第189話『その手で掴むは』
もう1年が過ぎ去ろうとしていますね…!!
ついこの間まで暑かったのに。
猫が天然の湯たんぽレベルで温かいのですが抱っこ拒否されて唸られています。
前回のあらすじ
私の大切なマスターが!!
可愛いシャルが捕まっちゃったの!!
どうしよう!?
…
シャル君を助けに行くため、ゼウスに運んでもらおうと家の外で呼び出した。
「ゼウス!【summon】」
『私を呼んだな!マスター!』
「ゼウス、お願いがあるんだ!」
シャル君の安否が不明になったことを伝えるとゼウスの綺麗な顔から笑みが消えた。
『成程、それは早急に対処せねばなるまい。
ただ私はその地図の読み方が分からぬ。』
「噴水広場に着ければ俺が案内するよ。
アルカディア家まで一本道だから。」
一本道か。
なら侵入経路って一つだけになる?
それなら…
「あんまり人目に付きたくはないかな。
敵が彷徨いているかもしれない。」
「確かにね。
何かこう…気配とか消せると良いよね。」
『ならば簡単な魔法を掛けてやろうぞ。』
指を鳴らしたゼウス。
あまり変化は分からないけど…気配を感じにくくしてくれたのかな。
「じゃあ早く行こ?」
レンに頷き、ゼウスは噴水広場へ転移をしてくれた。
…のだけど…
「噴水の中に着地はダメでしょうがっ!!!」
僕とレンは噴水広場の噴水の中に転移された。
「わ〜!びしょびしょだねぇ。」
呑気に笑っているレンを睨みつけたあと、
そのままゼウスに視線を移した。
『だ、だって人間多くて確実に着地できるの此処だったんだもん…』
両方の人差し指の先をツンツンして口を尖らせているゼウス。
言いたいことは分かるけどさ…。
「せめて建物の屋根とかで良くない!?」
『む、確かに。』
「嘘でしょ…」
最高神がそれに気づかなかったの…?
「取り敢えず出よ?
気配消すどころじゃないくらい今の俺らマジで不審者だから。」
「『あ。』」
水の音で聞こえなかった周りの音が今聞こえる。
どう聞いても騒ぎになっているのでゼウスに引き上げてもらって少し離れた建物の屋根で衣服を乾かすことになった。
「もう!
こんなことしている場合じゃないのに!」
『むん…すまぬ…』
「まぁまぁエクス君、ゼウスも反省してるしもう乾いたから行こ?」
しょも…と凹んでいるゼウスを見て怒りすぎたかもと少し罪悪感が芽生えた。
「…うん。
ごめん、ゼウス。
…焦ってちょっと怒りすぎちゃった。」
『いや、マスターが謝ることは何も無い。
ルシファーのマスターよ、道案内を頼む。』
「はいはーい。」
ゼウスは僕達の片手をしっかり握って空を飛ぶ。
レンが言うように、噴水広場から沢山伸びている内1つの道を辿っていくととても大きな御屋敷があった。
「これが終点アルカディア家だよ。
この道は通り抜け出来ない。」
「でっっか…」
ふわりと着地してくれたゼウスもアルカディア家を見て眉間に皺を寄せた。
『何だ?
この屋敷を覆う禍々しい不気味な気配は。』
「え…そんなの感じるの?」
『マスターは感じぬか?』
全く感じないけど、普通の建物とは異質の雰囲気を醸し出しているのは分かる。
此処は危ないと本能が言っているのだろうか。
でも此処はシャル君のお家で、彼は恐怖と戦いながら足を踏み入れたんだ。
何が起こっているか分からないけれど絶対に助けてみせる。
「待っててねシャル君。
僕が必ず助け」
『危ないマスター!!』
ゼウスが急に僕の前に出て天に向けて手を突き出した。
バリアを張ってくれたおかげで奇襲を逃れた僕は原因をゼウスの背中から覗く。
暗めの銀髪と着地時にふわりと靡く黒い薄手のロングコート…怪しく光る紫の瞳。
「セヲ君!」
「チッ」
奇襲した挙句ゼウスに防がれて超不機嫌だ。
防いだゼウスも威嚇する猫のようにセヲ君へ詰めた。
『貴様!箒から飛び降りて我がマスターに踵を落とそうとは何を考えておる!!』
「殺せたらラッキー?」
『本当に言う奴があるか!!』
ホントだよ。
ゼウスが居なかったら死んでたな…。
「わぁ、初めましてだね。」
レンが腰を屈めて上目遣いでセヲ君を覗き込んだ。
「…」
「あはは、すっげぇ眉間の皺〜。
綺麗な顔が勿体ないよ。」
レンが微笑むとすっごい嫌なんだろうな、と思う顔で数歩下がったセヲ君。
僕ですらあんな顔向けられなかったぞ。
多分鳥肌たっているんだろうな。
「俺はレン=フォーダン。
君の事は噂で知ってるよ、セヲ=ファントムライヒ君。」
「…」
セヲ君は一切喋らないけどレンは気にせず話し続けている。どうしようかなこの空気。
『エクス様、アップデート情報です。』
何とも言えない空気の中でアイオーンから通知が入る。
何故今なんだ…と思いつつ少し感謝してる。
ポケットからデバイスを取り出してみるとアイオーンが夜空のような背景の前に立っていた。
「どうしたのアイオーン。」
『ご主人様の手によってカレンダーアプリが搭載されました。』
指を鳴らしたアイオーンの前に卓上カレンダーらしき物が現れた。
『日付や祝日が一覧でご覧いただけるようになり、予定をメモ出来ます。』
「おぉ…」
前世のカレンダーアプリと一緒だ。
それをこの世界で、しかも1人で作るシルヴァレさんって本当に凄いな…。
でも何で今?
『そして月の満ち欠けまで知る事が出来ます。』
卓上カレンダーは立体的な小さな月に変わりアイオーンの手に収まる。
『今夜は満月の予定です。』
それは何の意味があるのだろう…。
でもそっか、満月なんだ。
だからどうってことはないけど。
「あ!エクス!」
レンに詰め寄られているセヲ君の後ろからヨシュアの声が聞こえた。
「ヨシュア!…と…?」
ヨシュアの後ろから見慣れない男性が笑顔を浮かべながら現れた為、僕はヨシュアの紹介を待った。
「この人はカイル=ルージュさん。
メールで伝えた人だよ。」
僕でも高そうだと分かるほど綺麗な黒いスーツを身に纏う男性はヨシュアよりも1歩前に出て僕と目を合わせるためほんの少し屈んだ。
「初めまして、君がエクス君?」
「は、はい。エクス=アーシェと申します。」
「わー!やっぱ彼に似てるねぇ〜!」
名乗った瞬間、黒い手袋を付けた両手で頬を掴まれもちもちされている。彼?似てる?
満足したのかカイルさんは僕の顔から手を離し、握手へ移行した。
「君のお父さんの同僚、カイルです。」
「!」
お父さんの所属って“ビルレスト”だったっけ…
そしてそのお父さんの同僚で、ヨシュアはカイルさんを王様の狗って言っていた。
えっ!?ビルレストって王様の狗!?
つまりお父さんも王様の…
「…固まっちゃった。
ヨシュア君、エクス君に変な事教えた?」
「別に?」
王様の狗ってどんな事をするのだろう。
お父さんはただの人助け集団ではなかったんだな。
あまりヨシュアに会わせない方が良いかもしれない。
「あ、いつも父がお世話になっております。」
「いえいえ、私の方がお世話になってるからねぇ。」
何か喋ろうかと頭を上げてすぐ、セヲ君がこちらへ声をかけてきた。
「あの、さっさと行きません?
悠長に喋ってる暇ありませんが。」
「あ、そ、そうだね。」
「じゃあ決まり事を作るよ。」
カイルさんが笑みを絶やし、僕達に落ち着いた声で話す。
「まず、私達の任務はアルカディア家の調査だ。
知るべきなのは現状。行うべき事は情報収集。」
カイルさんは黒い手袋を付けた親指を立て、続けて人差し指も立てた。
「君達の命が最優先ね。
無理だと判断したら必ず撤退する。」
無理…もしシャル君を助けられない状態だったらそのまま帰るってこと…?
絶対嫌だ…。
カイルさんの2本指をじっと見つめていると彼は指を下ろし、握り拳を僕に向けた。
「まぁ君達は超強い問題児って娘に聞いてるからね。
言っても無駄だろうし好きにやりなさい。」
「え…」
「責任者はアムルちゃんだしさ。私もだけど。」
カイルさんは全員を見回し、セヲ君で視線を止めた。
「こちら側が進んで御屋敷をぶっ壊す事さえしなきゃアムルちゃんが何とかしてくれるから大丈夫!
私も暴れたい!」
大丈夫かこの大人。
『マスター、こやつ大丈夫か。』
「わかんない…。」
あんなに紳士的なお兄さんって感じだったのに一気にセヲ君みたいな人だと思うようになってしまう。
アムルさん、この人で良かったの…?
「じゃあ行こうか。
屋敷では何が起こるか分からないから注意しようね。」
割と軽い感じでカイルさんは立派な鉄の門扉に手をかけた。
(そもそも昨日はガードマンが2人もいたのに何故今日、誰も立っていないんだ?
俺らの事を知ったはずなのに。)
ヨシュアが考え込んでいる。
レンは魔導書から杖を引き抜いており、セヲ君は軽いストレッチをしていた。
僕はゼウスと目を合わせた。
ゼウスも金色の瞳で僕を見つめ返してくれる。
『行こう、マスター。』
「うん!」
ギィ…と軋む音がした。
僕達はいとも容易くアルカディア所有地へと侵入出来た。
湧き上がり続ける噴水を横目に、僕らが横並びしても余るほど大きい屋敷の扉へ。
先頭に居たカイルさんが再びドアノブへ手をかけた。
「鍵が掛かっていない。結界もない。
誘き寄せられてるね。」
誘き寄せ…
じゃないとこんな簡単に侵入を許すわけないだろうし。
でも、だからこそシャル君の身に何かが起こっている可能性が高い。
嗚呼、早く助けに行きたい。
鍵がないなら壊す必要は無いし好都合じゃないか。
「鍵を壊す必要が無いなんて好都合では?」
セヲ君、心做しかウズウズしてる。
「俺も同意見でーす。」
レンがヘラヘラしてるのムカつく…
けどまさかこの2人と意見が合うとは…嫌だな。
「いやぁ若い子は血気盛んだねぇ。
じゃあ行くよ、皆武器持って。」
僕はゼウスの神杖を、
ゼウスも自身の杖を、
ヨシュアは銀の拳銃を、
レンは白い杖を、
セヲ君は背丈くらいの剣を構えた。
室内戦になるだろうにあれ戦いづらくないのかな。
しかもカイルさんが扉を開けるのに武器持ってないし。
「せぇのっ」
勢いよく開け放った扉。
同時に武器を向ける僕達の目に映ったものは、
薄暗く明かりも何もないただ静かな広間だった。
敵がうわ〜っと出て来るのとは違う薄気味悪さに寒気がした。
「ちょっと待ってね。」
呟くカイルさんの足元に紫色の魔法陣が光り輝く。
魔法陣を見たゼウスは感心したように頷いた。
『貴様、探知を使えるのか。』
「あら凄い、見られただけでバレちゃった。」
振り向いたカイルさんの目は【万物を見通す者】を発動したゼウスの様に紫色に変色していた。
数秒後、彼から「うーん…」と悩ましげな声が出た。
「今、アルカディア家の内部を探ってるんだけど…人が居ないこと以外には驚くほど異常が見当たらないんだ。」
「ゼウスはどう?」
ゼウスもゆっくり頷いた。
『私も同意見だ。
雷の糸が館を張り巡って終わりなのだ。』
「異常がないなら取り敢えず入れば良いでしょう。」
カイルさんの横をコツコツとブーツのヒールを鳴らしながら通り過ぎるセヲ君に続いてレンとヨシュアが
「「お邪魔しまーす。」」
と入っていった。
「「…」」
カイルさんと僕はお互い見合わせ、
「「ちょっと待ってよぉ!?」」
『むっ!待てマスター!
私を置いていくな!』
急いで彼らを追いかけた。
アルカディア家の中は漫画やアニメでよく見るお金持ちの家って感じだ。
この広さなら優雅なダンスも踊れるんだろうな。
その奥の通路へ進んでいくセヲ君とレンとヨシュア。
「うぅん…何か嫌な空気だなぁ…」
『マスター、猫背になっておるぞ。』
だって何か怖いもん…。
『他の者は部屋に入って散策をしているようだ。』
でもウジウジしててもシャル君は助けられない。
「僕達も探そうか。」
『うむ!』
カイルさんは周りを見回しながらスタスタと目の前の階段を登っていく。
僕も素早く登ってついて行く。
何の変哲もない屋敷の廊下を歩いていくと、花瓶に萎びれた花が生けてある扉が気になった。
「…此処に入ってみよう。」
『うむ。』
ドアに恐る恐る手をかけても問題ない。
よし、行くぞ。
「失礼します!」
『律儀だな。』
勢いよく開け放つととても広い部屋だった。
目を引くのはピンク色の天蓋付きベッド。
めちゃくちゃ広いからベッドがあったって部屋を走り回れる。
誰かの部屋なのかな。それとも客室の1つ?
でもドレッサーとか凄い金細工細かいし…引き出しの中とか何か入ってたり?
他人のものを開けるのは気が引けるけどゲームの勇者とかもやってたもんね!
…失礼します!!まずクローゼットから!!
中には可愛らしいパステルカラーでフリフリの女の子の服が大きなクローゼットの中で身動きを取らせないほど詰まっていた。
ぎゅうぎゅうに女の子の夢が詰まっていると言ってもおかしくないな。
つまり客室じゃなかったりする…?
それとも女性用…?
ドレッサーもあるしな。
勝手に引き出しを引くと中身に目が行く。
「ん?」
蓋に大きく描かれた金の三日月模様が綺麗な黒い缶だ…。クッキー缶かな。
蔦のような柄も三日月もぷっくりしてる。
もしかしてシャル君のかな。
箱を振るとカサカサと音が鳴った。
「大切な物っぽいな…」
『む?マスター、それは?』
「分からない。ただ中に何か入っている。」
『開けてみようぞ。』
気が引けるけど確認するか…。
「ごめんね。」
缶の中身は折りたたまれた手紙が数通入っていた。
【シャーロットさまへ】
おてがみありがとうございました。
とてもじょうずにもじをかけるようになられましたね。
はなまるまんてん、すばらしいです。
しつじのじまんのごしゅじんさまですよ。
とてもうれしいです。
「これ…」
全部平仮名だ。
執事さんへ手紙を書いた幼いシャル君への返事なのだろう。
【拝啓 シャーロット様】
このミザリーにお手紙を書いてくださるとは。
それも、私の体調を案じてくださる内容に涙が零れました。
貴方様の方が遥かにお辛いというのになんとお優しい。
私は貴方様を護りたい。
私はいついかなる時も貴方様の味方であります。
ミザリーさんと言う方の返事だ。
シャル君を大切に思ってくれる人なんだな。
それはシャル君の人柄、持っている優しさ故だろう。
この手紙の文字が滲んでいる部分が多々ある。
僕が持っている部分も力んだ痕があった。
『マスター、何か落としたぞ。』
ゼウスが指を動かし魔法で拾い上げたものを渡してくれた。
【お父様へ】
それだけが書かれた便箋だった。
最初の行に何度も何度も文字を消した跡が残っている。
アルカディア家の当主は女性でシャル君のお母さん。
ならお父さんはどうしているのだろう。
彼は何を伝えたかったのだろう。
「皆〜!!1階へ集合〜!!」
カイルさんの声だ!
いつの間に1階まで戻っていたんだ!?
「行こう!」
『うむ。』
心做しかゼウスがいつもよりも静かだ。
何か考えてるのかも。
「エクス君、こっちだよー!!」
奥に続く通路の途中で大きく手を振るカイルさん。
の後ろに何かが居た。
人だ。アルカディア家の人間…
違うッ!!
口を開けてカイルさんの肩を噛もうとしている形だけの化け物だ!!
「カイルさん後ろッ!!」
魔法を打とうにも彼に当たる可能性があると思って反応が遅れた!
しかし彼は分かっていたのかその場で身体を捻り、
長い足で化け物の顔面を確実に蹴り飛ばした。
「すっげ…」
蹴る素振りが全くなかったのにその場で回転して後ろにいる化け物相手の顔面を的確に蹴るなんて…この人、とんでもなく強いんじゃ…
『マスター、感心よりもあの化け物ぞ。』
確かにそうだ。
カイルさんが中腰で立ってまじまじと見てる隣に立つ。
カイルさんの蹴りをくらって壁に叩きつけられた為か痙攣している化け物。
目はあらぬ方向を向いており、身体が白い布で巻かれて上から腕ごとベルトで固定されている。
「どう考えても人間だったよね〜」
そう言いながらカイルさんは何処から取り出したか分からないナイフでベルトを豆腐のように切った。
布まで切ると白く丈の長い服を纏っていたが顕になった手に蝋のようなものがこびり付いていた。
これって…
「ホムンクルス化…!?」
『その可能性が高いだろうな。』
「あぁ、ユリウス君が言ってたヤツだね。
でもこれ治したところでこの人助からないね。」
治してもいないのにカイルさんは何故そんな事が言い切れるんだろう。
『マスター、この男が言うように無理だ。
助けられない。』
「何で!?」
『既に自我が崩壊している。
生憎だが私に精神を治す魔法は使えない。
そも、そのような魔法は無い。』
「そんな…」
ゼウスが言うなんて…
「カイルさん!」
ヨシュア達が来た。
セヲ君だけ小走りすらせず歩いて来た。
2階に居た僕が一番乗りだったとは。
それほどアルカディア家は広いということかな。
「うわ、きも。」
レンが化け物に容赦なく言い放つ。
ヨシュアもセヲ君も言葉にしないだけで言いそうな表情をしていた。
「これを見せる為に集めたのですか?」
セヲ君のイライラにカイルさんは化け物から目を離し、1番近くの扉を指した。
「あの部屋見た?壁一面絵画でさ。
怪しすぎて呼んじゃった。」
カイルさんが言い終わる前にセヲ君は部屋に入ってしまった。
部屋は他の部屋に比べてこじんまりとしていたけれどとても広い。
そして目に飛び込んでくる壁と化している絵画。
とても大きな満月が浮かぶ夜空の絵。
まるで小説の表紙になっているような青白い光から真っ黒な闇へのグラデーションが印象的だ。
思わず見惚れているとゼウスが眉間に皺を寄せて
『微かに風を感じる。
何処かと繋がっておる。』
と言った。
カイルさんも、ゼウスの雷の糸も隠し部屋を見つけられなかったのに…。
セヲ君が剣を絵に向けて切ろうと振りかぶるも刃が通らない。
「壁ですね。
仕掛け扉という訳ですか。」
「じゃあ俺だね。【ルカの福音】」
レンの杖の先端から今にも零れ落ちそうになっている光の雫が現れた。
やがてそれが床へと落ちると、金色の波紋が生まれ壁にぶつかる。
その後、波紋は壁を走る線となり沢山分裂し駆け巡る。
「見ぃつけた。」
光の線が月の真下に円を描く。
レンはそれを躊躇なく押した。
驚く余裕もなく、月の輪郭を区切りとして絵画が上下に離れ、狭い通路が現れた。
「おぉ〜ビンゴだ。」
「凄いねレン君。
じゃあ行こうか。」
素早く先頭へ移動し進んでいく。
先陣を切ってくれたんだ。
セヲ君はちょっと不服そうだけど。
彼らに続いてレンの後ろを僕が歩き、僕の後ろをゼウスが浮いている。
ゼウスの後ろはヨシュアが居る。
「…」
『どうした?プロメテウスのマスター。』
「ヨシュア?」
どうしたんだろう。
振り返って足を止めていた。
「ううん、何でもない。」
「そう?」
ヨシュアの何でもないはあんま信用出来ないんだよなぁ。
「ぶぇっ」
ほんの少し考え事して下向いていただけでレンにぶつかった。
足止めていたの気付かなかった。
[誰?誰?ライアー様の邪魔をするのハ。]
この中の誰でもない声に鼻筋が冷える。
嫌な気配がする。
セヲ君の背が高くて何も見えないや。
[まだ結婚式は準備中。
早すぎるのは迷惑ですヨ。]
「け、けけけけっ結婚式ぃ!??」
狭い通路なのにとてつもない大声が自分から出た。
今手で口を覆っても遅いけど押さえてしまう。
ライアーってあのノイズの相棒…!?
[ライアー様の花嫁を着飾っている途中。
ライアー様は参列させてあげるとの事ですけド、
今はお呼びでないでス。]
「わぁ、参列させてくれるんだ。」
[ライアー様はとても慈悲深い御方故でス。
花嫁の為に御友人を招待して差し上げると仰っておりましタ。]
ノイズが言ってたけど結婚式場って魔女の夜のアジトなんじゃ…つまりこの先って…
それにそもそも花嫁ってやっぱりシャル君なんじゃ…!!
何か情報を引き出さないと
[ギャッ!!]
先程の声は悲鳴をあげた。
レンの後ろから顔を覗かせるとセヲ君がカイルさんの後ろから長い剣で何かを刺していた。
「チッ消えたか。」
セヲ君が何かを振り払おうと剣を振った瞬間、
【誰だ、僕様の邪魔をする小鳥共は。】
「ッ!!」
背中に形容し難い気持ち悪い寒気が走ると同時に圧力を感じた。
先程とは比べ物にならないほどの恐怖に声だけでゾッとして顔から汗が落ちる。
【僕様の結婚式を邪魔するなら惨殺する。】
僕様の結婚式…僕様??
じゃあこの声はライアー自身のもの!?
てか僕様って何!?
【ただ…あぁそう。
御前達は花嫁の旧友か。
ならば招待してやる、此方へ来るが良い。】
「何処かで視ているって訳?」
ヨシュアの言葉に返答は無いが、黒と紫が渦巻く亜空間のようなものがカイルさんの目の前に現れた。
「私は行くが君達は…」
振り返ったカイルさんは呆れたのか目を伏せて小さく溜息を吐いた。
「行かない訳ないよね。
相手の本拠地、若しくは罠だ。
気を引き締めていこう。」
「「はい。」」
「はぁい。」
「…ふん。」
僕達が行かないわけが無い。
シャル君を取り返して帰る。
悪魔を倒せれば万々歳だけど…
ディストと違ってライアーはなんと言うか、
格が違うと思った。
カイルさんと僕達の差のような、次元が違う感覚だ。
今も杖を持つ手が震えている。
『怯えるなマスター。
アルテミスのマスターを連れ戻すのだろう。』
ゼウスの声にハッとした。
僕が怯えてどうする。
シャル君はもっと怖い目に遭っているのだから。
助けになるには堂々としていなくちゃ。
ゴーン…ゴーン…
亜空間を抜けた先で響く鐘の音。
祝福の音は悪夢を呼ぶ音に変わる。
暗く広々とした空間で、沢山のカラスが飛び回り黒い花々を飾り付けている。
「よく来たな、小鳥共よ。」
さっきの声…!!
やばい、怖くて足が震えそうだ…っ!!
堂々と、堂々と!
声のする方へ睨みを効かせた時だった。
「あ…」
僕の一直線上にある階段の先に2人立っている。
羽毛をあしらった黒いスーツを纏う黒髪の若い男性の横に、見慣れた金髪の人が黒いドレスを纏って立っていた。
「しゃ、る…くん…?」
あれは、シャル君だ。
遠くから見ても、分かる。
その隣、あれが…
「ライアー…ッ!!」
「我が花嫁の旧友の1羽は小鳥にすらなっておらぬ雛鳥だったか。」
ライアーは僕を見下げて言い放つ。
「驚いたな、人間を嘲るカラスだね。
そんな奴シャルの旦那に相応しくないよ。」
そう言ったヨシュアが既に発砲していた。
空を切る弾丸は近くを飛んでいたカラスが受け止め、液体と化して弾ごと溶けた。
「チッ」
すぐカイルさんとセヲ君、レンが同時に飛び出した。
まずい遅れた!!
僕とゼウスもすぐに駆け出す。
「【明けの明星】」
「【天帝神雷・天誅】!」
レンと同時に杖の先をライアーに向ける。
しかし魔法が出ない。
「ありゃ。」
「えっ!?魔法が出ないよ!!」
ヨシュアの弾は飛んだのに!!
「あれ最初から持ってた弾なんだよね。
今、弾を作れないや。魔法が使えない。」
嘘でしょ!?
『私も魔法を放てぬ!!
敵陣ゆえに不利だ!!』
ゼウスすらダメなんて!!
でも走ってあの場に行くしかない!!
『マスター!!』
既に両脇からカイルさんとセヲ君がカラス達を跳ね除けシャル君の元へ近づいている。
僕は真正面からの中央突破だ!!
杖も物理で振り回せばカラスを倒せる!
「貴様らの刃なぞ鈍に過ぎぬ。
なぁ、花嫁。
餞別として御前の力を見せてやるが良い。」
ライアーの言葉通り、シャル君は光り輝く弓を手にした。
そして光の矢を魔法で作り出し、僕達に向けて引き絞った。
「嘘でしょ…」
魔法が使える事に驚いているんじゃない。
僕達に躊躇いなく弓矢を向けていることに驚きを隠せなかった。
でもあれはライアーの言いなりにならなきゃいけない理由があるんだ!!
「ゼウス!!」
『うむ!!』
しっかりとゼウスの手を握り、階段を跳躍する。
手を伸ばしてくれれば届く距離。
「シャル君ッ!!
僕達は君を助けに来たんだッ!!
手を伸ばしてッ!!」
シャル君の虚ろな瞳が揺れた。
その瞬間、彼の手から
矢が放たれた。