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妙子の目の前には、長い真っ白な髪の毛と髭のお爺さんが深々と頭を下げている。
その後ろには、爆風で吹っ飛ばされた上お爺さんに張り飛ばされ青あざと体中擦り傷だらけの魔導士3人。お爺さんの名はイスウ・メルテル、魔導士の長だそうだ。きちんと説明と謝罪がしたいと言われ、部屋へと案内された。
「この馬鹿どもがご迷惑をお掛けしました。誠に申し訳ございません。まさか中途半端な知識で召喚の儀を行うとは、わしの監督不行き届きでしかありません。許して欲しいとは言いませぬがお怒りを鎮めて頂けないでしょうか」
「…家に帰してくれると言うなら」
「それは…。本当に申し訳ないのですが出来ないのです」
「何故ですか?召喚なんてそちらの都合ですよね?私が望んだ訳ではない事ですよ?なのに帰れない?私にだって家族はいるんです!いきなりいなくなって心配している筈です」
「…その辺の所は、複雑でして…。お怒りを承知で申し上げますと、この世界に召喚されたと同時に、妙子様の存在は元いた世界では消滅しております。つまり、存在していない事になるのです」
「はあっ?」
衝撃的な告白に、妙子は開いた口が塞がらない。呆れるほどのご都合主義。帰れないじゃなく、帰る場所すら奪われていた。これで怒りを鎮めろと言われても無理だろう。火に油を注ぐ行為だった。
「ふざけないでよ!嫌な事も多かったけど、友人もいて家族とも仲良く30年過ごしてきたのよ!それをあっさりなかった事にされて許せると思ってるの?人の人生なんだと思ってるのよ!!!こんな所に一秒だって居たくない!今すぐ元の世界に帰せーーーー!」
ぶちぎれた妙子は怒りに任せて叫び、この部屋にもこの人達とも一緒にいたくないと部屋を出て行こうと立ち上がった。が、元々病み上がりの身体に度量オーバーの出来事が妙子に負担を掛けていたのだろう。一歩も足を動かすことなく、妙子はその場に崩れ落ち気を失った。
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「妙子、今日は妙子の好きなすき焼きにしたからたくさん食べてね」
「姉ちゃん、肉ばっか食べてんじゃねーよ!あっ、それ俺の肉!」
「ふふん、早い者勝ちよ~!あんたは豆腐でも食べてなさいよ」
「ほらほら、ケンカしない。まだ肉はたっぷりあるんだから好きなだけ食べろ」
実家に帰ると母は必ずすき焼きを用意してくれた。会う度に痩せて顔色が悪い妙子を気遣ってくれていた。弟も、生意気な口を叩くが妙子の心配をしていた。ホッとする、無条件に自分の味方である家族といる時間が妙子の癒しだった。どんなに仕事が辛くても、笑顔で迎えてくれる存在。幸せなひと時に美味しい料理。
「みんなで食べると楽しいし、美味しいね!」
にっこり微笑み鍋の肉を掴もうとした瞬間、妙子は暗闇に包まれた。
「お母さん!」
叫ぶと同時に目に飛び込んできたのは、真っ白なレースのカーテン。そして、両手を伸ばしても余るほどの大きなベッドに寝ている自分。ここがどこかなんてどうでもよかったが、夢に出てきた優しい家族に、どんなに文句を言おうがあがこうが、二度と会えない現実と絶望で妙子は声を押し殺すことなく泣き出した。