第176話『頂きます』
2024年になりました。なってしまいました。
波乱万丈な幕開け、皆様はご無事でしょうか。
どうかそうであることを祈ります。
この物語が少しでも安らぎのお供になれば幸いです。
今年もスローペースですが何卒宜しくお願い致します。
前回のあらすじ
国家最高機関所属のディアレスさんに連れられ、魔物被害が相次ぐアルマリー村にやって来た僕とシャル君。
被害の爪痕は思ったより大きく、ディアレスさんは1人で原因を狩りに行ってしまった。
そんな中、依頼主であるクレアという女性と話している内にセヲ君の名前が急に出てきた。
…
「セヲ=ファントムライヒ…」
クレアさんは間違いなくそう言った。
僕の知る彼の事だろう。
でも僕は彼女にセヲ君の影をチラつかせてなどいない。
どうして彼女が、城下町よりも離れているこの地の彼女がセヲ君の事を知っている?
セヲ君は命を狙われていたり?
…いやいや、と否定したいけど彼の性格と行動的に狙われる可能性は大いにあるだろう。
長考している僕を見てクレアさんはゆっくりと口を開いた。
「き、急にすみません。
実は私、ファントムライヒ家のメイドだったのです。」
「メイドさん…」
やはりファントムライヒ家はメイドさんを雇えるほどのお貴族様だったんだ。
ん?メイドだった?
僕の疑問を投げかけるような視線に彼女は困ったように笑った。
「旦那様…ファントムライヒ家当主様から突然解雇されてしまって。」
「そんな突然だなんて酷い…。」
「私が唯一のセヲ様専属メイドだったから。」
「ゆい、いつ?」
メイドさんっていっぱい居て面倒見てくれたり色々してくれるんじゃないの?
そして何でセヲ君の専属メイドだからってだけで解雇されるんだ?
「セヲ様は広い御屋敷でお独りでした。
御家族様はセヲ様を居ない者のように扱われていましたので。」
「ッ!」
「さぞ息苦しかった事でしょう。
お辛かったでしょうに。」
まるで前世の僕だ。
彼との共通点なんて見つけたくなかったけど…
「やはりそのお顔、エクスさんはセヲ様をご存知ですね。」
クレアさんは微笑んだ。
嘘は吐いてないけど少し申し訳なくて視線を逸らして小さく頷いた。
「セヲ様、素直じゃないしすぐ悪態つくし1人で何でも出来ちゃうし足長いし色白で綺麗なお顔だし手も指が細長くて綺麗だし誰にでも敬語だしカッコイイし」
最初の方は呆れだったけど後のは全て褒めてるな。
まだまだ続いているセヲ君の良いところをクレアさんには申し訳ないけど僕は聞き流していた。すると彼女が我に返った。
「す、すみません私ったら!」
「いえいえ。」
「…そんな坊ちゃんだからご友人に恵まれて欲しかったのです。心を許せる方が。」
彼女は離れてしまった今でもセヲ君をとても大切に思っているんだ。
「彼は素直じゃないですから。
ご学友と呼べる方が出来るか不安だったのです。」
こ、この雰囲気ってまさか僕が学友扱いされてる!?
申し訳ないけど勘弁だ!!
「あのっ」
「エクスさんならセヲ様の良き理解者となってくださるとクレアは確信しました!」
「え…」
キラキラと光を集めて見つめてくる大きな瞳。
メルトちゃんとはまた違った艶やかなオレンジの瞳。その目に反射して映った僕はなんとも言えない顔をしていた。
そんな目で見られたら言えないよそんなこと…!
せめて理由を聞こう。
「ど、どうしてそう思うんですか…?」
「直感です。
私の直感はセヲ様お墨付きなんですよ!」
セヲ君のお墨付きなんて凄いな。
じゃなくて。
「セヲ様、お口が悪いけど中身はとてもお優しいのですよ。エクスさんはご存知の上で向き合ってくださると思いました。」
そんな事ないです。
僕優しくされたことないんで!
と言ってしまいたいがクレアさんの期待の眼差しに負け、声が出なかった。
「私も出来ればお傍にずっと居たかったのですが難しそうで…」
クレアさんの瞳は段々と潤んでいく。
表面張力が働いているくらい涙が溜まっている。
下を見ていた視線が僕に合わさったその時、ポロポロと涙の数滴が地面へと落ちていった。
「小さな頃からお世話させて頂いたのに…
ご成長なさったお姿を近くで拝見する機会を失ってしまった!無念でなりませんっ!」
蓋をしていた心の悲鳴が溢れてきたのだろう。
こういう時、どうしてあげられるんだろう。
今のセヲ君を伝えること…?
「せ、セヲ君は元気ですよ。」
「…ううっ」
ダメか。
「僕、セヲ君とペアです。」
「その話、よくお聞かせ願えますか。」
「ハイ…。」
切り替え早。
僕はセヲ君とペアになった経緯から手錠の流れを伝えることにした。
けれどその話の途中で魔導書がいきなり現れ、縁にある金の装飾と真ん中にある魔法陣が光っていた。
ゼウスが出たがってる?
「ゼウス!いいよ出てきて!【summon】」
クレアさんが見守る中、再び相棒が現れる。
しかし綺麗なその顔にはいつもの笑顔がなかった。
『マスター!』
「ゼウス珍しいね、どうしたの?」
『あちらから邪悪な気配がしておる!』
あちら、と指をさしたのは薄い木の板を取り敢えずの形で打たれた応急処置が施されているだけの場所。
あれは魔物の侵入経路だ。
「ゼウスが出てくるって結構じゃんね…」
『いや、感じ取れるのは微かなんだ。
しかし堕天やら何やらがあるだろう?』
大きくなる前に前もって教えてくれたのか。
助かるな。
「先に行って討とうか。」
同意を得る為にゼウスを見るとしっかりと頷いてくれた。
『マスターに任せる。』
「じゃあ」
「お、お待ちください!」
僕の手が引っ張られた。
「クレアさん?」
「ここから離れてしまうのですか?」
「え、えぇ。スグそこですけど…」
「い、行かないで…くださいまし…」
僕の手を掴む彼女の手は震えていた。
「貴方がお強いのは十二分に分かります。
ですから…だからこそ…いなくならないで…」
そっか。
皆怖いんだ。襲ってくる恐怖の存在が。
頼れるディアレスさんがいなくなってしまった今、
この村で強いのは僕だ。
僕までいなくなったら治療に専念しているシャル君しかいなくなってしまう。
治療に専念してくれてる女神を戦場へ赴かせては治療を受けていた人が不安になる。
この人たちが今1番欲しいのは
安全とそれに伴う安心だ。
「分かりました、僕はここに居ます。」
そういうと彼女は安堵した。
『動かぬならば此処でやれば良い。』
「ここで?」
『迎え撃てば問題ないだろうからな。』
「万が一でも村に被害が及ぶ可能性があるよ。」
『私達は最強だぞ?マスター。
故に問題ない。』
理由になってないけど…
火属性を使わなければいいよね。
「クレアさん、此処で迎え撃ちます。
良いですか?」
「は、はい。お願い致します。」
クレアさんの承諾を得た為、ゼウスと頷き合う。
そしてゼウスは左手を木の板がある方へ突き出し、近づきもせず木の板を簡単に剥がした。
小さいけど音がする。地を駆ける音が複数体。
「クレアさんは僕のすぐ後ろに。」
「はい!」
ゼウスの神杖に変え、敵の襲撃に備える。
大丈夫、火属性はダメ。雷だから後に火が出る可能性を考慮して天帝神雷もダメ。
王の凱旋はいけるか?あれ?何使える?
…僕、戦える?
『マスター、私との共有スキル覚えているか?』
「え?全知全能…」
【全知全能】
ゼウスと共有スキル。
全ての初級~究極までの属性魔法を取得可能にする。
というやつだ。
雷、回復、支援は全て取得済みではあるけど…。
『そのスキル取得、どうすれば出来ると思う?』
ゼウスは腕を組んで悪戯っぽく笑う。
こんな時に…!
天帝神雷や王の凱旋はゲームの中で覚えていたから言えば魔法が具現化したんだ。
ってそんなの言えるわけが無い。
「分かんないよ!僕が力を増幅させること?」
『それもあるだろうが、一番の近道は…』
ゼウスは人差し指を回し、魔導書を僕の目の前に持ってきてページを捲った。
ページが捲るのをやめ、とある場所で止まった。
「これは…」
『マスターが使いこなせるかは知らんが…
1番はその目で見ること、だ。』
これが本当なら僕もゼウスみたいに出来るってことだ。
…やってみよう。
杖を握り直したその時、イノシシの魔物が姿を現した。黒い毛皮に黄色の瞳。
あの時の祈りの森にいた子にそっくりだ。
ごめん、ごめんね。
もし君が祈りの森から逃げてきて、ご飯の為にここに来たのなら僕は謝ることしか出来ない。
想像を膨らませ大きく息を吸って呪文を唱える。
「【黒蝶】」
僕の声に呼応し、ゼウスの神杖の先端にある宝石が黒く光りだした。
これはついこの間初めて見たセヲ君の魔法。
杖を剣に見立てて彼の動作を真似するように下から上へと杖を振った。
黒い光は無数の蝶々に姿を変え、わらわらと村へ侵入してくるイノシシ達の身体が花だと思わせるように優雅に着地して行く。
その直後、蝶々は黒い炎へと姿を変えイノシシ達の全身を包んでいく。
苦しいのだろう。
悲鳴のような声を上げて次々に倒れていく。
ごめんね。本当にごめんね。
黒炎になっては蝶々に戻る動作を繰り返しているうちに進行は止まった。
「終わった…?」
『そのようだな。よくやった、マスター。』
「す、凄いですね…エクスさん。」
クレアさんはそう言いながらも、少し恐怖や悲しみを覚えている顔だった。
「今のはセヲ君の魔法を模したものです。」
そう言うと彼女の瞳に光が増える。
「セヲ様の…!」
本人ではないけど、喜んでくれたのだろう。
ゼウスは僕が倒したイノシシ達の元へ行き、身体を触っていた。
『…うむ、ちゃんと扱えておるなマスター。』
「ほんと?」
『身体は燃えておらんが息絶えている。
幻術は成功したようだ。』
息絶えている。その言葉が胸に刺さったけど、ここに来る前のディアレスさんの言葉
「俺らが護るのは生きている人間だ。」
という言葉を支えに耐える。
ゼウスは僕からクレアさんに視線を移した。
『そこの娘。』
「は、はい。」
『我が誇り高きマスターが先鋭を倒した今、トールのマスターが頭目を討てば悪夢が終わる。』
ゼウスの低いけど優しい声が心に響いたのかクレアさんは嬉しそうにコクコクと頷いた。
「たでぇまぁ。」
噂をすればディアレスさんがズリズリと何かを引きずりながら戻ってきた。
「ディアレスさんおかえりなさい!」
「ディアレス様!」
「おー。」
彼の手に持っているものが気になって覗き込むと、今倒れているどのイノシシよりも大きいイノシシだった。
「それは…」
「ボスボア。コイツが村を餌場にした奴だ。」
『何故持ってきた?』
ゼウスの問いかけにディアレスさんは
「食べる為に決まってんだろ?」
と普通に答えた。
た、食べる?
「美味いぜ、ボア。」
味の心配じゃなくて食べていいかの心配してるんだけど…。
『祈りの森から逃げてきたのならば瘴気を吸っているやもしれんぞ。』
ゼウスが魔導書から邪悪さを感じ取ったくらいだ。
その可能性は十分高いだろう。
「火ぃ通しゃいいだろ。いけるいける。」
そんな適当な…。
『はぁ…どうなっても知らんぞ。』
僕、あまり食べたくないかも…と視線をボスボアに向けると少し気になることが。
「綿?」
白い埃みたいなものがいくつかくっついていたのだ。ディアレスさんが引きずって来た時に付着したものだろうか。
「綿花のある場所だったからか戦う前から付いてたぞ。牙も1本折れてるしな。」
そう言って彼はボスボアの向きを変えた。
下になって見えなかった部分が顕になり、左側にあったとても太くて立派な牙が右側だと折れていた。
「怪我なのか取られたかはわかんねぇ。
どのみちもう考えても意味はねぇよ。」
「…」
死んでいるから、だよね。
「わ、私が調理致します。」
クレアさんは小さく手を上げてボスボアに1歩近づいた。
ディアレスさんは相変わらずの無表情で問いかけた。
「助かるが食うと腹壊すかもしれないぞ。」
「構いません。
彼らの命を無駄にしたくありませんから。」
お互い、生きる為に動いた者達。
その勝者がたまたま僕達だったという話。
普段の料理で肉や魚を食べるのと一緒で、命を頂いて命を繋いでいくんだ。
「ぼっ僕も…良いですか。」
『ふ、偉いなマスター。』
「ただ殺すだけじゃなくて、命の有難みを感じて頂かせて貰う方が良いかなって…エゴだけど。」
『喰えるのならば喰わねば勿体ないからな。
効くか分からんが浄化の光を当てておこう。』
その手があったか。
頷き、ゼウスはボスボア達を後光で照らした。
「では村の者達にも話して参ります。」
クレアさんは被害が無くなったこと、ボスボア達を食す為に準備をする事を話し、参加者が手伝うことになった。
参加者は村人全員だった。
「まぁ…大きいですね。」
治療を終えたシャル君もボスボアを見に来て驚いていた。
「うん、僕も見て驚いちゃった。」
「これでこの村は平和になりますね。」
「そう…だと良いな。」
村人達が運んでいく倒れたイノシシを見ながら言葉少なめに話す。
肉や魚を食べる時はこんな気持ちにならなかったのに。自分が仕留めて調理まで至るとここまで複雑な気持ちになるのだろうか。
祈りの森の件が関わっているから尚のこと複雑なのかもしれない。
…普段から料理にもっともっと感謝しないと。
「手伝いに行きましょう、エクス君。」
「うん。」
男性陣が慣れた手つきで解体し、女性陣がそれを食べやすい大きさにしていく。
手伝おうとしたら
「貴方達は休んでてください!」
と言われ包丁どころかお皿を運ばせてすらもらえなかった。
気を遣ってくれているのが申し訳ない。
「解体をお手伝いしようとしたら全力で首を横に振られてしまいました…。」
シャル君もショックを受けていた。
僕も手伝わせてもらえなかったけどシャル君の場合、女性にこんな力仕事させられないみたいなのが聞こえたんだよね。
それに対してのショックなのかな。
皆の手際の良さが分かる。
周りを見て必要な物を先に用意してそれぞれが動きやすいようにしているので無駄が無くなっている。
黙々とやらず明るく楽しそうに話しながら。
こういうチームワークって大事だなとしみじみ思うのと同時にセヲ君とこうやって動けと言われたら反射で無理と言う。
「出来ました!」
小さな宴のように振る舞われる料理。
白い皿に盛り付けられたお洒落な肉料理。
被害を受けた為少ないであろう野菜も使ってくれて色とりどりの鮮やかさで輝いて見えた。
シャル君と目を合わせて頷き合い、手を合わせた。
「頂きます!」
…!
「美味しい…!!」
予想よりも遥かに美味しい!
シャル君もびっくりしたようで料理を口に含んだまま目を大きくして僕を見ていた。
可愛い。
「とても美味しいです…!」
「ん、うめぇな。」
ディアレスさんも、皆が舌鼓を打つ光景は温かいものだった。
「皆がこうして心から笑っているのは久し振りに見ました。」
クレアさんは瞳を潤ませ、嬉しそうだった。
色々な人達からゼウリスの話を聞かれ、話して、応援すると言ってくれて僕達も嬉しかった。
この人達を護れて良かった。
しみじみと思う。
「んじゃ、帰るぞ。」
別れは唐突で、ディアレスさんは箒を既に持っていた。
「えっ!もうですか!?」
「まだ食器のお片付けとか残っています…!」
せめてそれくらいはと思っていた僕とシャル君の手をクレアさんがとってくれた。
「良いのです。
これらは御礼ですから!」
「「でも…」」
「お気になさらず!
またいつでも来てくださいね!」
彼女を始め皆の笑顔で僕とシャル君はディアレスさんと帰ることにした。
「あ、エクスさん!」
「?」
「コレを…」
そう言ってクレアさんは僕に無地の白い手紙をくれた。表面には何も書かれておらず、裏面を見るとFrom.Creaと書かれていた。
「自分で渡したかったのですがゼウリスまで遠くて…セヲ様にお届けして頂いて宜しいでしょうか?」
「勿論!」
本当にクレアさんはセヲ君が大事なんだなぁ。
セヲ君はクレアさんの事、どう思っているのだろうか。クレアさんは想っていてくれているから応えて欲しいけど…。
手紙を懐に大切に入れて振り返る。
クレアさんと皆が手を振ってくれていた。
嬉しくて僕も手を振った。
「また来ます!
今度は遊びに!」
「えぇ!お待ちしています!」
皆に見送られながら城へと戻った。