夏の夜 5
年中無休って書いた次の日にお休み頂きました。 困ったぜ。
淡々と語る巡。
そりゃもう端から端まで話してくれた。
普通なら隅から隅までと言うべきであろうが、思った事、感じた事まで話してくれたその内容は、もう隅っこどころか端っこのその先端まで話してくれた様な内容だった。
草加先生のお母さんから聞いた内容から、巡の経験した過去まで。
つるやんと天童君は途中から顔を青くしながら聞いていたが、その気持ちもわかる。
とてもじゃないが聞いていて気分の良い物ではなかったのだから。
「じゃあ巡を引き込んだ、その”烏天狗”は少なくとも目の前で2人は殺してる訳だ……」
「そうですね、そう言う事になります。 言っている素振りから、2人どころじゃないでしょうけど」
いつも通りの口調で語る巡だったが、その拳は強く握られていた。
最初こそ諦めた様子で語り始めたが、今では無表情の中に、強い憎しみが込められているのが分かる。
メールで書かれていた通り、今回はレベルが違うみたいだ。
「ですので、今回ばかりは無理強いはしません。 普通に命に関わってきますし、何より私の都合です。 なので断って頂いても——」
「——そういう御託はいいよ。 いつも通り指示を出して、私達を使いなよ」
ハハッと諦めた様に笑う彼女に思わずイラッと来て、言葉を遮ってしまった。
だけど、これでいいんだ。
私たちは前からこういう関係なんだから。
「本気ですか? コレばかりは私も皆さんにも命の保障がありません。 聞いていてわかったと思いますけど、相手は”草加家の呪い”の集合体みたいな相手です。 今回ばかりは先生が居ても……」
「くどいよ、さっきも聞いた」
私の言葉に、少しだけ巡が怯んだのが分かった。
まるで助けを求める様に、彼女の視線はつるやんと天童君へと向かう。
「私も早瀬先輩の意見に賛成です。 そんなモノが居ると分かっては、ゆっくり眠る事もできませんし」
「確かに”オカ研”の目的とは違うかもねぇ、でもそれって鶴弥ちゃんの時の何も変わんないっしょ? 部員が困ってるから助ける、それでいいじゃん? 俺にとっては日課とそう変わんないよ」
二人とも、余裕の笑みで答えた。
そうだ、これがウチの部活なのだ。
巡が想像しているであろう以上に、なんやかんやこの部員たちは団結力が強いのだ。
どうだ参ったかとばかりにドヤ顔を決めて見せれば、当の本人は俯いてこっちを見ていなかった。
「なんでですか? 訳が分からないです。 これは私個人の問題で、私は貴女達を利用しようとしていたんですよ? 昔は先生だけ連れて、二人で行く事だって考えていました。 でも私の『感覚』は”アイツ”の呪いそのもの、何が起こるか分からない。 だから皆さんの様な存在を探して成功率を高めようとした。 私は皆を道具の様に思って集めた人間ですよ? 何故そこまでするんですか?」
肩を震わせて、まさに責めてくれとでも言わんばかりに彼女は言い放つ。
確かにそうだろう、彼女は私たちを利用するために集めた。
だから? それがどうした?
そんなもん最初から分かっていた事だろうに。
「だから何なの? そんなの皆そうだよ。 自分の力だけじゃ解決出来ない、だから他の人の力を借りようとした。 それのどこが悪いの? ……天童君だけは別かもしれないけど、チートだし」
「止めよう!? 今そういう話止めよう!? 俺チートじゃないから、全部中途半端な”人タン”だから!」
いつぞやの本人が否定した異名を晒しながら、天童君が必死に両手を振っている。
やっぱり、こういう空気には彼が必要だ。
なんとも頼もしい、一家に一台必要な存在だ。
「それでもです、私に掛けられた呪いは今までの怪異とは何もかも違う。 私と同じように呪われる可能性だってあるんですよ? 先生の『腕』だって効果があるかどうか、あったとしてもその前に彼が、誰かが命を落とす可能性だって……」
「だからさ、今までとどこが違うの? 私と巡が最初に出会った『上位種』は? 巡の中で草加先生は、刃物を持った相手を確実に制圧できる人物だって自信が最初からあったの? 迷界に入って、それでも彼が迎えに来てくれる自信はあった?」
「それは……」
「その後もそうだよ。 あんな大蛇を前にして、普通の人ならどうすると思う? 彼なら立ち向かえるって自信を持って言えた? その後の人魚もそうだよね、草加先生は海の中でも『上位種』に立ち向かえるって分かってて、皆の安全を確保した上で合宿に向かった?」
「…………」
無言という肯定。
当然だ、こんなの意地の悪い質問でしかない。
全部を予想する事なんて、誰にも出来ないのだから。
異能で”予知”なんてモノがあれば別かもしれないが、生憎そんなものを持っている部員はこの場にいない。
だからこその問答、これがその答えだ。
「違うよね? 今までだって同じだよ。 私たちはその場であるモノを全部使って、何とか生き延びてきた。 勝つことが確定してた事なんて、一度もなかったんだよ」
「だとしても、今回の相手は……」
「だからこそ言うよ、”全部”使おう? 私達を使えばいいよ。 それにすぐ協力してくれる子が、もう一人いるよね? 今までの感じからすると、まだ言ってないんでしょう?」
「……っ! でも、それは!」
「巡の気持ちは分かるよ? ”普通”に生きて欲しい、私たちの様にはならないでほしい。 でもさ、姉弟を一度奪われてるのに……この夏、茜さんが居なくなった同じ日に、もう一人のお姉さんまで居なくなったら、多分耐えられないよ? なんで自分は何もできなかったんだって、一生悔やむことになるよ? 巡はそれでもいいの?」
はっきり言おう、これは私の傲慢だ。
それでも言わずには居られなかった。
黒家俊。
彼に”異能”はない。
そしてそれ以前に”見える人”ですらない。
だったとしても、彼は努力している。
何のために? 決まっている、自分の家族を守る為だ。
その能力は既に”上位種”と渡り合える、とまでは言わないが。
時間を稼ぐ事は出来るレベルなのだ、そんな事部員の皆や”素”の私だって絶対出来ない。
それでも、彼はやってのけた。
巡でさえ『上位種』の意図に嵌り、私たちは翻弄されてばかりだった相手に対して、彼は肉体と心だけで立ち向かったのだ。
それだけの偉業を成し遂げた彼の心を無視していいのか?
私にはとてもじゃないが、黙って死地に向かう様な真似は出来ない。
だからこそ、私の”我儘”を彼女に押し付けた。
「綺麗事を言えば、彼にも知る権利がある。 本音を言っちゃえば、彼が居るだけでも多少なり戦力は変わる。 前回で証明されてるじゃん、”見えなくたって”俊君は戦えるんだって」
私の一言に、巡は眉を顰めながら俯いた。
まあそうだろう、普通そうだ。
巻き込みたくない、普通に生きて欲しい。
そう願った最愛の弟を、私は戦場に導こうとしている。
でも、お互いに相手の意見は理解出来ている。
だからこそ判断に苦しむのは巡だ。
私は今、巡にとても苦しい選択を迫っているのだろう。
私にもっと力があれば、”自分達だけで大丈夫、絶対帰って来れる”。
なんて台詞が吐けるんだろう。
でも、無理だ。
彼女から聞かされた相手の内容は、とてもじゃないがこれまでとは違う。
絶対に帰って来れる保証なんかない。
しかも、失敗した場合に死が確定している巡。
そうなった場合、私たちは俊君になんて言えば良い?
多分、無意識的にその逃げ道を作ったんだろう。
なんとも、私はずるい人間だ。
思わず乾いた笑いが漏れてしまう程に、自分が自分で嫌になる。
それでもやるしかないんだ。
皆で生き残れる道を選ぶなら、出し惜しみするべきではない。
「貴女は……酷い人です」
「うん、そうだね」
ポツリと呟いた巡の言葉に、反射的に返事を返した。
「私の気持ちも分かっているはずなのに、それでも弟を巻き込もうとする。 最悪の事態、全滅なんて事があったら……ホントにどうするんですか?」
「命を掛けてでも、俊君は守るよ。 でも、もしもの時は……知らないより知った上で、自分の判断でやった事だって言ってる方が、俊君らしいかなって。 それに私たちを死なせない様に指示を出すのも、巡の仕事でしょ?」
結局しまらない感じになってしまったが、まあ仕方ないだろう。
もちろん守るつもりでは居るが、絶対じゃない。
前だってむしろ私が助けてもらった訳だし。
「本当に……行き当たりばっかりというか、いい加減な人ですね。 結局不安要素消えてない上に、最後は本人の責任って言ってる様なモノじゃないですか。 そんなだから海の中で酸素分けてもらう羽目になるんですよ」
「今その話はいいんじゃないかな!?」
「え、ちょっとその話詳しく」
無表情で肩をガシッと掴んできたつるやんが怖い。
別に大したことじゃないよ!? なんていい訳をしながら後ずさろうとも、彼女は無表情のまま顔を寄せてくる。
「本当に大した事じゃありませんよ鶴弥さん。 海に溺れた時に夏美が弟から、ちょっとお口同士をくっ付けながら酸素を頂戴したみたいです」
「ふぁっ!?」
「緊急事態! 緊急事態だっただけだから! それに巡だって草加先生に人工呼吸されてたじゃん! あれと一緒で医療行為? だよ! ノーカンだよ!」
こいつ……さっきまでしおらしい態度を取っていたと言うのに、もうこれだよ。
相変わらず切り替え早すぎるだろうに、どういう脳内構造してるんだろうコイツ。
なんて思っている内に、つるやんがフラフラと立ち上がった。
どこか遠くを見るような視線を彷徨わせたまま、リビングの入り口へと向かっていく。
「つるやーん? どうしたのかなー?」
「ちょっと酸素が足りないので俊君に貰ってきます」
「凄い肉食系な発言だよつるやん!? 落ち着いて! 酸素周りにいっぱいあるから!」
ぼけーっとしたままのつるやんを抑え込みながら、再び席につかせる。
残った二人は面白いモノでも見ているかの様にケラケラ笑ってやがりますが、お前らも少しは手伝いなさいよ。
放置したらどんな事になっていたか。
なんて事を考えていると、リビングの扉が開き俊君が顔を出した。
「えっと、何か凄い声が聞こえて来たけど大丈夫? 姉さんテンション上がりすぎた?」
「ちょっと待ちなさい俊。 なんで私が叫んだことになってるんですか」
どうやら騒がしかったようだ。
いやまぁうん騒がしいよね、主に私が。
すみませんでした。
「いや、昼間の事もあるし、まだテンション高いのかなって」
「あ、ちょ、俊。 まちなさ——」
「——ん? 昼間何かあったの?」
巡の言葉を被せる様に封殺してしまったが、まぁどうでもいい。
彼女がテンション上がっちゃう出来事があったのなら是非とも聞きたい所だ。
「昼間先生がいらっしゃってたんですけど、ウチのヘタレ姉がついに接吻をかましまして、それからニヤニヤニヤニヤと一向に平常心に戻らなか——」
「——あああ! あああぁぁぁぁ!」
真っ赤な顔で奇声を上げる巡と言うのも珍しいが、それどころじゃないな、うん。
今なんて? 接吻をかました? で、誰に? んん?
にょきにょきと頭から狐の耳が生えてくる。
「巡……? 本当なのかなぁ? 草加先生とちゅっちゅしちゃったのかなぁ……?」
「あ、いや……その……」
見た事もない真っ赤な顔で、フイッと顔を反らした巡だったが、ソレ答え言ってるようなもんだよね?
そういうことなんだよね?
「嘘だああぁぁぁぁ!」
今度は別の方向から奇声が上がり、天童君がテーブルに頭をゴンゴンしている。
更に別の方向ではつるやんが俊君に「酸素を下さい」なんて訳の分からない事言って困らせている。
カオスだ、まさにおかしな空間が出来上がった。
とりあえずアレだ、私のやる事は一つだ。
「よし、ちょっと草加先生の所に行ってくるね!」
「ちょっと待った! 貴女何するつもりですか!」
巡の制止を振り切り、玄関に向かって走る。
勢いよく扉を開いて、その勢いのまま夜の街へと飛び出した。
「ちょっと草加先生にちゅっちゅしてもらいに行ってくる! 俊君に説明はよろしく!」
「ちょ、コラまてケモミミ娘ー! コラー!」
それだけ叫んで、私は建物を屋上を渡りながら草加先生のアパート目掛けてひた走った。
背後から聞こえた、巡の絶叫を無視しながら。





