13 現に通じる奈落を下れ
三月の回復を待つために彼を座らせ、ひとまず全員が手近な瓦礫に腰掛ける。三月たちに朱雀を簡単に紹介したところで探偵が追いついた。大蛇のフロアに降りて来た彼は、泡を吹いて息絶えている大蛇を見て片眉をあげると、たいして興味なさげにフィストたちに向き直る。
「うまくいったようだな、ご苦労。朱雀の動きはどうだった」
「戦えないものだとばかり思っていたが、見事だったぞ」
「そうだな、三ちゃんの強化術を差し引いてもなかなかいい動きをするやつだ。しーちゃんが来たのも探偵の指示なんだって? 助かったよ」
「おおむね私の指示したとおりに動けたということか。どれほど正確であったかは実際に目にするまで評価できないが……結果から察するに及第点だな、どうやら想定以上に使えるらしい。……朱雀」
名前を呼ばれ、朱雀はびくりと肩を竦ませながら探偵を見上げた。しかし彼の怯えたような態度とは裏腹に、探偵に彼を叱咤するような様子はなく、むしろ口元には満足げな笑みを浮かべている。
「よくやった」
「……えっ、あ……」
そして、朱雀はその言葉におどろいたように目を見開き、わずかに遅れてはっとすると小さくうつむいた。
「は……はい。ありがとう、ございます……」
善丸は雫希に耳打ちする。
「指示って、まさかさっきの朱雀の身のこなしにまで探偵の指示があったってこと?」
「んー、あたしは水に唾液を混ぜてさっきの龍の口に入れろとしか言われてないけど、朱雀はたしかになんか超細かいことまで言われてたわ。下に降りるときはどのあたりに立って、どのタイミングでどうしろとか、他にもいろいろ」
「……そんなことまで?」
「翡翠雫希、あれは龍ではない。貴様は本物の龍を見たことがないのか」
「ないわよ。むしろどこで見れるのよ、そんなの」
むっとして頬を膨らませる雫希の頭上から声が降った。
「龍なら西大陸にいる」
見上げると、ジオが空中を浮遊しながらゆっくりと降りてくるところだった。
「なんの騒ぎだ」
「大蛇だよ大蛇。あたしら、交代で部屋の周辺を見回ったり、近くのまだ見てないところを調べたりしてたんだけど、ここに戻ってきたところで急にそのでっかいのが出てきたんだ」
「あたしたちは平気だったんだけど、みっちゃんが大怪我しちゃって。噛まれたみたいで毒もあるのよ」
「でも、なんかよくわからねえけど怪我のほうは大丈夫らしい。ただ毒は進行を遅らせてるだけでじわじわ効いてくるんだとよ。あんた神様ならどうにかなんねえの?」
「治癒と浄化は俺の領分じゃない。必要なら解毒剤を持ってくる」
「え、解毒剤とかあるの?」
「水晶の血でも飲ませればいい。ちょうど今はギルドにいる」
さらりと言ってのけるジオに、三月が苦虫を噛んだような顔で青ざめる。
「うげッ、やめろやめろ気色悪い! それなら毒が抜けるまで耐えるほうがマシだ!」
「……善丸、水晶の血は解毒剤になるのか?」
「ああ、フィーさんはまだ知らないっけ? 水晶さん自身の能力の影響でもあるんだけど、あの人はしーちゃんとは真逆の体質で、まあ体液が万能薬みたいなもんだから毒も消せるんだよ。たしかに一から解毒剤を作るよりは手っ取り早いけど、俺たちは試したことがない――っていうか試したくないよなあ」
「他人の血なんか舐められるか!」
「あと三ちゃんってちょっと神経質っていうか、軽く潔癖症っぽいとこあるから……それはそれとしてジオ、やけに大荷物だねえ?」
「カバンと物資、それから雫希に靴を借りてきた。使え」
「あら、ありがとう、助かるわ。……これって静來のスニーカーでしょ」
「なぜわかる」
「っぽいなーって思っただけよ」
「それで、水晶や礼たちはなんか言ってたか?」
「なにも……いや、探偵、例の件は手遅れだそうだ」
「……そうか、ならいい。いや、ああ……よくはないが、仕方がない」
探偵は疲れたようなため息をつくが、詮索が入る前に話を変える。
「朱雀、出口の位置は把握できているのか?」
「あ……はい。えっと、一番下の階に……昇降機があります。母様は……よくそれで外に……」
「そこ以外に出入り口は」
「わかりません……すみません」
「いや、我々が向かうべき場所がはっきりしたのだ。そこまでの道は覚えているか?」
「えっと……あまり」
「……そうか。いや、覚えていないならいい」
三月が眉をひそめる。
「探偵、その男がフィストが言ってた生存者だっていうことは聞いたが、そいつはなんなんだ」
「朱雀は男ではない。厳密には性別という概念そのものが欠落している存在であり、便宜上は彼と呼ぶよりないが、男と称するのは誤りだ」
「ええっ! 男じゃないの?」
声を上げた雫希がくるりと朱雀に向かい合ったかと思うと、無遠慮に彼の股間をわし掴みにする。その場の全員がぎょっとしたが、朱雀は動じることなく無反応だ。
「あっ、ほんとだ、ない!」
さっと立ち上がった三月が雫希の頭を叩いた。フィストが顔を青くする。
「さ、三……しずっ、いや、三月、まだ動かないほうがいい」
「いったーい! みっちゃんサイテー!」
「最低はどっちだクソビッチが」
「だって信じらんないじゃない! 背はあたしより高いし骨格も男っぽいし、声はちょっと高めだけど、女の子には見えないもの」
「だから無性別だって言ってるだろ」
「……話を進めていいか?」
「いいよいいよ、しーちゃんはひとまず無視して」
ごほん、と探偵が咳ばらいをして続ける。
「朱雀の証言によってこの施設についてのあらゆる事実が明らかになった。まず、この研究所は合成獣を製造するための研究施設――と我々は解釈していたが、それは半分正解で半分は間違いであった。この研究所の主の目的は、かつて喪った自分の娘をこの世に再現――造り出すことだ。合成獣たちはその過程で出来上がった失敗作にすぎない」
「娘の再現?」
「ああ。そして朱雀もその失敗サンプルのうちのひとつだった。最も成功に近い失敗例であったために、しばらくは所長のもとに留められ雑用などをさせられていたが、目的が達成されたことによって不要な存在となり牢に入れられたのだ」
赤兵は納得したように息をつく。
「なるほどねえ、元々はこの研究所の内部関係者だったから出口の場所も知ってると。聞いてる感じじゃ、本人は外に出たこともなさそうな雰囲気だけど……しっかしひどい話だ」
「つまり……外の森でカルセットや野生動物をほとんど見かけなかったのも、近隣の町や村で行方不明者が出ていたのも、その研究の材料にされていたからってことか」
「そういうことになる」
「けど、じゃあなんで俺たちは連れてこられたんだ? 既に目的のものが出来上がったんなら、もう追加の材料はいらないはずだろ。ここにいるのが全部失敗作ならわざわざ餌を与えて生かす理由もない」
「材料や餌とする以外に、なにか別の理由がある……ということだな」
考え込むフィストの隣でジオがぽつりとつぶやいた。
「供物か」
全員の視線がそちらに集まる。探偵は答えない代わりに朱雀に目を向けた。
「朱雀、貴様の母はなにかを信仰していた。そうだろう」
「はい……でも、詳しいことは、なにも……あ、でも……たしか、母様は……これからの目標が……」
「『鍵』を開けること」
朱雀の声と探偵の声が同時に同じ言葉をなぞる。三月と善丸、そしてフィストの表情が強張り、朱雀は目を丸くしている。
「――だと、言って……あの……」
「やはりそうか。まったくどこまでも面倒なことをしでかす連中だ」
「郁夜から一応それとなくは聞いたぜ。まさかこんなに早く関わることになるとはな」
「なるほど……それで供物ということか」
納得した様子の三月とフィストを交互に見ながら雫希が困惑する。
「なになに? なにがなるほどなの?」
「なんの話かわかんねえのはあたしだけじゃないみたいだな。おい探偵、ちゃんと説明しろよ」
「わかっている。しかし警備隊の上層部には既に話を通しているはずだが……ふん、こちらが確固たる証拠を提示するまでは組織内での情報共有すら渋るつもりか。愚かな」
探偵は小さく毒吐いてから、赤兵と雫希に例の鍵師についての説明をした。万物の根幹、すべての生命体が奥底に隠し持つ、開けてはならない禁断の箱。その『鍵』を開けることのできる権能を持つ光属性たる鍵師、アンロック。そして『鍵』を開け放たれたものの多くは異形に成り果て、異質な力を得るということ。
「鍵師、……アンロック?」
三月が真剣な面持ちで静かに邪神の名をつぶやいて考え込むが、探偵が説明を続けるとすぐに顔を上げて話を聞いた。
「己が信仰する神のため、欲望の核である箱を開けるための手助けをすることが、この研究所の新たな目的だ。バケモノの巣窟に人間を放り込み、極限状態に追い込む。精神的に追い詰められた人間はやがて理性が擦り切れていき、本能からの行動や思考が浮き彫りになる。それが狙いなのだ」
「つまり……常に死と隣り合わせな閉鎖空間に追いやることで精神に揺さぶりをかけ、理性と無意識の奥の奥に沈んでいた欲の本質を本能とともに呼び起こし、それが箱を開けるための足掛かりになると。そして開きかかった箱が表層意識にまで浮かび上がった人間こそが、邪神への供物――そういうことか、探偵」
「そうだ。場合によってはあの鍵師が手を加えずとも、ギリギリまで追い詰められた結果、自ら箱を開けてしまう者もいるだろう。現時点でどれだけの供物が捧げられたのかは不明だが、このままここを放置すれば犠牲者は増え続ける。それにパンドラを持つのは人間だけに限った話ではない。だからこそ、ただここを脱出するだけでは足りないのだ」
「あたしは頭が悪ィからよくわかんねえけど、とりあえず善良な一般市民が変態どもの食い物にされてるってことだよな? よぅし、ぶっ潰す」
「娘を亡くすまではここの所長もただの研究者の一人だったのだろう。もっとも精神が弱っていた時分にかの邪神と接触したばかりに道を踏み外し、結果として合成獣を造るための力を授かった。朱雀に宿った神性は神獣を材料にしたがゆえの遺伝的なものだが、そもそも材料に神獣を選んだ理由は……」
「んーと、信仰してたならリスペクトしてそうしたとか?」
「もしくは合成獣の弱みである短命を克服するためだな。一度喪った娘を二度も喪わずに済むように。光属性は総じて長寿であり、定命のものにとっては不死とも呼べる存在だ。厳密には不老でこそあれ不死ではないのだが、そういった特性を付与したい意図があって神獣を材料に組み込んだという線もある」
「つまり朱雀も神様ってことかい?」
「神と神獣と光属性は似て非なる存在だ。俗な言い方だが、この世における正式な神というのは守護神と……」
「と?」
「……いや。六柱の守護神だけだ。光属性は神に準ずる存在ではあるが、正確に神ではない。神ではない生き物が神に近い属性を持った存在、と言えばわかりやすいか」
「いや全然わかんねえけど」
「だろうな。……ふむ、いやなに、いわゆる出自の違いだ。正しく神と呼ぶべき神格――つまり守護神は、この世界が生まれる前からそこに在った最高神であり創造主と同義のもの。そして光属性はそれよりあとに誕生した、神に近い力を得た存在だ」
探偵の言葉はいつになく歯切れが悪い。慎重に言葉を選んでいるかのようだが、それは決して神話の知識に疎いからではない。三月が補足する。
「一説によると、最初に守護神から寵愛を受けた生物が光属性になり、そうやって一定数の光属性が誕生したことによって世界がその存在を認めたとかで、以降は神の関与がなくてもまれに光属性の生き物が産まれてくるようになったんだと。光属性の出自については諸説あるけど、今のところはこれが有力だな。つまり光属性は神様の劣化コピー版って感じだ。力の格はピンキリだけど、とてもじゃないが守護神とは比べ物にならない」
「あんたらなんでそんなこと知ってんだよ」
「貴様は創世神話を読んだことが……いや、風神ベルヴラッドを知らなかったのだから、読んでいるはずもないか。神獣は光属性を得た獣の総称だ」
「じゃあ光属性と神獣は一緒ってことなんじゃないのかよ?」
「神獣は光属性だが、光属性が神獣なのではない。龍や天馬、獣に近い姿をした光属性と、光属性のカルセットもここに分類される。神性を得た魔獣、ゆえに神獣ということだ。光属性は力の名であり、神性を有した生命体の総称であり、獣ではない下位神格を指す」
「下位の神格?」
「守護神と比較すればすべてが下位の存在だ」
「朱雀はどっちなんだ?」
「無性別で、人型で、……ってことは神獣ってわけじゃないような。いやでも無性別の神獣だって少なくはないはずだし……こいつの場合自我はどうなんだ? あーややこしい。光関係の説明はこれだから嫌なんだよ」
「なによそれ、どういうこと?」
「言ったろ、神格もピンキリなんだよ。獣だろうが人型だろうが、強い神格をまとったやつには性別や自我がない場合が多い。守護神にも本来は自我がないって話は覚えてるよな?」
善丸が頷く。
「でも朱雀の神性は消えそうなほど弱いんだろ?」
「問題はそこなんだよなあ。材料に使われた神獣がどういうやつなのか、そもそも神獣を材料にしたっていうのがどういう意味で、どうやって合成獣を造ってるのかがわからない以上、これ以上はっきりしたことはわからない。交配で生まれたんなら神獣だろうな。できんのか知らねえけど」
「光属性の生き物はその個体自体が不老であり、致命傷を受けるなどの外的要因によって命を落とさない限りは生存し続ける。ゆえに原則として繁殖を必要としない。強い神格であればあるほどその特性が顕著になり、繁殖の必要がないからこそ性別の概念もない。性別も交配も寿命ある生物にのみ与えられた、遺伝子を残すための手段なのだからな」
「えっ、じゃあエッチできないの? 性欲は?」
三月が雫希の頭を叩く。探偵は続ける。
「必要がない以上、もとより備わっていない。これに関しては国の化身にも同じことが言える。やつらは光属性の存在ではないものの、各個体で完結している存在だ。人間と同じ姿をとる手前、肉付きや骨格にこそ性差があるように見えるが、そこに確固たる性別はなく、なればこそ生殖器も性欲もない」
「なんだそりゃ、男っぽく見えても男じゃないし、女っぽく見えても女じゃないってこと? え、セレイアとかどう見ても普通に男だろあいつ」
「たしかに女型か男型かくらいの差はあるとも。当人たちの性格も肉体の型に引っ張られやすいが、あの外形はあくまで人間を基準としてなぞらえたものでしかないからな。セレイア・キルギスやセリナ・ウォールのような極端にどちらかの性に寄った容姿の者もいるが、国の化身には中性的な者も多い。ロア・ヴェスヘリーやセル・テルシャが最たる例だろう」
少年のような風貌の凛々しい少女と、麗しくも中性的な顔立ちの青年。あの容貌にはそういう理屈があるのだ。赤兵がなにかを思い出すように頭に手を当ててうなっている。
「そういやエレスビノとベアムの化身も初見じゃ男か女かわかりづらい見た目だったような……」
「生殖機能を持たない無性別の生物は、各個体が自己完結した存在であるがこそ種を存続させる必要がなく生殖機能を得なかった場合と、生物的な価値がないために種を残す手段を得ることができなかった場合とに分類される。国の化身や多くの神格は前者、……そして朱雀は後者だろう」
赤兵の眉がぴくりと動く。
「価値がないってあんた……」
「誤解するな、私が朱雀自身を価値のない生命だと断じているわけではない。これは生物学的な観点からの結論だ。神格云々とは関係なく、合成獣である朱雀は種を残す権利をはじめから剥奪されているのだ。自然界における合成獣、つまり雑種の生命体の多くが子を成せないようにな」
数秒の間。赤兵は釈然としない様子で頭を掻いた。
「……ま、そいつがヤれるヤれないは置いといて、だ。神獣とか無性別ってやつの仕組みはわかったよ。えー……そんで、あたしらがこれから目指すのは最下層ってことでいいのかい?」
「みたいだな。具体的にどうするかってのはともかく、流れとしては主犯を拘束したら少女を保護して脱出――ってところか」
「でも三ちゃん、他の生存者はどうする? 進むうちに見つかればいいけど、ここずいぶん広いみたいだし」
「本当にいるのかどうかもわからない生存者のために、上から下を端から端まで隅々見てまわるってのは、さすがに割に合わないな。俺たちは俺たちでさっさと主犯をおさえて脱出して、他の生存者の救助や合成獣の制圧については外の警備隊やダウナ兵に任せるべきだ」
「あたしは生存者をさがしに行くぜ。戦闘経験のある能力者なら救助が来るまで乗り切れるかもしれないけど、戦えない一般人がいる可能性だって高いわけだからな。救助が来るのを待ってたら助かる前に死んじまう。あんたらは先に下に向かって出口を確保しといてくれや」
腕に抱いた剣でとんとんと肩を叩く赤兵の言葉にフィストが難色を示す。
「待て、赤兵。気持ちはわかるが単独行動は危険だ。それに、ただやみくもに動きまわったところで結果が得られるとは限らないぞ。まっすぐ突き進むことばかりが常に正しいと思い込まないほうがいい」
「だったら先に合成獣の殲滅だ。片っ端から暴れまわって敵がいなくなってからゆっくりさがすさ」
「無謀だ。いくら腕がたつとはいえ、お前一人でこの所内すべての敵を相手取れると本気で思っているのか? それでは命がいくつあっても足りないぞ。あの大蛇のように強大な敵生体が他にもいる可能性があると、先ほどもそう話していただろう」
「今からあたしらが最下層に向かって、主犯を追い詰めて拘束して外に出て、森の外に待機してる部隊に中の事情を伝えて主犯の身許を引き渡して、救助隊の結成と準備と作戦会議と、それでようやく突入だ。救助がやってくるまでに、あとどれだけ時間がかかると思ってる? 今なら助けられるかもしれない誰かを見捨てて、あとから死体だけ回収しに来いってことか?」
「後先のことを考えずに突き進むべきではないと言っているんだ、お前のやり方では助けられるものも助けられないだろう。そんな手段をとるくらいなら、やはり一秒でも早く脱出を果たして外からの救助を呼ぶべきだ。お前のそれは正義ではなく蛮勇だぞ、冷静になれ」
獣の鋭い眼光がフィストを捉えた。
「おい、あたしに命令するんじゃねえよ」
三月がフィストと赤兵の間に割って入る。
「一般人の救助を優先したい赤兵の言い分もわかるが、今はフィストに賛成だ。まあ二手に分かれること自体は俺は反対じゃないけどな、でも策もなしに行動するべきじゃない。救助に向かうなら、ある程度の見通しを立てるべきだ」
「じゃあどうしろって?」
「監視カメラがあるだろ。あれがダミーじゃないなら、どこかにその映像を確認できる制御室があるはずだ。生存者と合成獣の数や位置がわかれば救助にも討伐にも無駄な時間はかからない。合成獣制圧のほうはあとでもいいんだし、カメラを確認して生存者の位置を確認するやつと、実際に救助にあたるやつとで連絡を取れば迅速に動ける。それが一番効率的だろ?」
「そういえばいろんなところにあるわね、カメラ。この部屋にはないけど……」
「朱雀、貴様の母は監視カメラの映像を常に確認しているのか?」
「え……いえ、母様は……見ていない、はずです」
「あら、じゃああれって偽物なの?」
「本物、です」
善丸が首をかしげた。
「ここって朱雀の母さん以外は誰もいないんだろ? 見てないならなんのためにあるんだよ」
「えっと……母様は、神のため、と……」
「例の邪神が供物の位置を確認するために、ってことか。俺たちは生存者の救助のためにカメラを利用しようとしてるけど、そいつは供物の回収のために使ってると。案外地道だな……って、まさかそいつって今もいるのか?」
「いない」
答えたのはジオだ。
「あんた、なんでそんなことわかんのさ?」
「離れた位置にいる神格――光属性の気配を察知できるのは、神格を得ている者、獣の勘を備えている者、神格に触れたことがある者、魔の境地に踏み入った者のどれかだ」
「バカに向かってなんだいそのむずかしい物言いは。まあでもなんだ、神様だからそれに近い気配とかもわかるってことでいいのかい?」
ジオは頷く。
「そういえば、そもそも探偵に朱雀とか神獣の気配があるって教えたのはジオだっけか」
思い出したように言う善丸に、ジオは怪訝な顔をする。探偵がため息をついた。
「貴様が寝ている間に風神が降りてきたのだ。覚えがないのも無理はない」
「いや、それは――」
ジオはますます不可解な顔をして探偵を見たが、それ以上はなにも問わないことに決めたらしい。風神の言っていたとおり、言いたいことを言わずに済ませがちな性格なのだろう。探偵が話を戻す。
「朱雀、制御室の場所は?」
「えっと……正確には、わかりません」
「おおまかにはわかるってこと?」
「はい……一番下、ではなかったと……たしか、下から……四階、くらいの……」
「ま、なんとなくでも知ってるだけマシさね。で、連絡手段は?」
「ギルドから支給された携帯端末がある。外部には通じなくなってるが、内部でのやりとりなら問題なさそうだ。つっても、俺のはさっきの戦いで粉々だけどな。善のは水浸しで使いものにならないし……」
「あの端末って防水じゃなかった? 一応ポケットに……あれ? ないな。湖で落としたのかもしれない」
「水で濡れた手で触ったり軽く雨に降られた程度なら大丈夫だけど、さすがに湖に沈めばオジャンだ。ギルドに戻ったら水没しても問題ない完全防水にできないか相談してみるか……探偵、お前のは大丈夫だよな?」
「ああ、問題ない」
探偵が懐から携帯端末を取り出す。善丸は紛失、三月の端末は破損、フィストと雫希は未所持。当然のこと赤兵もだ。三月は探偵の端末を受け取り、動作を確認する。ジオが黙って後ろ手にポケットを探り、自身の端末を差し出した。
「おっと助かるぜ。えーと……おいおい、お前らお互いの端末番号も交換してないのか? せめて連絡先くらい控えろよ……ったく。ん、これでよし。……あれ? ジオはどこ行ったんだ」
端末の操作を終えた三月が顔を上げると、ジオがいない。誰も気付いていなかったようで、全員が周囲を見回してみるが、やはりどこにもあの少年の姿はなかった。首をかしげながらも探偵にひと言断ってから彼の端末を自分のポケットに入れ、ジオの端末を赤兵に差し出す。赤兵が受け取ろうと手を伸ばしたところで、三月は一度だけその手を避けて念押しした。
「一般人を一人でも助けたい気持ちはもちろん理解できる。でもまずは自分たちが助からなきゃ意味がないんだ、一人で突っ走るなよ」
「あたしに指図すんな」
赤兵は三月の手から端末をひったくる。横暴な振る舞いだが、三月はとくに気に留めない様子だ。厄介な性格をした女の相手は既に雫希で慣れている。
「ひとまず制御室を目指す組と主犯確保の組に分かれるか。メンバー構成は……あー、どうする、探偵」
「制御室での伝達係は貴様が適任だが……毒を抱えた状態で満足に働けるか? 既に思考回路が鈍っているだろう」
「画面見て生存者の位置を把握して伝えるだけだろ? コンディションが落ちてるって言っても、それくらいなら問題ない」
「ならば不知火三月と赤兵隊員で連携して生存者の救助だ、そちらにはジオ・ベルヴラッドを同行させる。あれは朱雀よりも建物内部の構造を把握できているはずだ。なにより、赤兵隊員が指示を無視して予定外の行動をとった場合、救助の最中で道に迷った場合、合成獣に追い詰められた場合と、不知火三月が毒で倒れた場合、モニタリング中に襲撃された場合――あらゆるトラブルに対応できる」
「じゃ、探偵とフィーさんと俺としーちゃんと朱雀で出口の確保? ふへー、大丈夫かなあ。しーちゃんは制御室で三ちゃんと一緒にいたほうがいいんじゃない?」
「あたしはどっちでもいいわよ」
「毒くらって抵抗力落ちてるときに、毒の塊なんかと一緒にいられるかよ、マジで死ぬわ。だったらお前らのサポートにまわすほうがまだ使い道があるってもんだ」
それに今の三月では、雫希になにかあったときに守ってやれる確証もない。善丸が腕組みしながら息をついた。
「探偵としーちゃんには護衛がいるってことは、この人数じゃこうなるよな。今のところ、朱雀も戦えるならそっちとこっちの戦力もそこまで偏りすぎてるわけじゃないし、俺はそれでいいよ。フィーさんは?」
「そういうことなら俺も異論はない。だが赤兵だけで救助をまかないきれるのか? 仕方がないとわかってはいるが……」
「心配なんかクソの役にも立たねえんだよ。じゃ、制御室が見つかったらすぐ連絡しろよ」
「ちょ、おいおいおい待て待て、俺の話聞いてたか?」
「うるせえな、善は急げって言うだろ」
「急がば回れって言葉もある、急いては事を仕損じるともな。別行動は制御室を押さえてからだ」
諍いの続く三月と赤兵のうしろで、雫希が小さく声を上げた。なにげなく視線を横に向けたとき、先ほどから急に行方不明になったジオが隣に立っていたからだ。
「きゃ、びっくりした……どこ行ってたのよ、あんた」
ジオは無言だ。束の間の失踪の説明よりも、自分が席を外していた間にどう話が進んだのか、状況を把握することにリソースを割いているらしい。
「あたしはあんたらと会うまで一人でここを探索してたんだ。今からまた一人になったところでなんにも問題ねえだろ」
「問題なくあるか。今までが大丈夫だったからって、これからも大丈夫だとは限らない。俺が制御室に辿り着く前にお前が動けなくなるようなことがあったら計画倒れなんだよ」
「ふん、そこいらのバケモノごときにやられるほど、あたしはヤワな鍛え方してないよ」
「それでも肉体の構造は非能力者のものだ。その耐久力でどれだけやれる?」
「あんまりナメてかかってんじゃねえぞ。あたしには能力がないから弱いとでも? 非能力者だってあんたらと同じようにバケモノと戦えるし、努力次第じゃ能力者より強くなることだってできる。あたしがそれを証明してやるよ」
二人のやりとりを見かねたジオが間に割って入った。
「こいつは俺が見ている。お前たちは先に行け」
「制御室の位置は?」
ジオが荷物の中から折りたたまれた紙を出して三月に渡す。見てみると、それは昨夜のうちにジオと三月が二人で製作したこの研究所内の地図だった。最下層から数えて四階目のとあるフロアに印がつけてある。姿を消している間に朱雀の証言をもとに単独で転移して制御室を探し当ててきたということだ。一度の空間転移だけでも距離によっては膨大な魔力が必要になるというのに、この短時間で目的地を特定できたということは、何度も連続で転移を繰り返したはず。そんな無茶を苦にもせず、底なしと言っても過言ではない魔力を活かしての迅速なサポート。伊達に守護神の名を冠していない。三月はため息をついた。
「……しょうがない。じゃあそっちは任せるぞ」
次回は明日、十三時に投稿します。