第186話『堕ちる音』
主人公不在回が割と多くなってきた気が…気のせいかな…
前回のあらすじ
ヨシュアです。
俺がお世話になっている孤児院に戻ったら
王様の狗“ビルレスト”という組織所属の男、
カイル=ルージュに付きまとわれることになりました。王様の狗としてではなく、学校からの依頼で俺を守るようにって。
俺を探っているあの目、嫌い。
…
「ヨシュアくーん!待って〜!」
(待ってと言いながら普通にすぐ後ろ走ってくるんだけどこの人。)
ヨシュアの内なるモノが行きたい方向へ感覚だけを頼りに走って向かっているのに付いてくるカイル。
「そこはアルカディア家があるだけだよ!」
「!」
広い屋敷の門前で足を止めた。
(お前の行きたいとこってココ?)
【うん、うん。あってる。】
鉄格子の門から覗ける大きな屋敷。
目を引くオブジェクトである噴水や周りの草花は手が行き届いており、とても華やかだった。
「貴様達、何者だ。」
スーツ姿の男達…門番であろう2人が声をかけた。
カイルはヨシュアの出方を伺う為に口を閉じた。
「…(何故此処に来たがった?)」
【堕ちる音が聞こえる。好きな音なの。】
間違いなく不穏だと感じた為、素早く名乗った。
「ゼウリス魔法学校神クラス所属、ヨシュア。
シャーロット=アルカディア君の友人です。」
「その付き添いでーす。」
「奥様より何者も入れるなと言われている。
お引き取り願」
言い終わる前の門番の目前には黒い光を纏った拳を最大限に引くヨシュアが音もなく既にいた。
が、門番は腰を曲げスレスレで避けた。
ヨシュアとカイルは驚きを隠せない。
((今の避けるか…!))
すぐさまヨシュアに反撃の拳が顔に当たる瞬間、カイルが割って入り間一髪手で受け止めた。
しかし…
「っ!?」
受け止めた拳の力が想像を超える強さによって庇ったはずのヨシュアごと吹っ飛んだ。
素早く受身をとり、空中で体勢を整えてすぐヨシュアを抱きとめた。
「ヨシュア君!これはダメだ引こう!」
「チッ!!」
カイルの言う通りにその場から離れる為に走る。1人が追ってきたのでどう対処しようか考えていた時、門番は持ち場から離れすぎたのか、他に看過できない何かがあったのか踵を返した。
好機と思い少し離れた建物の影に隠れ石畳に座り込む。
「追っては…来てないね。
(誰かが囮になった…?)」
カイルは目を凝らしたら見えるほどの薄い足元の白いモヤを見つめた。
「何だったんだあれ…。」
座り込んでいるヨシュアが気付いていない素振りの為、カイルも話を進めた。
「私は君の事も改めて聞きたいがそれより門番だ。あの反射神経と拳の強さ…ただ訓練されただけの人間じゃない。」
「…」
ヨシュアは先程の避けられた後の光景を思い出していた。殴りかかってきた門番の黒い手袋と襟口の間に肌ではなく白い蝋のようなものが見えたことを。
「ヨシュア君。今のアルカディア家の門には近づいちゃダメだ。」
「……」
「言いたいことが分かってそうな目だね。
アルカディア家は何かがおかしい、からまずは情報収集だ。」
「はい。」
「それと、この事は周りに言わないこと。」
「何で?エクス達に協力してもらえば」
「中の様子が分からない今、シャーロット君の安否が不明だからさ。勝手に考え無しで動かれたら困る。」
「…」
「そして私達の顔が割れた。
今日は周りの様子を確認して次の日に備えよう。」
「次の日があるか…?」
そう呟いたヨシュアの声は風に消えた。
結局門番に見つからない距離で周りを観察したが普通にカラスが居るだけで何も無かった。
(カラス…か。)
夜には孤児院に戻り、子供達と遊び、ご飯を食べ、エクスとシャーロットにメールを送った。エクスにはカイルの事のみ、シャーロットには無事?とだけ。
そしてベッドに寝転び目を閉じて内なるモノと会話を試みた。
(ねぇ。)
【んー?】
(堕ちる音って何?俺には何も聞こえない。)
【堕ちる音だけじゃなくて壊れる音もだけど…
キミはまだ聞こえないんだね。
じゃあ特権だ。とっけん〜♪】
(屋敷の中から聞こえたの?)
【周りからいーっぱい聞こえたよ〜。
暫くは響いてると思うよ〜。】
(一体何が起こっているんだ?
アルカディア家は…。)
…
2日目
セヲ=ファントムライヒ
彼は実家に戻ることはなく、とある場所へ真っ黒な箒に乗って向かっていた。
かなりの高度があるのにも関わらず、立って箒に乗る彼は城下町でも目立っていた。
地上から見上げて確認出来る彼の大きさは豆粒程度なのにそれに気付いた人が驚き、それを聞いた見知らぬ者も目を向けて驚き、連鎖が起こり、騒ぎになった。
「うるさ…何をそんなに騒ぐんだか。」
彼は城の後ろへ周り、城下町の人々の視線を遮った。城門前からきちんと入るため、高度を落としてから箒を飛び降り、城門へと赴いた。無表情の門番が声をかける。
「名を。」
「セヲ=ファントムライヒ。
アムル=オスクルム殿より招待を受けました。」
「入れ。」
重たい扉が開かれ、見上げるほどの階段に嫌気が差したセヲはふわりと浮かび、足を使わずに登ることにした。
城の前に辿り着くと、ゴシックロリータ調の黒い服を纏った女性が柱で日陰となる場所の中心でにっこりと笑みを浮かべ待っていた。
「セヲ=ファントムライヒ君。
来てくださったのですね。」
「脅しているクセによく仰いますね。」
「あら嫌ですわ。
何も貴方を、だなんて言っていませんのに。」
セヲは手紙の内容を思い出していた。
アムルからの手紙には
“セヲ=ファントムライヒ様
貴方の大切な人の居場所を存じています。
守りたいのなら私に従いなさい。
これは、ヴァルハラの命令です。
私は争い事は嫌いですので、背くことなど無いように。万が一にも背く素振りを見せた場合、最初の文の意味を考えなさい。”
冒頭ではこのように書かれていた。
自分の事を殺すなどとは1文字も書いていなかったこそセヲは動いた。
動かざるを得なかった。
「悪趣味な方は舞踏会で大変でしょうに。」
「貴方がわたくしのお相手になってくだされば問題ありませんわ。見た目だけは及第点以上ですから。」
「死んでも嫌、と言いたいですが死んだら拒否権が無くなる事くらい存じていますよ。」
「!」
アムルはバレないようにゆっくりと顎を引いた。
自らの能力に関して何も追記していないはずだったからだ。
「貴女から鼻を劈く後悔の死の匂いがする。」
いやらしい笑みを浮かべるセヲに仮面の笑みで対抗するアムル。
「レディに対して教育がなっていませんわね。
コットンローズの香りでしてよ。」
「何せ貴族など名ばかりなもので。
して、俺を呼びつけて何の御用です?」
無理やりな話題転換につい溜息が出るアムルは黒い板状の物を渡した。
「…?爆弾?」
「物騒ですわね。これは通信機器、デバイス。
我らがメカニックのシルヴァレ=ジョーカー渾身の文明の利器ですわ。」
「へぇ…。」
アムルはついでに紙も渡した。
「これは説明書ですわ。注意事項もありますので読んでおいてくださいまし、と。」
ざっと目を通し、側面にある電源を付けようとするとアムルが止めた。
「電源をつけた瞬間、デバイスを持っている人間に貴方のデータが飛びますわ。」
すぐに親指を電源から手を離した。
「誰が持っているのです。」
「わたくし達ヴァルハラ、ゼウリス魔法学校教師陣、エクス君達数名の生徒ですわ。」
エクスの名前を聞き、デバイスをポケットに仕舞う動作を見てアムルはクスクスと笑った。
「まぁ、エクス君とは相容れないのですね。
今後わたくしとのやりとりはコレで行います。」
「ふん。つまり俺が電源を付けなければ貴女から面倒事を押し付けられないという訳ですね。」
「そうなりますわ。
けれどそれは命令違反になります。
放棄、放置も同様ですわ。」
「ぐ…」
嫌々なセヲに対して「それに」と言葉を続ける。
「お人好しの一匹狼な貴方は絶対、電源を入れますわ。」
「…」
「さぁ、今日はもういいです。
行ってらっしゃい。」
「言われなくても。」
ふいっと踵を返し箒に乗り猛スピードでこの場を後にした彼の姿はもう見えなくなっていた。
発生した強風が無くなる頃、アムルは微笑んだ。
「箒って立って乗れる方がいらっしゃったのですね。ふふ、目立ちますこと。
それにしてもセヲ君、1日目は何をしていらしたのかしらね?」
…
猛スピードで雑木林の遥か上を超え、目的地を一直線で目指すセヲ。
彼の手には中身の入った紙袋があった。
これを渡す為に箒のスピードを上げている。
目的地はアルマリー村だった。
門を無視し、村の中心で降り立つセヲの手が誰かに掴まれた。
「セヲさまぁ!よくぞご無事で!」
彼女はクレア。以前エクス達に助けられたファントムライヒ家の元メイド。
泣きながら手を握ってきた彼女をひっぺがす。
「ちょっと…離れてください。」
「あ、その紙袋!買ってきてくださったのですね!」
急な話題転換に呆れて何も言えないセヲ。
そんな彼を気にせず紙袋の中身を確認するクレアの目は輝いていた。
「わぁ…!お願いしたもの全部ある!
ありがとうございます!セヲ様!」
(いくらお互い“元”でも主従だったのに遠慮という文字が欠如しすぎているのでは…?)
以前、エクスが海水で濡らしたクレアの手紙を夜更かししながら解読したセヲは実家に帰らず、クレアの元で世話になることにした。その為、多少の願いは聞いてやろうと言った途端、お使いに駆り出されたのだった。
「それで?母君はどうなのです?」
「それがまだ目を覚ましていなくて…。」
クレアの家に帰宅し、木製の階段を上がり質素な扉を小さくノックしてから2人は入った。
中にはまだベッドで眠っている白髪の女性がいた。クレアの母である。
セヲがやってくる前日に何故か満身創痍でアルマリー村へと戻ってきたようだった。
その後、倒れて意識不明のまま今に至る。
クレアは静かに傍へ移動し、骨が目立った手を両手で握る。
「お母さん、セヲ様が来てくださったよ。」
「…」
クレアに頼まれた物は生活必需品と食料。
栄養価の高い野菜や果物が多かった。
「お母さん…。」
今にも泣きそうな彼女を見て、腕を組み壁にもたれていたセヲが口を開いた。
「…貴女の母君は今まで何処で何を?」
「ハウスキーパーでした。アルカディア家の。」
「!」
クレアと母は今まで文通を絶えずしていたのだという。
「セヲ様、セヲ様のご学友にシャーロット様がお見えでしたよね。アルカディア家ご子息の…」
クレアの考えを先読みしてセヲは
「何も聞いてません。」
と一言伝えた。
クレアも予想していたのか「そうですよね」と残念そうに呟く。
「お母さん、シャーロット様をずぅっと気にかけていたんです。あの時にシャーロット様だと気付いていれば何か聞けてたかもしれないのに…」
「あの時?」
クレアはボアの農作物被害からエクス達に救われた件を伝えた。
被害の深刻さに気を取られシャーロット=アルカディアと名乗られていたのにも関わらずピンと来なかった事を憂いていた。
セヲは思わず大きなため息を吐く。
「はぁぁ…相変わらず貴女は能天気というか抜けてるというか。」
「返す言葉もございません…。」
「まぁ知っていたところで情報は得られないはずですがね。」
「え?」
首を傾げるクレアにセヲは呆れながらも説明をする。
「ゼウリス魔法学校のシステムはご存知でしょう?入学したら卒業まで出られないと。」
「はい…。」
「入学して寮生活の彼が内部事情を知れたとお思いですか?」
「あ…でも」
「ついでに言うと彼は家出状態だったそうです。帰省の話に青ざめて震え上がるほどのね。そんな彼に話が通っているとは思えません。」
手紙でのやり取りの可能性を提示しようとしたクレアの口を塞ぐように言葉を紡いだ。
実際口を閉じたクレアだったが、少しの沈黙後に再び口を開いた。
「セヲ様、ありがとうございます。」
「は?」
「私がシャーロット様に気付かなかったことを悔いるなと仰っていただけるとは…」
「言ってません。」
セヲはそのつもりが無かったが、クレアはそう解釈をして笑顔が戻った。
けれどすぐにそれは消え、寝ている母に視線を向けた。
「お母さんの手紙には辛いとか書いてなかったので気付いてあげることが出来ませんでした。」
「書面で理解出来る部分は限度があります。
下手すれば後世に残る手紙で母親が娘に弱音を吐くでしょうか。」
「それは…」
結論から言うとそれは無いと断言出来た。
自分の仕事に誇りを持って勤めていた母を知っているからこその確信だった。
「このまま此処に居ても仕方ありません。」
「…リビングへ行きましょう。」
下の階へ降り、木製のテーブルの下に仕舞われていた椅子を引き座るセヲ。
彼に飲み物を用意する為、キッチンへと赴くクレア。
「セヲ様、コーヒーで宜しいですか?」
「えぇ。」
慣れた手つきで用意をするクレアは徐に口を開いた。
「セヲ様、昨日は夜遅くにいらっしゃいましたが何をなさっていたのです?」
「貴方に話す必要が無いと思いますが。」
肘をついてそっぽを向きたった一言で一蹴した彼はチラリと彼女を見た。
すると今にも泣きそうな顔をしていた事に驚き顔から手を離した。
「っ…分かりました、話せば良いのでしょう。
意味があるとは到底思いませんが。」
「セヲ様の事、もっと知りたいのです!」
「…」
セヲは長い足を組み直し面倒くさそうに話し始めた。
「とある奴の動きを探る為、つけてたんですよ。」
「つけ…ストーキングですか?」
「言葉を選びなさい。尾行です。」
城下町へ赴いた者を尾行していた事、そして
「それと家へ一瞬だけ戻りました。」
予想しない言葉にクレアは聞き返した。
「え…?ファントムライヒ家にですか?」
「学校が命令として下した家へ帰省する事。もし戻っていない事が何らかの方法でバレたら面倒でしょう?」
「で、でも!」
「敷地を跨ぎ、扉を開け、玄関へ入り、踵を返しました。」
「…あ!確かに一瞬ですが家に帰っています!」
安心したクレアに不敵な笑みを返す彼は
「えぇ、その後は再び尾行開始です。」
と話を進めた。が、
「…?」
ふと疑問が頭を過ぎり黙る。
「セヲ様?」
ブラックコーヒーを入れたカップをセヲの前に置き、対面に座るクレア。
しかしセヲは黙ったまま。
(彼は確かにアルカディア家を目指していた…。まるで何か知っているかのように。)
「あれれ?セヲ様〜?」
(それにアルカディア家の門番は人間の強さを遥かに超えていた。彼らが引いたほどの強さが気になりちょっかいを掛けたら確かに面倒だったほどだ。幻術が効いて撒けたが…。)
「やはりアルカディア家は何かがありますね。」
「えっ!?」
「貴女の母君に話を聞く必要があります。」
「お母さん、いつ起きるかな…」
クレアがぽつりと呟いた瞬間、リビングのドアがギィ…と音を立てながら開いた。
2人が弾かれたように向けた視線の先には
「お母さんっ!?」
クレアの母が弱々しく立っていた。
すぐさまクレアが駆け寄り介抱する。
「お母さんっ!大丈夫!?」
「ごめんねクレア…。
私はもう…どうすることも…!」
「そのお話、お聞かせ願います。」
クレアの母の前に立つセヲ。
彼を見て彼女は
「貴方は…あぁ、クレアの主様のセヲ=ファントムライヒ様ですね。」
と力なく微笑んだ。
「!…よくお分かりで。」
「この子が手紙にこと細かく書くものですから…。」
チラリと見る母の視線の先の彼女をギロリと睨むセヲに肩を震わせる本人。
「誓って変なことは書いてません!」
「まぁ良いです。
アルカディア家に起こっていることを聞かせてください。…ミザリー殿。」
セヲが聞きたがる理由。
それはアムルの手紙の内容の1つ、ヴァルハラに協力する事以外に“学友を見捨てない事”があった。ヨシュアに関してはほぼ自分の好奇心であわよくば殴ってやろうという軽い気持ちだったがアルカディア家の問題はシャーロットに関わる事。
自分自身が把握されている事を理解し、周りの人間関係をも掌握されている事を理解している為、ミザリーがアルカディア家のハウスキーパーである事が筒抜けなのは分かりきっていた。
その状態で無視をしていた場合、学友を見捨てたとしてアムルは間違いなく脅しを実行する。つまり、目の前の彼女が何らかの方法で殺される可能性が高い。
(殺されるで済めば良いですが…。
まぁアルカディア家の謎には興味があります。もしかすると門番達とそれ以外と殺し合えるかもしれませんし…)
「時は一刻を争います。
情報提示を。」
「セヲ様はシャーロット様のご学友なんだよ!」
クレアの言葉に目を見開いた彼女は静かに頷いた。
「分かりました…お話致します。
アルカディア家に起こっている事を…。」
ミザリーは重々しい口を無理やり動かすように話すのだった。