夏の日の出来事 2
ちょっとだけ時間を遡ります。
しばらく我が家で休憩した後、二人して出かけるというので私もついて行く事にした。
まだ合宿の許可も貰ってないし、何より弟の人体改造をこれ以上見逃せない。
彼には普通の人生を送ってもらうのだ、物理の怪物属性は必要ない。
ちょっと身体が引き締まっていて、ちょっと他より運動が出来る位でいいのだ。
この夏休みで弟に必要なのは戦闘経験ではなく恋愛経験だろう。
せっかくの青春時代だ、しっかりと楽しんでもらわなくては……なんて思っていた時期が、私にもありました。
「せぃっ!」
「おせぇぞ! 気合入れろ!」
目の前では、とてもじゃないが現実のソレとは思えない景色が広がっていた。
徐々に暗くなってくる時間帯、しかもマンションの近くの広い公園。
周りの子供達は、特撮ヒーローでも眺める様にキャアキャア騒いでいる。
チラホラと「ほら、今日はもう帰ろうね? 絶対決着つかないから」なんていいながら子供の手を引く奥様方が見える。
なんだろう、何故彼女達はあんなにもこの光景に慣れ親しんでいるんだろう。
謎である、警察来ないのが非常に謎である。
ベンチに座りながら、ため息を溢して缶コーヒーを飲んでいると、目の前から風圧が迫ってくる。
この時点で色々別次元だ、いつから私は異世界に転生したんだろうか。
「……ぐっ!!」
「しっかり防げ! 出来ないなら避けろ!」
何その超絶異次元理論。
両腕で先生の拳を受け止めた俊が宙に舞う。
地に足が付いていない弟を、先生は容赦なく追撃した。
そう、空中戦だ。
おい、お前らマジで何やってんだ。
「ホラホラ! 吹っ飛ばされたら後が無いぞ! こういう時はどうするんだっけ黒家弟ぉ!」
「相手の攻撃を捉えて……地面に降りる!」
先生から繰り出される上段蹴りに、抱き着くみたいに全身で掴まった俊。
どうやら足を戻す時に地上に戻ろうとしているらしい。
しかし悲しいかな、現実はそうならなかった。
「う、嘘でしょ? 蹴った後って普通脚戻しますよね?」
若干慌てた様子の弟は、上段蹴りの姿勢のまま固まっている先生の脚に相変わらずしがみついている。
詰まる話先生は、その姿勢のまま足一本で俊の体重を支えている訳だ。
あぁもう訳分かんない。
「言っただろうが、常に予想外を予想しろ……ってな!」
「……ゥがっ!」
あろうことか、アイツ人の弟をそのまま踵落としの要領で地面に叩きつけやがりましたよ。
これは決まったかなぁ……なんて予想に反して、弟は苦し紛れに受け身を取りながら、ゴロゴロと回転した後普通に立ち上がった。
「ははっ……流石先生です。 でもお陰で地面に戻って来れました」
「言うじゃねぇか、おもしれぇ」
コイツらは何と戦うつもりでこの模擬戦をやっているんだ。
二人とも素晴らしいまでに『物理』って感じの戦闘なので、そこらの喧嘩の様な泥臭い試合にはならない。
周りの子供達も大盛り上がりだ。
「せんせー! 今こそラ〇ダーキックだよ! なによゆーぶってるの! もう歳なんだよ!?」
「おとうとー! 今日こそは勝てー! ひっさつわざが来るぞー気を付けろー!」
昔弟をヒーローショーに連れて行ったことがある。
見事に人質役に私が選ばれてしまった苦い思い出ではあるが。
それでも、こんなに盛り上がっていただろうか?
周りの子供たちは拳を振り上げながら、声を大にして両者を応援している。
しかも女の子もかなりの数が混じっているのが謎だ。
君たちは帰って女の子っぽい番組でも見なさい。
「次で最後だ……覚悟はいいな?」
「受けて立ちます……今日は負けません!」
意味の分からない白熱具合を見せる二人が、よく分からないポージングをし始める。
あれ、おかしいな。
さっきまでこんな意味不明な行動取らなかったんだけど、何してんのこの二人。
「サイク〇ン!」
「ジョ〇カー!」
おいやめろ、と思わず言いたくなる謎の掛け声を上げながら、二人して物凄い勢いで接近し飛び蹴りをかます。
周りの少年少女は大盛り上がりだ。
君たちは何故何世代前も前のヒーローを普通に知っているのかね。
しかもソレ二人が合体しちゃうやつだから。
などと呆れながら二人に視線を投げれば、ズバンッ! と、とてもじゃないが人間同士が立てちゃいけない音と衝撃を残し二人の踵がぶつかった。
相当な衝撃だったんだろう、勢いはその場で静止し、二人は背中合わせにその場で着地した。
「「 さぁ、お前〇罪を—— 」」
「——はいそこまで」
パンパンッと手を叩いてから、二人に向かってペットボトルを投げ渡す。
油断も隙も無い、何をしてるんだこいつら。
グビグビと飲み物を飲み干した二人は、ペットボトルを正面に掲げ……
「「 数えろ 」」
「結局やるんかい」
その瞬間、回りの少年少女達からワァッ! という歓声が上がる。
あぁうん、最後のはパフォーマンスでしたね。
飛び蹴りとかね、二人とも同じ位置に叩き込むとかあり得ないしね?
すんごい音してたけど。
「せんせーもういっかい! もういっかい!」
「おとうとー! あしたは勝てよ! ぜったいだぞ!?」
様々な声を上げながら、二人の周りには子供達が集まっていく。
ふむ、実に珍しい光景だ。
周りの奥様が顔を赤らめながらウフフ……とか言っているのが非常に気になるが。
どうやら二人は、この短期間で御当地ヒーローの様な存在に進化したらしい。
もはや理解する事を諦めた、ただただ受け入れよう。
「それじゃぁねぇ! ばいばーい!」
「おう、気を付けて帰れよー」
蜘蛛の子が散り散りに去っていく様に、子供たちは帰っていく。
皆に手を振っている二人は、とても清々しい顔をしている。
思わずドツきたくなる程に。
「ふんっ!」
「効かぬ」
「うそん」
先生のお腹に右ストレートを放ったら、普通に弾き返された。
っていうか手が痛い、鉄板でも仕込んでるみたいに固い。
「これが、腹筋ってやつだ」
「聞いてるだけで暑苦しいんで、もういいです……」
諦めて彼のシャツの中に、私の分の飲物を放り込んだ。
ふぉぃ!? みたいなよく分からない声が聞えたが、どうやら冷たかったらしい、いい気味だ。
「それで……合宿の件ですが」
「まだ言うかお前は」
「だって活動停止期間夏休みに入る前までですし」
とりあえず本題をぶっこんでいこう。
これ以上放置するともっと訳の分からない事に巻き込まれそうだ。
「そうだな……んじゃ俺に一発入れられたら許してやろう」
「またそれですか……っていうか文面的にセクハラですよ?」
「おい違うからな? そういう意味じゃないからな?」
やけに焦った表情を浮かべる物理怪人を見て、隣の弟はクスクス笑っている。
笑ってないで手伝え、とは流石に言えなのが悲しい所だ。
とは言えどうしよう、今日はスタンガンとか持ってきてないし。
「まぁとりあえず、そう言う条件なら色々考えてみます。 正面から行っても勝てませんし」
「前みたいなのはゴメンだからな?」
どうやら本人も随分と根に持っているご様子。
私の両手にやけに視線を向け、腰回りにもポーチとか持っていないのか警戒している。
生憎と、今日は正真正銘の丸腰だ。
いくら警戒しようと、そんなものは出てこない。
もしもやるなら生身でどうにかするしかない、それがわかったのか先生がニヤッと怖い笑みを浮かべる。
「そんな顔したら、さっきの子供達だって逃げて行っちゃいますよ?」
「うっせぇ」
両手を上げながら、彼に近づいていく。
何持っていないアピールが効いたのか、先生は動かずに警戒心を強める。
これでいい、今の私に残された手段は少ない。
肉弾戦じゃまず勝ち目はないのだから、こういう手段しかないだろう。
「先生、少し屈んでくれませんか?」
「お前、そんな事言ってぶん殴るつもりじゃ……」
「いいから。 それくらい先生なら避けられるでしょう?」
警戒心マックスな先生の肩に、ゆっくりと手を置く。
触った瞬間ビクッ! とした気がしたが、今はまぁいいだろう。
それも仕方ない事だ。
引き延ばせば彼は余計に警戒するだろう。
だからこそ私は、一度の勝負に賭けた。
肩に置いた手を首と頭に回し、そのまま引き寄せるように私に近づける。
そして……
「……んっ」
短い声が、思わず漏れてしまった。
彼の唇と、私の唇が触れ合う。
少しだけごつごつしたソレが、数秒だけ私と触れ合った。
「…………なにしてんのお前」
口を離せば、そんな言葉が返ってきた。
もう少し、気の利いた台詞は吐けないのだろうか。
「先生に一発、入れられましたか? 意識のある状態ではファーストキスですよ」
ペロッと唇を舐めながら、ふふっと微笑なんか漏らしてやる。
人間後が無くなると、結構大胆な行動に出ますよね? そうですよね?
ぶっちゃけ今すぐダッシュで逃げたい。
っていうかしばらくベッドで布団に包まって悶えていたい気分だ。
えぇもう、そりゃもう。
恥ずかしくて死んでしまいそうです。
むしろ殺してください。
あ、いや。
一応生きる為にやっている事な訳ですが、そういうアレではなく、えぇまぁそういうアレな訳でして。
とにかく私を殺してくださいお願いします。
なんて事を考えながら、熱を持ち始める表情をどうにか無表情に固めて、彼の言葉を待とうと決めたその時。
彼の隣からは絶叫が上がった。
「嘘だ! 姉さんがここまで積極的に動くなんて! ありえない! 嘘だ! 良くやったよ姉さん!」
今すぐ蹴っ飛ばしてやりたい。
うるさい黙れと罵りながら、私の羞恥心の分だけ蹴ってやりたい。
それでも、私は腕を解く事は出来なかった。
ちゃんと答えを聞いてからじゃないと、この腕は離せない。
もしなら第二、第三のファーストキス? を……
「……はぁぁぁぁ」
やけに長いため息を溢した先生は、脱力したように首の力を抜き、私に項垂れる。
その際脱力しすぎてどこぞの谷間に顔面を突っこんだが、慌てて顔を上げてきた。
「どうしても必要なのか?」
ちょっと苦し紛れな表情だったが、その声は真剣そのものだった。
「はい。 私にとって、どうしても必要な事です」
「……わかった、行ってやる。 予定とかその辺はお前が組め」
「……っ! ありがとうございます!」
思わず彼から手を離し、スマホを取り出した。
これで最大戦力は手に入れた。
残るは部員の皆、彼等にも諸々の事情を離さなければ……
「ってその前に」
「あ?」
未だ半目で睨んでくる先生に、満面の笑みを向けた。
「どうでした? 私のファーストキス。 美味しかったですか?」
「……て、てめぇは。 本当に……」
フルフルと握りこぶしを震わせる彼に背を向けて、とりあえず逃げた。
とにかく逃げた。
思わず笑みが零れてしまうのが何でなのかよく分からないが、とにかく距離を取った。
「ぷっ、あはは! やーい! ヘタレ教師ー!」
テンションがね、収まってくれないんですよ。
ニヤケ顔も収まらぬまま、私は走り出した。
「ほほぉ……いい度胸だ」
やけに恐ろしい声が後ろから聞えてきた気がするが、今は気にならない。
それくらい私は今、幸せだった。
この幸せを逃さない為にも、これからやる事は決まっている。
だからこそ、今は……今だけは楽しいと思っていたかった。
結局見つからなかった姉。
勝てるかどうかも分からない『呪い』の集合体。
幸先不安な事ばかりだからこそ、今この瞬間だけは幸せな気持ちに浸りたい。
そんな思いと共に、私は先生と弟を引きつれて走り出した。
数秒後には捕まってしまいそうな勢いで迫ってくる彼等だが、それでも楽しい。
こんな日常が、いつまでも続けばいいのに。
その願いが叶わない物だと知りながらも、私はそう願ってしまったのだ。
夜でもちょっとシャレにならないくらい暑いので、書くペースがだいぶ落ちてます。
近い内にお休みするかもです。





