第191話『事変改変』
前回の話から間が空いてしまいました。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
相変わらず寒い日が続きますが無事息災でありますように。
…不思議な事に花粉症って克服出来るものなのですね…。
前回のあらすじ
シャル君は悪魔の手に堕ちた訳ではなく、僕達を逃がそうと演技をしていました。
ライアーが用意した鳥籠に捕まってしまったヨシュア、レン、セヲ君。
そしてヨシュアの鳥籠に飛びついたカイルさん。
絶対全員助けるんだ!!
…
転移後、天蓋付きの黒いベッドの側面に寄りかかり顔を埋めて泣くシャーロット。
ライアーはどうしたら良いか分からず、彼の後ろで右往左往していた。
「花嫁、何故泣いている?
僕様には分からぬ、何故泣くかが分からぬ。
綺麗な顔が赤くなってしまうぞ。」
ライアーの問に答えず、啜り泣くシャーロット。
悪魔にとって人間の感情は読み取れない不可解なものであった。
彼はシャーロットが何故泣くのか全く理解が出来ず、頭を抱える。
「何処に泣く要素があった?
教えてくれ。お前の不安は消してしまおう?」
「…」
シャーロットは予想通り助けに来てくれたエクスとゼウスに傷を負わせてしまった事、ヨシュア達が捕まってしまった事を憂いて泣き続けていた。
(全部、オレのせいだ。
助けようとしてくれていたのに中途半端に傷付けた!
オレがまた上手く動けなかったから!)
手を弾いた後のエクスの絶望した顔を思い出し胸が張り裂けそうになる。
“シャル君がどんな思いで、1つしかない大切な心を殺してまで貴女の為に頑張っていたか知らないくせにッ!!
知ろうともしないくせにッ!!”
(お母様に言ってくれた。
まるで自分の事のように怒ってくれたのに。)
“シャル君。
君が要らないと言っても僕は必ず君を連れ戻すよ。
君と笑い合いたいから。”
(オレはあんなに酷い事を言ったのに。)
それでも手を伸ばし続けてくれたエクスの言葉を支えに、何とか泣くだけで済んでいる状態だった。
「花嫁、僕様を愛するが良い。
僕様はそれ以上に御前を愛そう。
御前はそれだけを考えていれば良い。」
腕を強く引っ張られ、ライアーと向かい合う。
しかし目の前の彼に違和感を覚えるシャーロット。
「か、らだが小さく…?」
ライアーの身体は最初よりも少し幼くなっていた。
シャーロットの疑問に腕を組んで眉間に皺を寄せながら
「これか?御前の為に力を頻繁に使っていたから小さくなってしまった。
今は止めた故にこれ以上は小さくならぬ。」
と答えた。
(エクス君達が魔法を使えなかった理由は恐らくそれだ。探ってみないと、出来なくても使わせないようにしないと。)
「花嫁?
そんなに愛らしく見つめられると恥ずかしいぞ…」
盛大に勘違いをしているライアーに何処に恥ずかしがる要素があるのか分からないと言わんばかりの冷めた視線を向けていたシャーロットは意を決して理想を演じる事を決めた。
「ライアー様、そのお姿も素敵ですが私は以前のお姿をお慕い申しております。」
思いがけない言葉に距離を詰める悪魔。
彼にはそれだけで十分だった。
「誠かッ!?
今、御前の口からお慕い申してとッ!?」
「はい、ですから力なんて使わないで。
私は貴方様を見上げたい。」
(彼はオレを見捨てないでくれた。恐らく今も。
そんな彼を傷付けたのに助けられて良いのだろうか。)
「は、花嫁がそう言うのであれば仕方あるまい。
分かった、元の姿に戻ろうぞ。」
頬を赤らめ頷くライアーの挙動を観察する。
どうやら今すぐには身体が戻らないようだ。
「ゆっくりと回復するだろう。
さぁこちらへおいで、僕様の大切な花嫁。」
「はい、貴方様の事をもっと知りたいです。」
「嗚呼、全て教えてやろう。
然し暴かれるのも良い。
愛する御前には僕様の全てを。」
(オレもまだ皆さんと笑いあいたい。
1番は皆さんが笑っていて欲しい。
例えそこにオレが居なくとも。)
小さく息を吸い込み、目を閉じた。
(もう許されない事をした。
お母様を裏切り、そのせいで使用人さんを殺してしまって、堕天も身体に入ったし、助けに来てくれた大切な友人を傷付けた。救いようが無い。)
己を嘲笑って目を開け、ライアーと視線を合わせる。
期待の熱に揺れている獣の瞳に震えてしまう。
ギラギラと眩い瞳は捕食者そのものだ。
鼻筋が冷えていくのを感じ、足の感覚が消えていく。
(あぁ…怖い…でも大丈夫。
アルテミス、こんなマスターでごめんね。
貴女に誇れる召喚士でありたかった。
エクス君達のような皆さんにとって自慢の友人になりたかった。
ごめんなさい。ずっと大好きです。)
己に言い聞かせながらローランドの笑み、手を伸ばしてくれたエクス、皆でケーキを食べたあの日を思い出しながら潤んだ声で名を呼んだ。
「ライアーさま…っ!」
「あぁああ愛いッ!!
愛しすぎて御前に狂わされているッ!!!!」
ライアーの腕の中に自ら埋もれていった。
…
自らを入れた鳥籠は高く昇り大きく揺れながら雑に謎の部屋へ入り着地した。
「ッ…」
着地するまでの揺れに身体を沢山打ち付けたヨシュアは身体を起こすのがやっとだった。
「ヨシュア君、大丈夫!?」
鳥籠に掴まっていたカイルが鳥籠の扉をいとも容易く開けた。
手を引っ張られ、鳥籠から脱出するヨシュア。
(あんなスピードで上がっていた挙句めちゃくちゃ揺れたのに何でケロってしてるんだ?
しかもエクスが鍵を開けれなかったのに開けてるし。)
「あれ!?私に対してすっごい不機嫌!?」
「別に。」
ふいっとそっぽを向き腕や足の汚れを軽く叩いて辺りを見回すヨシュア。
周りは薄暗く、無機質な白い壁と2人を反射して映す床。
通路は奥に行くほど真っ黒で見えなかった。
カイルは闇を見つめるヨシュアに首を傾げながら質問を投げかける。
「どうする?降りるか進むかだけど。」
「降りるって鳥籠が上がってきたあの場所をでしょ?カイルさんはどうやって降りるの?
召喚獣?箒?」
「そこはまぁ臨機応へ────…?」
言い切る前に奥から嫌な気配を感じ取るカイル。
遅れてヨシュアも察知し、顔を向ける。
「いやぁ〜…ちょっと嫌かもぉ…」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ。
すごい量だけどカイルさん戦えるの?」
青い瞳に映る自分に向かって頷くカイル。
「君を守る為に居るってのも一つの理由だからね。
戦う分には全く問題無いんだけど…あれ元人間だからな〜。」
だから何だと言うような視線を向けられ、思わずヨシュアの人間性を一瞬疑った。
「俺は魔法を使えるようになったから守られるつもりはない。」
銃を構えたヨシュアに少し驚いたカイル。
段々と闇から大量の被検体が姿を現し始めた。
「それは何よりだ。じゃあ一掃して進もうか。」
「…(素手で?)」
カイルは軽やかな身のこなしで被検体を薙ぎ倒していく。
鞭のように細く畝る手足。
そこから放たれていると思いがたい一撃の重さ。
尋常ではないスピードで倒される被検体達に哀れみの目を向けた。
(身体能力高すぎてバケモンはどっちだよって感じ。
撃とうとするとあの人が入って邪魔だな。)
ヨシュアの考えを読んだのか突然ヨシュアの射程範囲から姿を消すカイル。
敵を倒しながら後ろのヨシュアの射程範囲を見極め動き始めた。
「バケモンめ…」
動かされているようで癪に障るものの戦いやすさが跳ね上がり文句が言えなかった。
カイルの方はヨシュアが確実に鼻根を狙って撃ち抜いているのを既に見抜いていた。
(命中率はまぁまぁだけどこの量だから誰かには当たるし、数発で鼻根に当たっているから悪くない。)
しかし倒してもあらわれつづけてキリがない現状にカイルはヨシュアに声を掛ける。
「ヨシュア君!
この先に何かあるかも。道作って進もう!」
「そうですね。」
先陣を切るカイルは喉に刺さった魚の小骨のように気になることがあった。
「(ヨシュア君ってゼウリスの生徒だよね?
何で召喚獣を呼ばないんだ?)」
彼の考えを汲んで敢えて言わないようにしていたものの理由が分からず悶々としていた。
…
己を閉じ込めた鳥籠が高速度で上昇し、限界まで鎖が巻取られた後、振り子のように大きく左へ揺れる。
新たに足場が見えた瞬間、ガゴンと音がなり1段階下がって鳥籠の接地面が擦れて火花が迸る。
耳障りな金属の擦れる音をたてて鳴り止まない。
やがて金属音が止まった頃、鳥籠も役目を終えたように停止していた。
「…ッ…」
全身を強く打ったからか肩で息をしているセヲは警戒心を解かず薄暗い辺りを見回す。
鳥籠を映す青い床と壁以外に何も無い。
…と、結論づけようとした。
「いったたぁ…」
左隣に自分が閉じ込められている物と同じ鳥籠があり、中の人物が危機感の無い声を出しながらゆっくりと起き上がったのだ。
セヲは何も声をかけず脱出の為に黒い魔導書へ目を向けた。
「えー何にも声掛けてくんないのー??
ひどくなーい??」
隣の鳥籠からこちらに声をかける黒髪の少年を無視し続ける。
「つれないなぁ。」
その声ごと斬るようにセヲは剣で金属製の鳥籠を切り刻んだ。
「おー!すごーい!
魔法使えるようになったんだねぇ。」
「じゃあ俺も」と自らを光の粒子へと変えた彼は鳥籠から脱出した。
沢山の光の粒子が鳥籠の外で再度彼を形作る。
その光景が珍しかったのか少し目を大きくしたセヲはふと我に返ったように視線を逸らした。
見逃さなかった男はニヤニヤしながら手を後ろに組み、彼の顔を覗き込む。
「あれ?今物珍しそうに見てなかった〜?
教えよっかこれ?」
「図に乗らないで下さいレン=フォーダンとやら。」
「えっ!名前覚えてくれたの?
嬉しいー!セヲ君って何やかんや優し」
苛立ちを込めて切っ先を彼の顔目掛けて突き出した。
「うぉっ!?危な!!」
首を勢いよく傾げ、セヲの攻撃を躱す。
「チッ」
舌打ちを響きわたらせ1人で通路の奥へと進み始めるセヲ。
突然の事で心拍数が上がっているレンの驚いた顔は呼吸するごとにゆっくりと喜びへ変わっていく。
全てが喜びに塗り変わった途端、彼の後を走って追いかける。
「あはっ!はははっ!
面白い!!セヲ君ってやっぱ面白いね!!」
金色の目が暗い通路でキラキラと輝きを放っている。
「俺、本当に殺されそうになったの初めてかも!
はははっ!良い感じのスリル!!」
歩くセヲの周りをスキップしたり手を広げてくるりと回りながら笑みを浮かべる。
よく知らない男が自分の攻撃行動で悦ぶ事なんて今までで一度もなかった。
故に謎の不快感が彼を襲う。
「きしょ…」
「あ、ひどーい。
ねぇセヲ君ってさ、入院前の騒動の時は何してたの?」
セヲの足がピタリと止まる。
「話す必要はありません。」
「えー?いいじゃん終わったことだし。」
「…」
セヲは無視して再び歩き始める。
レンは気にせず話しながらついて行く。
「俺、エクス君とヨシュア君と同じくらい割と活躍したんだよ。」
「…」
「ホムンクルスとか、正気じゃないクラスメイトとかと戦わなかった?」
「……」
堕天騒動の際、セヲは“ほとんど何もしていない”。
周りの様子がおかしくなった時、現れた天使クラスとオロチに飲み込まれなかったアルファクラス数人を気絶させ、一体のホムンクルスを切り伏せただけだった。
ちょっと面白い事が起きている。
そう感じた時には既に教師陣とエクス達が牽制しており、自分を襲う者が殆ど居なくなっていた。
戦いを求めて歩き回っていたが、まだ別棟に行っていない生徒が居ないか見回りしていたスピルカに見つかり、混乱に乗じて暴れないようにと星雲の手錠と念の為と足枷まで付けられ別棟へと強制的に転移されたのだ。
病室は周りの生徒の事もあって個室という特別仕様。
つまり不愉快極まりない状況で終わったこの話はセヲにとって大きなストレスである。
それを知らないレンは…否、知っていても彼は関係なく話す。
「学校の地下で秘密裏にホムンクルスが作られていたんだけど…その部屋とこの通路、材質がちょっと似てるんだよね。」
「…」
セヲが突然足を止め、剣を構えた。
レンは視線を走らせ、彼が見ている物を捉える。
見覚えのある白い人型の化け物が不気味に佇んでいた。
人間だと顔の位置であるはずの場所に目玉や口は相変わらず無いがこちらを見ている事は分かった。
「お、噂をすればのっぺら化け物ホムンクルスだ。
やっぱいるねー。」
レンが呟くと同時にセヲは力強く床を蹴る。
一蹴りとは思えない突風に目を瞑ったレンの耳に予想もしない音が聞こえた。
今までのホムンクルスは少しの衝撃ですぐに崩れる豆腐のような脆い作りであった。
それなのに、セヲがホムンクルスの首へ横一線を引く状態で止まっていた。
レンが聞いたのも、金属音が反響した音だろう。
その発生源はホムンクルスだ。
「…ッくそ…」
「セヲ君!一旦離れて!」
剣から手を離し、後ろへ大きく飛び距離をとったセヲの着地点を狙うようにゴムのような腕を伸ばしてきた。
「【明けの明星】」
レンが放つ小さな光の玉が腕に当たった時、
小さな爆発が起こり、腕は蛇のように戻っていく。
「今の、セヲ君の足元狙ったよね。
もしかして自分で考えて行動してる?」
「…」
返答はしないものの、セヲも考えは同じだった。
今まで思考を持ち合わせるような動きは無かったそれが知恵を持つ事は恐怖でしかない。
が、セヲの心もレンの心も恐怖より興味が勝つ。
「硬さといい今までの奴と違って面白いね。
どれくらい考えられるんだろ?
そのうち喋れたりするのかな?」
セヲは隣に立ってヘラヘラしている男を一瞥する。
「…貴方はいい加減口を閉じたらいかがです。」
エクスと違い、考えが読みづらいレンに対して言い放つも
「静かなのは性にあわないんだよねー。」
と口を尖らせるだけだったので自分が口を閉じた。
「取り敢えずセヲ君の武器取り返さないとね。」
「…」
セヲは無言で手を突き出した。
それに答えるようにホムンクルスに刺さったままの剣が白い霧へと姿を変え彼の手に流れていく。
手が柄の位置になるよう霧が剣の形に戻ると、強く握りしめて素早く下ろした。
「おぉー!そんなのも出来るんだ!」
「【黒蝶】」
まるで1人で戦っているかのようなセヲに頬を膨らませるレン。
しかしセヲの剣から生まれた黒い炎の蝶がホムンクルスへの道を外れ数頭こちらへ向かってきた。
「え?俺もついでに狙ってる?わー。」
スタコラと軽い足取りで蝶々を逃れるレン。
軽く走りながら遠くのホムンクルスを見ると、黒い蝶が衣服のように留まりボッと音を立て黒炎と化す。
しかし全く微動だにせずセヲと向かい合っている。
セヲはすぐに次の手を打つため魔導書を開く。
その瞬間だった。
僅かな影と風を感じて顔を上げると、白い岩のような物が彼の眼前に迫っていた。
「セヲ君ッ!」
レンの声は鈍い音にかき消されセヲは勢いよく吹っ飛ぶ。
すぐにホムンクルスに目を向けると伸ばした腕を縮めて戻しているところだった。
「めちゃくちゃ速いじゃん…何あれ。」
所々焦げている腕は硬そうな見た目とは裏腹に粘土細工のように練り上げて形が戻る。
その光景を見届けてもこちらに向かない視線と敵意に溜息を吐いて頭を搔く。
「参ったなぁ…。」
敵意を向けられていない事に悔しがるべきなのか安堵するべきなのか複雑な心境を抱えながら杖を握りしめる。
(セヲ君の回復に回った方が得策かな。
でも敵意が無い今なら叩けるか?
俺の存在すら認知しているか怪しいし。)
「【明けの】」
「手を出すなクソがッ!!」
怒気を孕んだ大声が響き渡り、レンは目を見開いた。
「セヲ君ボロボロじゃん。」
既に頭から血を流してフラフラしているのにも関わらず目は獲物をどう倒そうかと思考する肉食獣のようだ。
レンは何度目かの溜息を吐き、首を振った。
「…分かったよ。
君が動かなくなったり、相手が俺を狙ってきたら選手交代ね。」
「そのような時は無い。」
自分の身長ほどの剣を右手で握りしめる。
恐らく先程の攻撃を受ける直前、左手が咄嗟に顔を庇うよう動き致命傷を免れたのだろう。
レンは魔導書を開き回復魔法の頁を見ていた。
ペラペラと光る頁を捲り、とある結論に至った。
「ルシファー【summon】」
純白の翼を12枚持つ圧倒的存在感を放つ天使が魔導書から現れた。
それなのにセヲもホムンクルスも見向きもしなかった。
「家みたいでなーんか嫌な感じー。」
呟きはセヲから放たれる無数の攻撃の音で掻き消され、ルシファーは首を傾げた。
『レン。あれは?』
「ホムンクルス亜種ってとこかな。
データ収集と、セヲ君の回復の為に呼んだの。」
レンからホムンクルスへと視線を移す。
無表情な顔は少し興味深そうに頷いた。
『承諾。
ゼウリスの時に出会ったホムンクルスとは一線を画しておりますね。』
「うん、アレは前見た奴らと何かがおかしい。
根本的に…生まれる前の液体から違うとかかな。」
冗談めいた口振りで話すレンに真顔で頷く天使。
『可能性は十分有るかと。
しかし無から生命を創り出すのは相当な技術力。
それはまさに神の所業です。』
「つまり無からではないんだよ。
誰も神様なんかじゃないんだから。」
ルシファーの脳裏にはゼウスが浮かんだが口を閉じた。
セヲが動く度に段々と濃くなる霧へ目を凝らす。
先程よりも俊敏になっているセヲの笑顔は勝負に夢中になっている子供のようであり、魔獣のようでもあった。
『レン、彼へ助力は?』
「すると俺が殺されちゃう。」
『…左様で。』
ルシファーが頷いたその時、ホムンクルスの左腕がセヲの剣によって宙を舞った。
「!」
『…』
息を飲んだレンを一瞥したルシファー。
主と同じように目を凝らす為、眉間に皺を寄せる。
霧の向こうから見えたセヲの瞳が特段輝いた瞬間が見え、寒気を覚えた。
『(瞳の中に蝶が…)』
「“汝、宙を見よ。”」
構えを解いたセヲが静かに、確実に言葉を呟いた。
「セヲ君まさか」
『詠唱…ですね。』
ホムンクルスも詠唱だと理解したのか本能なのか、
先程よりも鋭く攻撃を仕掛ける。
が、セヲは避けに徹し始めた為攻撃が当たらない。
「“其は海である。
汝、大地を見よ。其は彼方の星である。”」
『レン!聞いてはなりません!』
「うぉっ」
セヲの発動する魔法を理解したルシファーは慌ててレンの耳を手で塞ぎ、翼で包んだ。
「ちょっとルシファー!?
聞くはまだしも見えないんだけど!」
『これは詠唱から既に作用するのです。
恐らく貴方にも効いてしまう。』
「え、なんて!?聞こえない!!」
騒ぐレンなど目もくれず切先を床に当てながら舞うように、嘲るように笑みを浮かべながら攻撃を避け続ける。
「“汝、現実を見よ。其は幻夢である。
自由に羽撃く蝶は牢獄に繋がれている。”」
セヲの姿がルシファーの目にも朧気にしか映らないほど濃くなる煙のような霧。
「“刮目せよ、其は汝である。”」
ふいにその中の影が止まり、ゆっくり手を上げる。
「【事変改変】」
指を鳴らした音が響き渡り、霧を吹き飛ばす。
ホムンクルスには何も変化が無くセヲの首へ腕を伸ばす。
その光景に思わず目を疑ったルシファーは眉間に力を込める。
空を切る速さだった攻撃が歩くよりも遅い速度となっていたからだ。
「あーあ…もう終わりなんてつまらない。」
呟いて容易く腕を切り刻む。
頭部以外を素早く細切れにし、残った頭部に剣先を勢いよく雑に突き刺した。
「…」
細かく切れた身体は復元することなく活動を停止させる。
勝利したのにセヲの顔は玩具を自らの手で壊してしまった子供のようだった。
厨二の心を忘れていないので詠唱考えるの楽しいです。