俺の夏休み
暇だ、実に暇だ。
久しぶりにこんな感想を持った気がする。
自室のソファーに深く身を預けながら、特にコレと言ってやることも無いのでゴロゴロしながらポータブルゲームとかやっちゃってる。
そう、これだよコレ。
昼間は外でいっぱい動いて、夜には暇だなんだと溢しながらゴロゴロする。
まさに夏、まさにお休み。
休みに入るまでは仕事だ合宿だと、何かと忙しかった。
それが今ではどうだ。
自由だ、圧倒的自由だ。
すんばらしい。
ちょっとばかり小学生の夏休みみたいだが、それもそれで悪くはない。
要は楽しめばいいのだ、休みなんて。
これで晩飯を作ってくれる奥さんの一人でも居れば完璧なんだが、生憎とそんなものは居ない。
この歳になってない物ねだりしても悲しくなるだけなので、おっさんは一人寂しくカップ麺でも……なんて思った所で玄関からチャイムの音が聞こえた。
誰だよこんな時間に。
「はいはーい」
ブツブツと文句を言いたい気持ちを抑えながら玄関を開けば、そこには予想外……でもないか。
椿がパンパンに膨らませたコンビニ袋を両手に抱えて立っていた。
「うっす、来たよー飲もうぜぇ?」
よく知った同僚が、酒を片手にアポ無し突入してきた。
こいつもこいつで、夏休みを満喫しているらしい。
青と白のグラデーションが映えるワンピースを風になびかせながら、年甲斐にもなく「来ちゃった」みたいな雰囲気を醸し出している。
「食い物は……」
「あるぜい、ほいよ」
なにこれ凄い。
頼んでもいないのに夕飯が届いた。
差し出される膨れた袋を俺に押し付けると、椿はズカズカと勝手に部屋に上がり込んで行った。
いや、まぁいいんですけどね。
「冷蔵庫に適当に入れちゃっていいよねー?」
勝手知ったるなんとやら。
慣れた様子で酒の缶を次々放り込んでいく様子を眺めながら、やれやれと肩を竦める。
ウチに来る女性陣は何故こうも無警戒なのだろうか。
普通さ、もっと色々ない?
一人暮らしの男の部屋ですよ、普通ズカズカ上がってこないでしょうに。
椿はもうなんか副担任になってから結構頻繁に飲みに来るし、黒家なんか前から遠慮なんかないし。
ていうかアイツ人のベッドに平気で転がるし、早瀬も何だかんだでちょこちょこ遊びに来てはゴロゴロ過ごしてるし。
なんだろうね、俺の想像してる貞操観念的なものはもう古いのかな。
皆男女混合で普通にワイワイやる時代なのかな。
ちょっとおじさんには理解出来ない、学生時代とか男友達と山と海で過ごしてた野生男子だったので。
「草加くーん? どしたー? ご飯食べないのー?」
もはやどっちの家なのか分からない。
玄関に突っ立ったままの俺を、椿が奥で手招きしてやがる。
いいや、もう。
考えるのを止めよう。
「ん、今行く。 つか半分払うぞ、いくらだ?」
「んじゃ今度奢ってよ、それでいいやー」
そう言って椿は酒を二本持って、勝手に俺の部屋へと向かっていく。
おかしいな……俺玄関にいるのに、あいつもう部屋行っちゃったよ。
まぁいいか。
そして話は変わるが椿の様な金銭の対応は嫌いじゃない。
いちいち割り勘にしたり、レジ前で個別に払う方が俺は嫌いだったりする。
とはいえ毎度聞いてしまうのはもう癖としか言えないのだろうが。
とりあえず彼女の後に続いて居間に戻り、適当に袋の中から食い物を並べていく。
「んじゃとりあえず乾杯ー」
「何に対してだよ」
苦笑いを浮かべながらお互いの缶を軽くぶつけ、今日も飲み会が開催された。
もう慣れたと言えば慣れたが、未だに違和感は覚える。
この仕事に就くまでは一人で過ごす事の方が圧倒的に多かったのだ。
それなのに教師になってから、黒家を始めどいつもこいつもウチに上がりこんでくる。
少し前までは考えられなかった事だろう。
だというのに、こういう環境が悪くないと思える俺が居る。
なんともまぁ、わからないもんだ。
「なにさ、辛気臭い顔して」
早くも酔っ払いテンションの椿が、目を細めて絡んできた。
こいつ酒弱いくせに飲むの好きよな。
合コンとか行ったら最初にお持ち帰りされるんじゃないのか?
「うんにゃ別に、お前含めどいつもこいつもよくこんな狭い部屋に来るなって思ってよ」
ハハッと軽い笑いを漏らしながら、ストロングなお酒を喉に流し込んでいく。
そういや椿も、毎回コレ買ってくるようになったな。
俺としてはありがたい限りだが。
「そりゃ草加君が居るからでしょ、何言ってんの」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ」
よく分からないが、まぁ嫌われていないなら良い事だろう。
こいつもそうだが、他の奴らもこんなおっさんの部屋に来て何が楽しいんだか。
彼氏の一人でも作ればいいモノを。
「っていうか煙草普通に吸っていいからね? 今は生徒居ない訳だし」
「え、何。 お前も気づいてたの?」
「匂いで気づくわ馬鹿」
プイッと顔を背ける椿に、そりゃ失礼っとだけ謝りつつ窓際に移動する。
しかし移動した矢先に胸倉を捕まれ、テーブルに戻されてしまった。
なんでやねん、お前が吸っていいっていったんじゃない。
「普段は普通に部屋の中で吸ってるでしょ? 窓も空いてるし換気扇も回ってる。 だったらココで吸えばいいじゃん」
「つってもなぁ……」
「二人で飲んでるのに、気を使って外に出たり窓際に移動したりする方が嫌なの。 男らしく目の前で吸え」
「あ、はい」
よく分からないが怒られてしまった。
んじゃ遠慮なく、とばかりに煙草に火を付け一息吸い込む。
その様子を隣で観察されていると、非常に吸いづらいモノがあるが。
「っていうかさ、草加君的に部員達はどうなの? 恋愛事情的な意味で」
「はぁ?」
急に話が変わって、思わず変な声を上げてしまったが、まあ酒の席なんてこんなもんかと一人で納得する。
他人様の恋愛事情に口出せる程、俺自身が経験豊富ではない訳だが。
どうせお互い酒が入った状態だ、気にする事は無いだろう。
ホレホレ早く話せとばかりに捲し立ててくるのはちょっと鬱陶しいが、まぁいいだろう。
「そうだなぁ、まず黒家」
「うんうん」
「あいつは多分、一番彼氏出来るの遅いタイプだと思う。 こんなおっさんに意味深な行動とるくらいだし、遊びが過ぎるな。 ただな、デカいんだよ」
「おいコラ結局ソコかよ、っていうか意味深な行動って何? ねぇねぇ何?」
「次に早瀬なぁ」
「ねぇ聞いて? 無視しないで?」
非情に食いついてくるが、敢えてスルーさせて頂く。
当然昼間の事を言ってる訳だが、椿に話す訳には絶対にいかないだろう。
もしも話して、こいつが学校で口の一つでも滑らせてみろ。
一発で停職もんだ、いや公務員じゃないからこう言う場合普通にクビか?
それだけはおっかないので嫌です。
「俺が思うに、あいつが一番同世代にはモテると思うんだ」
「ほうほう。 まぁ普通に可愛いしねぇ、彼女。 性格も部員の中じゃダントツに接しやすいだろうし」
「そして何よりアイツの作る飯は旨い」
「それを知る事が出来るのは極一部だと思うなぁ……」
ていうか早瀬は何故浮いた話が出てこないのか謎だ。
授業の後なんかに見た限りでは、結構アイツの周りには人が居る。
男女問わず楽しそうに話すその姿は、傍から見れば立派なリア充だ。
ここ最近で随分変わったもんだと感心する一方、明らかに”そういう”態度を示す男子達を、天然という武器で躱していく彼女に「まてまてまて」と言いたくなった事も少なからずある。
もう少しその鈍感さがどうにかなれば、最初に春が来る気がするんだがなぁ……勿体ない。
「草加君が今考えてる事当ててあげようか? 早瀬さんは色恋沙汰に鈍感だとか、勿体ないとか思ってるでしょう?」
「お前はエスパーか何かか?」
「アンタが分かりやすいだけでしょ。 っていうかソレ、他の子達の前で言ったら総ツッコミ受けるから絶対言わないほうが良いよ?」
どこをどう突っこみ要素があるのか知らんが、とりあえず注意しておこう。
やれやれと肩を竦めた椿にはちょっとイラッと来るが、もういい次だ次。
「あとは鶴弥だが……」
「だが?」
「お前鶴弥のクラス担任だったよな? 普段ってどんな感じなんだ?」
唐突な質問に思考が追い付かなかったのか、しばらくポカンと呆けた後に首を傾げ暫く考え込む椿。
普段の鶴弥を思い出そうとしているというよりも、俺の質問にどんな意味があるのか探ってるような眼差しを向けてくる。
他意なんぞないので出来れば普通に答えて頂きたかった。
やはりおっさんという生き物は常に疑われる存在の様だ、泣きそう。
「別に普通だけど……仲のいい何人かで喋ってる感じ? どっちかっていうとおとなしいけど」
「だと思ったよ……」
「え、何どういう事? 草加君鶴弥さん狙いなの?」
「待て待て待て、なんでそうなる。 俺はおっぱい星人だ」
「それはそれで死ね」
誤解を解こうとしたら罵倒されてしまったのだが、何故だ。
そもそも黒家や早瀬だってまだ子供、というか俺にとっちゃ若すぎると感じるのだ。
だというのに鶴弥となると……ちょっとボクロリコンじゃないですって言いたくなってしまう。
本人に言ったら絶対蹴る殴るといった暴行を加えられそうだが。
「まぁアレだ、多分きっかけがあれば早瀬の次にモテるのはアイツだ」
「そう? ちょっと近寄りがたい雰囲気っていうのかな? そういうのがあって、男子とか余計近づかなそうだけど」
わかってない、分かってないよ椿さんや。
男だって一種類じゃないのだ。
俺みたいな適当なヤツも居れば、黒家弟の様に真面目な奴だっている。
そして、アイツに寄ってきそうなのは……
「言い方は悪いが、お前のクラスにもオタク系って居るだろ? ゲーム好きな感じの奴ら。 そういう奴らに鶴弥が趣味を暴露したら、多分速攻人が集まってくる」
「そうなの? 鶴弥さんの趣味って聞いたこと無かったけど、草加君は知ってるんだ?」
おいおい勘弁してくれよクラス担任だろぉ? みたいな顔しながらニヤニヤしたら、どうやら思考を読まれたらしく、無言で殴られた。
解せぬ……事はないか、わかるわ。
「あいつは超ド級のゲーマーだよ。 しかも男が好みそうなタイトルばっかやってる。 俺も結構ゲーム好きだが、あいつと対戦して勝った事がねぇ。 お前だってアイツんちの合宿の後、俺と一緒にゲームしてたの見たろ?」
「は? え? それは流石に嘘でしょ? あの時は鶴弥さん隣で見てただけじゃん」
「バ〇オは一人プレイが基本だからなぁ……」
彼氏彼女がどうとかっていう話だった筈だが、それよりも鶴弥の趣味が意外だったご様子の椿は未だ混乱気味だ。
まぁ見てくれだけなら確かに信じられんわな、黙ってれば良いとこのお嬢様っぽい雰囲気あるしアイツ。
「まぁそんな訳で、趣味が合うと分かれば男は寄ってくるんじゃねぇかなって思ってな。 ほら、言うじゃん。 サークルの嫁ってヤツだ、多分あんな感じなる」
「姫な姫、嫁じゃないよ。 なんで団体固有名称に嫁がなきゃならんのか。 って言っても彼女、そういうの嫌がるんじゃない? チヤホヤされたりやけに物貰ったりとか自ら拒否しそうだけど」
「え、アイツ結構したたかだぞ? 飯は奢りなら絶対来るし、ネトゲのイベントでは俺の事容赦なく使うし……」
「だからそれは人によるんじゃないかなぁと……」
ため息を溢しながら、話しの途中で酒のおかわりを準備しに行った椿が戻ってきた。
ほいよ、とストロングおかわりを受け渡されたので遠慮なく頂く。
っていうか飯食ってねぇじゃん飯。
「聞きたい事とは違ったけど、まぁ草加君がどう思ってるのかは大体分かったかなぁ……」
「おいまだ天童がいるだろ天童が、忘れてやるなよ」
袋から適当に食い物を取り出してムシャムシャしているおっさんに、椿は再びため息を吐いた。
今回は解せぬ。
部員の恋愛事情だろ? それこそ天童が一番面白そうなのに、修羅場的な意味で。
だというのに、聞いて来た当の本人は興味がないご様子。
やはり分からん。
普段から天童は女子に人気が高いらしい、そんなあいつがウチの部活に入り浸っていて他の女子たちがヤキモキしない訳が無い。
超楽しいじゃん、ドラマやら映画みたいで楽しいじゃん。
聞こうよ、そしてお前の知ってる事も教えろよ。
「まぁそこは、草加君が私の質問の意図を理解してなかったっていう分かりやすい例として、よく考えるといいよ」
やれやれといった雰囲気で肩を竦めてみせる椿が、妙に上級者気取りでちょっとアレだぞ?
ちゃんと言葉にはしないが面倒くさいぞ?
なんて事を話していたら、玄関から再びチャイムの音が響いた。
またかよ、誰だよ。
なんて思いながら腰を上げれば、一度では満足できなかったらしい来客は、あろうことかチャイムを連打し始めた。
ピピピピピピンポーン! みたいな音がけたたましく響き渡り、はいはーい! と大声で返事を返しながら玄関まで走った。
マジで誰だよ、こんな時間にチャイム連打するとか頭大丈夫か?
相変わらず鳴り響くピンポンサウンドに苛立ちながら扉を開ければ、そこにはまた随分と予想外な人物が。
「草加先生! ちゅっちゅされに来ました!」
「貴様は何を言っとるんだね?」
思わず扉を閉めようかと思ったその時、扉の隙間から滑り込む様に侵入した彼女は俺の足をはらい、床に押し倒された。
早瀬、お前こんなキャラだっけ?
つい先ほどまで話しの話題に上がっていた人物が、話の内容と全く違う行動を取ってるんだが、どうすればいいだろう。
っていうかコイツ軽く護身術教えただけなのに、もうこんな事出来るのか。
若い子の成長は早えなぁ……なんて思っていると、今度は廊下の奥から低い声が聞こえてくる。
「草加くーん? これはどういうことかなぁ?」
とんでもない笑顔の椿が、廊下の先から顔を出していた。
ヤバい、目が笑ってない。
そのままゆらゆらと近寄ってくる姿は、さながらホラー映画を彷彿とさせる。
いつぞやの鶴弥みたいだ。
「あれ……なんで椿先生と二人っきりで? 草加先生何してたんですか? 昼間巡と色々しちゃったって聞いてココまで来たんですけど、今度は椿先生ですか? 何してたか聞いてもいいですか? ねぇ、草加先生……」
あ、ヤバイ、危険なのがもう一匹いた。
こっちも目がアレな感じだよ、何なんだよお前ら。
「へぇ、黒家さんとねぇ? ちょっと私も詳しく聞きたいかなぁ……」
「ねぇ草加先生、この状況の説明を、ホラ早く」
今更かもしれないが言っておこう。
俺はホラーは苦手だ。
物理的に攻撃の効きそうなゾンビとかは大丈夫だけど、幽霊とか苦手だ。
信じてないけど、居たら絶対コワイ。
あとあれ、ヤンデレってカテゴリー。
包丁とか持って迫ってきたら、絶対どうしていいか分かんなくなるヤツだ。
しかも相手が女の子ってだけで質が悪い、ごり押しで取り押さえる事も出来ないじゃないか。
超コワイ。
そして苦手なツートップな感じの見た目を醸し出した二人が、今まさに急速接近中だ。
というか一方には取り押さえられている。
不味いとかいうレベルではない。
あと数秒後には前髪ばっさーってなってる椿も到着して、怖い感じの二人に見下ろされるのだ。
とてもじゃないがご遠慮したい、チビってしまったらどうしてくれるんだ。
そんな俺の脳細胞に、一筋の光が差した。
微かな光だったが、これで絶対切り抜けられる。
話題を変えられると確信して、心の中で黒家にお礼を述べた。
「昼間の話か、あぁソレな! アレだってさアレ! 今度また合宿やるんだってさ! なんか本人は重要だーって言ってたから、お前らもちゃんと準備しておけよ!?」
効果は抜群だ、これで話しは変わったに違いない。
何たってオカ研部員とその副顧問だ。
この話に飛びつかない筈が——
「「 ふんっ! 」」
腹に拳が、顔面に足裏がめり込んだ。
何故だ、俺は悪くないのに……
ちくしょう黒家め、お前なんかに感謝した俺が馬鹿みたいじゃないか。
ちなみに足を振り上げた椿からは、紫色の何かが見えた。
お待たせしました、次から怪異パートです。
評価、ブクマ等して頂ければうれしいです。
番外編として、黒家姉の物語も上げていますので、興味があればそちらも読んで頂ければ幸いです。
でも、感想やレビューの方がもぉっと好きです!(引っ越し屋さんCM風
っていえば、誰か書いてくれるって偉い人が言ってたの。





