夏の夜 4
昼間の興奮も冷めぬまま、気づけば夜になっていた。
先生を含めた3人で食事を終え、彼は今しがた帰ったばかり。
何故か妙に現実感が薄いが、フワフワした気持ちが収まらない。
全く、最後の決戦前だと言うのに何をやっているんだろう私は。
「ふぅ……」
一度頭を冷やしてから、部員達にメールを送る。
相変わらず堅っ苦しい文章しか作れないが、まあいいだろう。
後は皆がどういう反応を示すか。
今まで夏美にさえ話してこなかった過去を、目的を、全員に打ち明けなければいけない。
正直気が重い。
例え話を聞いた上で一緒に来てくれるとしても、もしくは離れていくにしても。
どちらにしたって、あまり良い気分にはならないだろう。
私は皆に一緒に居て欲しいと願っている、だから離れていってほしくはない。
でも今回の合宿の連れて行けば、私個人の都合で皆を”利用する”事になる。
これからやろうとしている事は、普段の活動の様に”自分の生活”を守る為のモノではない。
ただただ私の都合に巻き込み、全員を危険に晒す事に他ならないのだ。
昔の私だったら気にも留めなかっただろう。
あるものは全て使って、利用できる人間は利用する。
そうしないと、私は生き残れなかったのだから。
だというのに、今更になって怖気づいている。
何とも弱くなったものだ。
今では満足に『感覚』も使えず、偉そうに指示を飛ばすだけ。
前回の合宿なんか、私は誰よりも先に”上位種”に捕まってしまった。
戦力的な意味でも、現状一番の足手まといは私だ。
「これじゃ……部長失格ですね」
ベッドに寝転がって、瞼の上に腕を乗せる。
何が”異能者”を集めるだ、何が”誰でも利用する”だ。
今の状況じゃ、頭を下げて助けてくれと懇願するようなモノじゃないか。
どうしてここまで、私には力が無いのか。
考えれば考えるほどマイナスの思考に陥り、自分が嫌になってくる。
いっその事、このまま私一人が犠牲になれば……
なんて思った所で、枕元に転がしたスマホが騒がしく唸る。
重たい瞼を少しだけ開いて覗き込めば、数件のメールの表示。
誰かもう返事を寄越したんだろうか? なんとも律儀というか、気の早い事だ。
私だったら悩んだ末、半日くらいは放置してしまいそうな内容だと思うんだが……
特に何も考えず内容を確認しようとメールと開くと、そこには——
”文章の最後に何で名前入れたの? ねぇねぇなんで?”
イラッ。
”名前は表示されてますから、最後に入れなくても良いと思いますよ?”
イライラッ!
そこなの? ねぇ今言う事そこなの?
コイツら内容に一切触れてないし、いつかの先生みたいな事言ってるし。
まぁ確かに、「そう言えば前にもやらかしたのに、何でまた名前入れたんだろう?」なんて疑問に思ってしまった私も居るが。
やってしまったものは仕方ない、出来ればスルーして欲しかった。
そしてもう一件。
”ごめん黒家さん。 俺には止められなかった、後から合流します”
天童さんは一体何を謝っているんだろう、そして合流ってなに?
彼が誰かと間違って送ったモノかと疑ったが、私の名前が入ってるし多分送り間違いではないのだろう。
本当になんだ?
首を傾げていると、夏美から電話が来た。
なんだお前、メールは数分以内に返さないと電話しちゃうタイプか?
嫌われるぞそういうの、注意しておこう。
「もしもし、夏美――」
『私夏美さん、今アパートの前に居るの』
「あ、そう」
とりあえず切った。
通話切られる前にこっちから切ってやった。
そして再び鳴り響く着信音。
「もしもし、今度は階段ですか? それとも玄関前ですか?」
『私夏美さん、今窓の外にいるの』
「そっち!?」
慌ててカーテンを開けば、窓の外で手を振るケモミミ娘と鶴弥さんの姿が。
とりあえずカーテンを閉めた。
『私夏美さん、お願い開けて……』
「切実な願いになりましたね……」
ため息をついてから再びカーテンの隙間から覗き込むと、そこに二人の姿がない。
あれ、あの子達どこいったの。
再び着信音が鳴る。
「ちょっと夏美どこいったんですか?」
『私夏美さん、今俊君の部屋に居るの』
「何ちゃっかり弟の部屋の窓から入れて貰ってるんですか!」
『つるやん忘れてきちゃったの』
「本当になにやってるんですか貴女は!」
急いでカーテンを開けてみれば、ベランダとも呼べない狭いスペースの端に、鶴弥さんが膝を抱えて座っていた。
さっきチラ見した時に見えなかったのはこのせいか……
「放置されました」
「はい、色々すみません。 私といい夏美といい」
とりあえず鶴弥さんを部屋の中へ招き入れ、再びスマホを耳に当てる。
文句の一つでも言ってから、さっさとこっちの部屋に……
『天童君が来たみたいだから、玄関までお迎え行ってくるー』
「貴女ちょっと馴染みすぎじゃないですかね!?」
おかしいな、さっきまで結構真面目な事考えてた筈だったんだけど……
いつの間にか暗い気持ちはどこかへ吹っ飛び、いつも通りのため息が漏れた。
ホント、調子狂うなぁ……っていうか急に集まったなこの子達。
多分合宿の件で集まったのだろうが、ここまで早くなるとは思わなかった。
どうしたものか、とりあえずお茶の準備でもしながら考える事にしよう。
今一度ため息を溢しながら、私は鶴弥さんを連れてリビングへと移動したのだった。
途中で「俊君の部屋……」という呟きが後ろから聞こえた気がしたが、今は気にしないでおこう。
――――
「さて、それでは真面目な話といきましょう」
「生クリームついてますよ。 誰の真似か知りませんけどまず身なりを整えてからにしてください」
キリッとした顔を向けた夏美は、慌てて口元を拭う。
なにやってるんだろうこの子は。
「間違いなく黒家先輩の真似ですね、腕を組んでテーブルに乗せる辺りとか特に」
「あーぽいぽい。 結構似てた」
「……勘弁してください二人とも」
早くも帰りたくなってきた。
いや、ここ私の家なんですけども。
「さて、それでは改めて。 真面目な話――」
「――お茶のおかわり持ってきましたぁ」
「…………」
締まらない、とんでもなく締まらない。
真面目な顔した夏美の後ろから、今度は弟がエンカウント。
きっと彼女はこういう星の元に生れたんだろう。
「それじゃぁ僕は部屋にいますんで、ミーティング終わったら声掛けてください」
気を使ったらしい俊が、早々に部屋から退散していく。
パタンッと扉が閉まると、やけに気まずい沈黙だけが残る。
現在我が家のリビング、かつてここまで空気が冷えた事があったであろうか。
「なんで! 私は真面目なキャラになれないの!? なんで!」
「ホラ、諦めずもう一回くらいやれば何とかなるかもしれませんよ? ホラ、ファイト」
「……では、気を取り直して。 話を――」
――クチュンッ! と可愛らしい小さなくしゃみが鳴り響く。
思わず視線を向ければ、鶴弥さんが気まずそうに視線を反らした。
隣の天童君は黙ってティッシュ箱を鶴弥さんの方へ寄せてるし、もうグダグダである。
「すみません、他意はないんですよ? ただこう、生理現象なもので……さっきから鼻がなんかむずむずしてまして」
「ベランダ最近掃除してませんでしたからね、すみません。 埃っぽかったですよね」
悲しい空気の中、静かに会話が進んでいく。
肝心な夏美を置き去りにして。
「あぁぁもう! いいよ! 普通に話すよ!」
「最初からそうすればいいのに……」
ついに諦めた夏美は、若干頬を染めながら悔しそうに腕を振っている。
きっと彼女には真面目な雰囲気は似合わないんだよ、仕方ないよ。
うんうんと一人納得して頷いていると、夏美からジトッとした眼差しを向けられてしまった。
私は悪くない。
「とにかく、合宿の話。 事前に説明をーって言ってたじゃん? その話をしようよ。 まぁこっちからも巡に言っておかないといけない事があるんだけど」
まぁそういう話になりますよね、なんて納得しかけたが、なんだろう夏美からも話す事って。
もしかして話を聞く前からお断り宣言でも受けてしまうのかと警戒したが、どうやらそういう雰囲気でもないらしい。
申し訳なさそうというか、どう話したらいいのか迷っているような様子だ。
とにかく話を聞こうと黙って待っていれば、彼女の口からは信じられない言葉が発せられた。
「ごめん、もっと早くに言うべきだったんだけど……私たち、巡のお姉さん。 茜さんに会った」
「……は?」
夏美の言っている意味が、最初は分からなかった。
先生のお母さんと話している時に、姉が居る事、黒家茜という人物であるという事、そして彼女はもう死んでいる事くらいの話は隣で聞いていただろう。
しかし、”会った”とは一体どういう事なんだろうか。
夏美は姉の外見も知らない、本人がそう名乗らなければ断定する事など出来ない筈だ。
しかし夏美にはそれを聞き取る”耳”がない。
つまり確信を持って彼女が姉に会ったと言う根拠には……
そこまで考えて、鶴弥さんと天童さんに視線が移る。
「あぁ……なるほど……」
夏美の”眼”があれば、『雑魚』だってその姿が鮮明に映る。
そして鶴弥さんの”耳”があれば、相手の声も聞えるだろう。
さらに天童さん”声”、彼が皆の声を霊体である姉に届けるのなら、対話は不可能ではないのかもしれない。
だからこそ、”私たち”と強調したのだろう。
「いつ、どこで会ったのか聞いてもいいですか? 後ある程度予想はしてますが、対話にどういう手段を用いたのかも」
早くも頭痛がしてきた。
思わず額に手を当て、ため息を溢す。
何故私の前に現れず、他のみんなの前に姿を現したのか。
何を考えているんだあの人は、もしくは他の『雑魚』の様にフラフラと彷徨っているのだろうか?
だとしたら再び見つけるのはほぼ不可能に近いのだが……
「手段に関しては、多分予想通り。 私たち三人だったからこそ、まともなやり取りが出来た感じだよ。 それから会った場所は、前の合宿中に温泉宿行ったでしょ? あの帰り……っていうか、巡を探しに行く途中って言ったら良いのかな?」
「……っな!? 嘘でしょ!? それじゃもう一度あの場所へ行かないと、でも時間が――」
「――落ち着いて、多分大丈夫。 あの人ずっと近くに居たみたいな事言ってたから、っていうか私たちの事も凄くよく知ってたし」
「いやいやいや、待ってください意味が分からないです。 これから話す予定でしたけど、私の目的の一つである姉が近くに居る訳がないんです。 だって彼女は――」
すぐさま否定しようする私を、鶴弥さんが掌を向けて制した。
少し辛そうな表情で、その口を開いた。
「茜さんから、黒家先輩と彼女の目的を聞きました。 一応今一度聞かせて貰おうと思いますが、その前に。 今目の前にお姉さんが現れたら、黒家先輩はどうしますか?」
「もちろんすぐさま祓います。 色々と思う所はありますけど、綺麗さっぱり成仏していただいて、少しでもハンデを減らします。 今回のは先生が居るからといって安心できない相手ですから」
鶴弥さんの質問に、私は即答した。
本当なら色々と話したい事だってある、聞きたい事だって山ほどある。
しかし黒家茜というハンデを背負ったまま、”アイツ”に勝てると思えないのも事実だ。
もしも”アイツ”を追い込めた時、彼女を人質の様な形で晒されてしまったら、私は迷いなく行動できるだろうか?
絶対に無理だ。
先生や天童さんに祓ってもらうなら、結局一緒なのかもしれない。
でもせめて、命が尽きる瞬間が悲惨なモノであったからこそ、魂そのものの最後は、落ち着いて綺麗なモノであってほしい。
とはいえ怪異となってしまったのであれば、私の予想通り綺麗に終るとは限らない。
ならば見つけた瞬間、即座に祓ってもらった方がいいだろう。
一言でも言葉を交わせれば儲けモノだ。
正直に言えば私は、姉さんが”カレら”の様になっていく姿を見たくない。
結局は自己満足に過ぎないが、本来の意味で私たち”生者”は、彼女達”亡者”に関わるべきではないのだ。
「あの人はそれも予想して、黒家さんとは会わないって、そう言ってたよ。 もちろん別の要因もあるんだけどね……」
私の答えに対して、今度は天童さんが口を開いた。
もう意味が分からない。
皆は何を見て、何を聞いたのか。
本当に予想が付かない。
そして姉が何を思って行動しているのかも。
「最初から順に話すね。 私たちが茜さんに会ったのは――」
それから夏美によって語られた内容は、とてもじゃないが信じられないモノばかりだった。
時折鶴弥さんと天童さんに訂正されつつ、彼女たちに起こった今までにない”怪異”の話を聞き終わった頃には、私は頭を抱えて机に突っ伏していた。
「待って、本当に待って……訳わかんない……」
「敬語じゃない黒家先輩って初めてです。 普段より幼く見えるというか……学校の男子には見せちゃいけない気がしてきます……」
「残念、俺はもう見てしまった。 やはり黒家さん、期待を裏切らない」
「天童君、記憶消すね? パンチとキックどっちがいい?」
「やめて? ケモミミ出して近づいてこないで?」
周りが煩いが、今はどうでもいい。
は? 何どういうこと?
彼女達の話しが全て本当なら、間違いなく姉はすぐ近くにずっと居た。
このまま消される訳にはいかないという理由で、私から隠れながら。
しかも、私達の最終兵器のすぐ側で。
本当に訳がわからない、なにやってんのあの人。
更にその内『上位種』になるってどういう事?
私の予想する最悪の地点を、何で自ら目指してるの? 馬鹿なの死ぬの?
もう死んでたねゴメンね? いやそうじゃなくて。
「もう、何が何だかわかんない……何やってるの姉さん……」
「あ、今の台詞グッと来た」
「黙れカブト虫、早瀬先輩やっちゃってください」
「グーで行くか、パーで行くか。 ここは意に反してチョキで……」
「チョキは不味い! 絶対不味いから!」
確かに私がちゃんと『感覚』を使えていた頃なら、例え相手が姉であろうと”ソレ”を敵だと認識しただろう。
活動の間、もしくは『上位種』と対面している時に姉が登場しても、私は気づかず迷わず先生にGOサインを出すだろう。
だからと言って……だからってさ!
もう言いたい事は山ほどあるが、今気にするべきはソコじゃない。
彼女が今や、”普通”の怪異とは異なっている点が多すぎる事だ。
何故鶴弥さんの『耳』に”上位種”でもないのに、いやそれ以上に”生者”の声らしく聞えた?
多分”なりかけ”の状態であった彼女の姿は、何故夏美の『眼』には普通の人間らしく映った?
そしてそれだけの要素を持ちながら、天童さんの『声』に頼らないと会話が出来なかったのは何故?
いくつもの疑問が浮かんでは消えていくが、間違いなく姉が他の”怪異”と違う理由。
答え合わせをするのが馬鹿らしくなるくらい分かり切っている。
彼女の行動を共にしていた大きな烏、『八咫烏』の存在だろう。
「夏美……最後にもう一度確認していいですか?」
「ん、なに?」
「「 あ、戻った 」」
外野が煩いが、もういいや。
「貴女の『眼』で見ても、三本足の烏でしたか? 本当に? 絶対? 間違いなく?」
「え、あ、うん。 間違いないと思うけど……どうしたの?」
詰め寄る様に顔を近づけるが、彼女は若干引いたような眼差しを向けてくるだけで、その意見は変わらなかった。
だが、それが一番おかしいのだ。
「本当に……意味が分かりません。 三本足の烏と言えば『八咫烏』しか伝承にも残されていないでしょう。 それは神様の使い……場所によっては神様その物として語り継がれている存在です……ほら、貴女の狐と一緒ですよ。 しかも、あの地域で言えば……その、先生が食べちゃってます……」
「「「 はぁ? 」」」
ですよね、そういう反応になりますよね。
色々諦めてため息をついてから、私は語り出した。
私と先生のお母さんで話した内容と、私の過去について。
もはや面倒になり始め、そりゃもう一辺にベラベラと過去と聞いた話を織り交ぜながら。
もういい、考えるのが疲れた。
とにかく全部話しちゃえって感じで。
至る所で皆が引いたり涙ぐんだりしているが、もはやどうでもいい。
これも全部、先生が悪いんだ。
彼に頼ったのは私だけど、余計な問題を次から次へとぶっこんでくる彼が悪い。
もう意味が分からない、なんで八咫烏なんぞ食ったんだ、説明しろ。
そんな理不尽な怒りをこの場に居ない彼にぶつけつつ、私は全てを洗いざらいゲロったのであった。
年中無休





