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夜の虹  作者: 村崎羯諦
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 それは色鮮やかな光の雨でした。


 あなたの視界いっぱいに広がった夜の虹は深い藍色の夜空を覆い尽くすように、綺麗なアーチを描いていて、七色の光が空気中の細かい水滴を反射し、目がくらむほどにキラキラと輝いています。淡い水色だった砂漠の砂は虹の光に照らされ鮮やかな色へと変わり、砂丘の側面にできた影さえも、ほんのりとパステル色に染まっています。試しに手のひらを虹に透かしてみれば、あなたの皮膚と血潮の色さえも、七色の光の中で美しく移ろっていくような気がしました。


 あなたは夢の中で見たものよりもずっと美しく、幻想的な光景に、何も言えずにただ立ち尽くしていました。そして、そんなあなたに気がついた夜の虹が、優しい声で語りかけてきます。


「可愛い、人の子。可愛い、人の子。こんな夜更けに何してる?」


 あなたに会いに来ましたと返事をすると、夜の虹が蜃気楼のようにゆらゆらと身体を揺らし、嬉しそうに笑い出しました。空いっぱいに広がる虹が揺れると、お月さまとお星さまの光が複雑に絡み合い、色鮮やかな光がまるで生き物のように砂漠の表面で踊りだします。あなたの胸の中は、感じたことのない感情で胸がいっぱいでした。それは圧倒的な美しさを目の前にした時の感動と呼ぶべきものでしたが、幼いあなたはまだそれを言い表すだけの言葉を知りませんでした。


 パパやママ、そして妹にもあなたを見せてあげたらな。あなたがポツリと呟くと、夜の虹は穏やかな声で、それでは私の欠片をあげましょうとささやきます。あなたは地面においていたランタンを取り出し、蓋を明け、中に入っていた流れ星を外に逃がしてあげました。それからランタンを持ち上げ、夜の虹へ近づけようとしましたが、うんと手を伸ばしても夜の虹には手が届きません。そこであなたはラクダの背中に乗せてもらい、それでようやく夜の虹に触れることができました。虹は光の集まりで、手をその中に突っ込むと、誰かが入っていたベッドの中のような心地よいぬくもりを感じます。あなたは夜の虹にお礼を言って、虹の光の一欠片だけを手でつかみ、それをそっとランタンの中へと入れました。


 夜の虹はあなたに微笑みかけてから、優しい笑い声とともに藍色の夜空へと消えていきました。砂漠の色は元の淡い水色に戻り、お星さまとお月さまも何事もなかったかのように、済ました顔で輝き出します。あなたはさっきまで夜の虹が架かっていた場所を見つめながら、夢を見ていたのではないかと思ってしまいます。それでも、右手に持ったランタンの中で輝く七色の光の欠片を見ると、確かに自分は夜の虹を見たということが実感できるのでした。


 それからあなたはラクダに乗って来た道を戻り、パイナップル砂漠の入り口に停めていた自転車を漕いで自分の家へと帰っていきました。帰り道は来た時と同じように静かでしたが、不思議と心は穏やかで、寂しさとか不安は全く感じませんでした。それはひょっとすると、この一夜の大冒険が、あなたを一回りも二回りも大人にさせてくれたからかもしれません。


 あなたは音を立てないように玄関の扉を開け、家の中に入ります。家の中はあなたが出かけた時とまったく同じ静けさで、誰もあなたが帰ってきたことに気が付きません。あなたは忍び足で階段を登り、部屋に入り、静かに部屋の電気を付けて、リュックをおろします。


 リュックの中に入れていたランタンを取り出し、あなたはもう一度ランタンに入った七色の光の欠片を見つめます。美しい七色の光を見つめていると、あなたは今までしたことのないような大きなあくびをしてしまいました。


 あなたは眠たい目をこすりながら、ランタンを抱きしめベッドに潜り込みます。そして、明日すぐに妹さんにこれを見せてあげようとまどろむ意識の中で考えながら、泥のように深い眠りに落ちていきました。


 窓の外では少しずつ朝焼けがにじみ始め、お星さまたちが慌てて自分たちの家へと帰っていきます。あなたは夢を見ながら、ランタンを抱きしめる力を少しだけ強めます。そして、それに応えるように、ランタンの中の夜の虹の欠片がキラリと七色に瞬き、朝の訪れをほのめかすのでした。

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