第177話『青春の欠片』
まだまだ寒い日が続きますね…。
しかし日中の車の中は暑かったりで身体がボロボロです。休める時に休んでぐうたらしましょう!
前回のあらすじ
ディアレスさんがボスを倒し、アルマリー村に平和が戻ったはず。
全ての命に感謝を。
…
ディアレスさんは再び城の前で着地した。
「じゃあ今日の任務は終了だ、お疲れさん。」
「え?もう終わるんですか?」
僕の言葉にディアレスさんは
「ユーウスから言われてんだよ。
最初は軽めのってな。残りは俺一人でやる。」
ユーウス…ユリウスさんかな。
というかまだ依頼が残ってるんじゃないか。
「僕達もお供します!」
「邪魔になるだけだ。今日はSSSランクの魔物討伐1つしかねぇし1人で十分。」
「とっ…とり…」
シャル君が言葉を失った。
それもそうだ。魔物のSSSランクは強さだけでなく大きさも兼ね備えている。
さっきのボスボアはAランクくらいの大きさだ。
ディアレスさんが引きずって運んでこれたくらいだから。
SSSランクは兎に角大きく、だからこそシンプルに一挙手一投足の力が強すぎる。
ピュートーンが良い例だろう。
ゲームでは通常攻撃時追撃効果で2回行動されるくらいだ。生身の人間が、それも1人だけがそれと向き合うなんてあまりにも危険すぎる。
でもディアレスさんが任されたんだ。
足元にも及ばない僕が口を出す権利など無い。お供したら言われた通り足手まとい確定だ。
「…お気を付けてくださいね。」
僕の言葉が予想外だったのかシャル君は驚いた様子だったがすぐに頷いた。
僕と同じ考えになったのだろう。
ディアレスさんは
「おう。」
と短い返事。
その後に思い出したように黒コートの胸ポケットをまさぐっている。
無事発見出来たらしく僕に握り拳を突き出した。
「コレ。」
両手を皿のようにしたらディアレスさんが手を離した。落ちてきたのは紙が2枚。
…お札だ。
「もう自由時間だ。門限守って好きに遊べよ学生共。」
そう言ってすぐに箒に乗って行ってしまった。
姿が見えなくなるまで僕達は見送った、というか呆然と立ち尽くしていた。
勝手に我に返ったような感覚に襲われた僕はディアレスさんからもらったお金をシャル君と分けた。
「これシャル君の分だと思う。」
「ありがとうございます。」
しなやかで色白な手に畳まれたお札を置く。
「5000レアム…」
お札の数字だ。ディアレスさんは5000円くれた。しかしシャル君の顔は嬉しそうじゃない。
「俺、こんなに貰えるようなこと出来てません。」
それは僕も思っていたことだ。
ただボスボアに命令されたであろう普通サイズの猪達を倒しただけなのだから。
「僕もだよ。だからこれからも頑張ろう!」
「はい!」
貰ったお金を握りしめてクシャっとさせてしまったので慌ててズボンのポケットに仕舞い込む。
「これからどうしよっか?」
「エクス君は折角ですし城下町を回られますか?」
「う〜ん…そうし」
その時気付いた。
シャル君が無理して笑顔を作っている事を。
だって見たんだ、僕は。
ゲームの中だけど、あの顔は恐怖や悲しみを押し殺して主人公と話していたシーンと同じ顔だ。
シャル君は感情を抑えている。
そうか、城下町に居たくないんだ。
お母さんが…アルカディア家の目があるから。
「そうしようかと思ったけど他にちょっと行きたいとこあるんだ!」
「え?」
「シャル君、行こ!」
半ば強制的にシャル君を空に連れ出す。
静かにしてくれていたゼウスに指示を出し、とある場所を目指した。
そこは…
「わぁ…!キラキラしてます!」
ゼウリス海岸。
透明度の高い波がシャル君のブーツを僅かに濡らす。
「綺麗だよね、海。」
「はい!」
良かった、いつもの笑顔に戻ったようだ。
『海か、兄様を思い出すなぁ。』
ゼウスの兄様で海関係ってポセイドンだよね。ジル先生(?)が関連して出るからやめてほしい。
「嗚呼、素敵です…!本当に!」
裸足になり、ズボンの裾をたくしあげる姿が気品を感じるけれどやっぱり可愛い。
「喜んでもらえたなら良かったよ。」
「はい!
昔はあまりこれなかったので嬉しいです!」
アルカディア家は教育熱心っぽいもんな…
日光もあるからかシャル君の笑顔が特に輝いて見えた。
やっぱ笑顔でいて欲しいな。
シャル君もだし、皆も。
「あ!エクスくん!」
「ん?」
振り返った瞬間
「ぶぇっ!!」
顔面に冷たい液体がかかった。海水を掛けられたのかと思ったけどなんかベタっとする…?
「っふふ!」
目の周りを袖を捲った腕で拭い、シャル君を見ると可愛らしい笑顔の下に何やら不気味な生物…?を両手で持っていた。所謂ゲテモノだ。ぷにぷにした柔らかそうな石…?
「…ナニソレ?」
「ニャマコです!」
「にゃま…?」
シャル君は目を輝かせながら話してくれる。
「ニャマコですよ!海でしか見れない害のない魔物さんです!ほら、ここの水色の角2本が猫さんに見えるでしょう?」
だからニャマコって名前になったってこと?
猫…そうかな?
どうしようぶっちゃけ見えない。
「う〜ん?」
でもシャル君を否定したくなかったので誤魔化すように左側の角をつついた。
「あっ」
シャル君の声と同時に僕の視界は白くなった。
「ぶぇーっ!?」
「ニャマコは外敵から身を守るために白い液体を吐くんです。そのトリガーが角なんです。」
「さっきもくらったんだけど!?」
「あははっ!!」
お上品なシャル君が大きく笑っている。
それほどまでに面白がってくれたら本望だ。
けれどいくら推しだからってやられたままでは気が済まない。寧ろ仕掛けたい。
「やったな〜??」
「きゃあ!」
『うむうむ、童らしく青春を謳歌せよ。』
ゼウスが腕を組んで満足そうに微笑んでいる。
「ゼウスも一緒に!」
僕が手を伸ばすと目を大きくした。
そんな驚くこと?
首を傾げるとゼウスはくつくつ笑い
『良かろう!喰らうが良いマスター達よ!』
パチンと指を鳴らした。
そしてすぐに頭を押し付けられるような衝撃に耐えきれず倒れ込んだ。
「うわぁあっ?!!」
「きゃあぁっ!!」
そしてそれによりずぶ濡れになった。
『む、加減を間違えた。』
口に入ってきた水はしょっぱかった。
どうやらゼウスは僕達に海水を叩きつけたらしい。加減をしようとしたのなら掛けるくらいの予定だったんだろうな。
「もう!ゼウス!」
「ずぶ濡れになりました!」
全身がびしょ濡れになったにも関わらずシャル君は楽しそうに笑っていた。
ニャマコを持ったままで。
『んはは。悪かった悪かった。』
ゼウスはそう言っているけど悪いとは微塵も思ってない顔だった。
「思ってない顔〜。」
「やっぱり海水ですと少しベタベタしますね。」
シャル君はそう言って服をパタパタと動かし胸元が見え隠れする。
「キャーッ!!シャル君の破廉恥っ!!」
「えぇえ!??」
僕を何だと思っているんだ!!
僕だって思春期の男の子なんだぞ!!
『マスターこそアルテミスのマスターを何だと思っているんだ。』
ゼウスに心を読まれたからこその冷ややかな視線が刺さる。
『頭を冷やせマスター。』
「ぶっ」
再び水を頭から被せられた。
今度は多少の衝撃のみであまり痛くない。
それに…
「ベタベタが取れた!?」
『うむ!海水から余計な成分を分解して真水にしたのだ!』
えっへんと胸を張るゼウス。
それだけじゃベタベタが取れること無いと思うけど…。
『まぁ色々と説明は省略した。
話すと長くなるからな。』
シャル君には優しく水を掛け、ベタベタだけ無くなった僕達。
でもどうやって乾かそう?
『空で乾かすぞ!おいでマスター達!』
ゼウスは僕とシャル君の手をとってふわりと浮かび上がりぐんぐんと昇って行く。
やがて
僕達の手を離した。
「「えっ」」
ゼウスが遠くなっていく。
何を考えている!?
あまりの恐怖に声を発せずそのまま落ちていく。
『マスター!』
途端に身体が落下から解放され、透明な何かに包まれる感じだ。シャボン玉に入ってる?
「どわっ」
中なのに温かい風が急に!!
あっという間に服も髪も乾いた。
シャボン玉が割れ、再び落下が始まる時にゼウスが手をつかんでくれた。
「怖かった…。」
ぼそっと呟くとゼウスは笑みを浮かべた。
『たまにはスリルもないとな。』
「別にいらない…。」
『ぬっ!?』
海の付近に再び降り、シャル君はニャマコを海に返し僕達はゼウスの転移で学校に戻ってきた。
「あら、エクスちゃんとシャルちゃん。」
声の方に振り向くとスカーレット君が居た。
「スカーレット君!」
「スカーレット君も帰られていたのですね!」
「えぇ、割とさっきだけどね。
リリアンちゃんを寮まで送ってった帰りよ。」
ちゃんと送っていったんだ…流石スカーレット君。スマートだなぁ。
…ん?あれ?何か忘れてる気がする。
「エクスちゃん?
何、そんなに見て…アタシに何か付いてる?」
「いや、スカーレット君見て何か忘れている気がしてさ。」
何だっけ…とても忘れちゃいけない大切な事…事?いや、物?
ふと胸元に手が行く。
カサっと鳴った何かが手に当たった瞬間血の気が引いた。
「あぁああああっ!!?」
「急に大声出して吃驚するじゃない。」
「どうされたのです?」
何かとは…
「預かった手紙が!!」
クレアさんから頼まれた手紙を取り出した。
勿論海水と真水2回くらった後に乾燥された為シワシワになっていた。
中身を見る訳にはいかないけど読めるかどうかの確認はしたい。
でもセヲ君宛だし、彼は妙に鋭そうだ。
1度開けたのとかバレそう。
「アンタ水浸しにでもなったの?」
「ナッタ…」
「冗談のつもりだったけど本当だったとは恐れ入ったわ。」
ついでにお札もシワシワだった。
お札は使えるけど手紙はまずい…どうしよう…。
「それは誰宛?」
「セヲ君宛…。」
「ふぅん。
じゃあそのままの方が良いと思うわ。
んで怒られなさい。」
「だよね…。行ってきます…。」
これは怒られても仕方ないな。
早く会いに行こう。
「骨が遺るといいわね〜。」
「お、お気を付けて下さいねー!」
2人を背に僕は小走りして取り敢えず中庭へ向かった。