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 そして、約束の時間にモーテルに行きました。ノックのあとにドアを開けたアルバートは、私が昨日話をした〈Nice〉のウェイトレスだとは思いもせず、安易に部屋に入れました。


『スージーの友だちよ。リサ。よろしく』


 私だとばれないように、故意に片言の英語を使いました。


『スージー、あとで来るね』


『えっ?ここに来るって?』


 予期せぬ朗報に、アルバートは喜んでいました。


『スージーに、サービスするよう言われた。私、マッサージで働いてるね。パパさん、マッサージするね』


『えっ?マッサージしてくれるのか』


『するね。ベッド、横なって』


 私の話を信じたアルバートは、ウキウキ気分でベッドに(うつぶ)せになった。私は馬乗りになると、片手でアルバートの背中を優しく撫でながら、ポケットからフォールディングナイフを出すと、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく、背中に突き刺しました。アルバートは小さく(うな)ると、やがて動かなくなりました。枕をあてがいながらナイフを抜くと折りたたんでポケットに仕舞いました。


 なんの躊躇(ためら)いもなくこんな大胆なことができるなんて、自分でも驚きました。それはたぶん、スージーの父親への憎しみが自分の憎しみのように感じたからだと思います。私は、自分の父親を殺した思いでした。


 客室を出ると、目撃者を作るためにわざとヒールの音を響かせました。自分の身を守るためと、スージーのアリバイを完璧にするには、アルバートの死亡推定時刻に客室から出てきた‘白人の女’を印象付ける必要があったからです。明るい時間に犯行に及んだのもそれが理由です。


 私たちが〈Nice〉を辞めたのは、事件に関わっていることを周りに気付かれないようにするためです。いつなんどき余計なことを喋って墓穴を掘るか分かりません。そのことを恐れて辞めました。そして、事件は迷宮入りになった。


 私はスティーブのアパートに移り、スージーはニックのアパートに移りました。そして、スティーブと結婚した私は子どもをもうけました。幸せに暮らしている時に、私の父親、ファドから電話があったんです。あまりの恐ろしさで目の前が真っ暗になりました。連れ戻されたら奴隷のように扱われ、死ぬまで暴力を振るわれるのは目に見えています。今の幸せを失いたくない。


 私はニックと同棲しているスージーに相談することにしました。電話で事情を話すと、『私に任せて。明日の3時に公園の池で会う約束をして。あなたは午後3時の完璧なアリバイを作っておいて』そう言ってくれたんです。私は涙が(あふ)れました。スージーの力強い言葉が嬉しくて。ファドから聞いていたホテルに電話をすると、スージーに指示された時間と場所を伝えました。そして翌日、近所の主婦たちのパーティにベビーカーの息子と一緒に参加しました。そして、私がケーキを食べながら近所の主婦たちと会話を弾ませている頃にファドが殺された……」


 話し終えたエマは、深いため息をつくと項垂(うなだ)れた。ーー



 スージーからも話を訊くために、刑事はその足でニックのアパートに引き返した。エマから電話があったのだろう、ドアを開けたスージーは刑事の訪問を予期していた顔の様子だった。


「あの日、エマから電話をもらった私はアフロのかつらを買いに行きました。黒人に扮装する目的で。翌日、公衆トイレで黒人の格好をすると、瞳の色を隠すためにサングラスをして約束の時間にファドに会いに行きました。


『ファドさん?』


 ベンチから腰を上げたファドは、エマから聞いたとおりの大男でした。


『そうだけど』


『私、エマの友だちでオリビアと言います。子どもの具合が悪いので病院に行くから少し遅れると伝言を頼まれました』


『そうかい。わざわざすまないな』


 無精ひげのファドが前歯を覗かせた。


『いいえ。ステキな所ね。風が爽やかだわ。あらっ、あれは何かしら?』


 池のほとりに立つ大きな柳の木に隠れると、独り言のように呟きました。


『何か動いてる』


『どれ?』


 ファドは(かたわ)らに来ると、腰を曲げて池を覗き込みました。


『その水草の下』


 と指を差しました。


『えっ?どこだ?』


 ファドはそう言って前のめりになりました。


『そこです、そこ。水草のとこ』


 私はそう言いながらポシェットからジャックナイフを出すと両手で持ち、力を込めてファドの背中を刺しました。そして、ファドの腰を片足で押すと同時にナイフを抜きました。ファドは低い(うな)り声を発すると、池に落ちました。生い茂る水草がクッションになったのか、水音は鈍く聞こえました。水面を赤く染めながらファドは(しばら)くもがいていましたが、やがて動きを止めました。柳の木が目隠しになって、ファドの水死体に気付く者はいませんでした。私は公衆トイレでブラウンのファンデーションを落とし、アフロのかつらを外すと、アパートに帰りました……」


 すべてを打ち明けたスージーは、ゆっくりと顔を上げた。


「刑事さん。子どもは親の言いなりになるのが義務なんでしょうか?子どもは、……幸せになってはいけないんでしょうか?」


 スージーの目には涙が溢れていた。


「……いや、そんなことはない。子どもは親を選べない。それが何より不幸だ。しかし、誰しも幸せになる権利があります」


 刑事は真剣な眼差しを向けた。


「……刑事さん」




 逮捕される覚悟をしていた二人だったが、秋が深まる頃になっても刑事はやって来なかった。


「あの刑事さん、口は悪かったけどキレイだったね」


 スージーがエマに電話をした。


「ほんとに。それにハートも優しかった。なんかお母さんと話してるみたいでほんわかした」


「だね。エマも私もお母さんいないから、あんなお母さんがいたら、幸せだったね」


「そうだね。また会って話したいなぁ」


「私も。ね、どうして私たち逮捕されなかったの?」


「……分かんない。刑事さんが迷宮入りのままにしてくれたのかな?」


「もしそうなら、感謝しないとね」


「うん。……ほんとに」


「私たちを幸せにするために、迷宮入りのままにしてくれたんだよ、……きっと」


 そう言ったあと、受話器の向こうから無邪気な子どもの笑い声が聞こえてきた。スージーは幸せを噛み締めるかのように小さく微笑んだ。ーー






  完

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