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第182話『恐怖の前日』

切り時が分からなくて長くなってしまいました!!

お時間ある時に見てください!

前回のあらすじ


スカーレット君とスピルカ先生に帰りたくないと話をしたら予想外の言葉が返ってきて驚きました。

どうなるかな…。



とある日、とある部屋にて。

白薔薇の眼帯を右目に当て紐を結ぶ男は隣で質の良い椅子に座り鼻歌を歌いながら書類に目を通している男に声をかける。


「ねぇアビス。

1個聞いても良い?」


男は書類から目を離し、笑顔で快諾する。


「お?エンデュが珍しいねぇ?

いいよぉ!」


アビスが書類を机に置いた事を確認してから質問を投げかけた。


「何でキミみたいな奴の召喚獣がジャンヌ=ダルクなの?」


「ディスりながら質問するとはやるねぇエンデュ!僕も傷付くんだよぉ!?」


笑いながら言った為か、どうでも良いからか無表情のままのエンデュ。


「…」


「無反応もさみしー!!

けどその質問は応えられないなァ。」


「何で?」


「何でって…召喚獣の事を、それも召喚時については召喚士に聞いたって分からない話じゃなァい?」


「キミは例外でしょ?」


濁った瞳は真っ直ぐアビスを見ており、アビス自身は笑って開けていた口を閉じた。

しかし口角は上げたままだった。


「ナニが常識でそれから外れている扱いをされているかは聞かないでおくけど…こればかりは本当さ。」


「…」


「所謂、神の思し召しってやつなんじゃないかなァ?」


「驚いた。

キミの口から神を敬う言葉が出るなんて。」


「僕は神様の為に動いているんだよ?

言ってなかったっけ?」


首を傾げたアビスと同じ方向で首を傾げるエンデュ。


「言ってないか興味なくて忘れたかのどっちか。」


「相変わらず僕に興味示さないよねェ…。

でも召喚獣との契約って似たもの同士が縁を持つって聞いた事あるんだァ。」


「似たもの同士?ジャンヌとアビスが?」


ありえない、無表情がそう言うように崩れるエンデュに右人差し指のみ立てて小さく回しながら答えるアビス。


「自分が信じる神様の為に戦うとこ、とか?」


「…オルレアンの乙女はキミみたいな邪な想いは持ってないと思うけどね。」


「僕は魔女狩りに負けないけどさ。

って本人に聞けばよくなァい?」


エンデュの返答を待たず【summon】と唱え、召喚獣ジャンヌ=ダルクを呼び出した。


『…』


武器となる大きな旗は手にしておらず、金髪の男装の麗人と言える姿に銀の鈍く光る鎧を装着していた。

もの静かにエンデュを見るジャンヌ。

彼女にではなく召喚士に呆れるエンデュであったがジャンヌを見て首を傾げた。


「別に呼んでとは言ってないけど…

何か色変わった?」


エンデュの問にアビスも彼女を観察する。


「ん〜…そォ?まぁ確かにちょっと髪が黒っぽくなっている気がしなくもない?」


『…』


特に頷きも返答もしない彼女を見てエンデュは眉を下げた。


「キミも大変だねジャンヌ。

こんな奴の召喚獣だなんて。」


「さっきとディスり方が同じだぞォ〜。

泣いちゃうぞォ〜。」


『全ては主の理想の為に。』


重たい口は一言発した。

主はアビスを指すのか、彼女の中の神を指すのか。

疑問に思ったが口には出さず飲み込んだ。


「…そう。そこにキミの意思はあるの?」


『私の意思なぞ不要です。

主の願いこそ私の願い。

それがどれだけ血で染まったモノだとしても。』


「そっか。」


ジャンヌは無表情で告げ、エンデュもまた無表情で頷いた。

そして自ら魔導書へと戻った。


「ホントにエンデュ?

めちゃくちゃよく喋るじゃん。」


「興味あることだったから。」


「えっ僕との話興味無いから静かなの!?」


「うん。でも1つ気になった。」


「うん!?……何が?」


「ジャンヌ、とても苦しそうだった。」


アビスは髪に隠れていない左目を一瞬だけ大きくし、取り繕うような笑顔を浮かべた。


「…いつも通りだったと思うけどなァ。」


「心も、存在すらも鎖でギチギチにされてる気がする。」


「システムがァ?あっはははは!!」


一際大笑いをするアビスは涙を指で掬った後、冷めた目でエンデュを見上げた。


「キミにしては面白くない冗談だねエンデュ。」


「…」


「たかがシステムをそんな風に思いやるなんて!

…生を1度亡くしたからそう思うのかなァ?」


顔を近付けたアビスは挑発するような表情で顔を近づけたが


「そうかもしれない。」


と静かに返され、ムスッと不機嫌になる。


「あっそー!張り合いないなァ。」


「そりゃどうも。

言えた口じゃないけどそのうち刺されるよ。」


「先輩からの忠告として受け取っておくよ。」


あまり動じなかったエンデュにギロリと睨まれ肩を震わせる。

その後何も発さず部屋から退出した彼の背中がドアで遮られてから息をつく。


「やっべー…最後に怒らせちゃったァ。

ノイズと違って扱い難しいんだよなァ…。」


椅子の背もたれに体重を掛けながら意味もなくクルクルと回る。


「召喚獣は似たもの同士。

自分を映す鏡になり得る訳で。」


クルクル


「似ているのは必ずしも良い所とは限らない。」


クルクルクル


「神話だって美談の方が少ないしね。」


クルクル…


「だから気になるんだよねェ。

僕を探しに来ている面子はどういう所が似ているのか。」


クル…


「ね、エクス君?

僕は僕のすべき事をしながらいつでも待ってるよォ。」



嫌な事が控えている場合、それが追ってくるかのように日々が早く過ぎる気がする。

じわじわと確実な恐怖と、伴う緊張。

それは転生後でも変わらなかった。

夜は動悸と不安で寝れないし、24時間心が休まない。

良い両親だと他人から言われても気を遣って言われただけであって歓迎されないかもしれないと疑っている。

しかし僕はまだマシな方だ。

シャル君…スカーレット君…セヲ君…レン。

彼らはもっと嫌だろうに。

そういえばヨシュアは帰る家があるのだろうか。小さい頃に兄さんが死んで…両親も死んだと言っていた。となるとアイスレイン家はもう無いという事になるはず。

そうなるとヨシュアは幼少期何処でどうやって過ごしたんだ…?

でも過去をヨシュアに聞く勇気は無い。

正直めちゃくちゃ怖いから。

過去ヨシュアに戻る事もあるけど…シンプルに知るのが怖い。

怖いことばっかりだ。

ゲームだった頃と別の顔を持つ皆。

僕が知り得ない事が増えてきたから恐怖を覚えたのかもしれない。

そうかもしれないけど…もし皆が良いと言うなら向き合いたい。

知っても良いなら知りたい。

僕の事を話せないのは申し訳ないけど…。


「エクス!」


ヨシュアの声に我に返る。

そうだ、今は湯船に浸かっていたんだった。


「大丈夫?ぼーっとしてたけど…」


「あ!うん、大丈夫!」


「本当かい?何やら顔が険しかったが…」


隣のローランド君も僕の顔を心配そうに覗き込む。彼はシャル君を1人にさせてあげようとして偶然脱衣場で会ったから一緒になってる。


「ごめんごめん、本当に大丈夫だから!」


「ふむ…何やら皆険しい顔ばかりだね。

シャルだけでなく、君達も。」


ローランド君はずっとメルトちゃん達と共に心配してくれている。


「ローランドは帰るの楽しみ?」


ヨシュアが聞くと彼は満面の笑みで頷いた。


「うむ!父様と母様に我が召喚獣を早く見せて差し上げたいのだ!」


美の女神アフロディーテ。

彼のご家庭は幸せそうだから喜んでくれそうだ。


「いいね。俺もプロメテウスに挨拶してもらおうかな。」


ヨシュアの帰る場所…!

挨拶ってことはちゃんとあるんだ!


「…?どうしたのエクス?

俺見て急にニコニコして…」


しまった、顔に出てた。


「う、ううん!僕もそうしよーかなーなんて…」


「うむ!…シャルもそう出来れば良いのだが。」


いつも元気な彼の顔に影が落ちる。

僕もヨシュアもかける言葉が見つからず黙ってしまった。


「彼、食をほとんど摂らなくて…とても心配なんだ。」


「そうだね…。」


「家の事はどうしても俺達だけじゃ何もしてあげられないからね。」


本当にその通りだ。

どうにかしてあげたいけど何も出来ない無力さに絶望しそうだ。


「もう明後日だもんね…。」


「取り敢えず栄養ゼリーとかだけでも胃に入れた方が良いから買ってあげようよ。」


ヨシュアの提案に賛成した僕達は購買部へ行くことにした。


「おや?こんな時間に珍しいね。」


購買部に足を踏み入れた直後、ミカウさんが目の前に居た。


「こんばんは。

栄養ゼリーが欲しくて来ました。」


「あるよ〜。おいでおいで。」


ミカウさんの後について行くと冷蔵場所のジュースなどの飲料水に紛れて前世でも馴染みのある飲料ゼリーが色々置いてあった。


「これで良かった?」


「はい。

割と種類が多いね。どうしよっか。」


「…シャーロット=アルカディア君への差し入れならコレが良いと小生は思うよ。」


何故それを…という顔でミカウさんを見る。

彼はいつも通り狐の仮面越しに僕達を見てニコリと微笑むだけ。

手渡されたゼリーは1日分の栄養補給と書いてあった。


「あの子は今メンタルが宜しくないだろう?

ご飯食べれていないからこれを買いに来たんじゃなぁい?」


凄い、エスパーだ。

頷くとミカウさんは手招きをし、僕達を違う陳列棚の方へ誘導した。

止まった場所には


「ルームフレグランス…」


部屋に置く芳香剤の棚だった。


「香りには心を落ち着かせる効果がある物も存在する。ローランド君さえ良ければ買っていくと良い。」


「しかし僕はシャルの好みの香りを把握していない。」


「好みの香りも大事だけど香りによって効果が違うんだ。だから心を落ち着かせる匂いはコレ。」


ぽすっとローランド君の手に乗せたのは彼の髪色と同じラベンダー色の芳香剤。


「ラベンダーは落ち着くには絶好の香りだよ。

試しに買ってみるといい。」


「…はい。」


半ば無理矢理な気がしないでもないけどシャル君の事を支えたい一心で3人で割り勘した。


「毎度あり、良い夢を。」


ミカウさんに頭を下げ、寮へと戻った僕達。


「じゃあシャル君に宜しく。」


「あぁ、君達も付き合ってくれてありがとう。

また明日、良い夢を。」


「「良い夢を。」」


ローランド君がドアを閉めてから僕達も部屋に戻った。ボスンとベッドに飛び込んで体を沈ませる。


「もう明後日なんだね、帰るの。」


ヨシュアが気を遣ってか話してくれる。


「そうだね、早いね。」


と返すと彼もベッドで横になった。


「エクスには言うけど俺、家族もう居ないから孤児院に帰るんだ。」


孤児院…!

そっか、やっぱり御家族はもう誰もいらっしゃらないんだ。

孤児院という言葉にシュヴァルツさん、メルヴさん、ネームレスが脳裏をよぎるけど振り払ってヨシュアと話す。


「そっか。

そこはヨシュアにとって良いとこ?」


「うん。夜に出歩く俺を誰も咎めなかったし、チビも先生も俺を見てくれたから。」


夜…そういえば城下町を歩いてたって言ってたっけ。


「温かい場所だね。」


「うん、俺には勿体ないくらいだ。」


「そんな事ないよ。」


ヨシュアはたまに貴族らしからぬ発言したりすると思っていたけど…そっか、孤児院に居たからか。幸せなら良かった。

でも何故過去ヨシュアの人格が薄れないんだろう。やっぱり1度存在した者は簡単に消えないのかな。

もしかして夜に危ない事してたりしてないよね…?

チラリと彼を見ると、不安げな僕の瞳を避けるように顔を逸らした。


「じゃあ俺は寝るね、おやすみ。」


「お…おやすみ。」


毛布を被ってしまった。

僕の不安な感じが気に障ったかな…。

悶々としながら僕も眠りについた。



次の日、僕達は運動着で教室へ来いと言う先生に従い着替えて向かった。

僕の隣には顔色が悪くいつ倒れるか分からないシャル君が。


「おはよ、シャル君。」


「お、おはよう…ございます…。」


消え入りそうな声だ。

ただでさえ細い身体が一段と細く見える。

無理しないで欲しいな…。

何か言葉を掛けようとした直後、

勢いよく教室のドアが開け放たれる。

突然の事で驚く僕達の視線を集めたのは

美しく靡く金髪、銀の蛇に黒い羽毛が付いた髪飾り、同じ羽毛で作られたファーのある外套…。極めつけの僕を穿つ鋭い目付き。


「ちょっアスクレピオス!お前速いって!」


「…待って…。」


慌ててスピルカ先生とシュヴァルツさんが教室へとやって来た。


『ふん、私もマスターも忙しいんだ。

定期検診を私達が行うだけでも感謝しろ。』


腕を組んで鼻を鳴らす彼にスピルカ先生は言葉を返せず頭から汗の記号が飛んでいるようにみえる。シュヴァルツさんは相変わらず静かで何も発さない。


『神クラス生徒共よ。

今から行うのは定期検診ではあるが貴様らが帰還するにあたっての検診だ。』


アスクレピオスは教卓に手を付き、鋭い眼光を更にキツくし、生徒達を見回す。


『家族に会う際に病原菌を持ってたらこちらの仕事が増えるんでな。大人しく従え。』


まぁ…それは確かに。

それに多分堕天の事も気にかけているんだろうな。

アスクレピオスは黒蛇の杖を顕現させ、振り上げる。杖の宝石が輝いた途端、僕達生徒一人一人の前に小さな白蛇が現れた。


「ほぁ!?」


『採血の為の蛇だ。手を上げたら殺す。』


貴方は命を救う医神でしょうが…!!


『蛇に左右どちらかの腕を差し出せ。

安心しろ、痛みは一瞬だ。』


殺す時の文句じゃん。

そう思いながらも逆らえないため、袖を捲った右腕を白蛇に差し出す。

次の瞬間、蛇の赤い目が輝き嬉しそうに腕に噛み付いた。


「うわぁあ…あ?痛くない。」


『噛むと同時に麻酔の役割を果たす唾液が分泌される。牙が入る一瞬だけの痛みだろう。』


白蛇は目を閉じ、嬉々としてちゅーちゅーと僕の血を吸っている。

やがて口を離し、満足したかのようにケプッと息を吐き出すと牙を立てた場所に頭突きをした。

え、反抗期?僕の血が不味かったとか?


『頭突きは止血の為、小さな絆創膏代わりのシールドを張っただけだ。

少し上から押さえておけ。』


確かに緑に光る五角形が傷口に付いている。

蛇は何故かドヤ顔でアスクレピオスの元へシュルシュルと降りていった。


『次は触診だ。

男共は廊下で私が見る。

女子生徒はマスターが見る、カーテンを閉めろ。』


言われた通りに廊下に出る。

1列に並ばされ、アスクレピオスと向き合う。皆お小言を言われたり褒められたりしている。

やばい、次が僕の番だ。

冷汗が出てきた。皆の前で変なこと言われないよね。僕だけ殺されないよね。

コツ…とアスクレピオスの足音が響き、影が落ちる。


『ふん、ちゃんと生き長らえているようだな。』


「オカゲサマデ…」


『残念不愉快極まりない。

おら、触るぞ。』


相変わらず酷いや。

けれど彼は悪戯っぽく笑っていたし、僕の顔や身体を触る手は優しかった。

僕に対して少し優しくなった気がする。


『チッ…何も無いではないか。何とつまらん。』


前言撤回が必要だ。

その後アスクレピオスは淡々と触診を行っていき、シャル君の番になった。

アスクレピオスは顔に触れようとした手を止めた。


『…お前、まともに食事をしていないな。』


低くなる声に周りが恐怖する。


「あ…え、と」


『精神面が不調なのだろう。

後で保健室へ来い、点滴をしてやる。』


怒るかと思ったけれど、お咎めなしでシャル君の頭を撫でてあげていた。

本当にアスクレピオスかと疑う優しさだ。

しかし次やその次はいつも通りのアスクレピオスに戻っていた。

全員が終わった頃、シュヴァルツさんが扉の隙間から顔を覗かせていた。


「…ぼくの方は終わったよ。」


『こちらもだ。貴様ら、戻れ。』


教室に戻るとアスクレピオスとシュヴァルツさんは退出してしまった。


「採血結果は今日中に出るらしい!

今日は荷物まとめたりの為に授業無し!

各自自由行動だ!」


マジか…!

皆は嬉しそうに席を立ち始める。

僕は意を決してシャル君に声をかけた。


「保健室へ行こう、シャル君。」


「あ…オレ1人で大丈夫で…」


「倒れそうなのにダメだよ!行くよ!」


「きゃ!」


シャル君の手を引っ張って保健室を目指した。お節介だとは思うけど、エゴだとは思うけど、友達が辛そうなのを放っておけない。


「失礼します。」


保健室へ入るとアスクレピオスが椅子に座って居た。

僕を見た途端嫌そうな顔をする。


『何故よりにもよって貴様が付き添いなんだ。』


シャル君にはお前って言ったのに…。


「友達が辛そうなの、心配だから。」


僕の返答に呆れて大きな溜息を吐いた。


『はぁ…心配と言ってついてくる自己中心的、エゴの塊。

嫌になるほどゼウス(ジジイ)そっくりだな。』


そう言いながらも3つある内の中で窓際のベッドへ寝るよう促した。

シャル君は恐る恐る寝転ぶ。


『貴様が居るというだけでもコイツの負担になるなど考えなかったのか。』


「う…」


迷惑だとは思うけどいざ言葉にされると申し訳なさが増す。


「迷惑なんかじゃありません。

嬉しい、です。」


シャル君は力なく微笑んでくれた。


『お前はお人好しというかなんと言うか。

まぁ良い、消毒でかぶれた事は?』


「無いです。」


『分かった。』


杖を振ったり魔法を使う訳でもなく、人間のように点滴剤を用意してシャル君の細腕に消毒を施し、針を刺す。


『薬が無くなる時間は約30分。

絶対安静。付き添うからには貴様も最後まで居ろよ。』


「はいっ」


蛇のような睨みで背筋が伸びる。

アスクレピオスはそのまま部屋を出ていってしまった。

シャル君といつも楽しく話していたはずなのに何故か少し気まずい。

お家の事ではなく楽しい事を話そうかな。

何について話そう…。


「気を遣わせてしまってすみません。」


「えっ」


まさかシャル君から話してくれると思わず変な声が出る。


「ゼリーと芳香剤、嬉しかったです。

こうして付き添ってくれるのも。」


「僕が、僕達が出来る事はこれくらいしか無いからごめんね。邪魔なら出てくけど…」


彼は頭を小さく横に振る。


「居て下さい。」


涙で潤んだ大きな瞳が僕を見る。


「分かった。」


暫く沈黙が流れた。

何を話そうか、話しても良いのか分からなくて考える時間。

するとシャル君は閉じていた目を開けた。


「エクス君が此処に居てくれて良かったです。

独りだと怖くて心が押し潰されそうでした。」


「…お家のこと、だよね。」


聞くなら今しかないと思った。

シャル君は弱々しく頷いた。


「オレの帰る場所は無いかもしれない。

こっぴどく怒られるかもしれない。

幼稚ですが、ずっと怖いのです。」


「幼稚じゃないよ。普通怖いじゃん。」


僕だって怖いから。

家出をしたならその恐怖は僕の何十倍にも膨れ上がっているだろう。


「家出をしたくせに、帰る場所が無くなる恐怖に怯えているなんて我ながらなんて愚か者なのでしょう。」


「でもお家はそれだけ辛かったんでしょ?」


僕の疑問に彼の返答は直ぐにはなかった。

考えて、考えて、やっとの肯定。


「………はい。」


「もしさ、帰る場所が無くなったら僕の所においでよ。」


やべっ!適当な事言っちゃった!

両親に許可取ってないのに!

どんな両親かも分からないのに!

でも、シャル君が困ってるんだ。

…ダメだったらゼウスになんとかしてもらおう。


「ご迷惑になるので流石に…」


「迷惑じゃない。

いつもの僕達皆じゃない人の所に行く方が嫌。」


シャル君は容姿端麗だから変な虫が絶対に付く。それは耐えられない。皆も絶対そう思うだろう。


「ふふ、ありがとうございます。

…じゃあ、お願いしようかな。」


敬語じゃないシャル君にドキッとする。


「ま、ままっ任せて!」


「エクス君のお陰で心が軽くなりました。」


そう言う彼の表情はさっきと全く変わらない。嘘を吐いているだろう。おそらく…


「シャル君が1番怖いのは、不安なのは、帰る場所云々じゃなくてやっぱりお母様じゃない?」


「!」


嗚呼、図星だ。

怒られることが1番怖いんだろう。


「人間、皆怒られるのやだもん。

僕も嫌。」


シャル君は震える口で話してくれる。


「…お母様は、とても厳しくて…褒められた事も無くて…オレは男なのに…女性として振る舞うことを強制されて…」


「うん。」


ポツ、ポツと話し始めてくれるようになった。

僕は静かに相槌を打つことに徹しよう。


「周りの男性はドレスなんて着ません。

言葉遣いも、所作も違います。

城下町を往来している方々だってそう。」


「…うん。」


「何より幸せそうでした。

城下町ですれ違う方々は、御家族は皆幸せそうに笑いあっているのです…!」


とうとうシャル君の瞳から涙が溢れ、色白な頬を伝う。


「自分の好きな服を着て、家族が好きだと言えるんです…!オレには無いものを持っている…!」


「…」


「見て見ぬふりをしていました。ずっと…!

自分を殺して息苦しい中でずっと!」


「…辛いよね。」


嗚咽を漏らしながら頷く彼はずっと我慢し続けていたんだ。今もこの溢れる想いを塞いでいたんだ。


「ある時、勇気を出してお母様に抗議しました。簡単に跳ね除けられ、オレはアルカディア家の、お母様の道具でしかなかったと思い知らされました。」


「…」


「その時、オレの中から我慢の糸が切れた音が聞こえました。」


「うん…。」


「何処でも良いから逃げたかった。

簡単にはいきませんけれど。」


「うん。」


「ある時、メイドさんからゼウリス魔法学校の募集案内の手紙を渡されました。最初は寮生活という言葉に惹かれたのが実際です。」


手紙…シャル君の手に渡ったんだ。


「彼女はオレが逃げたがっている事を知っていたんです。だからお母様にバレないようこっそりと持ってきてくれました。」


「とても優しい人だね。」


シャル君は1番の笑顔を見せてくれた。


「はい、彼女はお母様から何度もオレを守ってくれたんです。」


「うん。」


「それに救われた。

誰かが守る事で救われる人が居るのなら、オレも彼女のようにその誰かになりたいと思ったのです。」


「それで…ゼウリスに?」


「はい。

受かるとは思いませんでしたけど…。」


自嘲気味なシャル君。

ゲームの頃から大変だった子だけど、こうして本人の口から過去を話されるととても辛い経験をしてきたんだと、生きている人間なんだと強く思う。


「そうして逃げたんです。

自分を変えたくて、と偽って。」


「偽ってないじゃん。

実際、変わろうと頑張ってるじゃん。」


…?驚いた顔で見られている。


「うぅぅう〜…っ!」


おっ!?推しを泣かせてしまった!!!

何たる愚行!!


「ご、ごめっ泣かせたい訳じゃ!本当にそう思ってるからさ!」


「貴方の言葉は真っ直ぐで心に響くんですぅ〜…!」


何か気に障る事をして泣かせたかと思った。

良かった。


「じゃあ伝えないと。

僕達は何があってもシャル君の味方だよ。

絶対助けに行くから。」


「…はいっ!」


暫く話している内にアスクレピオスが帰ってきて30分が経過した事に気づいた。

僕達はそのまま寮へと戻った。

帰る為に必要なものって何だ?

着替えはおそらく家にあるだろうしな。

手ぶらでいっか。

家から放り出されたらゼウスに学校まで転移してもらえば良いし。

ろくに準備はせず、一日はあっという間に過ぎついに家に帰る日となった。

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