第123話『森の中の赤ずきん』
前回のあらすじ
不気味な姿に変わってしまった祈りの森。
植物も魔物も死んでしまっているこの森に何処からか女の子の悲鳴が全員に聞こえたんだ。何で…?
…
朝。ゼウリス魔法学校教師である俺は眠気と戦いながら授業の用意を始める。
…ねんむ…。今日の授業1限目スピルカだしサボっていいか。
準備室には幸い机があるし寝るのには最適だがまずは一服を…
「デイブレイク!」
げ。この声は…
「シオン…。」
白黒頭でオッドアイの半分野郎がドアを開けて壁に凭れた。反射的に胸ポケットから取り出そうとした箱を人差し指で押して戻す。
「先生を付けろと何度言わせるんや。」
うるせぇー!!
「シオン=ツキバミせんせぇ…。」
「よし、本題やデイブレイク。
先程生徒に授業の時間割を告げに訪れた男子寮でヨシュア=アイスレインとレン=フォーダンが。少し遅れてエクス=アーシェ、
シャーロット=アルカディアが走って外へ行きました。」
「何だと?」
そんなの知らねぇぞ。
「表情からして只事ではないと思い止めませんでしたが何か聞いとらん?フォーダン以外は神クラスですよ。」
ヨシュアとレン、それにエクスとお嬢…その組み合わせは…
「っ!会議の時にユリウスとディアレスが選んだ面子だ…!」
急ぎズボンのポケットからデバイスを取り出して画面を見るとユリウスからメッセージが届いていた。
[祈りの森にて異変が起き、アビス達の仕業の可能性が高いため警戒していて下さい。
城の戦力も学校の教師の戦力も欠けさせたくない為、優秀な生徒さんをお借りします。
生徒を不安にさせないよう普段通りに振る舞いつつ、教師全員に知らせて下さい。]
「な…んだと…?」
エクス達を異変が起こった場所に連れてったのかあの眼鏡達は…!
「私はルージュと天使クラス2人に伝えてきます。アストレイは頼みました。」
「……あぁ、そっちもな。」
森の異変って何だ…アビス達が関わっている可能性が高いだって?つまり危険なんだろ?
そこにアイツらを連れていくなんて何考えてやがるヴァルハラの奴らは!
エクス達、全員無事じゃなきゃ許さねぇぞ!
昨日リンネが言っていた事はコレだったのか?
“今回の生徒は優秀な子ばかりだね。
僕なら頼っちゃうな。…ダメな大人だよ。”
「…チッ。【summon】アポロン!」
魔導書を顕現させて相棒を召喚する。
『はいはーい!
珍しいね授業前に呼ぶなんて。』
「アビス達を警戒する。
スピルカは何処だ。」
『アストライオスのマスターはぁ…廊下歩いてるっぽい!こっちだよ!』
コイツ喋らなきゃすげぇ奴なんだよな。
「あ、ちょっと待て。」
『どしたの?』
「これから気を張るから一服する。」
『えぇぇっ!?いまぁ!?』
…
僕達は女の子の悲鳴の正体を知るため走る。
すると猪の見た目をした魔物に襲われる寸前の赤ずきんの人影が見えた。
「見つけた!来いトール【summon】!」
ディアレスさんに応え雷が爆ぜるような轟音の後にオレンジ髪で、胸元に赤い菱形の宝石とその周りに大きくて綺麗な金細工が付いた白いノースリーブの服に黒と金の長い手袋を付けた裸足の人物が魔導書から出てきた。
雷神トール…こんな近くなのは初めてだ。
「赤ずきんを助けるぞ!」
『分かった。【雷神の鉄槌】』
言葉少ないトールは巨大なハンマーを顕現させ、雷を纏わせて…投げた。
…あんなに細い腕で投げた!!
見事魔物にヒットし、遠くへ吹っ飛んだのが見えた。
巨大なハンマーは役目を終え、ブーメランのように回転しながらトールの手に帰ってくる。コントロールも良いんだな…。凄い。
「そこのお嬢さん!」
ユリウスさんに続いて赤ずきんに駆け寄った。赤ずきんは肩を震わせ警戒する。大きさからして少女かな。小学校中学年くらいだ。
「ひっ!?だ、誰?!私美味しくないよ!!」
この子は僕みたいだな…自分で言いたかないけども。
ユリウスさんは膝をついて彼女と視線を合わせた。
「落ち着いて。私達はこの森の異変を解決すべく調査しにきたのです。」
「ちょーさ…?」
「はい。私の名前はユリウス=リチェルカ。
国家最高機関所属の者です。」
「こっかさいこう…きかん?」
ん?この反応…まさか知らないのか?
「なぁ赤ずきん。
お前は何故此処に居るんだ?」
ディアレスさんが聞くと赤ずきんちゃんは俯いてしまった。
「此処が私の家だから…!」
何だって?女の子が森で??
「家出してきたの?
親が心配してるんじゃない?」
レンの質問には首を横に振った。
「…心配なんてしてないもん。
私の事いらないって言ってたもん。」
「…」
全員言葉を失ってしまった。
そんな事ないなんて何も知らないクセに言えないし、酷いねと言ったって何も変わらない。
「じゃあ此処は貴女の大切な場所なのですね。」
突如シャル君が沈黙を破った。
赤ずきんちゃんはゆっくり頷いた。
「うん。…でも変になっちゃった。」
「オレ達が戻しますよ。」
「お姉ちゃあん…!」
シャル君にお姉ちゃんと言うと瞳に涙が潤みポロポロと零れてしまった。
シャル君は性別を言い直さずに赤ずきんちゃんを優しく抱き寄せた。
「辛いですね。大丈夫、任せて下さい。」
「森のみんなが、みんながしんじゃうよぉお…!」
「大丈夫、大丈夫です。」
恥ずかしい話、シャル君に任せ切りになってしまった。僕は何も言ってあげられなかった。
シャル君がずっと頭を撫で続けたおかげか泣き止んだ赤ずきんちゃん。
「落ち着きました?」
「…うん…。」
「ねぇ赤ずきんちゃん。」
今度はヨシュアが口を開いた。
「?」
「君は何で家出してきて此処に来たの?
家出にしては随分と遠いよね。」
確かに。此処は魔法学校から数十キロある森。
身なりからして城下町出身ぽいけど…城下町からだって数十キロあるはずだぞ。
「私を…捨てた場所だから。」
「え…?」
驚いて声を出してしまった。
「いらないって言われて…此処に連れてこられて…置いてけぼりにされたの。」
「…」
この子…とても辛い思いしていたんだな…。
「でもね、大きな光る狼さんが助けてくれたの!」
「大きな…光る狼さん?」
ヨシュアが聞き返すと赤ずきんちゃんは嬉しそうに頷く。
「水色に光る身体でね、頭から黄色に光る角がにょーんって生えてるの!優しいから皆ついていくの!」
あれ?それって…森の主では?
「木の実のご飯もくれたしいっぱい遊んでくれたの!でも遅くなると家に帰りなさいって顔を使って私を押すんだけどね、嫌って言うと切り株の寝る場所を作ってくれたの!」
嬉しそうだ。森の主、優しいなぁ。
だからこそこの子は…1人で何とかしようとしたんだ。
ユリウスさんが眼鏡を押し上げ赤ずきんに話しかけた。
「事情は分かりました。親御さんの事は私に任せて下さい。此処は危ないので一先ず家に…」
「やだ!!私のお家は此処だもん!!
それに今まで助けてくれたんだから…今度は私が助けたい!!」
「ですが魔法も使えないのに此処に居るのは危険です。それこそ狼さんが悲しんでしまいますよ。」
「やだやだ!!」
シャル君に抱きついて動かなくなっちゃった。羨ましい…じゃなくてちゃんと僕も言わないと…。
「あ、危ないよ。怪我しちゃうよ…。」
「おにーちゃんたちだってそうじゃん!!」
「う…」
治せると言ったら“じゃあ良いじゃん”と言われかねない…。
『良いんじゃないかしら。
連れて行ってあげましょうよ。』
「アルテミス…!」
赤ずきんちゃんを撫でるアルテミスはまた悲しそうな顔をする。
『目の前の人を助けられないのはとても辛いことよ。大切な人なほどね。』
ユリウスさんはディアレスさんと顔を見合わせる。
『でもね赤ずきんちゃん。私達の言う事をちゃんと守れる?』
「うん!めーわくにならないよう頑張ります!この辺なら案内出来るよ!」
アルテミスはその言葉を聞いて女神の微笑みを向ける。
『そう。…ただね、一つだけ。
子供に言うことじゃないのだけど…
現実は残酷よ。
良くない事も予想していてね。』
「…分かった。」
『だって!ラジエルのマスタぁ!』
アルテミスの眩しい笑顔に頭を抱えたユリウスさん。
「はぁ……分かりましたよ。
(ただでさえお守りだと言うのに…)」
「やったー!!」
守るのならゼウスを呼ぼうかな。
「来てゼウス。【summon】!」
魔導書から相棒が飛び出した。
『私を呼んだなマスター!』
「うん、呼んだ。」
するとゼウスは辺りを見回した。
『なんとおぞましい場所なのだ…。
気味が悪いぞ。』
『パパっ!!』
『ん?』
アルテミスがしーっ!と言うが時すでに遅し。
「き、気味悪くなんてないもん…本当は良いところだもん!!うぅ…ふぇええんっ!!」
あ、泣いちゃった!
「だ、大丈夫ですよ!ゼウス様もご理解していらっしゃいますから!よしよし…」
『最高神が人間の少女を泣かせるとはな。』
『うぐ…っ』
トールの呟きがゼウスに突き刺さったのが見えた。罪滅ぼしかゼウスは赤ずきんちゃんに近づく。
『お、お兄…いや、おじいちゃんに任せるが良い!この森を元に戻してやるさ!』
「…ほんと?」
『うむ、最高神の名にかけて遂行する!』
「さいこーしん…?すいこー…?」
「このおじいちゃんは凄い人なんだよ。
遂行って言うのは最後まで頑張るってことさ。」
レンが噛み砕いて伝えると分かったのか赤ずきんちゃんは笑顔になった。
「…絶対だよ!おじーちゃん!」
『うむっ任せるが良い!』
綺麗な顔のゼウスが言ったからとはいえよくおじいちゃんと言えたな…。僕だったら疑いにかかるぞ。
『マスター。』
「んっ何?ゼウス。」
『どうやらこの森を司っている者に異変があるようだな。』
「やっぱり?」
『あぁ。この奥に膨大なおぞましい魔力を感じる。そいつから経由されている魔力が土を通して植物に行き渡りこの瘴気を生み出している。』
森の主と言うだけあって凄いな。
森が綺麗なのは森の主の綺麗な魔力のおかげだったってことか。
『まずそいつの現状を確認するべきだ。
そうでないとこの森ごと…』
「ゼウス!」
森ごと消すしかないと言うつもりだろう!
また泣かせる気か!!
『むっすまぬ。しかし生憎だが万が一何かあった場合私にはこの残酷な選択肢しか無い。
ラジエルのマスターもトールのマスターも同じ考えだろう?』
ゼウスの視線を向けられた2人は居心地悪そうに目を伏せて頷いた。
もし森の主を救えなかったら…それしか無いのかな。森の主がいなくなっちゃっても森がこのままだったら…しょうがないと済ませられるのだろうか。
「何…?どうするの…?」
「この森を狼さんの代わりに支えてあげなきゃなって考えているんだって。」
ヨシュアの誤魔化しが上手くいったようで赤ずきんちゃんは寂しそうに頷いた。
「…。」
「さて、時間がありません。今度こそ会いに行きましょうか、森の主に。」
赤ずきんちゃんと手を繋いだシャル君。
アルテミスも地に足を付けもう一方の手を握ってあげた。赤ずきんちゃんは彼らに任せるべきだな。
「ゼウス様、主の居場所お分かりですか?」
『ふん、私を誰だと思っているのだラジエルのマスターよ。こちらだ。』
ゼウスを先頭に森の主と遭遇を目指そう。
…森の主は足音からして巨体だろう。
潰されて死なないよね、僕。