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僕と俺と私のちょっと不思議で驚けて笑える物語

一人救うために百の犠牲が必要な回復術師が選んだ選択

作者: ヒデ

「やああああああああぁ」

目の前の魔物に向かって、思い切り振り上げた剣の位置エネルギーをすべて運動エネルギーへと変換し、更に私の全体重を乗せて一閃。

狼型の魔物が断末魔の残響を残しながら、塵へと姿を変え、ポトリと魔石が落ちる。

「ハァハァ...」


しかし、私が倒した魔物の穴を埋めるようにまた新たな魔物が歩みを進める。もうどれだけの時間、この鬼気迫る攻防が行われているかを気にかける余裕は無いが、確かに言えることは、今まで生きながらえているのは奇跡だということ。

百編やれば百編、避けようのない死が訪れるだろう。


命からがら、先の魔物は何とか仕留められたが、既にかなり無理をして振り続けてきた腕は鉛のように重くなり、もうポーションで騙し騙しやっていくのにも限界だ。

私は華奢で小柄なみためをしているものの、常日頃の鍛錬を怠ったことは無い。

一度たりとも。

そう自信をもって断言できるほどの過酷な鍛錬を身に課してきたのは、ひとえに魔物に怯える民のため──などそんな大それた大義を掲げていたからではなく──


ただ、ある人の隣に立ちたいがため。

ただ、ある人を守れる強さを手に入れるため。

ただ仲間と共にあるために。


あたかも国に命を賭して、国民のために自らの命など顧みずに魔王討伐へと漕ぎ出す英雄を見る目で送り出してきてくれた国民には少し申し訳ないけど。


そんな私個人の身勝手──聞く人が聞けば嘲笑うかであろう私が戦場に立つ動機は、幾度となく私を鼓舞してきてくれた。

今も、絶望的な状況に諦めかけている私に、勇気をくれている。

剣を振る理由はそれだけでいい。


近くで彼らも、迫り来る死から抗っているはずだ。

魔物の強さは魔王城に近づくにつれて知性も強さも桁違いに跳ね上がり、力量を見誤っていた私たちは悪戦を強いられるし、荷物を奪われるし、終いには分断されるしで最悪の状況───

でも、きっと彼らなら大丈夫。生きて絶対に再会するんだ。


ああ、無事再会することが叶ったら想いの丈を彼に伝えよう。直接伝えるのは小っ恥ずかくて今まで誤魔化してきたこの想いを彼は受け入れてくれるだろうか。


後は、全て投げ出して仲間と他国に逃げてしまってもいいかもしれない。もともと剣士の誇りで闘いに身をおいてきたのでもないのだし。私は戦場に生きてきた女で、これまで闘いの術しか教わってこなかった生活力の欠けらも無い女であるけれど、まあなんとかなるだろう。

勿論、彼がまた剣を握って魔王討伐を目指すのだったら、隣で共に剣を握るし、食糧もろくに持たせないで半ば無理矢理送り出してきたあの王への反乱を起こすのだったら手伝おう。私も、私の体を舐め回すように見てくるあの王様は気にくわなかったし。


結局のところ、愛する彼と、仲間と、一緒に居られたらそれでいいのだ。


こんなときに呑気で馬鹿みたいな理想に思いを馳せている自分に気がついて、不思議と笑みがこぼれた。辛いとき、頭には仲間の顔が浮かんでくる。そして、もう腕が上がらない程に蓄積された疲れと傷の痛みが、和らぐような優しい感覚に包まれた。

やってやる。

と、頭の中で反芻し、私は優に三十は超えるであろう魔物の群れへと、目に生への執着を宿しながら飛び込んで行くのだった。決して死なないという決死の覚悟で。


******


己の血と、返り血で赤赤しく服を染めあげた私は、彼を、仲間を探した。

掠れた右目の視界と、潰れた左目の影響で足元もおぼつかなかったし、その足元も片方しか残っていない。それでも私は足を引きずりながら懸命に探した。


「どこにいるの、みんな......」

そのとき、足に何かがぶつかった。目をやると、それは彼──いや、彼と呼称するにはその個体はあまりにも不完全な物体が転がっていた。霞む視界のせいで、見間違えたことを祈る私だったが、目を凝らしてよく見るとと、それが、彼が、見たままの状態であるとはっきり分かった。分かってしまった。


息が荒くなり、不規則なリズムを刻む。

それと相反して、頭の中から鈍器で殴られているかのような頭痛が、リズムをとってガンガンと、実際に外に聞こえているんじゃないかと思えるくらいの音量で鳴り響く。立っていられないほどの目眩がする。


彼の腰から下がない。


よくよく周りを見てみると、遠くに彼の足が──いや違う。あれは彼の足ではなく仲間の魔術師の足だ。あっちには聖職者の頭部──


「いや、そんな...」

咄嗟に彼の半身を抱えた。嫌だ。こんなの間違っている。そう、きっと何かの間違いだ。

一縷の望みに縋るように、彼の心臓に耳を当てる。先程の闘いで鼓膜が破れているのすら忘れるほど混乱していることに、数秒遅れて気がつく。そうだ、脈を確かめよう。


彼の首に手を当てると、ほんの微かに、本当に少しだけ──熱が脈打っていた。そういえば彼には残り少ないハイポーションを、それぞれに最低限の二本を残して、あとは全部渡していた。が、口惜しいことに、私たちの国のハイポーションはこんな大傷を癒せはしない。

或いはフルポーションであれば可能なのかもしれないが、何しろ大変高価なものなので、王は他国との貿易に回すと言ってひとつたりとも持たせてはくれなかった。


けれど、ハイポーションでも延命程度は叶うはず。暗くて見えていなかったが彼の周りには空き瓶が転がっていた。本数からして多分仲間の内の誰かが、彼に分け与えたのだろう。彼はそんなこと出来ない、と言っただろうけど。


嫌がる彼に無理矢理渡して。

彼も、悩んで悩んで悩み抜いた先に、受け取ったのだろう。


そして、息があるのなら私の回復魔法が使える。

──ここまで述べてこなかったのは、何も隠してたのではなくて、滅多にこの魔法は使わないからだ──滅多にじゃないな、これまでに一回も使っていない。実際、パーティの中での私の立ち位置は剣士であったし、ギルドでの高精度鑑定で、この能力が分かってから今まで誰にも伝えてこなかった。


この世界に生きる人がランダムに百人死ぬ代わりに、どんな危篤の状態の人でも回復する魔法──それが私の魔法だった。


誰にも教えなかったのは、そもそも使うつもりが毛頭なかったから。

仲間にすら教えなかったのは、彼らは自分達には使うなというだろうから──

誰かの幸せを奪いさり、犠牲の上で繋いだ命なんて、そこまでしてみっともなく生きたくは無いと──

そんな重い命を抱えて生きてく自信が無いと──そういうだろうから。


絶対に使ってはいけないと、ずっと言い聞かせていながら、毎回戦闘時には、この魔法分のMPはずっと残しておいたのだから私はどうしようもない最悪の人間なのだろう。

知らない人一人の命と、知らない人百人の命であれば、百人の命の方が、価値があると言い切れるのに、それが身近な人に置き換わると天秤は一気に傾きを変えるのだった。闘いの中で仲間の誰かが、危険に陥れば躊躇なく使うつもりだった。


私の中で命の価値は平等ではない。

命には優先度がある。

大切な人が生きてくれるのなら大勢の犠牲も見て見ぬふりができる。

もし、代償がこの世界全てだったとしても、それでも私は同じ選択をした。


急いで回復魔法をかけなければ、彼の、消えかける寸前である命の灯火が、ほんの少しの風で消えてしまう。


私は詠唱を唱え始めた。

今から私は、この手で、罪のない人々を百人殺すのだ。そしてその罪を、生涯抱えながら生きていく。そう覚悟を決めて。


──詠唱が始まると犠牲として、

どこかで、明日は久しぶりに休みが取れるからどこかに出かけようと会話をする家族の、妹が死んだ。

今日は頑張ったから豪華な夕飯を食べようと奮発した男が死んだ。

大病にかかり、明日には死ぬであろうと宣告された老人が死んだ。

明日喧嘩した彼女に謝ろうと決意した青年が死んだ。

何気なく通りゆく人を眺めていた女が死んだ。

また遊ぼうねと約束を交わして笑顔で帰路に着く少女が死んだ。

故郷を出て、都市で念願の店を出すことになった若者が死んだ。

盗賊に襲われている仲間を助けようと震える心を奮起させて一歩踏み出した青年が死んだ。

こんなに幸せでいいのかなと涙を流した女性が死んだ。

ゆくあてもなくさまよって、路地裏で暗い顔をしていた少年が死んだ。

仕事熱心に働く衛兵が死んだ。

本好きの女が死んだ。

怒った男が死んだ。

困ったように笑う老婆が死んだ。

捕らえられた囚人が死んだ。

怠惰に生きる青年が死んだ。

綺麗な花を見つけた少女が死んだ。

人殺しが死んだ。

天才学者が死んだ。

明日が誕生日の子供が死んだ。

晩酌を嗜む男が死んだ。

子供と遊ぶ父が死んだ。

治療前の患者が死んだ。

星に誓った女が死んだ。

死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。死んだ。ルーレットは無慈悲に犠牲を選出し続ける。


──そして、重症でもう助からないであろう死ぬ寸前の青年が、剣士の女に抱き抱えられながら、回復魔法の犠牲として死んだ。


私の手には行き先のない百人の命の重さだけが残った。


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