表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜の虹  作者: 村崎羯諦
2/4

2

「可愛い、人の子。可愛い、人の子。こんな夜更けにどこへ行く?」


 上を見上げると、ちょうど真上に浮かんでいたお星さまがあなたを見下ろしていました。あなたはお星さまにこれから一人で夜の虹を見に行くのだと答えます。すると、お星さまはちかちかと光ったり消えたりした後で、それからくすくすと笑い出します。


 お星さまの笑い声は少しずつ大きくなっていき、それに合わせて、切れかけの照明のように、夜空を照らす光が強くなったり弱くなったりします。電灯の影は夜にしては明るい光に居心地悪そうに身体を細め、視界の隅ではおっちょこちょいなお星さまが流れ星となって地上へと落っこちていくのが見えました。お月さまが楽しげな笑い声に何事かと顔をのぞかせ、恥ずかしがり屋のいくつかのお星さまたちが慌てて姿を消してしまいます。


 あなたはお星さまと喋りをしながら夜道を自転車でこいでいきます。さっきまで感じていた不安や寂しさは、いつの間にかどこかへ消えてなくなっていました。そして、楽しい時間はあっという間に過ぎ去って行き、気がつけば町の外れにあるパイナップル砂漠の入り口にたどり着いていました。あなたは自転車から降り、コンクリートできちんと整備された道から、砂の地面へと足を踏み入れます。砂漠の砂は柔らかく、足にぐっと力を入れると、足が少しだけ沈んでいくような感じがします。


「可愛い、人の子。可愛い、人の子。こんな夜更けにどこへ行く?」


 あなたが声のする方へと振り返ると、そこには一頭の年老いたラクダがいました。ラクダの口もとはだらしなく開いていて、白髪のまつげが目を覆うようにしてだらりと垂れ下がっています。


 あなたはラクダのくぼんだ瞳を覗き込みながら、夜の虹を見に行くのだと答えます。ラクダはうんうんと頷いて、夜の虹が見える場所まで連れて行ってあげようと言ってくれました。あなたはラクダにありがとうと言って、連れて行ってくれるお礼としてリュックの中からビスケットサンドを一枚手渡します。


 あなたがラクダの二つのこぶの間に腰掛けると、ラクダはゆっくりと歩きだしました。あなたは硬い毛で覆われたラクダの首に捕まり、景色を見渡します。辺りは見渡す限り砂の地面が広がっていて、月と星の光を反射してうっすらと水色に光り輝いています。風が吹くと小高い砂丘の上で砂が水のように流れ、さらさらと心地よい音が聞こえてきます。


 砂漠は静かで、人は一人もいませんが、あなたを乗せてくれたラクダが話し相手になってくれました。ラクダは一歩一歩ゆっくりと歩みを進めながら、子守唄のように詩を口ずさみます。


 歯車仕掛けの水車に乗って


 ビロード模様に首っ丈


 吐息がピアスの穴から漏れて


 ハチが飛び交うネジ畑


 さびれた土星と踊ってみれば


 木工ボンドの音がする


 ラクダのこぶにつかまりながら、あなたはうとうとと舟を漕ぎ始めます。いつもなら暖かいベットの中で眠りについている時間ですから、仕方のないことです。砂漠の乾いた夜風を浴びながら、あなたはこんな夢を見ていました。


 夢の中で、あなたは夜の虹の上にいました。あなたは夜の虹を両足でまたいでいて、見下ろすとそこにはパイナップル砂漠が広がっています。上から見たパイナップル砂漠は所々が砂丘で盛り上がっていて、目を凝らすとあなたを運んでくれている年寄りのラクダや、さっきまで一緒におしゃべりをしていたお星さまたちの姿が見えます。よくよく考えれば夜空にいるはずのお星様が砂漠にいるなんて不思議ですが、これは夢の中ですから、あなたはそんな些細なことには気が付きません。


 夜の虹はそれぞれ違った色の七つの層でできていて、あなたが直接触れている一番外側の層は、毎朝食べているいちごのジャムのように真っ赤な色をしています。あなたが前へ進めと夜の虹に心の中で命令すると、虹はあなたを乗せたままゆっくりと動き出し、あなたが住む町へと進んでいきます。パイナップル砂漠の入り口を越え、先ほどあなたが自転車で通ってきた通りを抜け、そしてあなたの家の真上で止まります。


 あなたの家では、妹さんがちょうど窓から顔を覗かせていて、夜の虹にまたがったあなたの姿を見つけます。ここまでおいでとあなたが大声で呼びかけると、妹さんは両手を鳥のように器用にはためかせ、あなたの元へと飛んでやってきます。


 心優しいあなたは後ろに妹さんを乗せ、夜の虹から落っこちてしまわないようにと自分の腰へと手を回すように伝えます。それからもう一度夜の虹に呼びかけて、今度は今まで行ったことのない町の外へ向かって飛んでいくのです。


 そこであなたは夢のなかから覚めました。あなたは自分がラクダの背中の上に乗っかっていて、ぼんやりとした頭でこれから、夢に出てきたような夜の虹、それも本物の虹を見に行っていることを思い出し、少しずつ興奮で目が覚めていきます。


 ラクダは時々詩を口ずさみながら、ゆっくりとした足取りで歩き続けます。そして、何個目かわからない詩を歌い終わった後で、ラクダはゆっくりと歩みを止めました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ