1
「やったー、成功したぞー!」
「カーライル皇子の御代はこれで安泰だ!」
魔法陣の中に人影が浮き上がり、光が収束していく。
その様子を見ていた数人の魔導士は、異世界の乙女を呼び出すことに成功した喜びでいっぱいだった。だが、彼らは次の瞬間響いてきた声に凍り付く。
「私の肉がないーーー!」
ここは、フリュス王国。アトラス大陸の中でも豊かな自然に囲まれ、小さな国ではあるが国民の生活は安定しいる。
それは、王家にのみ伝わる秘術のおかげと言う噂があった。今宵、その儀式を行った者達がいた。
「なんだ、あの女は…」
魔法陣の中にぺたりと座り込んだその乙女、妙子はお茶碗と箸を持ちながら現れた。
呼び出した魔導士達も、唖然とその光景を眺めている。彼らが凍り付くのも無理はなかった。今までの文献から、乙女召喚の儀式は聖なる儀式で、召喚された乙女は光と共に現れ、その国に繁栄をもたらす唯一無二の存在。
彼らの希望と夢の詰まった存在であるはずの乙女とは思えないその姿と言葉。この場にいた全員の魔導士の頭に浮かんでいたのは、「失敗」の二文字だった。
******************************
「ん-ー、美味しい~!!!」
異世界へ呼び出された時、妙子は夕食中だった。久しぶりの高級和牛の焼き肉を堪能していた。
ブラック企業での過酷なサービス残業により体調を崩し、療養中の妙子に栄養を付けてもらおうと父が用意してくれた物だった。
肌も荒れ、目の下にはくっきりとクマが出来、髪の毛もボサボサ。睡眠時間4時間程度で働き、食事もいつも簡単にコンビニ弁当。化粧を落とさず寝落ちが日常だった妙子。
なぜそこまでがむしゃらに働いたのだろうと、体調を崩した今になって理解に苦しむが、当時はそれが当たり前で、皆がやっているのだから当然だと思っていた。
だが1ヶ月前、就業中に倒れ救急車で運ばれた妙子に対し、会社は退職勧告をしてきた。
自己管理の出来ない社員はいらないと。頑張ってきた自分を全否定された妙子は、そのまま会社を辞めた。
のんびりと好きな時に寝て、TVを見ながらゆっくりと食事をする。そんな当たり前の日常を取り戻している時だった。
「こんなに美味しいお肉食べれて幸せ~」
父に感謝しながら舌鼓を打っていた。
さて、もう一枚食べようかなっ、と目の前の肉に橋を伸ばした瞬間、目の前に光が現れたのだ。妙子はいつもの立ち眩みを起こしたのだと思い、ぎゅっと目をつぶり身体に力を入れた。
光が収まったのを感じ、ふうっと息を吐き、食事を再開しようと目の前にあるはずの肉に手を伸ばし…
「私の肉がないーーー!」
と、叫んだのだった。異世界へ召喚された妙子の第一声がそれであった。
********************************
私の肉、どこ!とじっと目の前を凝視しても、肉どころかテーブルもなく、座っている床の上には見たことのない模様が描かれている。何が起きたか分からないまま妙子は、パッと顔を上げると赤茶色の髪の毛に碧の瞳の青年、カーライルと目が合った。
「この女が乙女なのかーーーー?」
カーライルの絶叫が響き渡った。
「おい、どういう事だ!異世界の乙女を召喚したのではないのか?」
ギギギっと音がしそうに首をゆっくり回し、隣にいる魔導士に声をかける。
「カーライル殿下…召喚は成功……「これのどこが成功だ!どう考えても失敗だろう!!乙女が呼び出されるはずじゃなかったのか!こんな年増を呼び出しておいて成功とは良く言えたものだ!」
魔導士の肩をガクガクと揺さぶり文句を言い続ける。
「この秘術はこの後30年使用できないんだぞ、分かっているのか!俺の将来がかかった大事な儀式だったんだ。この女と婚姻を結べと言うのか!ふざけるのもいい加減にしろ!!!」
目の前で繰り広げられる一方的な罵りに唖然としていた妙子だったが、カーライルと呼ばれた男の言葉で何となくは状況が飲み込めた。
「いい加減にしなさい!文句を言いたいのはこっちの方よ!!」
ゆらりと立ち上がり、むんずとカーライルの胸元を掴み力任せに前後に揺さぶった。
「あんたねえ、さっきから黙って聞いてれば言いたい放題言ってくれちゃって。何の権利があって異世界から女を攫う卑劣な真似をしておいて、被害者面してんのよ!」
「なっ…」
「あんたが何様だか知らないけど、今すぐ!私を元の世界に戻しなさい!!肉が冷めちゃうでしょうが!」
「に、く?」
「そうよ、高級和牛!久しぶりの豪華な食事なのよ、楽しみにしてたんだから。さあ、とっととこの魔法陣動かしてよ!」
「………出来ません。この魔法陣は一度しか動かないのです。召喚する事は出来ても帰る事は不可能なんです!ごめんなさいーーーー!」
「はあっ?}
横から声をかけてきた魔導士を睨みつける。その間もカーライルをガクガクと揺らし続ける事は止めない。同じくらいの背丈とは言えど、力の差は歴然。異世界人と言うとんでもない化け物を召喚してしまったと、後悔をしていた。
その上で、妙子の殺気を帯びた視線にこの返答次第で自分達にも危機が訪れると恐怖に思ったのか、ごめんなさいと言う言葉と共に魔導士達は逃げ出した。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
しかし、我先にと扉を開け飛び出そうとした瞬間、爆音が轟き彼らは扉ごと吹っ飛んだ。