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「ふざけないでよ!嫌な事も多かったけど、友人もいて家族とも仲良く30年過ごしてきたのよ!それをあっさりなかった事にされて許せると思ってるの?人の人生なんだと思ってるのよ!!!こんな所に一秒だって居たくない!今すぐ元の世界に帰せーーーー!」
そう怒鳴った後、崩れ落ちた妙子をベッドに寝かせ、癒しの術を施したイスウは今回の召喚の儀を行った魔導士達に問いかけた。
「お前達は、彼女の叫びを聞いてどう感じたのだ?異世界で幸せに暮らしていた一人の女性の人生を狂わせた事は分かっておるのか?召喚の儀は国王陛下の名のもとに行うのもの、軽々しくやるべきことではない。どんな理由があろうともだ!そして、カーライル皇子あなたもそれは理解していると思っておりましたが?」
魔導士3人の陰に隠れ、妙子には見えなかったが、3人の後ろには、椅子に座った2人の人物がいた。一人は召喚の際妙子を罵倒したカーライル。そして、もう一人はカーライルの父である国王ライエルだった。
イスウに問われ、ビクッと肩を竦めたカーライルだったが、
「俺は、この国の為を思って召喚の儀式を行った。必要な儀式だったんだ、間違った事はしていない!この国を平和に導くために聖女は必要なんだ」
「ほう、必要か?それは誰にとって必要だったのだ?お前は私の許可なく儀式を行い、無関係な女性が巻き込まれあの様に怒りをあらわにしている姿を見ても、必要な事だったと?この国の為?お前はいつから国王になったのだ?儀式で召喚された女性は国王が娶るとなっている事を知らぬ訳ではあるまい?」
「えっ!召喚した者が娶るのではないのですか?」
「…そんな事すら知らずに行ったのか…」
ライエルは額に手を当て深いため息を吐く。国王だけが使える召喚の秘術、これは秘術と言えどもこの国の人間なら存在は知っている。実際に秘術を行い、それを自慢した愚王がいたからである。だが、秘術のやり方を知っているのは、国王のみ。カーライル皇子が知っている筈がなかった。聞きたいことは山ほどあるが、妙子が寝ているこの部屋で騒ぐことは避けた方が良いと判断したライエルは、カーライルの腕を掴み部屋を出る。
「カーライルよ、北の塔での謹慎を命じる。詳しい事はそこで聞く。連れていけ。イスウよ、魔導士の処分はお前に任せる」
「こちらの3人は処分が決まるまで西の塔での謹慎を命じる」
項垂れ大人しく騎士に連れられて行く彼らの姿を見ることなく、ライエルとイスウは反対の方向へ歩き出す。
「しかしイスウよ、あの儀式の詳細をカーライルに教えたのは誰だ?あれは代々の国王にのみ伝えられる秘術だ。今は俺と親父しか知らない筈なのだが…、どこから漏れた?」
先代の国王が言うはずもなく、ライエルもいくら息子だからと言っておいそれと秘術を教えたりはしない。
「…それに関してましては、中でお話しさせて頂きます」
「分かった」
そこは、窓もない小さな部屋だった。椅子とテーブルしかない密談用の防音部屋。イスウがそんな場所を指定する程の情報を手に入れたと言う事になる。もしかしたらこの国を揺るがす大事件に発展するかもしれないと覚悟を決めてライエルは椅子に腰かけた。
「こちらをご覧ください。先々代の国王陛下の日記です」
イスウが出してきたのは一冊の古びた書物だった。
【*月、今日は月が綺麗だ。こんな日は妻とお忍びで月見をした事を思い出す。月も綺麗だったが妻はもっと綺麗であった】
【#月、今日は雨。こんな日は妻と二人より添い庭を眺めながら他愛もない話に興じた。妻の笑顔は本当に綺麗だった】
「…爺さんののろけ話が書いてあるだけではないか」
日記と聞いて渋々中を読んだライエルだったが、どのページにも祖父の妻への想いがびっしりと綴られていた。これ以上見たくはないとばかりに眉をひそめ書物を閉じる。しかし、イスウはあるページを開くと再びライエルへと書物を差し出した。
【@月、今日は30年に一度の月食。この日は異世界との道が繋がり王家に伝わる秘術によって異世界の乙女を召喚できる日だ。私は召喚を行い愛しい妻と巡り合うことが出来て幸せだった。だが、この秘術を息子であるエルビスに伝えた時、今後はこの秘術を使う事は無いと言い放った。本当に妻が幸せだったと心の底から言えるのかと。エルビスは自分の息子にこの秘術を伝える事は無いだろう。だから、ここに記すとする。私が幸せだったことは事実なのだから。私の子孫がこれを見て私と同じ幸せを掴めるよう願っている…】
ライエルはギョッとした。召喚用の魔法陣がはっきりと書かれていたのだ。そして、3人の魔術師が月食の日に同時に魔術を注ぐ事。とまで書かれていた。父と共に封印したはずの魔法陣がこんな形で再び現れ、カーライルを愚行に走らせることになるとは。恨むぞ、爺さん…と頭を抱えるライエルだった。
「これを偶然見つけ、儀式を行ったようです。【国王のみが使える秘術】と書かれているにも関わらず、自分たちの都合の良い解釈をしたのでしょう。愚行に走らせたもう一つの理由がこちらです。最近流行っている物語だそうです」
イスウは、もう一冊の本を差し出す。
「…物語だと?」
「はい、どうやら異世界から来た少女が聖女となって、魔物やら魔王やらを退治し国を救うと言う大衆小説で、とても人気があるそうです」