第二十話:首都ローディニアへ
ノエルが貨車の前面にある扉の鍵穴を手探りで見つけ、ポケットから取り出した針金を器用に使って開けた。
マリーは、ノエルがそういう技術をどこで覚えたんだろうと思ったが黙っていた。
貨車の中は暗くてよく見えないが、中に入ると綿織物らしき製品が大量に置いてあった。
それを見てノエルが言った。
「この機関車は工場の原料の綿糸をダートフォード市まで運んできて、その帰りに市内の工場で生産した製品を首都へ持って行くみたいだね」
製品でぎゅうぎゅう詰めなんで隅っこの狭い空間に二人で座る。狭いけど綿製品がたくさん置いてあるおかげかあまり寒くない。
ノエルがちょっとつぶやくように言った。
「なんだか、いやなこと思い出しちゃった」
「どうしたの」
「さっき隠れ家で言ったじゃん。紡績工場から逃げ出したって。同い年の子が事故で機械に挟まれて死んだのを見たからだけどさ。でも、他にも死なないまでも指とか切断した子とか大勢いたんだ。そういう子は役に立たないから即行でクビ。働けないから救貧院からも追い出されちゃう」
「追い出されたその子たちはどうなっちゃうの」
「どうしてんだろうなあ、浮浪者かなあ」
「ノエルは逃げ出したあとどうしたの」
「最初はゴミをあさったりしてたんだけど、ギルモア泥棒団にひろわれてさ」
「ギルモア泥棒団?」
「たいした団体じゃないよ、少年たちでつくった泥棒を生業とする集団さ。十数人くらいしかいなかったんじゃなかったかなあ。そこでいろいろと教えてもらったんだ、泥棒の仕方さ。鍵の開け方とかね」
「けど、なんでダートフォード市にきたの」
「……うーん、えーとね。泥棒団が警察につぶされてね。仕方なくローディニアからダートフォードに逃げてきたのさ。さて、夜中に叩き起こされたあげく、警官たちに追い回されて疲れたよ。この列車、こんなに製品を詰め込んでいたら見回りとかも来ないだろうからちょっと眠ろう」
そう言ってノエルは目をつぶった。
ノエルの言ったことを思い出しながら、表面的には明るい感じだけど、今までどれだけ辛い目にあってきたのかとマリーは気になった。自分は優しいアダム伯父さんに引き取られて、幸運だったなとも思った。
機関車の揺れが眠気を誘う。本当は真っ暗なとこで眠るのは苦手なのだがすぐ隣にノエルがいるので今は怖くはない。
いつの間にかマリーも眠ってしまった。
…………
私たちのパーティーは今、複雑な通路が入り組んだ迷路のような洞窟の中で立往生している。どんなモンスターが現れるかわからない。この洞窟は特殊な結界が張ってあり、私の得意な探知魔法が効かないらしい。この先、進めば進むほど迷宮の中に入り込み、下手をすれば全滅するかもしれない。
私にはこのまま洞窟の中を進んでいっても、うまくいく自信がなかった。
「ここは一旦、撤退したほうがいいんじゃないですかね」と慎重な弓使いが私に助言した。
他のメンバーも同意見のようだ。
「仕方がないわ、一度戻りましょう」とリーダーの私が判断すると、最近仲間になった狐の顔をした獣人がクスクス笑って言った。
「何怖がってんの、先に進まなきゃ」
「しかし危険な感じがするわ」
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃん!」
…………
「マリー、起きて。もう朝だよ」とノエルに揺り起こされる。
気がつくと、車体の隙間から日の光が差し込んでいる。
なんかまた変な夢を見たなあ、自分の小説の登場人物たちが出てきたとマリーが考えていると、ノエルが言った。
「もしかしたら警察が待ち構えているかもしれないので、ローディニアの終点駅の前で降りよう」
「え、飛び降りるの」
「大丈夫、確かローディニア駅の前にかなりの急カーブがあるんで速度を落とすから」
しばらく待っていると、機関車がノエルの言う通りノロノロ運転を始めた。
「だいぶ速度が遅くなった。これなら大丈夫でしょ」とノエルに聞かれて、
「うん」とマリーは答えたが、やはりちょっと怖い。
貨車の扉を開ける。
外はかなり寒い。二人で貨車についているはしごにしがみつく。
「昨夜はほとんど真っ暗だったけど、今はだいぶ明るくなったから、乗務員に見つからないように気をつけて。あたしら、ただ乗りしたわけだからさ。飛び降りたら地面にすぐ伏せて。じゃあ、行くよ」
「はい」
二人は手をつないで、一緒に飛び降りた。
線路近くの軟らかい草むらに着地する。その後、二人で草むらにじっと伏せる。
そのまま何事もなく列車は通り過ぎて行った。
「どうやら誰にも気づかれなかったみたいだね」
「これからどうするの、私たち」
「ここからすぐ近くにあるローディニアの下町に行こう」
ゴチャゴチャと粗末な家が立っている場所まで歩いていく。
「ここら辺は首都ローディニアの下町でイーストエンドって名前の場所だね。ここも、いわゆる貧民街ってやつさ。ちょっと危険な場所だからあたしから離れないで」
「どんな風に危険なの」
「ローディニアの犯罪の多くがこのイーストエンドで行われるって聞いたなあ。まあ、あたしも泥棒だけどさあ」
まだ早朝だが、労働者向けの軽食を販売している売店などがならんで、けっこう人通りが多い。
「おなか減ったね。マリー、少し待ってて」
マリーを通りのまだ開いてない店の建物の前に待たせて、ノエルは食料品の売店に近づいて、皮ごと焼いたジャガイモを二個買った。
マリーの方へノエルが歩いてくるが、上着の下から新聞を取り出す。
どうやらジャガイモを買うついでに隣の新聞の売店から盗んだようだ。
いつ盗んだか全然わからなかった。すごい早技だなあとマリーが感心していると、ゆっくりとこちらへ向かって歩いていたノエルが新聞の一面を見て、一瞬立ち止まる。
その後、びっくりした顔であわてて走ってきた。
「ちょっと、大変だよ、マリー! 早くマフラーで顔を隠して。あたしの帽子も貸すから髪の毛も中いれて」
「ど、どうしたの」
二人で近くの建物の陰に入った。
「この一面見てよ、マリーの写真が載ってるよ」
その新聞の一面には、マリーとアダム伯父さん、そして皇太子殿下暗殺未遂事件で爆弾を投げた犯人とされるバーソロミュー・ロバーツが一緒に写っている写真が載っていた。マリーはいつも通り髪の毛を一本結びにしている。
「あ、伯父さんも載ってるわ」
「あんたと伯父さんはバーソロミュー・ロバーツと友人だったのかよ」
「友人じゃないわ。話したこともないし」
「この写真の下になんて書いてあるの」
「えーと、皇太子殿下暗殺未遂事件の実行犯バーソロミュー・ロバーツと組織のメンバー、アダム・オーガストとその姪のマリー・オーガスト」
「なんで知り合いでもないバーソロミュー爺さんと一緒に写っている写真があるんだい」
マリーはその写真を見て気が付いた。背景が教会の壁の模様に似ている。
「思い出したわ。確か、先月に教会で炊き出しがあったの。その手伝いでアダム伯父さんと一緒に行ったのよ。これ、その時の記念写真だわ。確か、ダートフォード・タイムズにも載せたと思う」
「じゃあ、たまたま隣に爺さんが立っていただけなのかよ」
「そうだと思う。けど、もっと大勢の人がいたのに」
「じゃあ、マリーと伯父さんと犯人のバーソロミュー・ロバーツのとこだけ切り取っていかにも同じ組織に仕立て上げたってわけか。これ警察の完全な陰謀じゃないの。警察のヤロー、ひどいことすんなあ。皇太子さんの警備に大失敗したから、組織的犯行とか言って、自分たちのミスをなるべく小さくしようとしてんじゃないの」
そうノエルが怒っているが、そもそもなんで自分やアダム伯父さんが狙われたんだろうとマリーは不思議に思った。このバーソロミュー・ロバーツって老人も、今考えるとただの浮浪者で皇太子様に爆弾を投げつける人には見えない。
「マリー・オーガスト容疑者はダートフォード市の下水道内に逃げ込んで行方不明って書かれているわ」
「そうすると、昨日の段階ではまだマリーはダートフォード市にいるってことになってるね。けど、あたしの隠れ家に警官がやって来たってことは、もうダートフォードから逃げ出したってことは警察の連中はわかっているんだろうな」
「首都に逃げたのは知られているのかしら」
「いや、それはわからない。ただ、この全国新聞に載ったからには、相当注意しないといけないと思う。完全に顔がばれているからね」
しばらく考えた後、ノエルが言った。
「ローディニアで一番信頼できる人がいるんだ。そこへ逃げ込もう」




