第168話『続・体力テスト』
まだ6月が終わっていないのにこの暑さ…
夏本番はどうなってしまうのでしょう…。
引きこもりたい…。
突如セヲ君とペアを組まされ最悪なのに僕のこと嫌いって言ってきました。
ふんっ!僕も嫌いだもんね!!
…
昼休み。
皆が哀れみと心配の瞳で僕を見ている。
「え、エクス君。
そんなに食べたら午後お腹痛くなっちゃいますよ…?」
シャル君がステーキ丼をかき込んでいる僕を心配してくれている。
だけどとてもイライラしているのでご飯をいっぱい食べなきゃ気が済まない状態なのだ。
「ふぁいふぉうふ!!」
大丈夫と言ったつもりだけど通じたかな。
「食べるか喋るかどっちかになさい。」
スカーレット君に怒られた。
そういえば周りお貴族様ばかりだった。
良いもん庶民らしく食べるもん。
「エクス君、拗ねてるねぇ。」
「イデアちゃん。多分あれ拗ねてるんじゃなくて怒ってるのよ。」
メルトちゃんがイデアちゃんに解説してる。
その通り、僕は怒っている。
セヲ=ファントムライヒ許すまじ…。
嫌いな人間に嫌いって思ってても真正面から言うか普通!!
「魔法で絶対ギャフンと言わせてやる…。」
なので体力テストは捨てる。
「てか貴方、体力テストの結果神クラス男子最下位じゃないの?」
「ぐはっ」
スカーレット君はオブラートというものを知らないのか!?
傷口に塩どころか塩を付けた鋭利な刃物刺してきたぞ!
「よく悪魔討伐から大きな怪我もなく帰ってきたものだな、君…。」
ヨシュアが暴走しないようにナイフを没収中のローランド君まで…。
「怪我が無いのは凄いことよ。
頑張った証拠じゃない!」
メルトちゃんは女神だ。
こんな僕にフォローを入れてくれるなんて。
ローランド君に手を押さえつけられているヨシュアも頷いてくれた。
「この生徒の中で1番危ない橋を渡って帰ってきたんだ。誇っていいよ。」
「メルトちゃん…ヨシュア…」
胸がじんわり温かくなる。
昨日も感じたこれは何回でも感じたくなるほど良い気持ちだ。
友達って良いな。だからこそ…
打倒セヲ=ファントムライヒ!!
「ご馳走様でした!!」
…
スピルカ先生に言われた通り別棟へ移動した僕達。石畳の広間は音が反響しやすく少し暗い。その中心でスピルカ先生とヨガミ先生が声を上げる。
「はーい!お前らご飯食ったか〜!」
「食いすぎてゲロんなよ〜。」
気を付けよう。
心で誓う僕の隣にはセヲ君が。
「先生!ペア替え希望です!!」
彼が向けてきた笑顔に悪寒がし、気が付けばそう叫んでいた。
突然の提案にスピルカ先生は微笑んでくれた。
「じゃあお前らは暫くそのままな!」
「エッ?」
じゃあって何?
「どうしても嫌いな奴とだって任務を果たさなきゃならん事だって沢山あるからな!
今のうちに解決法探せ!」
な…
「何だってぇえ…ッ!?」
「あらぁ、残念ですねぇ。」
全く思っていないような声でセヲ君はニヤける。む、ムカつくぅうぅ…。
「最初は握力!機械配るぞ!」
スピルカ先生が杖を振り、生徒の前に機械が現れた。
「左右2回ずつ測って良い方を書くように!」
今の僕はストレスで溢れている。
それを全てぶつける。
「ふんぬぅっ!!」
ピッ
機械に表示された数字をセヲ君が覗き込んだ。
「20。巫山戯てます?」
「えぇ!?いや、今の利き手じゃないし!」
左でやったからだもん!
右なら負けない!
打倒セヲ君打倒セヲ君打倒セヲ君…
打倒セヲ君っ!!!
ピッ
「22。女子ですか。」
「あれぇ!?」
おかしい!この記録は僕の転生前の身体と何ら変わりない!!
僕、悪魔に勝ったのに!!
勝ったのにぃ…。
結局、もう1回やったけど数字は変わらなかった。
でも次のセヲ君が変な数字だったら完璧に機械の故障だ。もう一度やり直しが出来る。
ピッ
さぁ、どんなヘンテコ数字だ!!
60
「…??コワレテル?」
「いや?俺はこれくらいのはずです。」
「ヘェー…」
故障かな?
機械を右に持ち替えて測るセヲ君の顔は全く力んだ素振りも無い。けれど
ピッ
測れているわけで。
60
左右大差無い…だと!?
僕が固まった為、セヲ君が自分で機械を見た。
「変わらないとは落ちたものですね。」
「りょ、両利き…?」
「えぇ。ただ右の方が力が出やすいはずでしたがね。」
出てるだろこのゴリラめ。
その後、僕は長座体前屈や立ち幅跳びなど全てにおいて負け、2度目の完敗を突きつけられた。
追い打ちをかけるように食べたお肉が出そう。お腹痛い。
「お疲れ様お前ら〜!
じゃあラスト!
魔獣討伐のタイムを競ってもらうぞ!」
魔獣討伐?
体力テストは?
「体力テストは終了だ。
次は魔法のテストを少し行う。
スピルカ。」
ヨガミ先生に頷いたスピルカ先生はまた杖を振る。
すると目の前に見覚えのある巨大な魔獣が現れた。巨大なうねる角と黒光りの皮。
1歩歩くだけで大地が揺れそうな巨体。
「ベヒモス…」
「そう、ベヒモス!
…の、データを持っている機械だ。」
先生の話によると、ホログラムの技術を用いてベヒモスに見せているらしい。
ベヒモスが倒れるほどの魔力量を浴びると、機械の中のストップウォッチが止まるシステムらしく、ベヒモスを倒すまでの威力や時間と手数を記録するとか。
相手側から攻撃をすることは無いようなので怪我もしない安心設計。
要は無抵抗なベヒモスを一方的に殴る図が出来るという事。
「ウチで面倒見てるベヒモスのデータを完全再現している!時間は早く、手数は少なくを目標に頑張ろう!エクス!」
「えっあ、はい!」
何故僕はこういう時の実験台にされるのだろう。あ、代表だからか。
「お前のはシルヴァレに頼んで強化版な。」
「強化版?」
「お前入学式のオリエンテーションで水晶玉壊したから並大抵じゃダメだと思ってな。」
先生の目が死んだ。
「その節はすみませんでした…。」
「お前が強い証拠だ!
じゃあ早速やってくれ!
俺が合図したら魔法を打つんだぞ!」
ヨガミ先生の誘導により、皆が僕から距離を取りメルトちゃんの小さな顔がもっと小さく見える距離まで離れてしまった。
寂しいけど、気を遣う必要が無いのは有難い。
火力高く、詠唱は無しでいこう。
顕現させた魔導書から杖を取り出す。
本当に壊すといけないから神杖は使わない。
準備が出来た合図として先生と目を合わせる。
「ではエクス、よーい…始め!!」
「えいっ!」
【天帝神雷・天誅】って言ってる時間が勿体ないと判断したのでとりあえず杖を振った。
雷を帯びた杖から雷龍が生み出され、ベヒモスに向けて放たれた。その瞬間、雷龍がベヒモスを喰らいバキボキと宜しくない音が聞こえてきた。
暫くして雷龍が消え、既にベヒモスの姿はなく変わりにバラバラになって煙を上げる焦げた機械の残骸があった。
こ、これは弁償か…!?
「え〜…っとぉ…せんせぇえ…」
助けを乞う目でスピルカ先生を見ると「やっぱかぁ」と呟いてヨガミ先生に目を向けた。
「この機械の威力を測る部分は壊してもらわなきゃならん。問題ないし手数は1回、時間は中身の機械とストップウォッチで測っている。」
ヨガミ先生が持っていたストップウォッチはスピルカ先生に手渡された。
「機械が木っ端微塵になったからストップウォッチで!
エクスがベヒモスを倒すまでの時間は…
3秒!んはは!俺より速いなぁ!」
先生より速い!?やった!!
「じゃあ次はエクスの相方だからぁ…
セヲ!お前だ!」
スピルカ先生に呼ばれ心底嫌そうな顔になるセヲ君。
「この後とか嫌なんですけど。」
「運命だ、諦めろ。」
容赦ないスピルカ先生に溜息を吐いた後、嫌々立ち上がって僕の隣に来たセヲ君。
僕は今までのお返しとして自慢げに笑っておいた。
「ふっふーん!」
「上下1位とは素晴らしいですね。」
「下は余計だよ!」
減らず口叩きやがって!ふん!
僕がスピルカ先生の隣に移動すると、セヲ君は黒い魔導書から彼とほぼ同じ長さな刀身の剣を抜き出した。
大太刀なのか剣なのか。それにしても長い。
焦げた機械を回収し、新たな機械を導入したヨガミ先生を見ていた彼はスピルカ先生を一瞥して静かに口を開く。
「いつでもどうぞ。」
「よし!じゃあセヲ、よ〜い…始め!」
先生が言い切ると同時に剣先を左手で撫でた。指は人差し指と中指のみ。
彼の撫でた跡から霧が生まれる。
ベヒモスへと瞬速で駆けた彼を追いかける剣の霧は段々と濃くなっていくように見えた。
そして響く金属音。
セヲ君が剣を振るったと思えるけれどベヒモスは消えていない。セヲ君からしたらベヒモスは硬いんだ。もっと硬くなれ、ベヒモス。
そんな邪な思いを粉々にするように短い金属音が数回響く。
既に霧はセヲ君もベヒモスも飲み込み隠していた。何故こんなに霧が出るんだろう。
セヲ君は見えているのかな。
「機械停止を確認した、スピルカ。」
ヨガミ先生がタブレットみたいなものを見ながら言う。頷いた先生は声を上げた。
「お〜い!セヲ!戻ってこーい!」
「言われなくても戻りますよ。」
霧の中から面倒くさそうにしているセヲ君が出てきた。先生の事煩いとか思ってそうな顔だ。
「タイムは…あ?んだこりゃ。」
ヨガミ先生が首を傾げた。
何かと思い僕も覗くと、タブレットの時間表記がERRORと出ていた。
「俺にも見せて〜!」
身長の問題で見えずぴょんぴょんと飛んでるスピルカ先生にヨガミ先生がタブレットを渡した。驚くことに表記をみた先生の可愛らしさが一変した。
「エラー……セヲ、お前わざとだな。」
ギクリと肩を震わせる彼は顔を背けて声色が低くなった先生と目を合わせない。
「ベヒモスを倒すための刀身に掛けた魔法と最初の霧は別物だろ?」
「…仰る通りで。」
尚も自分で語ろうとしないセヲ君を見て先生は話を続けた。
「霧はお前が幻術を使う為の下準備だ。
人の心に干渉するソレが機械に使えるか試してみた結果がコレ。」
「…」
黙っちゃったよ。
「硬さを知るためにストップウォッチと共にエラーを起こさせ、計測不可能にしてもう一度を狙った。違うか?」
だからあの霧が段々と濃くなっていたのか。
ストップウォッチに霧を届かせるために。
「…そこまで分かっているなら言う必要ないじゃないですか。」
開き直ってる…。
要はワンチャンの不正を狙ったということでしょこの野郎。
「残念ながらストップウォッチは健在でした。ヨガミ、タイムは?」
「11秒。」
勝った!!
「チッ」
あ、舌打ちした!!
僕は我慢してたのに!!
僕達を見て微笑んだ後、スピルカ先生は皆の方へ向き直った。
「コイツらのヤバさがよく分かったな!
普通はもう少し掛かるから安心しろよ〜!」
人を実験台にしておいて…。
でもコイツらって事はセヲ君のタイムも速いって事だよね。何か複雑。
皆次々と行っていく。
しかし僕やセヲ君を上回る記録は出なかった。やっぱり魔法なら僕は強いんだ。
こう考えると魔法はチート級なのでは…?
少し優越感を覚えつつ、皆の結果を見届けた。そして最後の一人が終わったけれど、結局クラスで1番早かったのは僕だった。
クラス1位…響きが大変良い!!
「お疲れ様〜!!明日も魔法のテストの続きをやるぞ〜!!今日はゆっくり寝るように!」
スピルカ先生はそう言う。
なんとその場で解散のようだ。
「エクス〜!!お前は別〜!!」
そして呼ばれる。
今日はよく先生に呼ばれるなぁ。
「はい。」
「今から少し時間あるか?」
「大丈夫です。」
バイトも何もやってないので。
「助かる!こっち来てくれ!」
先生は入口と真逆へ進む。
そっちは別棟の階段だから…別棟の中を移動するようだ。
何処へ行くんだろう?