浮かんでくる。そうだ、エルになら相談できる。彼なら上手く力を貸してくれる――でも、せっかく久しぶりに会うのに、こんな話で時間を潰すのはな――何を話そう、何を話してもらおうかな――

 現実逃避的に考え始めたことが楽しくなってしまって、アンリは眠りに就くまでずっと彼のことを思っていた。



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