第193話『モニターの雑音』
ご無沙汰しています!
中々更新出来ずに時間が経ってしまいました。
と、いつも言っていますね。
どうか優しく見守ってくださると幸いです。
これもいつも言っていますね。
暑さに気を付けて普段をお過ごしくださいね!
前回のあらすじ
ノイズという男と対峙して話していたら部屋の外にホムンクルスを大量に配備させられたらしい。
カイルさんはそれの処理を、俺はノイズと相対した。
ノイズにいくつか質問したから、殴りに行くとこ。
エクスが。
セヲ達は知らない。
…
セヲとレンは明かり一つない暗い廊下をひたすら歩く。
何も無いことに苛立っているのか、警戒しているのか、セヲは眉間に皺を寄せたまま話さない。
レンも同じように話さない。
対峙したホムンクルスのことが脳裏をちらついているのか視線はずっと周囲を流れ、警戒を怠らなかった。
その為、2人の足音だけが広く響く。
互いに口を閉じたまま、彼らは進み続けた。
数分後、遂にセヲが足を止め口を開いた。
「…レン=フォーダン。」
「えっ珍しいね?何?」
不服そうな表情は依然変わらず、軽口を叩くレンを横目で見やる。
「アルカディア家で使った光の雫の魔法…
アレ、物を見つける魔法ですか?」
「平たく言えばそうだよ。
此処何も無いし使ってみる?」
「…えぇ。」
レンは「おっけー。」と快諾し、杖を構えた。
「【ルカの福音】」
杖の先端から光が凝縮した雫が生まれ、落ちる。
その瞬間、波紋のような輝きが床を流れ、廊下全体に痕跡を描き出していった。
筆を走らせたような大きな擦り跡が特に目立つ。
「凄いなこれ…暗くて何も見えなかったけど…」
覗き込むと人ではない足跡や水滴が飛散しており、レンが顔を近づけ液体に鼻を近づける。
「これ、薬品だ。」
「…」
セヲは返事をせず、奥の光の痕跡を見下げていた。
レンの方へ視線を向けるため振り返ると、来た道にも痕跡は多く残っている。
「あっちの痕跡…あそこ隠し部屋じゃない?」
レンが指した場所は痕跡が始まっている場所だった。
2人は何も無い壁を見つめる。
目を走らせ、僅かな光の跡を見つけ手を這わせるセヲ。
「…」
しかし反応は無い。
「反応無いね〜。」
焦る素振りもないレンのすぐ側でセヲは突如剣を壁に突き立てた。
「うひゃ!?せめて一言くらい言って!!」
剣が食い込んだ壁から耳障りな音が鳴り出し火花が飛び散る。
小爆発まで起こしておりガガガッとけたたましい音を鳴らして黒煙を発した。
生じたエラーからか壁だと思っていた何も無い面が裂けて小さな部屋が現れた。
「ふっつーに壊したねー。」
鼻を鳴らしてレンを無視し、部屋へ踏み込む。
部屋の中で水槽の空気ポンプの音と薬品の匂いが2人を包んだ。
棚のようなものが規則的に並ぶ暗い部屋の奥に淡い水色の光が仄かに見える。
2人は警戒しながら共に進んでいく。
敵に遭遇することなく辿り着いた先。
淡い光を発していたのは巨大な筒状の水槽だった。
液体で満ちているものの何も入っていない。
水色の光が彼らを青く照らす。
だが、照らされる範囲が妙に広い。
2人は顔を上げ、その奥を見やる。
「これは…」
思わずレンが声を漏らす。
視線の先には幾つも同じ水槽が隙間なく並べられており、中心に蠢く“何か”が浮かんでいた。
近づいて見ようとした矢先、床が僅かに浸水している事に気付いた。
重要なのはそれでは無い、と気にせず歩み寄る。
中の繭のような歪なものは生きているぞと訴えるように確かに脈を打ち、光っている。
繭はそれぞれ形が違った。
人間の腕のようなモノ、顔だけのモノ、全身が人型のモノ。
まるで、生物の失敗作を並べたような異様な光景だった。
レンはこの光景に近しいものを知っている。
(堕天騒動のアビスが学校の地下でホムンクルスを作っていた場所に凄く似てる。
それの小規模版って感じだ。)
思考しつつ、隣でじっと観察しているセヲへ何気なく声を掛ける。
「セヲ君、物珍しそうにじぃっと見るね。」
「物珍しいでしょう、こんなもの。」
返答された事に驚き言葉を詰まらせる。
思わず後ずさると腰辺りに何かが当たった。
見ると乱雑に積み上げられた本が置いてある机だった。
机上には紙も散乱しており、1枚を何気なく手に取る。
試作No.19
初期段階同化率20%未満 腕にのみ同化現象発現
廃棄
試作No. 20
初期段階同化率20%未満 形成失敗 廃棄
試作No. 21
同化率27%手腕硬質化常時保てず失敗 提供”
「同化率?提供…?」
疑問に思いながらもそのまま目を走らせる。
“試作No.22
同化率28%実験以前の記憶保持しており中途覚醒後錯乱し、失敗 廃棄
試作No. 23
手腕形成問題なし伸縮自在
思考し攻撃意思あり、制御可能か不明の為廃棄検討→魔女の夜に提供
走り書きのような文字の羅列を見てレンは静かに思考する。
(これは実験レポートってヤツかな。
このNo. 23ってさっき会ったホムンクルスに似てるかも。
他には…)
手に取った紙の下にも数枚紙があり、確認すると全てレポートだった。
No.が増えている事以外は手に持つ紙と殆ど変わらない。
ふと何気なしに本に挟まっていた紙を手に取る。
どうやらレポートではないようで、筆跡が似ていた。
“私の世界から娘が勝手に飛び立ってしまった。
鳥籠の中しか知らない可愛い貴女が男なんかに毒されて殺されてしまう。
あんなに教えてあげたでしょう、まだ分からないの?
貴女の為でも私も、私だって辛かった。
私の言う事を最初から聞いていれば良いのに。
貴女は私の言う事だけを聞いていれば幸せになれるの。
貴女を幸せにしてあげたいのから言っているのに。
私は何か間違ったこと言ってる?
言ったことないでしょ?
必ず、私の鳥籠に帰してあげるから。
昔は良い子だったのに。
私の言う事が聞けないならどんな手を使おうと聞かせるまで。
貴女は私の理想の女の子なのだから。
花のようなドレスを纏って、お茶会で優雅に微笑むの。
駒鳥の様に可愛らしく、水のように清廉で居るのよ。
貴女は永遠に私の、私だけの可愛い娘。
永遠に、永遠に、永遠に”
最後の書き殴られたような文字に寒気を覚えたレンはその紙を机に投げ捨てた。
(自己中の塊で吐き気がする。
シャル君もこんなに気が触れてる当主の元で育ったわけだ。
それでよくあんな聖人を保ってられたな。)
口にするのは避けたレンの心に憐れみと同情が渦巻く。
セヲへ顔を向ける際はそのような感情を全て隠し、笑みを浮かべて問いかける。
「うへぇー!ヤバいね此処!壊しておく?」
「……その必要は無いようですね。」
「え?」
セヲもまた1枚の紙を手にしていた。
首を傾げたレンへそれを差し出す。
「何これ。黒い花の絵?」
セヲは何も言わず奥にある大量の割れた水槽を見つめているだけだった。
レンは書類に目を走らせる。
そして息を飲んだ。
「こ、これ…マジ?」
「冗談だったら良かったですね。」
セヲの一言でレンが取り繕っていた笑顔がずるりと落ちた。
「急がなきゃヤバくね…?」
…
ノイズが使っていたホムンクルスを殴った後、
ヨシュアはすぐにデバイスを取り出し、文字を素早く打ち込む。
【内なるモノ】にノイズのような気配を感知させた結果を文にしているのだ。
(あまりエクスの耳にコイツの事は入れたくない。)
言葉を選びながら画面上の指を滑らせつつ、ノイズの動きを探ろうと目を動かす。
倒れたホムンクルスは動く気配が無く、粘土細工のようだった。
【ねぇねぇ、この部屋だと感知しづらいよ。
確証が得られない。ソトに出れないの?】
【内なるモノ】が対話しようとする事にも驚かず平然としながら
(今までのやりとり見てないの?)
と強めに言う。
【あんま覚えてない。】
(あぁそう、頭よくないんだね。)
【キミの影響なのに。】
(…)
持っているデバイスがミシッと悲鳴をあげる。
その音で我に返ったヨシュアの耳にノイズの叫ぶような怒声が入ってくるのだった。
…
一方少し前のエクス。
ゼウスに抱えられ、誰かと合流を果たそうと奔走していた。
誰かとは、セヲだった。
シャーロットから矢を受けたゼウスは怪我の影響か気配を感知しづらい状態にあり、辛うじて一瞬だけ感じたセヲの微弱な気配を頼りに向かっている最中だった。
空を裂くほどの速度で飛翔する中、ゼウスの眉間に深い皺が寄っていることにエクスは気づく。
美しい顔に似合わぬ険しい表情。
それがどうにも気になって、呼びかけた。
「ゼウス?」
『…』
聞こえていないのか返答が無い。
更に不安になったため、ゼウスの胸を軽く叩く。
「ゼウス、ゼウスってば!」
漸く気付いたゼウスは首を傾げた。
『……む?どうしたマスター。』
「いや、どうしたはゼウスだよ。
怖い顔して。」
ゼウスは一瞬開いた口を閉じ、移動速度を緩めてもう一度口を開く。
『……堕天のシステムが変わったやもしれぬ。』
「え…!?」
驚くエクスを見て苦虫を噛み潰したような表情になるゼウス。
空中で止まり、エクスを抱える靱やかな手に力が籠る。
エクスの顔を伺うと大きな瞳は真っ直ぐで、語れと言う。
『…祈りの森では治癒に少し手古摺っただけだったが今回はそれと全ての感覚が少し鈍くなっているようだ。』
2人の傍にいきなり魔導書が現れる。
勢いよく頁が独りでに捲られ、開いたまま止まる。
「【エクソルキズモス】」
エクスが握る白銀の杖の先端はゼウスを向いており、緑の暖かな光は彼を包む。
やがて光が消える頃、エクスは恐る恐るゼウスに問う。
「す、少しでも良くなった?」
ゼウスは嬉しそうに口角を上げる。
『うむ!』
「嘘吐いた。」
『ぬっ!?』
間髪入れずジト目で指摘され肩を震わせる。
慌てて訂正を試みるゼウス。
『う、嘘などでは無いぞマスター!
現におかげで聴覚システムは治癒した!
マスターのおかげなのだぞ!』
「…」
目線を下げ、落ち込むエクスにもう一声と言葉を紡ぐ。
『私一人では治癒に時間がかかっ…』
顔に暗い影を落とすエクスを見て言葉が詰まる。
どうにかして心配かけさせまいと言い訳やこの際嘘でも何か探そうとするが見つからない。
エクスの呼吸の音しか聞こえないこの場所で、呼吸は嗚咽となる。
『まっマスター!?どうしたのだ!?』
ゼウスはポロポロと涙を流すエクスに混乱してしまう。
今までも見てきた悔し涙を指で拭き取るも止まらず、エクスは自分の手で擦って止めようとする。
「いっつも…何も…なんにも出来なくてごめんね。
僕、ゼウスのマスターなのに…!
相棒を助けられないなんて…!」
『マスター、私は最高神でありマスター自慢の召喚獣だろう?故に大丈夫だ。
今は私よりアルテミスのマスターだろう。』
「違う。2人ともだ。」
言い切ったエクスに目を丸くする。
そして嬉しさを噛み締めながら頷くゼウス。
上の階へ浮上を進めると涙を止めたエクスは鼻を動かした。
「ねぇ、ゼウス。
上から火薬の匂いしてこない?
もしかしてヨシュアが近いかも?」
ふと口にしたその瞬間、エクスは思い出した。
先程ゼウスが「感覚が鈍っている」と言っていたことを。
しまった、と思う間もなく彼はもう口を開いていた。
『む?マスターが思うのならそうなのだろう。』
にこやかに微笑むゼウス。
彼はエクスの勘を信じている。
『銃声が聞こえればその可能性は高い。
匂いを辿ろう、案内してくれ。』
「うん!」
上空を漂う火薬の微かな痕跡を追って、ゼウスは身を傾けた。
その時だった。
背後からぞわりと皮膚を逆撫でするような異様な気配が襲う。
単純で純粋な殺意。
空間が一瞬凍りつく。
エクスが振り向くより先に感覚が鈍っていたはずのゼウスが動きを止め、直ぐに背後を見やった。
「今の…」
呆然としている2人を引き戻したのはエクスのデバイスの振動だった。
ポケットから取り出すと画面の中のアイオーンが黒地に青い柄が入った手紙を一通両手で持っていた。
『エクス様。
ヨシュア=アイスレイン様からメールです。』
「えっ!?今届いたの?」
『はい、現在受け取り8秒経過しております。』
「電波通じるんだ!見せて!」
アイオーンは頷き黒い手紙を開封し、中から白い便箋を取り出してエクスに差し出す。
するとメール画面に変わった。
【俺が居る部屋の下にノイズが居る。
向かって。】
「ヨシュアの居る部屋って…」
ゼウスへ問う瞳を向けると彼は『うぅむ…』と唸ってから気まずそうな表情を浮かべた。
『恐らく、あのおぞましい気配の辺りだろうな。』
その言葉を聞いたエクスも納得したような、しかし認めたくない気持ちが大きく顔を曇らせる。
あの気配が親友から発せられたものと思いたくない。
「ヨシュア…」
(しかし今のは本当にプロメテウスのマスターからか…?)
ゼウスは内心で疑問を巡らせるも、エクスはすでに気持ちを切り替えた。
決意を宿した瞳で顔を上げ、力強く言う。
「…考えは後だ、ノイズが居るなら行こう。」
『うむ、この気配なら辿れる。
行こう。』
速度を上げるべく上を向いたゼウス。
力を込めるため膝を曲げた直後
「あっ!ちょっと待って!」
エクスから静止がかかりバランスを崩したゼウスは慌てて姿勢を正した。
『むっ!?
どうしたマスター!』
困惑する彼に、エクスは画面の中のアイオーンを見せる。
「先生達にこの異常事態を知らせなきゃ!
メールが届くのなら送れるでしょ!」
『メール…あぁ、電子の文の事か。
救援要請が届くのなら好都合だな。』
ゼウスが視線を戻した時、エクスはデバイスを両手で持ち親指を必死に動かしていた。
「アイオーン、これを先生とヴァルハラに送信して!」
『畏まりました。』
アイオーンは黒く光る紙飛行機を投げた。
投球のような見事なフォームを見て直ぐに画面をオフにしようとした瞬間だった。
『痛っ』
AIがあらぬ事を言い手を止める。
「アイオーン?今、“痛っ”って言わなかった?」
画面の中の彼は無表情で頭を擦り、片手に持っているのは先程投げたはずの紙飛行機だ。
『言いました。
エクス様のメッセージが送れませんでした。
何らかの妨害行為と推測。
この空間より外の状況、不明。』
「そんな…!」
『ふむ、救援要請は出来ぬとな。
兎も角時間が無い、急ぐぞマスター。』
「う、うん。」
再び浮遊を始めた瞬間、空気が震えた。
ドォンッ!
突如轟音が空間を引き裂くように響き渡る。
音と同時に陰が落ち2人が顔を上げると白い何かが降ってきた。
ゼウスは最小限の動きで避ける。
奈落に見える下へ落ちていくのは一つだけではなかった。
何体も降ってくるそれは人型であり、2人の見覚えのあるものだった。
「ほ、ホムンクルスだ…。」
『形が歪だ。
まるで何かにやられたかのような。』
今まで対峙してきたホムンクルスとの違いは落ちていくホムンクルスの白い体に、クロユリのような花が幾つか咲いて葉牡丹のような草も侵食するように生えている事が確認できる。
『ふむ…改良でもされたのだろうか。』
「ホムンクルスはほぼ100%僕らの敵だ。
つまり味方の誰かが倒している…?」
エクスとゼウスはお互いを見やり、頷き合う。
上昇速度を上げて次々と落ちてくるホムンクルスの残骸を軽やかに避け続ける。
瞬きの間に目的の場所へ辿り着いた。
エクスからは何の変哲もない壁にしか見えないが、ゼウスは確信を得ていた。
『この階層の上がホムンクルスと戦っているようだ。
そして近くに来てわかった。』
不安げに表情を曇らせるエクスを安心させるように笑みを浮かべる。
『先程の殺気はプロメテウスのマスターではない。』
「じゃあ…誰?」
『恐らく謎の男…カイルと名乗ったアイツだろう。』
報告に安堵と驚愕が同時に混み上がってくる。
何かを口にしようとしたエクスを敢えて遮った。
『今はこの中だ。
乗り込むぞマスター。』
「…うん。」
ゼウスから降り、神杖を構えたエクス。
ゼウスは指を軽く鳴らした。
突如壁に走る雷電に驚く間もなく、壁の一部が黒煙を上げる。
「え、え?何?」
『普通に壊した。』
「え…?」
『さぁ、扉が開くぞマスター。』
慌てて気を取り直して顎を引く。
壁切り込みが生じ、横に開いた。
その中に居たのは切り揃えられた黒髪を乱した見覚えのある男だった。
砂嵐しか映っていないひび割れたモニターの光で怪しくてらされている。
「ノイズ…ッ!!」
姿を捉えたことにより祈りの森での怒りや憎しみがエクスの臓腑から湧き上がる。
ノイズは嫌悪を隠さない。
「うーわマジで来やがった!」
『【模倣魔法:天帝神雷】』
「わーっ!!!ちょっと待ってくださいナ!」
ノイズの静止を聞き流し、ゼウスの腕から雷龍が飛び出す直前。
「ゼウス?ゼウスそこに居る?待って倒さないで。」
ヨシュアの声が響いた。
エクスを見たゼウスの腕はやがて光を失い、降ろされた。
エクスは部屋へ声をかける。
「ヨシュア!?無事!?」
声の主は安堵したのか柔らかい雰囲気へ戻った。
「エクス!本当に来てくれたんだね。
俺は大丈夫、ただノイズを捕まえるのでなく殺すつもり?なら待ってくれないかな。」
頭の上に疑問符を浮かべる2人…ではなく3人。
ノイズも首を傾げていた。
「おヤ、王様なりのお情けでしょうカ?」
しめた、と笑みを浮かべるノイズ。
エクスは何故とは聞かず、
ゼウスが彼を睨みつけたまま口を開いた。
『プロメ……ヨシュア=アイスレイン。
今が仕留める好機故に私は納得出来ぬ。』
ゼウスの意思を後押しするようにエクスも頷く。
「ヨシュア、悪いけど僕も無理だ。
コイツは此処で倒すべき相手だよ。
…ごめんね。」
ヨシュアは少しの沈黙の後
「変なこと言った俺が悪い、ごめん。」
と苦しそうな声で呟いた。
その直後、ノイズは後方の生き残っていたモニター1つを振り返りもせず叩き割った。
「はぁい王様は余計なこと言う前にご退出ゥ〜。」
確かな苛立ちを含んだ声にエクスは杖を握りしめる。
微かに芽生えてしまった恐怖心を押し込んで問いかけた。
「シャル君は何処だ。」
ノイズはマゼンタ色の瞳を細める。
「花婿の所としか言いようがありませン。
どうせ式でお呼ばれされるのですから大人しく待っていれば良いのですヨ。」
『そうか、ならば死ね。』
「きゃー!野蛮すぎィー!!
でもこんな小部屋でゼウス様の魔法飛ばしたら大変な事になりますヨ!それに…」
ノイズの口角が厭らしく弧を描き、天井を指す。
「上階で頑張ってるお仲間ごと吹っ飛ばしますかネ?
ホムンクルスと戦っているあの彼、流石に無事じゃ済みませんヨ?」
嗤うノイズに違和感を覚えるエクス。
2対1、ましてや片方はゼウスだというのに焦る素振りすら見せない彼。
不安が確信に変わる寸前、視線を合わせたゼウスが腕を下ろした。
(ゼウスがそんなヘマする訳ない…はず。
でも何だ?前みたいに余裕がありすぎる。)
眉間に皺を寄せながらもゼウスが腕を下げた時、ノイズは笑みを深めた。
「おやァ、賢明な判断ですよエクス君。
ほら見て下さイ、この綺麗な花達ヲ。」
両手を広げるノイズ。
真っ暗なこの部屋でもモニターの光で辛うじて床に黒い花が沢山落ちている事が分かった。
(さっきの落ちてきたホムンクルスに付いていたのと同じ…。
あれ、よく見るとライアーと対峙したあの場所にもカラスが飾り付けていた花でもある気がする…。)
ノノイズはそのうちの一輪を拾い、2人に見せるように持ち上げた。
「ゼウス様でもご存知無いと思いますヨ。
人の手によって作られた花ですかラ。」
『…』
ゼウスの金色の瞳は黒い花を睨みつけている。
瞳が紫に変色していないのは【万物を見通す者】が発動出来ずにいる状態なのだろう。
察したエクスはノイズへ問いかける。
「その花がなんだって言うんだ。」
「おヤ、察しの悪イ。
マジックを見せず、先にタネ明かしするマジシャンが何処に居まス?」
「【王の】⎯…」
怒りで魔法を放とうとしたエクスの腕を掴み止めるゼウス。
『待てマスター。気持ちは分かるが早まるな。』
「打っていいのですヨ〜?
大変な事になって良いのならネ!」
ノイズを睨みつけ、エクスは渋々手を下ろした。
左手で前髪を掴み、苛立ちを逃がすように引き寄せる。
「分からない!!お前は何がしたいんだ!!」
「貴方はゼウス様が何かしたいとか言ったら叶えてあげたいと思いませんカ?」
「それと同じと言いたいのか!」
ノイズは満面の笑みで頷いた。
「えエ!
俺はライアーの願いを叶えてあげたいだケ。
何の違いも御座いませんでしょウ?」
ノイズの笑顔は不気味なほど純粋に見えた。
「さぁ、俺を殺したいのでしょう?
どうぞご随意に?」