第171話『濃霧の向こう』
気が付けば8月ももう終盤ですね。
忙しすぎて筆を握ることすら出来ない日々が続いており幼稚園児に戻りたいと願う事が増えました。
遊びを仕事にしたい(切実)。
結構長くなってしまったのでお時間ある時にご覧頂けたらと思います。
前回のあらすじ
メルトちゃんの綺麗な歌声に癒されていたけれど、彼女は僕の為と積極的にセヲ君に話しかけた。
彼が怒って去った後、図ったように声をかけられたんだ。
…
「あ、あのっ!」
柱の影から突然声をかけられ、目を向けると金髪マッシュルームヘアにまん丸メガネで猫背の男子生徒が居た。
コミュ障だと見た瞬間で分かる程の見た目と動作に僕は類友と判断した。
「君は?」
僕が聞くと大きく肩を揺らし、口を震わせていた。
重症だな、これは。
「ぼ、ぼぼ僕っノイン=ムルって言いますっ!」
ノイン=ムルと名乗る彼の胸元の勲章は翼の模様、つまり天使クラスだと分かる。
「き、君達が!さ、さっきせ、せせせセヲ=ファントムライヒ君と喋ってたの見てて!」
「それが?」
「実はぼぼ、僕、彼に借りがあって…まだお礼を言えていないんだ。」
そう言う彼の右頬には湿布が貼られていた。
よく見ると口の端に瘡蓋がある。
「僕、昨日他生徒から一方的に殴られてた所をセヲ君が助けてくれたんだ。」
「「セヲ君が?」」
メルトちゃんと声が合わさり、ノイン君は驚きつつも小さく頷いた。
「彼、あんな噂があったからビックリして…腰を抜かしているうちに全員を蹴りで倒していく姿に見惚れていたんだ。」
ノイン君は口角を上げ、少し鼻から落ちた眼鏡を掛け直す。
「カッコよかった。だから御礼したいんだけど、僕一人じゃ怖くて…そもそも見つからなくて。あの…」
もどかしそうにしている彼を察したメルトちゃんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「やっと見つけた所を私達が邪魔しちゃったのね?ごめんね。」
メルトちゃんの優しさに全力で首を振るノイン君は僕の映し鏡のようだ。
「う、ううん!違うよ。
どの道怖くて話しかけられなかったんだ。」
周囲の反応もあったし尚のことだろうな。
するとノイン君は勢いよく頭を下げた。
「お願いします!
僕の代わりにセヲ君を呼んでもらえませんか!」
え〜…。
普通に嫌だ…。
「いいわよ!」
メルトちゃんが快諾してしまった。
それによりノイン君の分厚いレンズの奥にある緑の瞳が輝いた。
「ありがとう!」
「じゃあ早速探して来」
くるりと背を向けるメルトちゃんを慌てて止める彼の形相は大変な事に。
「まっまま待って!
心の準備をする為に明日!!
明日でお願いします!」
「え?明日で良いの?」
「まぁ…セヲ君どこに行ったか分からないし、さっきの事があったから話聞いて貰えないと思うよ。」
僕がそう言うとメルトちゃんは確かに、と頷いた。
「じゃあ明日ね!
クラスの中で足止めしておくね!」
「僕から行くとか無理!
しかも僕もこっそりと御礼したいしあまり目の付かない別棟前の広場で待ってるからって言ってくれないかな!?」
凄い早口。
御礼言う側なのに注文が多いな。
訝しむ僕とは裏腹にメルトちゃんは可愛い笑顔で頷いた。
「分かったわ。
言うのは放課後で良い?」
「うん!その方が助かる!」
そうして僕とメルトちゃんはまたセヲ君に話しかけなければならなくなった。
いや待てよ?
明日も実技テストだよな。
僕がその時に伝えれば良いのでは?
この考えが浮かんだのは一日の終わり、就寝前のベッドの上で寝転んだ瞬間だった。
…
そして次の日。
魔法テストの続きとして別棟へ集まった僕達。今回の点呼では全員出席していた。
スピルカ先生は元気に話し始める。
「じゃあ今日も魔法のテスト〜!
内容は使える属性の最高値〜!!」
元気なスピルカ先生の隣では直立する機械にもたれて居るヨガミ先生。
「この機械に使える魔法当てれば良い。
たったそれだけだ。」
それで数値を測るんだな、成程。
どうせまた僕が最初にやらされるだろうし何を放とうか考えよっと。
「エクス!」
「え?」
「こっち来て!」
またスピルカ先生に呼ばれる。
今回の説明かな?
「お前、回復含め殆どの属性魔法使えるだろ?」
「はい、まぁ…一応。」
「今回の機械はシルヴァレがなるべく壊すなと言ってアレともう1台しか無いからお前はテストパスで!」
「え、良いんですか?」
皆に、と言うかメルトちゃんに良いところを見せるチャンスを失うのは正直ショックだ。
でもやらなくて良いならそれで良いか。
「おう!ヴァルハラもお前の凄さ知ってるから問題無し!」
シード的な感じがして少し優越感あるかも…。
という訳で僕は記録係となり、皆の数値を書く事になった。ペアの意味が無くなっちゃった。
「セヲ!お前からだ!」
スピルカ先生に呼ばれた彼は心底面倒くさいと言わんばかりの溜息を吐きながら前に出た。
「…全く、代表さんと組まされるととんだ目に遭う。」
僕のせいじゃないもん。
スピルカ先生が名指しなのが悪い。
「昨日みたいに機械に干渉するのは禁止!
した瞬間に記録ゼロで反省文書かせるからな!」
「チッ…分かってますよ。」
彼と距離がある僕にまで聞こえる舌打ち。
当然隣のスピルカ先生とヨガミ先生にも聞こえているだろう。
「召喚獣は?」
「出してもOK!強化付与もOK!
但しそれだけ!」
両手を頭の上へ持っていき大きな丸を表現した先生から目を逸らしたセヲ君は黒い魔導書から長い剣を取り出した。
「やるのはあくまで自分のみ、ね。
エレボス【summon】」
剣が出てきたページが捲られ、光と共に人が飛び出す。
黒い軍帽に黒い長めの軍服。
風に舞う黒いマント。全てが黒い。
唯一真逆な白さを持つ肌。
鋭い眼光は見たものを射抜きそうなほど。
召喚士に似た銀髪が肩に触れ、光が収まる。
あれが…エレボス。
マントや軍服に付いている装飾が金や銀に光ってカッコイイ。
「アイツ、闇属性を扱う珍しい召喚士なんだ。」
隣のスピルカ先生が嬉しそうに言う。
闇属性…アムルさんもそうだよな。
僕はあまり使ったことないから何が使えるか覚えていない。
エレボスがフッと息を吹きかけるとセヲ君の長い剣に黒い炎が纏う。
「【黒蝶】」
重そうな剣を軽々と振り上げる。
黒い炎は剣から離れ、空を裂く衝撃波のように機械を狙う。すると炎が次第に無数の黒い蝶々へと姿を変えて宙を舞い始めた。
全ての蝶々が機械に纏わり付いたその時、ボウッと蝶々自身が燃えた。
違う、炎に戻ったんだ。
「チッ…蝶が分散した…狙いが絞れない…。」
セヲ君の口が小さく動いたから何か言ってるな。
そんな彼が睨みつける機械の元へぽてぽてと近づくスピルカ先生は
「ふぃ〜!機械壊れてないな!安心!」
と割と強めに機械を叩いている。
でもあんなに派手な燃え方したのに焦げた跡も無いしスピルカ先生機械に触ってるし…熱くないのかな。もしかして最初から炎は出てないとか?
「エクス!置いてある液晶に表示された記録書いて!」
「あ、はい!」
言われた通り、タブレットのように見える機械を覗き込む。え〜…セヲ君の数値は…
“5000”
「ごせ…?」
これ平均いくつ?
「おーセヲすげぇな。
平均は“3000”くらいだから上出来だ。」
ヨガミ先生に告げられても嬉しくなさそうなセヲ君は「そうですか。」と一言。
「じゃ、エクスの隣で座ってろ。」
「え?嫌です。」
「じゃあ記録無かったことに」
「クソ教師め…。」
流石のセヲ君も文句と言うか暴言を言いながら僕の隣へ。長い足で尚且つ大股で歩いてくるから移動が超早い。
ドスンと座るセヲ君の眉間に皺が寄っているのは予想通りだ。
あ、ついでに伝言しておこう。
「昨日、ノイン=ムルって人がセヲ君に御礼を言いたいから放課後別棟に繋がる広場に来てほしいって伝言預かったよ。」
「御礼…?
そのようなものされる覚えがありません。
人違いじゃないですか。」
覚えているけどカッコつけて言っているのか本当に人違いなのか。
でもノイン君はセヲ=ファントムライヒと言った。人違いでは無い。
「他生徒から暴力を受けていた所を助けてもらったって。」
床を見ていた視線は上がり、左右に動く。
「……あぁ、ゴミを蹴り飛ばしていた時でしたかね。
確かに居たような。
顔も声も全く覚えていませんが。」
「助けてあげたのに?」
「助けた訳ではありません。
騒がれるのが面倒で俺が霧に隠した人間だとは思いますが覚えても得なんて無いでしょうし。」
これぞセヲ=ファントムライヒ…。
「でも結果的に助けてあげたみたいだし御礼言いたがってたから行ってあげてよ。」
「何故言われる側が別棟の広場まで足を運ばねばならないのです。俺は行きませんとお伝えください。」
「え〜…」
まぁセヲ君の言うことも分からないでもない。
昨日怒らせたこともあるし言うことを聞いてあげよう。
「カッコイイって言ってたのに…。
分かったよ、行ってくる。」
「………やけに素直ですね。」
「べっつにぃ?僕が優しいだけでしょ。」
「クラス代表なのですから学友の為にそれくらいして頂かないと。」
かっちーん。
「君を友達だと思ったことないね。」
「君と意見が合うことは無いと思っていたのに!驚きですね。」
嫌味無限製造機かコイツ。
お互い嫌味を言いながら時間が経ち、気付けば全ての授業が終了した。
不思議な事にセヲ君は最初よりも目を合わせてくれるようになったと思う。
教室でHRを終え、皆が教室を出始める時
「エクスくん!セヲ君は?」
上からメルトちゃんが声をかけてくれた。
「行かないって。
僕、彼に伝えてくるよ。」
「え!じゃあ私も!」
「伝えるだけだから僕だけで大丈夫だよ。
ありがとう。」
「…そう?じゃあお願いしちゃおっかな!」
「うん、任せて。」
ヨシュアにも一声かけ、ノイン君の元へ向かった。
一応天使クラスを覗いたけどもう既にHRは終わっていたらしく、生徒たちは自由になっていた。ノイン君を探したけど居なかったからレンに声をかけられる前に目的の場所へ行こう。
…
「エクスくん!」
人がまばらになってきた廊下の途中でメルトちゃんに声をかけられた。
「え!?メルトちゃん?」
「やっぱ付いてくよ!
エクス君一人じゃ心配だし、私も頼まれたもん!」
「そ、そう?じゃあ一緒に行こう。」
優しいなぁ。
でも何の心配だろう。
もしや僕は伝言もまともに伝えられない馬鹿と思われているんじゃないだろうか。
だとしたら困る!
しかしメルトちゃんは普通に話してくれる。
「セヲ君が来ないことでショック受けるかな。」
「うぅん…どうだろう。
まぁ蹴りに見惚れたとかカッコイイとか言ってたから割とショ…」
蹴りに見惚れていた…?
「エクス君?」
“騒がれるのが面倒で俺が霧に隠した人間だとは思いますが”
セヲ君はそう言った。
昨日のテストでベヒモスの時に出していた霧は彼やベヒモスをも隠してしまうほど先が見えないものだった。
もしそれがノイン君を隠した霧だったら?
霧に包まれた彼には周りが見えないはず。
どうして彼はセヲ君が全員を蹴りで片付けた事を知っている…?
彼は被害者。
セヲ君に守られた対象であり、騒がれるのが面倒だからと霧に隠されたはず。
そういえば彼は1度も霧に隠されたとは言っていない。
まさか彼は本当の被害者ではない?
待った、整理しよう。
有り得る可能性は、まず彼は被害者ではないこと。
それなのにセヲ君が蹴りで片付けたのを知っている。
被害者と嘘を吐く必要があった。
ん?誰に嘘を吐く必要がある?
僕とメルトちゃんにだ。
じゃあ本来の被害者でなく、第三者だったら?被害者の友達だったら?
蹴りが見えたというのも納得出来るが、自分が被害者と言う必要は無い。
わざわざ僕達にその嘘を吐く必要が無い。
ましてや僕達がケーキを食べている間に起こっているはずの出来事なのに騒ぎにならず静かだったところを考えるに、セヲくんが周りに見えないようにしていたかもしれない。
つまり、第三者からも見えない可能性が高い。
となるとセヲ君の蹴りが見える可能性が高いのは……
あれ、となると御礼っていうのは…
「っメルトちゃん!やっぱ帰ってッ!」
「え?何で?」
「あの時のノイン君は加害者側だっ!!!
そして何か企んでる!!」
そう叫んだ時、パチパチと拍手が聞こえた。
「バレちゃったぁ。せぇかぁい。」
まずい、もう広場だ。
メルトちゃんだけでも転移をさせなきゃ!
「ゼウス」
「おっと!お得意のゼウス様も魔法も発動したらこの子殴られちゃうよ〜!!」
僕の背後から体格の良い男が通り過ぎ、メルトちゃんの腕を掴んで攫っていく。
「メルトちゃん!?」
男が向かった先には見覚えのある金髪で厭らしく笑みを浮かべていた男が立っていた。
拍手をし、先程の腹立つ声を上げた張本人…
「ノイン=ムル…!」
初めて出会った時のオドオドして僕と同類と思う程の印象と眼鏡は消え、今目の前に立つ彼には全く違う複数の手下を従えるボスのような風格が漂っていた。
実際、後ろの男たちは自らの意思で彼に従っているのだろう。
アルファクラスばかりだけど、今日のテストで全員出席していたけどその中に居た顔が数人居る。
やばい、めちゃくちゃ怖い。
でも捕まってるメルトちゃんの方が怖い思いしてるに決まってる。
こういう時こそ堂々と!!
「セヲ君は来ないよ。」
「知ってるよ?
アイツが来るわけないじゃん。」
やっぱり僕達への罠だったんだ。
「…僕達を狙ってどうするの?」
「セヲ=ファントムライヒへの復讐さ!
あの時はつい油断をして俺の顔とプライドに傷が付いた!」
自業自得すぎる。
「君達を散々痛めつけたあとにセヲがやったのを見たと言えば教師は疑わざるを得ない!」
両手を広げる彼の胸元の勲章は剣が交わっている絵に変わっていた。
あれはアルファクラスのモノだ。
理由は分からないけどクラスまで偽っていたのか。
「君達を痛めつけて従わせるのは簡単。
セヲ君がやったって言ってもらうほど心を恐怖で染めてあげる♡」
前に授業外での魔法は御法度だとシオン先生に言われたことがあるからアルファクラスなら特に釘を刺されているだろうに。こういう奴は学ばない。
「でも途中で裏切られても困るから口も聞けないくらいにしてあげるけどね。」
「ね、ねぇ。1つ聞きたいのだけど。」
メルトちゃん!?
「俺は気分が良い。何?答えてあげるよ。」
「セヲ君への復讐なのに何で痛めつけるのが私達なの?」
「あの化け物と平気で喋ってるの君達だけだったからね。彼も心を許しているはずさ。」
ありえない。
アイツは何処をどう見たら心を許していると思ったんだ?
「そんな奴らが自分のせいでボコボコにされたら精神的ショックが大きいんじゃないの?ってね。」
ノイン=ムル…コイツ…
結構な馬鹿だな。
尚のこと急いでメルトちゃんを助けないと本当に暴力を振りかねない。
「女の子にまで手を出さないで。
僕は抵抗もしないから彼女を解放して。」
「やだよ。抵抗してる奴を殴って従わせるのが1番楽しいんだから。」
「っクズめ…!!」
「あ、言ったね。
俺が嫌な思いしたのでこの子殴りまーす。」
「ッ!!」
嘘だろ急すぎる!!
今から魔法を!と頭は考えるのに身体が先に動いてしまった。
けれど僕の足じゃ間に合わない!
それに僕の魔法じゃメルトちゃんも傷つける!!
「メルトちゃんッ!!!」
ノインの拳がメルトちゃんへ振り下ろされた。