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短編集

疼きと渇きと幡中さんと

作者: 佐藤朝槻

 

 僕は体育祭の日、風邪を引いたからと学校を休んだ。

 翌週学校では「大丈夫だった?」と同じクラスの山田が心配してくれた。


「うん、心配かけてごめん」


 定型文のように僕は口角をわずかにあげて言った。

 この、わずかが重要だ。やりすぎると、元気だったんじゃないかと疑われる。


「よかったー。岡本くんが代わりに走ってくれたよ」

「そうなんだ」


 あとで岡本にお礼言わないと。

 山田から始まり、クラスのめいめいが僕を取り囲んで心配の声をかけてくれた。


 戸惑っているとチャイムが鳴って、やがて先生が入ってきて教室が静まる。授業が始まると教室は普段通りの空気を取り戻していた。


 助かった。




 昼休み、僕は居心地悪い教室を出て、人気のない校庭の隅で昼御飯を食べていた。


 昼御飯を食べ終え、携帯で英単語アプリでテストを受けていると、一人の女の子がやってきた。

 隣の席の幡中さんだった。


「嘘つき」

「え?」

「体育祭の日、塾にいたでしょ」

「……」

「いたでしょ? みたよ」


 幡中さんは僕と二、三言しか交わしたことがない。ゆえにブラフということもないと思う。


 体育祭の日の帰り、本当に僕をみたのだろう。自習室でひとり勉強していた僕を。あるいは、休憩時間にコンビニ立ち寄る姿を。


 頷くと「やっぱり」と彼女は溜め息を吐いた。


「なんで仮病使ったの」


 奇妙な質問をするなぁと思い、僕は目を細める。

 簡単だ。青春なんて馬鹿げているから。高校なんて、大学受験のための通過点にすぎないから。


 欲しいのは模試判定A、そして大学合格。そのための時間を確保して何が悪い。

 そのまま答えてしまうと刺がある。空に視線を泳がせ、暫し考える。


「なんで、か。幡中さんに説明する理由がない気がするよ。でも、気を悪くさせたなら謝る」

「あんたみたいな馬鹿をみて気なんか悪くしないよ」


 刺々しい言葉とともに幡中さんは嘲笑いを浮かべた。


「あんたが休んで私の友達が迷惑したから、そのお返し」

「……」

「気、悪くさせちゃった? ごめんね。でもお愛顧だしいいよね。……じゃ」


 幡中さんは翻り、校舎のほうへ歩いていった。

 お前みたいな馬鹿にわかるもんか。


 塾の先生に見せられた現実。高卒と大卒の年収差。将来得られるお金の差額。同じ大学でも研究環境の違いが大きいこと。


 あれをみせられたら君も僕みたいになる。ならざるを得なくなる。

 目の前の幸せ? 思い出? 青春?


 そんなものはいらない。ただでさえ片田舎のここでは、ライバルを見据えるのが難しいのに、くだらない遊びに付き合わせないでくれ。引きずり下ろそうとするなら敵とみなすぞ。


「……ほんと馬鹿だ」


 なのに浮かぶのはクラスメートの心配する表情。

 そして、――嘘つき。


 違う。違う、違う。そんな薄っぺらいものに興味ない。興味、ないんだ!

 青春も恋人も思い出もいらない。そんなものくれてやる。


 差し出したぶんだけ不安を消してくれ。

 勉強してれば幸せになれるはずなんだ。塾の先生は間違いなくそういっている。


 多様性だけじゃ、個性だけじゃ、自由だけじゃ、ダメだ。足りない。幸せになる確証がない。

 空は曇り、今にも雨が降り出しそうだった。




 教室に戻ると皆から睨まれている気がして息が詰まった。

 ……嫌だ。不安に怯えながら生きるのは、嫌だ。

 この罪悪感を抱えながら生きるのは、嫌だ。

 何もかも、嫌だ。


 雨の窓を叩く音と自分の浅い呼吸が反響するだけで、もう何も聞こえなかった。

 青春を捨てた僕への報いだと思うことで少しだけ気が楽になったのがまた憎かった。


 まだ四つ授業が残っている。全部終わったら塾にいき、勉強して全部忘れてしまうことだってできるが、それまで持つだろうか?


 頭が重い。

 不安定な視線を泳がせていると幡中さんと目があった。僕を無表情に無言でみつめる。そして手を上げ、


「すみませーん、先生、川島くん、体調悪いらしいんで保健室につれていっていいですかー?」


 先生が何か声をあげていたがよく聞こえない。彼女が僕の制服の袖を摘まみ、引っ張るので、無駄に抗わず教室を出た。


 教室を出ると人のいない、冷えた空気が漂っていた。

 しばらくお互い黙って歩いていたが、階段を上りきったところで幡中さんは立ち止まりこちらを向いた。


「感謝してよね」


 まっすぐと僕をじっとみつめ、首を傾けた。


「聞いてんの?」

「え、あ、うん、……ごめん」


 彼女はさらに顔を近づけてきた。僕は靴を後ろに滑らせ、わずかに退く。「な、なに」と困っていると、幡中さんは吹き出して笑う。


「さっきよりマシ」

「さっき?」

「朝の顔はマジで殴りたくなったけどマシになってる」


「そ、そうなんだ。……やっぱり気悪くしてたんじゃないか」

「本当にしてないよ。人様の事情に興味ないし。あたしは友達の代わりに言っただけ」


 澄ました顔でそういう幡中さんは髪をくるくると弄っているけど、興味ないと言いつつ友達のために動く彼女の優しさは滲み出ていた。


「そっか……。優しいんだな」

「そうかな。ま、あんたより優しいかもね」

「嫌な言い方」

「あは、ごめんねー。でも、あんたも事情があるんでしょ。謝ったから、もう責めるのやめる」


 そういって幡中さんは制服の袖を離し、それから僕の手をとった。

 保健室へと向かう。振りほどくことはできた。

 でも、しなかった。


 彼女の温もりが優しくて、自分の心がいかに冷えているのか気づかされたから。

 ……僕も君みたいになれるかな。

 

「好きだ」

「……は?」

「尊敬するよ。見習いたいって思う」

「あっ、そういうこと。びっくりしたー」

「……ごめん、そういうことじゃなくて」


 僕は必死に謝っても、どんどん顔が熱くなってくる。


「ね、あとであんたの連絡先交換してよ。ちょっと興味出てきた」

「わ、わかった」


 幡中さんはたいして恥ずかしいこと言ってないはずなのに、なぜか頬を赤らめていた。

 保健室に来たあと、幡中さんは教室に戻っていった。僕は微熱があるらしく、とりあえずベッドに横たわり様子をみていたが、念のため早退することになった。


 鞄をとるために教室に戻ったが、移動教室のせいだろう、クラスの人はいなかった。

 ただ彼女だけはまだ教室にいた。


「ごめん、早退することになったから交換はまた」

「ん、わかった。またね」

「……うん、また」


 そういって教室を出ていった。その後すぐにチャイムが鳴った。

 幡中さん、きっと遅刻したな。怒られてないといいけど……。


 外は雨が止んでいた。

 また、か。

 地面が濡れ、空気は少し湿っていた。


なろうラジオ大賞に応募するつもりで書き始めましたが、応募条件を満たしていないと判断しました。せっかく書いたので、上記大賞のタグなしで投稿します。

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