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 スージーに誘われて同じ店で働くことにしたエマは、禿頭(とくとう)の店主、ジョセフを紹介された。ジョセフは好好爺(こうこうや)と言った感じで印象は悪くなかった。即決採用されたエマは、翌日から店に出た。


 店はランチとディナーの時間帯が忙しく、レジも兼ねているので、エマは計算ミスがないか心配だった。その上、メニュー名や値段も覚えなくてはいけない。


 スージーとエマは17時までの早番で、17時からは遅番が出勤する。その一人にスティーブがいた。歳は25、6だろうか、体育系のがっちりした体格だった。


「おはよう、エマ」


 キッチンの裏で帰り支度をしていると、出勤したスティーブが声をかけた。


「あ、おはようございます」


「少しは慣れた?」


 人懐っこい笑顔だった。


「ええ、おかげさまで」


「今度の休み、デートしない?」


 ロッカーから白いエプロンを出した。


「えっ?」


「ドライブでも」


「……考えとくわ」


 ピンクのエプロンをロッカーに入れると、エマはポシェットを肩に掛けた。


 外で待っていると、伝票の整理にもたついていたスージーが出てきた。


「お待たせ!ね、たまには飲みに行こうか」


 スージーは乗り気だった。


「私、まだ未成年よ」


「大丈夫よ、私と同じ歳に見えるわ。私のメイクが上手だから」


「……けど」


「ね、ね、行こう」


 腕を引っ張った。ーー連れて行かれたのは、〈FANCY(ファンシー)〉という、マスターが一人だけの小さなカウンターバーだった。


「ニック。紹介するわ、ルームメートのエマ」


「……初めまして」


「どうも、いらっしゃい」


 30過ぎてるだろうか、愛想は良くないが、何気に哀愁を感じさせる雰囲気(ふんいき)があった。


「私はジントニック。エマは?」


 スージーはそう言って椅子から降りると、ジュークボックスのほうに行った。


「……何かアルコールの弱いものを」


「じゃ、カクテルを作ってあげよう」


 グラスにボトルを傾けながら、エマを見た。


「ええ」


 スージーに目をやると、ジュークボックスから響くロックのリズムに合わせて踊っていた。エマと背格好がよく似たスージーは、スリムなボディをしなやかに動かしていた。その様子を眺めながら、カウンターの隅に座った初老の客がグラスを傾けていた。ニックもシェイカーを振りながら優しい眼差しを向けていた。


「はい、どうぞ。〈blue sigh(青い吐息)〉という、ウォッカをベースにした俺のオリジナルだ。飲んでみて」


 青い液体が入ったカクテルグラスをエマの前に押した。


「できた?」


 スージーが戻ってきた。


「わあー、キレイな色」


 カクテルのことを言った。


「じゃ、乾杯!」


 エマが手にしたグラスに自分のグラスを当てた。


「何に乾杯しようか……そうだ、入店祝いと友だちになったお祝いに」


「ありがとう」


「よろしくね」


「こちらこそ、よろしく」


「ね、ニックもいつもの飲んで」


 スージーが向きを変えた。


「じゃ、遠慮なく」


「ここは私のオアシス。くつろげると言うか……客が少ないからかも。ふふふ」


 エマの耳元で小さく笑った。ニックはビールの栓を開けていた。


「ニックはビール党だもんね」


 スージーは頬杖をつきながらニックを目で追っていた。


 ……スージーはニックのことが好きなのかも。エマは思った。ーー駄弁(だべ)ったり、踊ったりして、エマは楽しい時間を過ごした。閉店までいると言うスージーを残して、エマは先に帰った。ーースージーはその夜、帰ってこなかった。……ニックの部屋にでも泊まったのだろう。



 出勤すると、鼻歌交じりでモップを動かすスージーがいた。


「ご機嫌ね」


 冷やかした。


「まぁね。うふっ」


 スージーは意味深な含み笑いをした。ーーその日は珍しく客が少なかった。暇潰しに窓から往来を眺めていると、店内を(うかが)う中年の男が見えた。その男を見た途端、スージーは目を丸くすると慌ててキッチンに隠れた。スージーの様子にただならないものを感じたエマは、男の挙動に目を()えた。すると、男は店に入ってきて、キッチンを覗き込みながら奥のテーブルに着いた。


「いらっしゃいませ」


 お冷を置いた。男はエマを一瞥すると、


「コーヒー」


 と、つっけんどんに言った。年季の入ったボストンバッグを横に置いた男は、薄汚れたYシャツの袖を捲っていた。


 ……スージーとこの男の関係は?エマは男を見下ろしながら、ギリシャ鼻を(にら)んだ。


「な、ここにスージーっていないか?」


「えっ?」


 男の不意打ちに、エマは答えに迷った。


「……いいえ、いないわ」


「偽名を使ってるかもしれないな。ブロンドで、ブルーサファイアの瞳をした21、2の女だ」


「……いいえ。もう一人は今日はいないわ。それにブラウンの瞳に茶髪よ。歳は30過ぎてるわ」


 エマは適当な話をでっち上げた。


「……じゃ、ここにはいないか。だが、一応確認しとくか。その女はいつ出勤するんだ」


「誰が?」


「もう一人の女だよ」


「あら、今もいるとは言ってないけど」


「……どういう意味だ」


「茶髪がいたって言ったのよ。辞めたわ、1週間前に」


「辞めた?」


「ええ」


「で、どこに行ったか知ってるか?」


「いいえ。でも、電話をくれるかも。そしたら教えましょうか」


「ああ」


「どこに連絡すれば」


「いや。まだ泊まるとこ決めてないんだ」


「だったら、〈ACE INN(エース イン)〉っていうモーテルがおすすめよ。安いし、キレイだわ」


「じゃ、そこにするか」


「お名前は?」


「デップだ」


「じゃ、モーテルに着いたら、部屋番号を教えて。今、電話番号書くから」


「ああ」

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