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第195話『正しさの間違い』

年が明け、早二ヶ月経過……。

花嫁奪還編はこんな長くなる予定無かったのですが!

もう少し…の、はずです!

どうかお付き合いいただければと思います!

前回のあらすじ


ノイズと対峙し、黒い花の効果も分かり活用すると爆発が起こりノイズは下層へ。

ただ、ヨシュアもノイズを目掛けて攻撃を仕掛けて僕達は最初の式場にまで戻りました。

そしたら悪魔が戻ってきたのです。



⎯男は、嫌いだ。


それは感情ではなく事実に近い。

私の父親と名付けられる関係にあたる男は暴力で解決しようとする芥だった。

表では貴族として良い顔をし、裏では私と母、侍女をも甚振る奴だった。

だから祖父母は実子を見限り、縁を切った。

精神をすり減らした母は私に謝りながら出ていった。

私を置いていって独りで。

地獄だった。

毎日口の中は血の味だし、毎日呼吸で呻いてしまう痛みが身体から無くなることはなかった。

唯一助けてくれた侍女達は大怪我を負い、挙句に辞めさせられた。

祖父母も母も戻ってくることは無かったから死を覚悟した。


でも、侍女の一人が父を殺してくれた。


己の人生を犠牲にしてまで成し遂げてくれた。


アルカディア家を継ぎ、やっと平穏という憧れに手を伸ばせるようになった。


でも、男という生物と関わらないようにしていても地位の為に愛想を振り撒かねばならない事に吐き気がする。

自慢げに己の話をここぞとばかりに喋り、醜悪な物体の視線がこちらを測る。


測るという行為はこちらを下に見ているという証明だ。

なんと言う傲慢。流石は人間。

自分が上と言いたい欲を隠そうともしない下衆が。

後継ぎや見合いの話を出してきて気色が悪い。



私の娘には絶対そんな思いをさせない。

鳥籠の中の素敵な箱庭で、花を愛でて談笑していれば良いの。

花のようなドレスを纏って、お茶会で優雅に微笑むの。

駒鳥の様に可愛らしく、水のように清廉で居るのよ。


私みたいになってはダメ。


私みたいに過去を辛い記憶ばかりにさせないからね。

幼い内からドレスを着て良いのよ。

男が居ないから嫌な思いはないでしょう。


娘の父となる者は誰か知らない。

いや、忘れたと言うべきか。

見合いの話と称し、華奢であり、顔が許せる範囲の男を呼びつけ細胞を金で買っただけだから思い入れなぞ何も無い。

肉親は私一人で充分でしょう。



ただ、生まれてきた子供を見た瞬間に私は理解した。


(……ああ)


医師が何かを言っていた気がするが、覚えていない。

腕の中の赤子は、泣いていた。


男の子。


それは“失敗”だった。


私は目を逸らした。

手術を考えたが、それはこの絹肌にメスを入れるという事。

それはダメ。認めない。

だから、決めた。


 この子は、女の子だ。


名前は、シャーロット。

シャーロット=アルカディア。

可憐で、従順で、守られる存在。


そうでなければならなかった。


私が一人で、完璧に育てる。


男になど、ならせない。



シャーロットは、よく耐える子だった。


泣かない。

逆らわない。

私の言う通りに、女性の作法を学んだ。


ドレス。

言葉遣い。

姿勢。

笑い方。


男という恐怖の塊も教えてあげた。


そう、全部全部、正しい。


使用人達にはお嬢様と呼ばせるよう一貫した。

時折、面々が不安そうな目で見るのが気に食わなかった。


「貴方達は甘やかしすぎです」


そう言うと、彼らは黙った。


あの子に“余計な考え”を与える必要はない。


私が決める。

それでいい。

それが一番幸せになれる方法だから。


ずっと、そうしてきた。


⸻あの日までは。


美しく成長したシャーロットが私の前に立った。

珍しいこともあるものだ。


「……お母様」


その声が、妙に震えていた。


「お願いが御座います。」


嫌な予感がした。


「私は……


男性として、生きたいのです」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。


次の瞬間、頭が真っ白になった。


「……ふざけないで…」


そんなこと、許されるはずがない。


叱責した。

怒鳴った。

否定した。


私が、どれだけ守ってきたと思っている。


こんなに美しく育ったのに男になどなれば、今までの幸せが壊される。

踏みにじられる。


それを私が許すわけがない。


否定し続けてもあの子は泣かなかった。


ただ、静かに言った。


「……分かりました」


その声は諦めていた。

これで邪な考えも浮かばないだろうと安堵した。


しかし、一つだけ気になったことがある。

あの子は叱責されるときちんと謝る事が出来る子だ。

なのに謝罪の一つも無かった。



そうして数ヶ月後にシャーロットは、急にいなくなった。


数人の使用人達が、青ざめて報告に来た。


「……お嬢様は、召喚士育成機関へ行くと……」


おかしい。

何故入学手続きが進んでいる?

許可をした覚えなんて更々無い。

外を探して来ると言った使用人達が、何もせず帰って来て……揃って視線を逸らしたことで全てを悟った。

当主として処理をした書類の中に機関への届出を紛れ込ませたのだ。

疲弊しているとはいえ、全ての書類に目は通した。

間違いなく召喚士育成機関の書類なんて無かった。

何かの書類に偽装させたとしか考えられない。


頭の中で、何かが切れた。


裏切り。


反逆。


私の“正しさ”を否定した。


―私の駒鳥を唆した。


だから。


処分が必要だった。


感情ではなく、秩序の問題だ。


その近辺だった。

黒い悪魔達が現れたのは。


魔女の(ヴァルプルギス)(·ナハト)と名乗る怪しい男が、当主と面会予定がある”と使用人として残した侍女から知らせを受けた。

そんな予定は無い。

が、魔女の夜と聞くと胸がざわつく。

自分でも不思議に思うが、男を家に招いた。

肩にカラスを乗せた怪しげな黒づくめの男。

応接室に招き、椅子へ座るよう促すと其奴は道化のような笑みを浮かべた。


「やぁやぁご機嫌麗しゅウ、マダム」


「…」


「無視!!冷たいですネ…。」


嘘くさい話し方の奥に隠された闇がある気がして、腹ただしいが追い出そうとは思わなかった。


「貴女の提供によって潤っているのデ、日頃の感謝を込めて提案を持ってきただけですのニ」


何故その言葉が出る。

私は魔女の夜とかではなく、表が宗教団体の裏の顔が効く組織へ⎯

まさか。


「お気付きのようですネ!

それを引っ括めたのが我ら魔女の夜ですヨ。

実験体納品、毎度ありがとうございまース!」


「…」


提供が狗にバレていないのなら納品先なんてどうでも良い。


「貴女が最初に提供してくださった最初の実験体のお陰デ、ゼウリスにほんの少しの嫌がらせが出来ましタ」


ゼウリス…。

私の駒鳥を捕まえた卑しい鳥籠。

其処に嫌がらせをしたとは。

思いのほか、この男は役に立ちそうだ。


「ちょっと身体が薬品やらで弄られていましたが、実験体としては問題ございませんでしたので文句はありませン」


男のマゼンタ色の瞳が弧を描く。


「それを元に、俺達はホムンクルス化計画を考えつきましタ!」


ホムンクルス化計画?

男は笑みをそのままに話し続けた。


「ゼロから作るのではなく、一から作るのですヨ。

人造の人間をネ」


馬鹿馬鹿しい。

何を言うかと思えば。

これ以上は時間の無


「これは、貴女がやりたい事に直結する話ですよ。」


唐突な寒気が背後から襲ってきた。

何なの、この男……!

一気に部屋の温度が下がったような威圧感。

これだから男は嫌いだ……!


「一つ伺いたいのですガ、貴女は娘に何を望みますカ?」


そんなの決まっている。


「女性らしく美しくある事。

言うことを必ず聞く事。

私に逆らわない事。」


男は数回わざとらしく頷いた。


「率直に言いましょうカ!

貴女の子、ホムンクルスにしちゃいませン?」


「は?」


「貴女の執念は手に取るように分かりますヨ。

蝶よ花よと愛でてきた子が反旗を翻して出て行っちゃって…大変でしたネ」


反論しようとした瞬間、男は私を指した。

物怖じしているはずが無いのに一瞬怯んで声が出せなかった。


「娘がホムンクルスになれば全てが貴女の思うままですヨ! 不老ですシ!

それに近しい事を既に行っているんですから……ねェ?」


確かに行ってはいる。

生まれながらにして美しい娘は生きているからこそ美しい。


私の最高傑作。

現時点で。


あの美しい子が二度と私の手にもどらないのならば。


娘の複製を、私の手でもう一度作るしかないじゃない。

永遠の美しさを持たせて私とずっと一緒に居るために。


でもただの人形ではダメ。意味が無い。

完璧で生きている人形のような人間でないと。


しかし命を一から創るのは至難の業だ。

だから娘の細胞を他人へ移植し、他人を娘と同じ見た目にする実験をしている。

しかし娘の細胞は人間。

人間同士の細胞の拒絶反応は目に見えている。

故に、細胞を組み替えるための土台を作る事から始めた。

最初は誰かに話せる訳もなく、手探りだった。

相手側が最近、資金だけでなくそれを進める素材をも対価として渡してきていた。


成程、そういう事か。


「既に根回しされていたのね」


私の言葉で笑みを深くする目の前の男。


「んふ! 物分りが良いですね貴女。

貴女の実験は、人間をより完璧な人間へと変える我々の実験となっていたのでス」


怒る気はなかった。

娘に行っていたら容赦なく殺していたのは間違いないけれど。


「あらそう。」


「あらそう!?

ホントにドライな御方ですこト。

デ、ここからが本題なのですガ」


男は肩に乗っていたカラスを撫でた。

漆黒の身体を持つそれは違和感を覚える存在だった。


「お察しの通リ、このカラスはただのカラスでも魔物でもありませン」


彼の肩から降り、机に着地して艶やかな翼を広げた。

人間のように会釈をする異様な光景を目にした。


「彼はライアー。悪魔そのものでス」


「悪魔……」


表側が宗教団体なのはそういう事か。

神を信仰しているとはいえ、邪神信仰という事なのだろう。

故の、悪魔。

本当に存在していたとは。


「わァ、ライアー。

全然驚かれませんネ!」


『……(しゅん)』


「あァ、落ち込んじゃっタ」


本題を催促するように男を見ると、男は笑って告げる。


「ライアーは美しい貴女の娘に一目惚れしたそうでしテ。

婚姻関係を結ばせて欲しいのですっテ!」


悪魔をも誘惑してしまうような容姿に変わりはないのね。

嗚呼、シャル。

その美しさが消える前に早く手を打たねば。


「その為に何か私へ価値のある条件を持ってきたのでしょう。

それは何?」


「おおぅ…先回りしますね貴女ハ。

勿論ですヨ」


男曰く、悪魔の力で屋敷を改造し、実験室等を地下に創造する。

備品も調達し、素材も資金も増やして提供する。

実験体も提供するらしい。


きな臭い。

全て嘘で、娘だけ盗られたらかなわない。


「信頼に足る根拠は?」


「まぁそうなりますよネ。

ですから実験施設は直ぐにでも用意しましょウ。

ライアー、よろしク」


カラスは机から床に降り、人型となった。

この男と似たような顔。

突き出した手に黒い光が収束し、大きな球となる。

それを床に向け、雫のように落とした。

黒い波紋が部屋全体を駆け巡る。

そしてカラスは指を鳴らした。

強制転移だ。

とても開けた、見たこともない場所が広がっている。


「おぉ〜!流石はライアーですネ!

アルカディア家の地下だとは思えませんヨ!」


「ふん。

このような事、僕様には容易い」


此処が屋敷の地下…?

これなら実験をもっと進められる。

しかし分からない。

そんな力を持っているのに何故、娘を娶る事に私の許可を求める?


「悪魔は何故娘を攫わないの?」


男とカラスは目を丸くしてお互いを見やった。

そして同時に私へ視線を向けた。


「貴女とは今後も良い関係を築きたいのでネ。

言ったでしょウ?

日頃の感謝を込めて提案を持ってきた、ト」


「建前はそれだけ?」


「おや手厳しいですネ? 本心ですのニ。

まぁ正直に言うト、貴女に娘の捜索依頼を出されないようにする為でス。

厄介な奴が動き出してしまうのデ」


「厄介な奴?」


いくらアルカディア家当主の依頼とは言え、捜索関係ならば憲兵が精々でしょう。

魔女の夜が警戒するとはとても思えない。

男は心底嫌そうに答える。


「動くのは憲兵ではなく、王様の狗達です。

それも複数のね」


「!?」


「娘さんはあのヴァルハラと親密です。

まさか彼らがゼウリスとこんな早い段階で手を結ぶとは正直予想外でした」


国家最高機関ヴァルハラ…!?

あのアムル=オスクルムも所属している、あの……!

額が少し湿ったような感覚。

私は少し恐怖しているのだろう。


「ね?単純明快ってやつでしょう?」


男は、この私を脅している。

事実そのものが私を脅すに十分な内容だから、ただ私に言う事だけでそれが脅しになる。

お互いに売られる可能性があるが。

しかし相手には悪魔が居る為、こちらの分が悪い。


「…分かりました、許可しましょう。

ただ一つ忘れないで。

娘に傷を付けたら絶対に許さない」


その瞬間、悪魔の瞳が煌めき私の手を両手で握りこんだ。


「嗚呼! 委細承知した!

其の言葉を待っていた!」


「ッ触らないで!!」


「む、申し訳ない。

だが僕様の高揚が抑えられぬ!

故に御前…いや、義理母殿!」


「良かったですねライアー!

でハ、詳細についてなのですガ⎯


娘さんが帰って来るそうですヨ」



今。


漆黒の花嫁衣装を纏った私の娘は、静かに座っている。

儚く美しい黒薔薇のような姿。


(……嗚呼やはり、私は正しい!)


あの子は、本当に私の元へ戻ってきた。

これ以上男など近付ける必要はない。

悪魔?構わない。

人でなければ、安全だ。

寧ろ人間の手に渡らないのなら好都合。


この子は、私が守る。

この鳥籠の中で。

完璧な形で。


「似合っているわ、そのドレス。

安心なさいシャーロット」


娘の頬を撫でて私は、微笑んだ。


「あなたの選択は、正しいのよ」


そして、娘を育てた私も正しいの!!


「…」


返答がない。


「シャル?」


「…」


壁をじっと見つめて動かない。

心ここに在らずとはあの事だろう。

心は要らないから調度良い。

心があるからあんな事を言うのよ。

……兎に角、今の侵入者を排除しないと。


「そこでじっとしていなさい、シャーロット。」


⎯…


お母様が退出し、扉が完全に閉まった。


「ッはぁっ!! はぁ……ッ!!」


止まっていた息を吐き出す。

普通に呼吸をしていると泣いてしまいそうだった。

演技が続けられなさそうだった。

ライアーが動いてしまった。

先程まで此処に居たのに……!


数分前⎯…


「嗚呼、愛い。御前は本当に愛いな。

この柔肌に疵など付けてたまるか」


悪魔はオレを強い力で抱きしめて離さない。

今、この瞬間にオレが彼の胸にナイフを突き立てられたら……!

これ以上皆が傷付かないで済むはずなのに。


一瞬の隙すら無いなんて!


構えた瞬間、止められる未来しか視えない。

殺されてしまうだけならまだしも、皆がもっと危険な目に遭うかもしれない。

中途半端な事をしたらそれこそ迷惑になる。

皆が簡単にやられるはずがない。

大丈夫、皆なら大丈夫。

問題はオレだ。

オレ…が……


「…」


目の前の悪魔はオレを見下していた。

先程とは正反対の無の表情だった。

愛を唱えていた口は閉ざされ、黒髪で影が落ち紅く見える人外の瞳に身体の底から震え上がってしまった。


「ッ……」


「五月蝿い」


「ヒッ!」


オレが彼を殺せる可能性があるということは相手も同じ事。

しかも相手は悪魔だ。

可能性なんて必要ない確実な要素、距離なんて関係ない。

常にオレの命は簡単に潰せる存在なんだ。

忘れた訳ではないけれど、恐怖を思い出したような感覚。

ダメだ、オレのせいで皆が同じ思いをしているんだ。

オレだけ震えて泣いているだけなんてダメだ。


でも、やっぱり怖い……っ!!


「あの愚者め!

先程から契約者が五月蝿くてかなわぬ!!」


「けい、やく、しゃ?」


我に返った悪魔はオレを見て無の表情が嘘だったように驚いた顔をする。


「花嫁!? 何故再び泣いているッ!?

よ、よもや僕様か!?

現時点だと今回は僕様が原因か!?

よく分からぬがすまぬ!!」


悪魔は頭を下げ、めそめそとオレより泣き始めた。


「花嫁ぇ……(全く原因分からぬが取り敢えず)僕様が悪かった……。

うぅ、嫌わないでおくれぇ……」


表情が変わりすぎてついていけない。

鼻をすすり涙を止めた悪魔はオレの肩を持つ。


「すまぬ……先程から許し難い事に契約者が僕様の名を叫んで五月蝿いのだ。

少し黙らせてくる故、待っててくれぬか?」


契約者が叫んでいる?

何かしようとしているのか窮地に立っているのか。

どちらにせよ行かせては行けない!


「ライアーさまっ! 嫌です!

行かないでください!」


「むぅっ!?

は、ははは花嫁!?

どうした急に抱きついてきて!?」


さっきの涙をも活用して足止めを……!


「嫌っ! 嫌です! 独りにしないで…っ!

ライアーさま…っ…」


「嗚呼、愛しいなぁ!御前と離れたくない!

永遠に!永久に!その身が滅びるま」


動きが止まった。

怒りからか歯を食いしばり、黒いオーラが悪魔の背後から見えるような気がする。


「ぁぁあああッ!! 無理だ寛容出来ぬ!!

餌を求める雛鳥のように五月蝿い!!

我慢ならぬッ!!」


やっぱり無理か!

それなら手段を変えるまでだ!


「ならばライアーさま、お傍を離れる前に私のお願いを聞いて欲しいのです!」


「む?申してみるが良い」


これが最後の賭けになる。

エクス君達を外に出せるかどうかの、大博打。

そもそも効くかも分からないが、失敗すればオレだけでなく、彼らまで危険に及ぶ事をする。

はたから見たら間違いだらけの道でも、選択し続ける人生なら、何処かで正解を引き当てる事だって出来るのではないか。

どうか、今回の行動が正解でありますように。

オレの人生の中で、唯一の正解だとしても。

これすらも間違いならば、オレの人生は人生と呼べなくなる。

胸を張りたいわけじゃない。

沢山頑張ったはずだから、もう少し頑張れば報われるんじゃないかって思いたいだけ。


自分は頑張った、だなんて思っちゃいけないのに、思わないとやってられないと心が悲鳴をあげる。

嫌な気持ちがジワジワと侵食してくる。

ダメ、正気を保て。

でないと過去を呪いたくなる。

今を壊したくなる。

全てを投げ出したくなる。


こんな事、考えたくもないのに!

気分と連動しているのか身体が段々と重くなっていくのが分かる。

意識を保って身体が動くうちに、エクス君達が無事なうちにやらないと……。


また失敗してしまう!



「エクス君ご退場ってネ!!」


「っ……」


刃を鈍く光らせるナイフを握り、杖を構えたエクスへと、ノイズが一直線に駆け出した。

覚束無い助走がしっかりとしたものになり、エクスは唾を飲み込む。

距離が詰まりそうなその時だった。


「ア゜ッ」


間の抜けた声と共に、ノイズの身体が前のめりに崩れ落ちた。


「……」


エクスの横を無様にも滑っていくノイズ。

何が起きたのか理解できず、エクスは視線を床へと落とす。


「…っはは…ざまぁみろ……」


顔を僅かに上げたヨシュアの足がほんの少し動いていた。

エクスは急いで彼に駆け寄り、膝をつく。


「…俺より、アイツの拘束を……」


「魔法、出なかったから」


「……そう。ありがとう」


エクスの魔導書は頁を捲った音を発しなかった。

ヨシュアは言葉を一つ飲み込む。

彼らの頭上では、まだゼウスとライアーが手を掴み合い、お互い引く気が全くない。


「あぁ煩わしい!

演算によって作られた獣風情が!」


『ほざくな焼鳥如きが!

黒い花無くして我等を討つ事すら儘ならぬ弱者め!』


「おぉ〜やってるやってるぅ」


場違いなほど軽い声が遠くから声が聞こえ、エクスは目を向ける。

見覚えのある黒髪の青年と銀髪の青年の姿に声をかけた。


「レン君!セヲ君!」


あらぬ方向へ向かうセヲをよそに、レンはエクスに早足で駆け寄った。

彼の目線は倒れているヨシュアに向けられる。


「聞きたいことは山ほどあるけど、今は俺達の話を聞いて」


エクスは無言で頷く。


「あの黒い花は魔力を吸収し、蓄える。

容量は決まっているみたいだけど、一定量超えたら爆発を起こすんだって」


「うん、そうみたいだね」


エクスの返事に金色の瞳を丸くするレン。


「え!全然驚かないじゃん!

もしかして知ってた?」


「ちょっと前にゼウスが教えてくれたの。」


「流石最高神、何でもお見通しだね。

てっきりエクス君達がピンチになってるかと思って急いだんだけど杞憂だったね。」


「ピンチはピンチだよ。

魔法使えないもん」


エクス達が話している中、ライアーはゼウスを睨みつけたまま突如姿を消した。

掴みあっていたゼウスの手中には黒い羽毛が残っていた。


「貴様を排除してから行うつもりだったが……致し方あるまい。

花嫁の希望を叶えるのも夫の務めというもの」


声が降ってきた。

全員が見上げると、ライアーは両手を広げて高く浮いていた。

直後、地鳴りがエクス達を襲う。


「な、何!?」


急ぎエクスの元へ戻るゼウス。

その視線は依然としてライアーを射抜いたままだ。

一瞬の浮遊感。

浮いていたゼウスの足が床に着く。


『……!』


下から押し上げてくるような力を感じたエクスは辺りを見回し、壁がゆっくりと下へ消えていく光景に息を呑む。


「ま、まさか床が上がっている!?」


「然り」


ライアーは独り恍惚な笑みを浮かべ、宙に留まっている。


「我が花嫁が漸く自らの願いを言ったのだ。

これは叶えるしかあるまいて。

貴様らの同席には目を瞑ってやろう」


(カイルさんが何処かの階層にいるのに……!)


「このくらいまで上がれば良いだろう」


ライアーの声に合わせてガゴン、と音を立て止まる床。

彼は指を鳴らし、景色を全て塗り変えた。

大きな白い満月と、満天の星を映すガラスのような天井。

薄闇の中、月光を最大限且つ強化して取り入れる為の造り。

まるで月を取り入れたプラネタリウムを模した部屋だった。


辺りを見回すエクスは驚きを隠せない。


「よ、夜……!?」


何かに気付いたゼウスは


『コイツ……』


と怒りを露わにする。

疑問に思ったエクスは思わず聞いてしまう。


「ゼウス?どうしたの?」


『ただ上に移動しただけではない。

移動後のこの空間そのものを切り取り、転移させたのだ』


「そんな大掛かりな……」


『私とマスター、他の面々の魔力を吸い上げているからな。(それにホムンクルスも居るし)

カラスの元の魔力量が多ければ不思議では無い。』


「んじゃここ何処なんだろ?」


首を傾げたレンに、地に足をつけたライアーが静かに告げる。


「知る必要は無い。

煌めく月光の元、塵芥は形も遺らぬ」


手を広げ、黒い渦を巻く亜空間を生み出すライアー。

再び恍惚な笑みを浮かべ、人が通れる大きさとなった亜空間へ話しかけた。


「さぁ花嫁!

お前の望みを叶える用意が整ったぞ!

こちらへ来るが良い!」


全員の視線が亜空間へ向けられる。

ライアーの呼びかけ通り、俯いたシャーロットが現れた。


「シャルくんっ!」


エクスの声に反応を示さない。

エクスの脳裏には


『アルテミスのマスターはエクスと悪魔が対立している隙を見て私に

“大丈夫、早く逃げて”と口を動かし伝えてきた』


少し前のゼウスの言葉が巡る。

夜の冷たさを纏う月光に照らされた彼を見ると、緊張して呼吸が浅くなる。

呼吸をする度に肺が凍え、苦しくなる。

助けると誓ったのに、悪魔が隣に居る事で虚無を握る可能性がある手を差し出す事に僅かな迷いが生じ、叩かれた手を無意識に摩る。

葛藤しているエクスを横目で一瞥したレンは、軽めに問う。


「シャル君可愛いね?

でも夫婦ごっこしたの俺が最初だよ〜?

楽しかったのに浮気〜?

俺、悲しいなぁ」


「……」


ピクリと僅かに反応を示したが、すかさずライアーが割って入った。


「ふん!

貴様に花嫁は宝の持ち腐れである事は明らかだ!

身の程を知れ、弁えろ痴れ者が!」


「めっちゃ言うじゃ〜ん!

でもこれで分かったね、エクス君」


レンが口角を上げ、確認する。

エクスは頷き、杖を持つ手に力を込める。


「シャル君に声が届く」


「うん。

多分これがラストチャンスだと思うんだ」


エクスも感じていた為、無言で頷く。

ラストだというのに何故先程、手を伸ばすことを僅かでも恐れたのか。

シャーロットは無理をして、強気な振りをして、懸命に自分達を逃そうとしてくれているのに。

自分が情けなくなったエクスは、自らの頬を強く叩いた。


「え、エクスくん?」


『マスター!?』


驚愕して顔を覗き込むレンとゼウス。

彼らにではなく、真っ直ぐシャーロットを見つめるエクス。


「手を差し出して払い除けられるのなら、手首を掴めば良いじゃんね」


そう言ってシャーロットに微笑みかけた。

続けて大声で呼びかける。


「君が帰りたいと願ってくれるのなら僕は、僕達は助ける!

エゴだろうが願わなくても連れて帰る!」


ハッと息を飲むように反応するシャーロット。

彼の頭の中ではローランドの言葉が巡る。


“しかし助けたいと願うのは一種のエゴだ。

だから勇気が必要になると思うが、可能なら助けてと声を上げてほしい。

僕達にエゴではないと思わせてくれ。”


シャーロットの無表情が歪む。

それを知ってか知らずか、ライアーは声高らかに告げる。



「傾聴せよ。

我が花嫁の願いは、貴様らに“花嫁自らとどめを刺す”というものだ。

さぁ、友人ならば願いを叶えさせてやれ!」


エクス達は目を見開く。

その姿を見ながら、シャーロットは弓矢を手にした。

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