第145話『悲劇の足音』
前回のあらすじ
前話で目覚めたリンネ=コウキョウです。
ヨシュア君に話を聞こうと外に、思ったら
アスクレピオスに釘を刺されてしまいました。
シュヴァルツがこの病院を留守にするらしいので
出ようにも出れなくなっちゃった。
迷惑をかけた分、言う事聞かないとね。
それにしてもアスクレピオス怖かったな…。
…
「えーくーすーくん。おーきーてー。」
「んぁ。」
女性の声が耳元から聞こえ、目が開く。
黒髪…ピンク…ひらひらふりふり…
「あむるさん…?」
「えぇ、アムル=オスクルムですわ。
おはようございます、エクス君。」
アムルさんが何で…ここに……
何で病院に!??
驚いてガバリと起き上がった僕をクスクスと
上品に笑う。
「あら、お忘れかしら。
今日、わたくしと任務の日ですわよ。」
「にんむ。」
頭がちゃんと回らず言葉をそのまま口に出してしまった。
「えぇ、せんせー方も待ってらっしゃいますよ。
早く準備なさい。」
せんせー…先生?
…えっ!?やば!!
「い、急ぎます!!」
「服はこちらですわ。
ではわたくし、入口でお待ちしてますわ。」
そう言ってアムルさんは静かに退出した。
僕も急がなきゃ…!!
…
部屋着で倒れたからか制服も無い。
だから服くれたのか…チャックのデザインが
カッコイイ黒いパーカーと黒いスキニーパンツ…。
エクスの体型じゃなかったら絶対履けないよこれ。
あ、ご飯無しで行くのか…お腹減ったな…。
でもアムルさんを待たせる訳にはいかないので
我慢する。
「エクス君こちらですわ!」
入口付近で手を振っているアムルさんに
素早く駆け寄る。
「お洋服お似合いですこと♡
ではこちらへ。」
アムルさんはそう言って外には出ず、
病院内の広間を歩き始めた。
…?何処に行くんだ?
とりあえずついて行くと、見知らぬ喫茶店があった。こんなところがあったなんて…
「ふふ。此処は分かりにくい場所にありますから
気付かないのも無理ないですわ。」
まるで僕の心を読んだかのような話し方で気になるな。怖い。
中へ入る彼女について行くと、
とある窓際のテーブル席で足を止めた。
「…おはよ、エクス=アーシェ…。」
「シュヴァルツさん!」
何でシュヴァルツさんが此処に…
「さ、エクス君も座って物を頼みなさい。
ヴァルハラの奢りです。」
アムルさんがシュヴァルツさんの向かい側に座る。え、どうしよ。どっちの隣りにしよう…アムルさんの隣り怖いからシュヴァルツさんの隣にしよ。
シュヴァルツさんは既に置いてあったコーヒーを
飲んだ。
「…皆で…朝ご飯。」
皆で、か。
朝ご飯をヨシュア以外で食べるのは入院以来…
ついこの間以来だな。
まぁ相手がヴァルハラって時点で胃がキリキリするんだけどさ。
メニューを見ているとキュルキュルという機械音が段々と大きく聞こえてくる。
何の音?
すると電子パネルを自動で動けるようにしたロボットが席に来た。
「わ。」
「…これね、シルヴァレが作ってくれたの…お客さんがメニューを選ぶと電波で厨房に伝達してくれる
自動メニューマシン…らしい。」
「へぇー!」
なるほど。
人がフロントに出なくて良いわけだ。
便利だな。
アムルさんは早速機械に付いている電子板をスイスイと操作し始める。
「エクス君は決めました?」
「あ、僕はえーっと…
た、たまごサンドで!」
「まぁ、可愛らしい。
注文しておきますね。」
可愛いか…?何か不思議な感覚…。
「シュヴァルツ君は?」
「…ぼくは先に頼んだから…大丈夫。」
「そうですか、良かったですわ。」
そう言った矢先、再び機械音が聞こえる。
それも複数台。目を向けると、料理が沢山乗った機械達がこちらへ向かってくる。
随分と早い時間だからか客が僕達しかいない。のに…家族連れですらこんなに食べないぞってくらい多いのは何で?
「…来た…」
いつものトーンと何ら変わりないはずなのに少し
キラキラしたように聞こえるシュヴァルツさんの声。
…まさかこれ全部シュヴァルツさんの?
機械達は伸びるアームで料理を机の上に次々と置いていく。
まず山盛りの白ご飯、エビフライの乗ったハンバーグ
2つにご飯の乗っていないカレー、大きなチキンに
カルボナーラパスタ。
量は全部大人1人分くらいだ。朝だよね?
「シュヴァルツ君の食べっぷりは見ていて
清々しいですのよ。」
「ソウナンデスカ。」
驚きすぎて言葉がカタコトになってしまう。
「…お先にいただきます。」
「ど〜ぞ♡」
「は、はい、どうぞ!」
フォークとナイフを使いハンバーグを切り始めた。……え、切ったのでか。
え、まだ1回切れる大きさのままで…
口に入れちゃった。
シュヴァルツさん無表情だけどご満悦そうに周りに
花が舞っているのが見える。
「…おいひい。」
「っふふふ!沢山食べてくださいな。」
その後、僕の頼んだたまごサンドと水。
アムルさんはパンケーキと紅茶を機械が持ってきてくれて食べた。
僕とアムルさんが食べ終わった時、
シュヴァルツさんが最後の皿を重ねた。
「「「ご馳走様でした!」」」
やっぱ喫茶店のたまごサンドって美味しい〜っ!!
元気出た!!
「ではエクス君。」
アムルさんが紅茶を飲み干して僕を見据える。
先程までの雰囲気とは一変しヴァルハラの人間として
話し始めているのが分かる。
「今からゼウス様に学校まで転移を頼めますでしょうか。」
ワイバーンじゃないんだ。
「もちろ」
「と、言いたいところですが…」
「?」
「お城へ向かってくれますか?」
お城に転移しろって事だよね。
「はい、大丈夫です。」
「ありがとう。
少し事情が変わったようでしてね。
じゃあ外に行きましょう。」
アムルさんは立ち上がり先に行く。
「…ぼくお金払ってから行く。
だから先行ってて。」
「あ、分かりました。ご馳走様でした。」
「…ん。」
…
時間が早く薄暗い外。
人1人出歩かず、早い朝特有の肌寒さと
空気の匂いがする。
「…おまたせ。」
「お会計ありがとうシュヴァルツ君。
ではエクス君頼めますか?」
「分かりました。ゼウス来て!【summon】!」
顕現した魔導書から相棒を呼び出す。
『私を呼んだなマスター!おはよう!』
「おはようゼウス。
早速頼みたいんだけど…
僕達をお城の階段上まで連れてって!」
「ふむ…良かろう。
お主ら、マスターと手を繋げ。」
ゼウスの指示でシュヴァルツさんが僕の右手、
アムルさんが僕の左腕を握る。
アムルさんに抱きつかれてる。怖い。
『そらっ』
ゼウスが指を鳴らした刹那、僕の視界は城の入口を
捉えていた。
階段をショートカットしてくれた!
「ありがとうゼウス!」
『マスターの為だからな。』
「…ありがと。」
「ありがとうございますゼウスさまぁ。」
『…うむ。』
ゼウスに御礼を述べて中へ入るアムルさんと
シュヴァルツさん。
僕も慌てて後を追う。
会議の時に使った部屋ではなく、通ったことも無い
通路を通らされている。
凄い広くて綺麗…
ゲームじゃ通ったことなかったから新鮮…!
途中、ゼウスを魔導書に戻してくれとアムルさんに
言われたので戻ってもらった。
暫くするとアムルさんとシュヴァルツさんは足を止めた。
目の前には豪華な金細工があしらわれた黒い扉。
「アムル=オスクルム」
「…シュヴァルツ=ルージュ」
え、何?
何で名前言ってるの?
「ほら、エクス君もお名前を!」
「え!?
えっとエクス=アーシェ…?」
自分の名前が疑問形になってしまった。
急に言うのどうかと思う。
でも扉は勝手に開いた。どんなシステム?
「シルヴァレ君が音声認証システムを導入したのですわ。顔のデータと声のデータを照らし合わせて解除
出来るらしいの。凄いですわよねぇ。」
アムルさんの説明に流石以外の言葉が出てこない。
シルヴァレさん凄い。
「あ、エクス君おはよ。元気かい?」
中はまるでだだっ広い校長室だった。
目の前の赤茶色の木の机は側面に高そうだと思わせる彫りがあり、上に書類が山のように積まれていた。
そして椅子に座っていたおじさん…
ニフラムさんがヘラッとした笑みで手を振っていた。
「ニフラムさん!おはようございます。
身体は大丈夫です!」
「ん、良かった良かった。」
「ヨガミ=デイブレイク」
「シオン=ツキバミ」
!?
扉の向こう側から先生の声が…
入室して来たのもやはりヨガミ先生とシオン先生だった。
「エクス!」
「せんせー!」
嬉しくて思わず駆け寄る。
「体調はどうだ?」
「問題無いです!」
「それは良かった。
今回、一緒に頼むで。」
…ん?あれ、任務には確かスピルカ先生と
ヨガミ先生じゃなかったっけ。
「スピルカ君は神クラスの授業やってもらわなきゃだからシオン君に変わりを務めてもらおうとおもってね。おじさんうっかり。」
あ、そっか。
スピルカ先生まで任務だと神クラスの先生が居なくなっちゃうもんね。
「じゃ、改めて…
エクス=アーシェ
アムル=オスクルム
ヨガミ=デイブレイク
シオン=ツキバミ
シュヴァルツ=ルージュ
君達に任務を命ずる。
些細な事でも報告するように。
話は以上。」
大人達がニフラムさんに頭を下げたので僕も慌てて
下げた。ピリついた雰囲気に一変したと思ったらすぐにふにゃりとした雰囲気に戻り
「気をつけていってらっしゃいね。」
と手を振るニフラムさん。
やっぱ怖い人だ。
僕達は再びアムルさん、シュヴァルツさんを筆頭に
部屋を後にし城を出た。
「じゃあ参りましょうか。あの場所へ。」
アムルさんは魔導書から黒いレースの巨大なリボンが特徴的な箒を取り出した。
「え、箒で行くんですか?」
「何が起こるかわかりませんので。
もしワイバーンを連れてって消されでもしたら
困りますから。金銭的に。」
え、消される…?
それは怖いな…。そんな危ない場所が
ヨガミ先生とスピルカ先生の故郷…。
ちらりとヨガミ先生の様子を伺うと顔面蒼白で
今にも倒れそうな感じだった。
「よ、ヨガミ先生大丈夫ですか…?」
「…」
あれ、反応が無い。
「ヨガミ先生?」
再度声をかけるとヨガミ先生は弾かれたように
僕を見た。
「…あ!?わ、わりぃ何か言ったか?」
「え、えっと先生の顔色が悪そうで…」
「あ、あぁ大丈夫だ。わりぃな。」
ホントかな。
あ、ヨガミ先生の隣にシオン先生が。
「アーシェ早う箒をお出し。」
「あ、は……」
「アーシェ?」
そういえば…
「僕の箒…言う事聞かないんだった…。
あの、僕だけゼウスに連れてってもらって良いですか…。」
「目立ちますが…まぁ良いでしょう。」
「あざます…ゼウスまた来て!【summon】!」
『私を呼んだなマスター!
随分早い呼び出しだな。』
「ごめん…箒で移動ってなってさ…」
『あぁ、マスターの箒…神雷は暴れ馬の如しだからな。なるほど、代わりに私が連れていくと。』
「そういう事。」
『勿論良かろう。ほら、マスター。』
と腕を広げるゼウス。
首を傾げるとゼウスも傾げる。
『抱えた方が何かあった時に対処しやすいのだ。
だから、ほら。』
マジか…でも皆を待たせる訳にはいかないので
渋々ゼウスに抱えられる。
お姫様抱っこ…。
「っふふ!これで準備万端ですわね。
さぁ、行きましょうか。」
僕達は道が分からないのでアムルさんの後ろへ。
ゼウスは僕に顔を向けた。
『マスター、今回は何をするのだ?』
「僕の昨日の夢を調査せよってさ。
ヨガミ先生とスピルカ先生の故郷に行くの。」
『あぁ…成程。』
「まさか僕が見た夢の話でヴァルハラが動くとは
思わなかったよ。」
『ヴァルハラにそれほど重要だと思われたのだ。
アビスを潰す手掛かりになるやもしれぬとな。』
「だと…いいけどね。」
何だろう、凄く嫌な予感がする。
胸騒ぎがする。
それに夢が段々霞んできている。
前世の記憶と同じように維持できなくなっている。
「えーと確か…うん、此処を真っ直ぐで着きますわね。飛ばしましょうか。」
いきなりアムルさんが速度を上げた!
ゼウスも後に続いてくれる。
下は木々で溢れているけど早すぎて緑の絵の具を
伸ばしたようにしか見えないんだけど。
…
…五分くらい経っただろうか。
緑の絵の具、いや、木々が急に減り始めた。
しかも地面が白くなりつつある。
砂だろうか。
『これは…』
ゼウスも下を見て驚いている。
「急に木が減って地面…
というか砂になったよね。」
『段々と邪悪な気配が大きくなってきている。
この砂は変わり果てた木々だった物だろうな。』
「え、元々は木だったの?」
『あぁ。野原が続いていたのにも関わらず急に無くなり、砂と木の境目の人為的な痕が物語っている。
スキルを使わずとも分かってしまう。』
余程のことがあったんだな。
正直怖くなってきた。
『マスター、見ろ。』
「っ!!」
視界の先にあった物。
焼けて壊れたままの建物。
折れてボロボロな風車の羽根。
草木が1本もなく、真っ白になった砂の地面。
人が居たであろう痕跡は人が生きていた痕跡を無くしていた。
アムルさんはそこへ向かって高度を下げる。
喪われし郷…ここが…
ヨガミ先生とスピルカ先生の故郷…
だった場所…。
喪われし郷“編”と付くくらい長くなるかもしれません…。どうかエクス達を見守り下さい…!