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巣窟の女神  作者: 氷室冬彦
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1 懸念と助力、光であれ

水晶と善丸がギルドにやってきたのは、それから二日後の朝のことだった。司令室のソファに腰掛け、水晶は物憂げな面持ちで目を伏せると、膝の上で細長い指を組む。


「――そうして午前に出かけたきり、雫希とフィストが帰ってこないのだ」


二人の正面にはギルド長の來坂礼らいさかれいとロワリア国の化身、ロア・ヴェスヘリー。窓際にはラウの領主でありロアの護衛も務めるジオ・ベルヴラッドが控えている。郁夜は全員分のコーヒーをテーブルに置いてからカップのひとつを窓際のジオに手渡すと、部屋の奥にあった古い折り畳みの椅子を持ってきて座った。礼が首をかしげる。


「帰ってこないったって、フィストも一緒なんだろ?」


「それでも帰ってこないから心配しているのさ。そんな状況じゃ最悪の事態が脳裏をよぎるのも仕方のないことだよ。君だってわからないわけじゃないだろう、礼」


礼の楽観的な気休めにロアが現実をぶつける。まあそうだね、と礼は素直にうなずいた。結局この男はなにが言いたかったのだろう。善丸が軽く上半身を乗り出した。


「それだけじゃないぜ。昨日の朝から二人を捜しに出かけた三ちゃんも、それっきり帰ってこないんだ。三ちゃん一人、しーちゃん一人ならそこまで心配しないけど、三人がそろいもそろって音信不通の行方不明だ。これはなにかあったと思って相談に来たんだよ」


「フィストのことは疑わないんだな」


郁夜の指摘を水晶は鼻で笑う。


「なにを疑う必要がある?」


「その状況からすると、まず真っ先にフィストが雫希をさらったと考えるのが妥当なところじゃないのか。そりゃ、まあ、俺たちはあいつとの付き合いも長いから、そんなはずがないと自信を持って言える。でも、俺たちとフィストの関係性を知っているとはいえ、お前たちはまだあいつとの付き合いが浅いのに、どうして疑わずにいられるんだ」


たった今も口にしたとおり、郁夜とて本気でフィストを疑っているわけではない。ただ、彼と出会って間もないはずの水晶たちが、なぜ彼を疑う言葉のひとつすら発しないのか。なぜよく知りもしない相手をそこまで信用し心配できるのか。その根拠が知りたいだけだ。水晶は郁夜の問いを笑い飛ばす。


「単純な話だ、フィストティリアは我らの友。信じる理由なぞそれで十分に足りる。そうだろう?」


「そんな綺麗ごとみたいな……」


「まあ……私は美しいからな……」


ふざけた返しに聞こえるが、水晶はいたって真剣だ。決してふざけているわけではない。郁夜がなんと返したものか口をつぐんでいると、水晶は少しの間をおいてからひと言続ける。


「美しいのだ」


「いや、だから……」


「私の話ではないぞ。いや、たしかに見てのとおり私はたいそう美しいのだが、今の発言にその意味を含んだつもりはなかった。いやはや、私が美しいばかりに紛らわしくてすまないな」


「水晶、今そういうのいいから」


善丸が短く非難する。郁夜のなんとも釈然としない胸中を察してか否か、水晶はかの鬼に対する信頼の理由を、より明確に言葉にしていく。


「フィスティは義理堅く性根の優しい男だ。善良でまっすぐで真っ白な心を持ち、それがゆえの危うさを秘めた儚い美しさがある。私はあれを美しいと思ったのだ。他人をたばかることはもちろん、人をかどわかすなど、できようはずもない。そも、雫希をさらうことであの男にどんな得がある? 財も名誉も不要。あれが求めるのは人との縁。孤独からの脱却のみ。仮に――」


水晶は人差し指を立てる。


「我々の知るフィストティリアの人畜無害な顔がすべて演技で、雫希をさらったのだとして。うちの三月は賢く理性的で、用意周到かつ几帳面な魔術師だ。相手が夢喰いの者であろうとも、そうそうおくれは取るまいよ」


「ま、水晶たちがフィストをそれだけ信じてるってのはわかったよ。フィストがそんなことしないのは俺もわかってるし。でもさ、逆に雫希がフィストをさらったってことも考えられるんじゃないか?」


礼が頓珍漢なことを言ってのけるので郁夜は耳を疑ったが、善丸は失念していたとでも言うようにはっとして考え込み、水晶も大真面目な表情で、ふむ、と腕を組んだ。


「……なるほど、そういうことか」


「フィーさんを疑うよりよっぽど現実的だ。そういうことならありえる。しーちゃん、ほしいものを手に入れるためなら手段選ばないし」


「おいおいおい……」


礼は自分が言い出したこととはいえ、なんのためらいもなく身内にかかった容疑を肯定する二人に思わず苦笑する。水晶がコーヒーカップを手に取って、カップのふちを指先でなぞった。


「精神干渉ならばいざ知らず、いくら三月でも雫希の毒までは防ぐ手立てがない。つい先日も雫希の飲みかけをそうとは知らずに飲んでしまって、毒が抜けるまで長いこと寝込んでいた」


「フィストより雫希のほうが信用ないのかよ。いや、むしろ別の意味での信用があるのか……」


「なに、冗談だ。まったくの絵空事でもないが……うむ、冗談を言っている場合ではなかったな」


「俺のはわりと冗談でもないけど。実際フィーさんのこと気に入ってるみたいだし」


「ともかく三人の身になにかが起きたのは間違いないだろう。フィストと雫希はスーリガより北の方角――すなわちフェルノヴァ国へ向かったはずだ。三月もそう言って二人を捜しに出た」


スーリガ、およびダウナの隣国であるフェルノヴァは、華やかで若々しく活気のある国だ。活気があって栄えていると言うならダウナもそうなのだが。雫希は日ごろから、ショッピングならダウナ、遊びに行くならフェルノヴァへ向かうらしい。フィストと出かけたその日も行き先はいつもどおりだった。善丸が補足する。


「うちの屋敷からフェルノヴァに行くには列車に乗るのが一番早いんだけど……フィーさんが一緒だから、どうかな、どの道を通ったんだろう。列車に乗ったんだとしても、あんまり長くは乗ってなかったんじゃないかと思う」


うーん、とロアがうなる。雫希たちが通ったと予測できる道筋を何通りか考えているらしい。


「スーリガからフェルノヴァまでだと列車でだいたい二十分。人間の足だと歩いて三時間程度といったところかな? 水晶の屋敷から林を抜けると市街地に出るから、そのあたりは外を歩くよりも列車に乗るほうが人目を避けられる。善丸の言うとおり長くは乗らなかっただろうね。屋敷の最寄から列車に乗って、国境を越える前に降りたと思うよ。列車が国境を超えるときは車掌が車内を巡回に来るから、フィストの格好じゃあ確実に身体検査を求められる」


ロアは続ける。


「スーリガとフェルノヴァの間には国境代わりの大きな森があるから、森の手前の町で降りて、徒歩でフェルノヴァに入ったんじゃないかな。なにかあったとすればそこくらいしかないよ。普通の人間の機動力なら森を抜けるまでに一時間ほどかかるし、雫希はたぶん悪路を歩く前提の靴なんて履いてなかっただろうから、もっとかかるはずだ。なにかのトラブルに遭遇するだけの時間は十分すぎるほどあるね」


「ロア、その森は道が複雑なのか」


郁夜が問う。ロアは頷いた。


「ああ。ラウの森や、うちとレスペルの間にある森とは違って、もっと鬱蒼と深まっていて暗いし広い。とはいえ列車もその森を通るわけだし、線路沿いに進めば道に迷うことはないよ。そうでなくてもフィストは森に慣れているから、まさか遭難して帰ってこられないわけじゃないはずだ」


「ロアさん、東大陸のことなのに詳しいね」


「そりゃあ私だって国の化身だからね、世界地図は地形の細かい部分まで把握しているさ」


礼が腕を組んで唇を尖らせる。


「うーん、フィストにも対処できないようなトラブルかあ……」


「考えてても仕方ないな。うちから出せる人材で人捜しといえば……礼、癒暗ゆあん夜黒よるくは手が空いているのか」


「や、残念ながら昨日の夜からセレイアのほうに向かってる。あと四日は帰ってこないよ。あ、でも探偵なら暇してるはずだぜ?」


「へえ、俺もあちこち調べるつもりだったけど、探偵がいるなら心強いな。じゃあ礼、一応は俺たちからの依頼ってことで頼んだよ」


「わかった、探偵にはすぐ伝えるよ」


「私もダウナやクリスタに声をかけてみよう。なにかわかることがあるかもしれない」


クリスタ、というのはフェルノヴァ国の化身であるクリスタ・トルフェリスのことだ。ここでダウナの名前が出たのは、本来スーリガ国はダウナ国の一部であった領地が独立したことで生まれた国であり、スーリガ国の化身であり領主でもある男が自国をほとんど留守にしているからだ。


かつての大戦の折にダウナはセレイアに敗北し、そこでダウナへの嫌がらせとしてスーリガはセレイア国へと連れ去られた。彼は大戦時代が終わった今でもなお解放されておらず――というのも、嫌がらせがまだ続いているというよりは、セレイアが完全にスーリガを帰すタイミングを見失ってしまっているだけだ。スーリガはスーリガでセレイア国でも不自由なく働いているし、ひどい扱いを受けているわけでもないので今は大した不満もないらしい。


ダウナとスーリガの二国ふたりは兄弟のような間柄で関係は良好。スーリガの独立自体、ダウナとの不仲による決別などではなく円満な話し合いの末に決定したことで、独立後もダウナはなにかとスーリガを気にかけて面倒を見ており、スーリガがセレイアに拉致されたあと、残された国土の管理もほとんどダウナがこなしていた。なのでスーリガ国が関係する事件ならば、国との物理的な距離がありすぎるスーリガ本人よりも、ダウナに声をかけるほうが迅速な対応を期待できるだろう。


ところで、行方知れずとなった三人の身になにがあったのかは依然として不明だが、もしもなにか大きな事件にでも巻き込まれているとすれば、一番の問題はフィストの存在だといえるだろう。フィストは自身の存在をおおやけにしたくはないだろうし、ならばギルドもその意思に沿う所存である。彼の身柄の秘匿についての相談もダウナなら快諾するだろう。ダウナ国の化身、ダウナ・リーリアはロアのことをいたく気に入っているので、ロアの頼みならばなんであれ断ることはない。水晶も同じことを懸念していたらしく、慎重な眼差しをロアに向けた。


「フィスティは己の姿を衆目に晒すことを良しとしないだろう。ダウナ・リーリアとクリスタ・トルフェリスは情報の隠匿についての協力を望める相手なのか?」


「ダウナを説得するのは簡単さ。それにクリスタは長い物には巻かれておくタイプだから、ダウナさえ首を縦に振れば渋々でも承諾するはずだ。大丈夫、そのあたりは私に任せてくれ」


水晶の心配にロアは余裕の笑みを返す。その少年のような顔立ちはどこか凛として力強い。彼女がたったひと言、大丈夫だと言うだけで根拠も理由もなく安心してしまう。水晶も表情をゆるめた。


「頼もしい限りだ」


「翡翠雫希とフィストティリア、ならびに不知火三月の捜索依頼――たしかに受諾した。礼、俺は探偵に話を通してくるから、待機中のギルド員のリストをまとめておいてくれ」


言いながら郁夜が司令室をあとにする。ロアも続いて立ち上がった。


「私は早速ダウナのほうに確認してくるよ。彼なら今日は自国じたくにいるはずだからね」


「わかった」


善丸が水晶に向き直る。


「俺は先にフェルノヴァを調べに行くから、水晶さんは屋敷に戻っててくれ。もしかしたら誰か帰ってくるかもしれないし」


「そうだな。善丸、くれぐれも気を付けるのだぞ」



*



フェルノヴァに続く森より手前の小さな町でしばらく聞き込みをおこなってみたが、これといってめぼしい情報は手に入らなかった。翡翠雫希とフィストティリアが列車を降りたと思われる駅では、たしかに二人の目撃証言を得られたのだが、それは事前の予測が当たったというだけで新しい情報ではない。


やや露出の高さが気になるものの身綺麗な格好をした黒髪の少女が、薄汚れたみすぼらしい長身の男をつれて歩く様子は傍から見ても異様なもので、駅員は雫希の写真をひと目見ただけでそのときのことを思い出したようだ。男は顎髭をなでながら当時の記憶を証言する。


「フードで顔を隠していて、こう、見るからに怪しげでね。その男が一人だったなら警戒して声のひとつもかけたでしょうけど、一緒にいた女の子のほうはニコニコ楽しそうで、まあ仲良さげに歩いていくもんだから、どこぞのお嬢さんと付き添いの召使いみたいなものなのかなと」


「あながち間違いでもなかろうな。その二人は……まあ、およそそのとおりの関係だ。それは二日前の午前十一時すぎのことで間違いないな?」


「ええ。駅を出てからはたしか、北のほうに行ったと思いますよ」


「それ以降、その二人の姿は?」


「見ていませんね」


「……なるほど。ところで話は変わるが、最近このあたりでなにか事故や事件は起きていないか?」


「事件、ですか?」


「噂話でもなんでも、些細なことでかまわん。なにか変わったことはなかったか」


「うーん……噂っていうかなんていうか。最近ちょっと妙というか、おや? って思ったことは一応ひとつあるんですけど」


「ほう?」


「あなた、探偵さんでしょ? よく報道紙とかに載ってる、毒舌で足癖が悪いって評判の」


「口が悪くて足癖も悪けりゃ評判も悪いときたか。近頃の記者は他人のことをよく見ているようで感心だ」


日に照らされて幻想的に輝く紅茶色の髪に、真実のみを見据える深く澄んだ青の瞳。傍らに顔の隠れた灰色の小人がつきまとう賢者。探偵は、ふん、と鼻を鳴らして片眉を吊り上げた。


「それで、妙だというのは?」


「ええ、まあその、こんなのは探偵さんにお話しするほどのことでもないんですが……」


駅員の男は一歩、探偵に詰め寄って声をひそめながら話す。


「このあたり、別にそれほど治安は悪くないし経済もまあまあ安定してますけどね。やっぱり町はずれとか、こう、路地裏とかね。物乞いとか孤児とか。家も職もないような……別に害はないんですが、そういう人たちもチラホラいまして」


「どこの国でも一定数はいるものだ。世知辛いことだが、それもまた仕方あるまい」


「ですよね。あ、で、……だったんですけど。最近なんとなくちょっと、そういう人たちの数が減ったような気がするんですよ。僕はこのあたりの者じゃないんで、あくまでそんな気がするってだけなんですが」


駅員は頭を掻く。


「いやまあ、ねえ、そういう不甲斐ない生活から抜け出せたんだってことなら、それはいいことだと思うんですが。そういえば駅の裏に住み着いていた連中も、いつの間にか見かけなくなったし……変わったことというか、僕が気になっただけなんですが、気付いたことといえばそれくらいですかね」


「ふむ。十分だ」


「ところで、なにかあったんですか? 人を捜しているようでしたけど、その人たちがなにか?」


「ただの迷子だ。なにも起きていないならそれでいい。協力感謝する」


手帳を開き、簡単にメモをとりながら駅舎を出る。しばらくはひと気の多い大きな通りを歩いていたが、あるとき脇道に逸れて薄暗い路地裏に足を踏み入れた。駅員の話にあったとおり、そこは子どもから老人まで、居場所を失った放浪者たちの住処になっているらしい。


湿っぽい汚れた地面に藁やボロ布を敷き詰めて心ばかりの防寒対策を施した脆弱な要塞にて、何人かは横になって眠っていたり、あるいは起き上がるだけの体力すら残っていないように見える者もいる。掃き溜めの片隅には、かびくさい土の上でうずくまるように寝そべって、苦しそうに咳き込んでいる子どもがいる。餓鬼のように痩せ細った者もいれば、まだ比較的綺麗な格好をした者もいるが、皆一様に表情は暗く空気は重くよどんでいる。この町における地獄がそこには広がっていた。


探偵は寿をつまみ上げると自分の肩に乗せ、放浪者たちの巣窟に入り込んだ。不健康に満ちた陰湿な路地に、こつこつと響く健康的な足音。顔を上げて訝しげに様子をうかがう者と、まったくの無関心な者とで周囲の反応が二分化される中、探偵は皆から少し離れたところでボロ布を羽織って座り込む少年に目を細めた。突如として現れた侵入者を警戒するように、ちらちらとこちらの動きを確認していた少年は、目が合うとびくりと怯えて顔を伏せる。探偵はかまわず少年の目の前に屈み、その青色の双眸で彼を覗き込んだ。


「聞きたいことがある。正直に答えれば悪いようにはせん」


少年は傷と泥で汚れた素足を隠すようにボロ布をまとった身体を抱き込んだ。探偵は小声だが、彼の声はよく通る。戸惑うばかりの少年に探偵は尋問を開始する。


「ここに住み着くようになってどれくらい経つ?」


「……に、ねん、くらい」


探偵の威圧感に押し流されるように、震える声で少年が答えた。怯えてはいるものの、きちんと口が利けるらしいことを確認した探偵は続ける。


「暮らしはどのように」


「道で、く、靴をみがいたり……掃除とかお手伝い、したり……た、食べ物、恵んでもらって……」


「他の仲間との交流は?」


「あ、う……ときどき」


「そうか。では、最近このあたりでなにか変わったことはなかったか?」


「……変わった、こと?」


「たとえば、少し前までこのあたりにいたはずの仲間の姿が消えた――というようなことは?」


具体的な指摘に少年は思わずといった様子で顔を上げた。が、すぐにうつむき、もじもじと足を擦り合わせてから、小さく頷く。


「お、お仕事、もらったって、言ってて……」


「仕事の斡旋か」


「僕も、声かけられて……でも、森でなにか、する? らしくて……お仕事もらえなかった人たちが、追いかけていって……」


「なぜ断った?」


「……こ、怖かった、から。他にも、断った人がいて、……きっと危ないことだから、やめておけ、って」


言いながら、少年はすぐ隣で横になっている男を見た。寝たふりをしながら探偵の動きを見張っている。おそらくその男が少年に忠告したのだ。互いの足がぶつかるほどの距離感に、それを気にもとめない態度から、この場所で少年がもっとも信頼している大人であること、そして男のほうも少年を気にかけていることが推測できる。


「まあ、お人好しな慈善団体ならいざ知らず、前もって業務内容の説明もなされていないことからも、まずまともな仕事ではあるまい。貴様もその男も断って正解だったろうな。仕事を引き受けた連中と、それを追った者たちは戻ってきたか?」


少年はかぶりを振る。探偵は腕を組んでため息をついた。


「仕事を紹介すると言ってきた人物の容姿などは覚えているか?」


「えっと……お、男の人で、白衣で……眼鏡の、おじさん」


「他になにか知っていることは?」


「なにも……あ」


「なんだ」


「あの、前に……靴磨き、してたとき。ひ、人がいなくなったって……話してるの、聞いた」


「行方不明者か。それはこの吹き溜ま――失敬、ここにいる者たちではなく?」


「ん……ちゃんと、普通の……おうちに住んでる人。出かけたまま、帰ってこないって」


「その者たちが森に入ったかどうか、わかるか?」


「……え、えっと」


少年が答えあぐねていると、隣でうずくまって寝ていた男がもそりと起き上がる。ガラガラに枯れた声をひそめて、土のついた前髪の隙間から濁った眼で探偵たちを見た。


「……薬屋の細君が森に薬草をとりに行ったきり。農家のじいさんが薪を取りに行ったきり。森の向こうの町に用があって出かけた若い男も、それっきりだ。数が少ないのと、まだ日が浅いってんで、まだたいした騒ぎにゃあなっていないようだがね」


「やはり事が起こったのは森の中か……」


「お、お兄さん、警備隊の人……?」


「私は探偵だ。人を捜しているのだが、どうやら思っていたよりも厄介なことに巻き込まれているようだ。協力感謝する。これは駄賃だ」


探偵は周囲から見えないよう手元を隠しながら、少年とかすれ声の男に紙幣を持たせた。それを受け取った男が素早く衣服のポケットにしまったので、少年も真似をしてすぐにボロ布の下に紙幣を隠す。


大通りに戻ってから探偵は再び手帳にメモをとり、寿を肩からおろす。その後は二人からの情報の裏をとりに、薬屋と農家などに行方不明者の話を尋ねて身許の特定を済ませた。たしかに近日中に森へ足を踏み入れたきり行方知れずとなっている住人が何人かいたようだ。肝心の雫希たちの情報もわずかだが得られた。


「町を調べてもこれ以上はなにも得られないだろう。あまり気は進まないが……やはり直接行ってたしかめる他ないか」


探偵は憂鬱そうにため息をつくと、森に続く街路を辿って北へ向かうのだった。

次回は明日、十三時に投稿します。

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