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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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樹海


 何だかんだあったが、私たちは今合宿に向かっている。

 これから向かうのは山だ、当然泊まる所なんてない。

 一応安全に帰れる時間まで調査して、その後下山し一泊の後帰るという予定では話してあるが……果たして下山できるかどうか、帰れるのは何日後になるのやら。

 記憶に残ったあの場所に迷い込めば、数日間は野宿することになるだろう。

 そしてなにより、帰って来れる保証はどこにもない。

 そんな場所へと向かおうと言うのだ、当然車内の空気は重い……はずだった。


 「登山かぁ、何年ぶりだろうなぁ」


 「大げさに言うから疲れるんだよ、所詮山だ山。 他と変わんねぇって」


 「それは浬先生だけな気がしますけど……あ、ていうかこの辺りお蕎麦が美味しいらしいですよ? あと近くにはでっかいカツのお店も有名みたいです。 お昼その辺りにしませんか?」


 「あ、それ俺も聞いた事ある! なんか草鞋(わらじ)みたいにデカいカツが出てくるって話だよね? そもそもわらじってどれくらいデカいの? って話だけど。 草加ッち知ってる?」


 「草加先生朝ごはん食べてないって言ってましたよね? お稲荷さん作ってきたんですけど食べます? 結構自信作!」


 「お、マジか。 くれくれ、腹減ったわ」


 知ってるこの空気、修学旅行だ。

 おかしいな、危険度ダブルAだよ! みたいな話は散々した筈のメンツでさえ、なんかめっちゃ楽しそう。

 先生達に関してはいつも通りなのは仕方ないが。

 というかアレだ、椿先生の事を忘れていた。

 彼女が同行するという計画を、まるで立てていなかった。

 不味い、これは不味い。

 椿先生に関しては、弟以上にこの件に関わりない一般人だ。

 むしろ村人Aだ、話しかけたら「ここは〇〇の村です」って言っちゃうくらいな感じだ。

 しかも登場場所がラスボス一歩手前で登場しちゃった様な、そんな場違いの人間を連れてきてしまった。

 これは不味い、早急に計画の見直しを……

 なんて頭を抱えている私の肩に、ポンッと手を乗せてくる弟。

 優しい微笑みを溢しながら、彼は口を開いた。


 「こういう時くらいは楽しまないと。 暗い顔ばっかりしてるなら、もう一回デコピン行っとく?」


 「それは本当に止めてね? 俊」


 冗談だよ、と弟は笑っているがこっちにとっては死活問題だ。

 あの後、夏美が先生の元へ向かった後。

 私は俊に全てを話した。

 今まで黙っていた事の謝罪を織り交ぜながら、今起こっている事の全てを語って聞かせた。

 その結果。


 「じゃぁ僕も合宿参加させてね? 茜姉さんと姉さんの状況を、今まで知らなかった僕の気持ちを考えればそれくらい許可してくれるよね? 今ならデコピン一発で勘弁してあげるけど、僕を置いていくなんて言ったらげんこつ一発は覚悟してね?」


 そう言って笑う弟の目は、とてもとても冷たかった。

 デコピンの形に構えた右手はギチギチと妙な音を上げ、二の腕の筋肉は普段の倍くらい盛り上がっていた。

 めちゃくちゃ怒ってる、間違いない。

 こんな状態の俊にげんこつの一発でも貰って見ろ、首が無くなってしまう。

 出来ればどころか、絶対に避けなければいけない未来だ。

 とはいえ自分の姉の死因を隠され続けていたのだ、弟の気持ちは理解出来る。

 しかしお姉ちゃんの気持ちも理解して欲しい。

 危ない目には会わせたくない、普通に生きて欲しい。

 そう願う事が間違っているだろうか。

 だからこそ隠した、怪異という存在を、弟から遠ざけた。

 でも多分、間違っていたのだろう。

 ギリギリとおかしな音が鳴り響く折り曲げた中指を額に向けられた時、過去の自分を呪った。

 何故、こうなるまで放っておいたのだと。


 「じゃぁデコピン一発ね」


 「あ、あの……その……暴力的なのは、お姉ちゃん良くないと思うんだけど……ねぇ? 俊」


 「大丈夫、デコピンは暴力じゃない」


 瞬間、空気が弾けた。

 パァァン! という音と共に、身体が後方に弾き出され視線に星が舞った。

 気絶しなかった自分を褒めてやりたいぐらいだ。

 しかも、痛いどころでは済まなかった。

 そもそも痛いと訴える事さえ出来なかった。

 椅子から床に向けて吹っ飛び、視界に霧が掛かる所まで行った。

 いくら何でも容赦が無さすぎではないだろうか?

 そしてそんな私に対して、弟は言い放ったのだ。


 「確かに僕は”異能者”じゃない、それどころか”見る”事すら出来ない。 でも調子に乗った姉さんを指先一つで弾き飛ばせるくらいの力はあるよ? ”人魚”を足止めするくらいの実力はあるよ? あんまりナメないでくれるかな? 僕だって、その”烏天狗”を一発ぶん殴る権利はあると思うんだ」


 その時の俊の瞳には、涙が溜まっていた。

 あの顔を、私は今も忘れられない。

 そして弟のデコピンの威力も。


 「と、とりあえずどこかでご飯を食べてから行きましょうか。 せっかく来たんです、美味しい所にしましょう。 コンビニとかで済ませたらまたデコピンが来そうで……あ、いえ何でもないです」


 ニコニコ笑いながら、再び肩に手を置く弟に背筋が冷たくなる。

 こんな事になったのは、間違いなく先生のせいだ。

 恨みますよ、恨みますからね?

 何故ここまで改造してしまったんですか、純粋無垢で細めな俊はどこに行ったんですか。

 今や姉を指先一つで吹っ飛ばすとんでも生物になってしまったじゃないか。

 どうしてくれるんですか責任取ってください。


 なんて恨めしい視線を送れば、お稲荷さんをリスみたいに口に突っ込んだ先生が振り返った。


 「んあ? ふぉうしひゃんだくぉや?」


 「飲み込んでから喋れい、お馬鹿」


 そう言ってお茶を差し出すと先生は素直に受け取ったが、回りの反応は芳しくない。

 やけにジトッとした視線を向けられてしまった、特に夏美から。

 解せぬ。


 「もうこの際観光してから山に行ってもいい気がしてきました。 リア充は爆発したほうがいいです」


 予想外な鶴弥さんの迎撃に思わず目が点になったが、先生の「お? マジか!? 誰だよ彼氏彼女出来た奴は、教えろ教えろ」という発言に、皆して席に蹴りを入れてしまった。

 その後椿先生に怒られてしまったが、まあ仕方のない事だろう。

 どう考えたって茶化されたのが自分達だと気づく頃には、顔の熱が抜けなくなってしまった。

 全く前途多難な合宿もあったものだ、なんて事を思いながらひとり顔を俯けるのであった。


 ————


 食べた、すんごい食べた。

 何か店の前に人の列が出来ていたが、どうしてもカツが食べたいという草加先生の発言の元、どデカイカツを食べる事になった。

 おいしかったよ? 美味しかったけどね?

 量が凄かったんだ。

 申し訳ないが食べきれない分は、全て草加先生の胃袋の中に収めて貰った一向は、件の山の前に到着した。


 はっきり言おう、めっちゃ普通。

 今までの廃墟や病院の様な空気もなく、ただただ観光名所の登山口としてその口を開いていた。

 いつから私はそういうサークルに所属したんだと勘違いするほどに、とんでも普通だった。


 「えっと、ここで間違いないんだよね?」


 流石に不安になって巡に確認すると、固い顔で頷かれた。

 緊張が伝わる表情だが、彼女の向う側に御土産売り場が設置されているのが、どうにも乗り切れない。

 今までで最強の敵なんだよね? 私たちこれから命を落とすかもしれない戦いに挑むのよね?

 そのスタート地点の背景の中で、味噌ポテト売ってるのはどうかと思うんだ。

 ちょっと気になっちゃうじゃん、食べてみたい。

 なんて感想を抱きながら、苦笑いを浮かべて居ると巡が歩き出した。

 慌ててその隣に並べば、急に手を掴まれてしまった。


 「出来れば、近くに居てください。 いつ”迷界”に入るか分かりません」


 傍から見ても分かる程、巡の呼吸が荒い。

 今の状況だと何に怯えているのか分からない様な状況だが、それでも普通じゃない。

 ここは、そういう場所なんだ。


 「うん、大丈夫。 絶対離れないから」


 彼女の手を握り返し、改めて覚悟を決めたその瞬間。

 ”空の色が変わった”


 「な、何? こんな色の空ってあるの?」


 混乱気味に呟いた椿先生が、やけに慌てた様子で空を仰ぐ。


 「またアレか、日食か!」


 よく分からない発言をしてる草加先生も居るが、今は放っておいても大丈夫そうだ。

 私たちにとっては見覚えのある空の色。

 赤黒い不安を誘うその色は、”また来てしまった”という感想を抱かせる。

 振り返ればさっきのお店の人達は姿を消し、目の前には今まで見ていた光景と異なる木々が生え広がっている。

 まさに”樹海”。

 そう呼ぶにふさわしい禍々しい光景が、私たちの前には広がっていた。

 そして……


 『やっときたか……待ちわびたぞ?』


 そんな声がどこからか響いてくる。

 椿先生、草加先生、そして俊君は首を傾げるが。

 それ以外の部員には聞こえたらしく、全員顔が強張っていた。


 「さて、それでは」


 隣に経つ巡が一度深く息を吸ってから、やけに落ち着いた声を発した。


 「もしかしたら、これが最後の”活動”になるかもしれません。 そしてこの場、この時。 普通では理解出来ない事の一つや二つ起こる可能性も充分にあります。 なので、常に気を引き締めてください。 全員常に周りに注意を払って下さい、生きて帰り……いえ、出来るだけ早く終わらせて、さっさと帰りましょう」


 前を向いたまま、巡はそう言い放った。

 多分私たちに向けた言葉と、先生達に向けた”いい訳”の混じった言葉だったんだろう。

 でも私と繋いだ手は、今までにないくらいに震えていた。

 その手を強く握り返し、私は目の前の光景を睨んだ。


 「大丈夫、ただの登山だよ。 皆気を付けてね」


 ちょっと無理矢理だったかもしれないが、どうにか笑顔を作って振り返った。

 後ろに居た皆はそれぞれ違う反応を示したが、つるやんと天童君だけは不敵に笑っていた。


 「問題ないです、いつも通り終らせましょう」


 右手に音叉を準備したつるやんが笑う。


 「大丈夫、いつでも行けるよ。 こういう時の為に、日課を熟してきた訳だしね」


 荷物を背負い直してから、天童君が親指を立てる。


 「えっと、これ……大丈夫? 戻った方がよくない?」


 「怖かったらお一人で戻って頂いても結構ですよ?」


 「そ、それは嫌。 これでも教師ですから」


 何かを察したらしい椿先生が、へっぴり腰で巡の言葉に答えた。

 ちょっと意外だ、この光景を見れば逃げ出すかと思ったのに。

 彼女の中で、”教師”という存在は私の想像以上にと大きいのかもしれない。


 「俊は……」


 「聞く必要ある? 僕はどっかのクソ野郎を殴りに来ただけだよ」


 会話を聞いている限り、問題ないらしい。

 前の倍くらい殺気立っている気がするのは、どうか気のせいだと信じたいが。

 そして我らが顧問、草加先生はといえば……


 「すっげぇなぁ……樹海みたいじゃん。 近くにこんなスポットあったのかぁ……俺もまだまだだな。 こんなの突っこむしかないだろうが! オラ行くぞお前ら!」


 キラッキラした眼をしながら一番乗りで”迷界”に突っこんでいった。

 あぁ、これは心配ないわ。

 クスクスと笑いながら、彼の後を追う。

 もちろん巡の手を引きながら。


 「ホラ、行こう。 ここで終わりにしちゃえば、後は普通の高校生に戻るだけだよ」


 微笑みかけたその先には、苦笑いを溢した部長様の笑顔があった。


 「普通の高校生って。 今更そんなの分かりませんよ」


 彼女の言葉と共に、私たちは”迷界”に踏み込んだ。

 多分コレが初めてだ。

 背後には帰り道が用意されていたのに、私たちは自らの意思でその先へと踏み込んだのだ。

 今までは巻き込まれただけだった、状況に飲まれるだけだった。

 でも、今回は違う。

 『抗ってやる、絶対に』

 その思いと共に、私たちは”烏天狗”に喧嘩を売りに歩を進めた。


 日曜日です、何かが2倍のハッピーデイです。

 という訳で午後にもう一話更新します。

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