偽りの姿
「ルーウェン様」
「……なんでしょう?」
謹慎を言い渡されたショックからか、やや元気のないルーウェン様に問う。
「ええと、こんな時に不躾なお願いだとは思うのですが……」
「……なんでしょう?」
ああ、同じメロディーを繰り返す壊れたオルゴールのようになっている……。
それでも私は思い切って口を開く。
「あの……先程のダグラス様という方のブリリアントブラックというドラゴンを拝見してみたいのですけれども……」
見たところあの二人は仲が良いとは思えない。こんなことを言うのはルーウェン様に失礼なのではと思いつつ、私は好奇心を止められなかった。
だってブリリアントブラックだよ。ブリリアントブラック!
そんなブリリアントな名前のドラゴンを見てみたいと思うのは人として間違っているだろうか。
ルーウェン様は瞳を見開くと、私の両肩を掴み、がくがくと揺すってきた。
「ヒルダ様! まさかダグラスの事が気になるのですか!? あの軟派男の事が!」
「ち、ちがっ、違います……! 落ち着いてください! 興味があるのはあくまでドラゴンです!」
「なんと! 奴のドラゴンに興味があると仰るのですか!? クーウェルよりも!?」
ルーウェン様は私の肩をさらにがくがくと揺する。
あ、この返しはドラゴン狂には逆効果だったみたいだ。
「い、いえ、そうではなくて……ええと、ほら、その、あのように失礼な方のドラゴンは一体どんなものかと……」
苦し紛れに言い訳すると、ルーウェン様はやっと手を離してくれた。
「なるほど。そういう訳でしたか。それならわざわざ見る必要などありません。クーウェルの後ではどんなドラゴンも霞んでしまいますからね。むしろ目が腐る。やめたほうがいい」
うーん……ここまで拒否されるとは。これは見るのを諦めるしかないか……。少し見てみたかったな。ブリリアントブラック……。
ルーウェン様がドラゴンを見せてくれる気が無さそうなので、私は話題を変える。
「あの、先程のダグラス様とはどういったご関係なので?」
その問いに、ルーウェン様の瞳が遠くなる。
「……あいつとは見習いの頃から同期で、竜騎士になったのもほぼ同時。認めたくはないですがライバルのようなものですね」
「もしかして、あの方はドラゴンが大好きなのではありません?」
「そうです。よくわかりましたね」
やはりあの人もドラゴン狂だったか。
「そういえば、初めて我が家にいらした時におっしゃってましたよね? ルーウェン様は国で二番目の実力者だって」
「そんなことも言いましたね。お恥ずかしい」
「それなら一番は、あのダグラス様なんですか?」
「まさか! 一番は騎士団長です! あいつは三番以下! 私が二番目です!」
「お恥ずかしい」と言っておきながらこの自信。なんというポジティブ思考。見習いたい。
いや、でも、実際に見た竜騎士レースでは見事な腕を披露していたから、二番目というのもあながち間違っていないのかもしれない。
「さて、あいつの話はもう良いでしょう。そろそろ行きましょうか」
結局ブリリアントブラックは見れなかった。
公道で馬車を拾うと、ルーウェン様が心なしか不安げに
「本来ならご自宅までお送りしたいところなのですが、生憎と私は謹慎の身。ヒルダ様お一人でお帰りいただくことになります。申し訳ありません。安全に送り届けるようにと御者には重々言い含めておきますから」
「そんな、心配なさらなくても大丈夫ですよ。子供じゃあるまいし」
「あなたはご自分の事をわかっておられない。あなたがどんなに……!」
「私が何か……?」
問うと、なぜかルーウェン様は黙り込む。
「……いえ、なんでもありません。どうかお気をつけて」
扉を閉めると馬車が動き出した。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
自宅に着くとグレイが出迎えてくれた。
「はあ、今日はなんだか疲れたわ」
「何かあったのですか?」
「うーん……色々ね……」
それにしてもルーウェン様とダグラス様って似てるなあ。タイプは違っても顔がめちゃくちゃ良いところとか。初対面の印象最悪なところとか、無類のドラゴン好きゆえに結婚まで申し込んでくるとか。
しかし、これっていわゆる「モテ期」という状態なんだろうか。
二人とも私の姓が目的というところが悲しいが。
でも、どちらに転んでも我がペンドラゴン家の存続は必至!
問題はお父様なんだけれど……私が婚約したって言っても認めてくれなかったし、その上爵位まで返上しようとしているなんて……。
どうしたものか……気が重い。何か気を紛らわすようなこと無いかな……。
「ねえグレイ、今日お夕食は何かしら?」
「夕食ですか? 雉のテリーヌの予定ですが、これから食材を買いに行こうかと」
雉! お肉! お肉が食べられる!
「ねえグレイ、その買い物、私に任せてもらえないかしら」
「ですが……」
「ほら、お父様のこともあるし。グレイにはなるべく家にいて欲しいのよ。お願い」
私が粘ると、グレイは
「そういうことでしたら……」
と、しぶしぶながら買い物を任せてくれた。
手持ちの服で一番地味な服に着替えると、髪を結って、分厚いレンズの眼鏡をかける。
これでペンドラゴン家に仕える使用人姿の完成だ。
買い物籠を持って家を出ると、外はまだ明るかった。
お肉。お肉。雉のテリーヌ。
思わず鼻歌を歌いそうになるのを我慢して、軽い足取りで市場へと向かう。
その時、前方に何かが立ち塞がった。
「君、かわいいね。これから俺とお茶でもどう? 近くに良いカフェがあるんだよね」
え、なに。なにこの人。私を誘ってるの?
でも私はこれからお肉を買わねばならないのだ。そんな軟派男に付き合ってる暇はない。
とりあえず「急いでいますので」と、男性の脇をすり抜けようとした瞬間
「……ペンドラゴン嬢?」
な、なんで? どうして私の名前を!?
はっとして男性を見上げると、そこにいたのは、つい先程求婚してきたダグラス様だったのだ。