『勇者』とは何か? それは只の職業です。
2話完結の短編になります。次話は今週中には投稿いたします。思い付きで書いた話ですが楽しんで頂ければ幸いですm(__)m
「何が『勇者』だ! こんなのただの奴隷じゃないかっ!」
クライス・ウェールズは叫ぶ。右手にトイレ清掃用ブラシ、左手に水の入ったバケツを持って。
クライス・ウェールズは『勇者』である。たとえトイレ清掃用ブラシと水の入ったバケツを持っていたとしても。
この世界の誰もが認めた、まごうことなき、『勇者』である。
『勇者』とは、古の時代に存在した英雄である。
嘗て、人類は存亡の危機に瀕していた。魔族が魔物を率いて、戦争を仕掛けてきたのだ。
人類側は全ての国が総力を結集して対抗するも、魔族は一人一人が強大な力を持ち、次第に防戦一方に追い込まれる。
屈強な戦士たちは勇敢にも魔族と戦い敗れ、村が、町が、都市が、領土が、国が次々と魔族の手に落ちていく。
最早、人類の敗北は免れないと、誰もが諦め、膝を突きかけた時、彼は現れた。
彼がどこから現れたのか誰も知らない。
彼が今まで、何処で何をしていたのか誰も知らない。
彼が何者なのか、誰も知らない。
しかし、彼は戦った。誰もが諦め、膝を突いたとしても、一人で戦った。
彼は強かった。誰も勝てなかった魔族を打ち倒し、魔族に奪われた村を、町を、都市を、領土を、国を、たった一人で戦い、取り戻したのだ。人々は歓喜した。
誰かが言った、
彼は英雄であると。
彼は人類の希望であると。
彼は『勇者』であると。
人々は立ち上がった。彼を一人で戦わせてはならないと。心奮わせ、もう一度戦おうと。
『勇者』を中心に、人類の快進撃は始まった。奪われた土地を次々と取り戻し、遂には魔族の領土まで攻め込んだ。
魔族の領土まで攻め込んだ『勇者』は、誰よりも勇敢に、誰よりも最前線で戦い続けた。
果敢に魔族へと挑み、敗北した仲間の屍を踏み越えて尚も、戦い続けた。
そして、遂に『勇者』は辿り着いた。魔族の王たる『魔王』の元へと。
『勇者』と『魔王』の戦いは苛烈を極めた。一日、二日、と時が経つも、どちらも戦い続けた。三日三晩過ぎた頃、とうとう『魔王』が膝を突き、倒れた。
『勇者』は『魔王』を打ち倒したのである。
とある国の王は『勇者』に言った。「我が娘を貰ってはくれぬか?」と。
別の国の王は言った。「大金の報酬と共に、我が国に来てはくれぬか?」と。
また別の国の王は言った。「我の代わりに国を治めてはくれぬか?」と。
『勇者』は言った。「女も金も権力も必要ない。名誉も栄誉もだ」と。
そして、『勇者』は人々の前から姿を消した。何一つ受け取ることはせずに。
人々は口々に彼を称賛した。
彼こそが真の英雄であると。
彼こそが、誰もが認める、真の『勇者』であると。
その後、『勇者』が人前に現れることは二度となかった。
クライス・ウェールズは勇者に憧れる。幼き頃、寝物語に母から聞いた勇者に。
「着いた。ようやく着いたんだ! 『勇者』が最初に現れた場所、バルガ王国王都にっ!」
高く聳える城壁を眺め、クライス・ウェールズは歓喜の雄叫びを上げる。周囲の視線など気にも留めず。
つい先日、成人を迎えたクライスは、幼い頃からの憧れである『勇者』になるために、故郷である田舎を飛び出し、一カ月の旅路を経て目的地へと到着する。
バルガ王国王都バルディッシュは、古代の英雄、伝説の『勇者』が最初に現れた地として有名である。最後に『勇者』が姿を現したのもこの地とされ、数々の逸話が数百年経った今も尚、残っている。
そして、世界で唯一この国の王だけが『勇者』を任命する権利を持つ。
とはいえ、クライスはどうすれば『勇者』になれるのかを知らない。困ったクライスは道行く人を捕まえては質問する。
「すいません、どうすれば『勇者』になれるんでしょうか?」
満面の笑顔で質問するクライスに、誰もが困惑の表情を浮かべ問い返す。
「あんた、本当に『勇者』なんかになりたいのかい?」
「はいっ! そのために田舎からでてきました!」
元気な声でしっかりと答えるクライス。『何も知らない可哀想な子』と、哀れむ目で見られていることに気付かずに。
「……そうかい。王城に行きな。『勇者』は王様に任命されればなれるんだよ」
「わかりました! ありがとうございます!」
こうしてクライスは王城へと向かい歩き出す。周囲の人々の視線には全く気付くことなく……。
その日、王城の門の前には三人の兵士がいた。門番の兵士たちだ。緊急時には二人がその対処を、残りの一人が王城内へと連絡に向かう手筈となっている。
「平和だね~。何か面白い事でもないもんかね~」
一人の兵士が呟く。それを聞いた残りの二人は言った。
「なんにも起こらねぇのが一番よ」
「そうだそうだ。何か起こった時に大変な目に会うのは俺達なんだから」
この後、すぐに訪れる少年がとんでもない事を言い出し、大変な目に会うということは、この時の兵士たちにはまだわからない。
王城へと辿り着いたクライスは、門番の兵士に話しかけた。
「こんにちは! 僕はクライス・ウェールズと言います。『勇者』になりたくて来ました!」
クライスの言葉を聞いた兵士たちは、目を見開き唖然とする。
有り得ない。どうしてこんな子が。なんと哀れな……。思いは様々、とにかく報告しなくてはと、一人は慌てて王城内へと走り、残りの二人は必死になってクライスの説得を始める。
「やめときな坊主! 『勇者』なんてなるもんじゃねー!」
「そうだそうだ。あんなの人のやることじゃねぇー、考え直すんだ坊主!」
「ええっ!?」
「そうだっ! 坊主! 兵士になれ! 兵士はいいぞ~。人の役に立てて、給料もいい。女にもモテる。最高の仕事だぞ!」
「そりゃあいい考えだ!おい坊主!お前さん兵士になれ!」
『勇者』になりたくて来たクライスに、兵士たちは口々に兵士になれと勧める。
しかし、クライスの目的はあくまでも『勇者』になること。兵士たちの説得に耳を傾けることはない。
「僕はっ!子供の頃からずっと……。ずっと『勇者』に憧れてたんです!『勇者』になれない人生なんて、それじゃ僕は生きてる意味がないっ!」
静まり返る兵士たち。と、その時。
「『勇者』になりてーってのは、お前か? 坊主」
「「兵士長!」」
兵士たちの後方に現れたのは中年の男、兵士たちの上司である。
「答えな坊主。『勇者』になりてーってのは、お前か?」
兵士長はクライスに問う。
「はいっ! クライス・ウェールズと申します!」
「……そうか。覚悟はできてるんだろうなぁ?」
再度、兵士長はクライスに問う。その様子は、顔の傷も相まって、ヤ〇ザ屋さんの親分が子分の覚悟を試しているようだ。
「はいっ! 勿論です!」
クライスは即答する。その場の雰囲気に飲まれることもなく、それ以外の道は有り得ないと心に決めて。
「……そうか。付いてこい」
兵士長は、クライスの覚悟が本物であると認めクライスを連れて王城内へと歩いていく。
「……あの、どこに向かってるんでしょうか?」
歩くこと数分。無言に耐えられなくなったクライスが兵士長に問い掛ける。
「謁見の間だ。『勇者』を任命できるのは国王陛下だけだ。だから、お前には陛下に謁見してもらう。今頃は陛下のもとにも話は伝わってるだろうからな」
「そうですか。……そうか! ようやくなれるんだ!『勇者』に」
「…………」
感極まった様子で喜ぶクライスを、兵士長は渋い顔でみやる。
「着いたぞ。ここだ」
謁見の間に到着した兵士長は、扉を警護した兵士に視線で開門を促す。
最初に兵士長が、続いてクライスが門を潜る。
謁見の間に足を踏み入れたクライスは、豪奢に装飾の施された部屋に圧倒される。
(うわぁ。なんて煌びやかなんだろう。ここが王様の住んでいるところかぁ)
クライスがキョロキョロと部屋を眺めている前では、兵士長が一段高くなった床の前で立ち止まり膝を突く。慌ててクライスは兵士長の真似をする。
「面を上げよ」
威厳のある声にクライスの緊張度合はがおうにも高まる。心臓の鼓動は速度を増し、呼吸は浅く早くなる。
声に従い顔を上げたクライスの前には、二人の年配の男。一人は椅子に腰掛け、もう一人は隣で立っている。
バルガ王国国王と宰相だ。
「其方か。『勇者』になりたいと申すものは」
「はいっ!クライス・ウェールズと申します!」
「問うぞ。本当に『勇者』になりたいのだな?」
「はいっ!」
「後悔はしないな?」
「はいっ!」
「……そうか」
王からの問いに、一切の躊躇なく答えるクライス。王は宰相と小声で何かを話し、頷き合う。そして……
「では、バルガ王国国王の名のもとに、クライス・ウェールズ。其方を『勇者』に任命するっ!」
「はいっ!誠心誠意、全力で頑張りますっ!」
こうしてクライスは『勇者』となった。百年振りの『勇者』誕生は一夜にして世界中へと伝わり、世界に激震を齎すこととなる。