夏の日の出来事
うだるような暑さの中、私は瞼を開けた。
光輝く窓の外の景色に視線をやり、思わず舌打ちを溢した。
快晴だ、実に晴れ渡っている。
そして無茶苦茶暑い。
全身から噴き出した汗がしみ込んだ寝巻、湿度の高い室内。
ムワッとした熱気が籠る部屋の中で、私は目覚めた。
とてもじゃないが、爽やかな朝とは言い難い。
まぁ今は昼と言っていい時間帯だろうが。
昨日の夜それなり涼しかったから、窓開けて扇風機だけでベッドに転がったんだっけ……熱中症にならなくて良かった。
夢見も悪いし、とんでもない気温だし、色々と最悪だ。
汗まみれになってしまったシーツを引っぺがしながら、フラフラする足取りで部屋を出た。
「俊ー? いないのー?」
廊下を歩くも人の気配がしない。
どこかへ出かけたのだろうか?
まぁあの子も遊びたい盛りだろうし、あまり煩く言うつもりもないので別に構わないんだが。
そんな事を思いながら汗まみれのシーツと服を洗濯機に突っこみ、そのまま浴室に入って冷たいシャワーで身体を冷やす。
体のダルさが抜けて、徐々に思考がクリアになっていくのが感じられる。
夏休みに入ってから、数日間。
こんな行動が、まるで日課の様になっている。
「……」
そう、もう夏休みに入ってしまったのだ。
私にとっては最後になるかもしれないこの時期が、もうやってきてしまった。
長いようで、あっという間だった。
3年前の夏休みの後、姉は死んだ。
そして”アイツ”は言っていた、姉が生きた月日まで私は生きて居られると。
姉が生きていた時、彼女の最後の年齢に私は追い付いた。
つまり、この夏に何か行動を取らなければ……私は。
「……全く、面倒な限りですね」
ため息を溢しながら、鏡の中の自分を見た。
あの時の姉と同い年なんだと考えると、なんだか笑えて来る。
鏡に映る私は、姉に比べて随分と子供っぽく見える。
髪型や身長のせいもあるのかもしれないけど、姉はもっと大人っぽかった。
そして何より、よく笑う人だった。
それに比べて、私はどうだろう?
仏頂面だし、普段から瞼半分くらい落ちてるし、そんなに背も高くないし。
今の私がもしもあの頃の姉の隣に立ったとして、多分同い年には見えないんじゃないかな。
なんて、どうでもいい事を考えながらシャワーを止める。
「何はともあれ、どうやって先生を連れ出しましょうかねぇ……そのまま本当の事を言う訳にもいきませんし……」
ポツリポツリと独り言を呟きながら、バスタオル一枚を身体に巻き付け浴室を後にした。
相変わらずとんでもない熱気を放つ室内。
しまった、せめて自分の部屋くらい冷房を入れてくればよかった。
そんな事を思いながら廊下を歩いていた時、視線の先にある玄関がガチャッと音を立てて開いた。
「先生、どうぞ。 今冷たい物でも——」
「わりぃな、まぁそこまで長居しないで帰るから——」
玄関からよく知る二人が入ってくると同時に、私を見てピシリと動きを止めた。
そりゃもう見事に、ドアノブを持っている弟とその後に続く先生が、時間が止まった様に動かなくなってしまった。
もちろん、私も。
ミーンミンミン……とけたたましく鳴り響く蝉の声だけが響く。
どれくらい止まっていただろうか?
ゆっくりと弟が動き出し、パタン……と玄関を閉じた。
「先生すみません、暑いとは思いますけど少しだけお待ち下さい」
「うん、そうな。 大丈夫、待ってる」
そんな会話が扉の向こうから聞こえると同時に、玄関を少しだけ開けた弟が首だけ突っこんで叫んだ。
「姉さん! そういう格好でウロウロしないでっていつも言ってるじゃん! ホラ早く服着て!」
凄い顔で睨まれ、再び扉がしまる。
え、おかしいな? こういう場合はさ、責められるの男性陣っていうのがテンプレじゃないの?
あれか、その場で悲鳴の一つでも上げれば良かったのかな?
なんて今更言っても遅いが、凄くいたたまれない気持ちが込み上げてくる。
あぁ、何だろう。
玄関先から「大変お見苦しい所を……」「いえいえこちらこそ……」みたいな会話も聞えてくるし。
泣いていいかな? 泣いていいよね?
夏休みが始まって早々、私の心は折れてしまいそうです。
————
リビングに座る二人にお茶を提供しながら、ジトッとした眼差しで睨んだ。
「先程は失礼しました……って、私が謝るべきなんですかねぇ? ねぇ?」
ギリギリと奥歯を噛み締めながら唸ってみれば、二人は特に気にした様子もなくグビグビと水分補給してやがる。
少しくらいは反応してください、マジで泣きますよ。
「メールで連絡しておいたのに気づかない上、こんな時間まで寝てる姉さんに原因があるかと。 しかも僕は普段からああいうの注意してるよね?」
しれっと受け答えする弟は、既に視線すら合わせてくれない。
反抗期か、これが反抗期なのか。
「た、確かにそうかもしれませんけど……先生! 貴方も黙ってないで何か言ったらどうなんですか!?」
「御馳走様でした」
「そういうアレじゃないから!」
バンバンとテーブルを叩きながら、一人で身もだえする。
とても、とても悲しい。
なんだこれは、もう少しちゃんとテンプレしようよ、君ら逞しすぎるよ。
裸同然の女の子を見た後に、本人前にして普通に麦茶飲むなよ。
もう少しあるだろ、こうなんていうかさ!
「……それで、二人は夏休みまでつるんで何してたんですか」
もう諦めた、こいつらはきっともうダメだ。
「「 修行? 」」
どうやら本当に駄目だったらしい。
「マジでなにやってんの?」
半分以上感情が死んだ様な表情で、二人を見つめた。
こいつら馬鹿だ、このクソ暑い中外で身体を動かしていたらしい。
何だよ夏休みまずやる事が修行って、小学生の謎の自由研究もいい所だよ。
「いやほら、前回の件で色々と未熟さを感じたからさ。 先生にお願いして鍛え直してもらってた訳ですよ」
僕は真っ当な事してますよーみたいな感覚で弟がそんな事を言ってくるが、もはや彼等の常識に付いて行けない私が居る。
どうしてくれようか、表情筋が死んでしまったじゃないか。
「具体的には?」
一切表情を変えずに隣に座っている先生へと視線を投げれば、彼は満面の笑みで親指を立てた。
「筋トレ全般とランニング、それから俺との模擬戦」
「弟を改造するのを今すぐ止めて下さい、彼は人間です」
「待てコラ、俺も人間だ」
彼の口から誤情報が漏れた気がするが、もうどうでもいい。
額に手を当てて、大きくため息を漏らした。
まぁ何はともあれ、彼がここに来たんだから話を進めておこう。
私から行動しようとしても中々踏ん切りが付かず、今の今までウジウジ悩んでしまっていたのだから。
「話は変わりますけど、夏休み中にもう一度合宿に行きたいんですけど、いいですかね?」
「駄目ですかね」
「何でですかね?」
「この前の合宿で何があったのか忘れやがりましたかね大馬鹿野郎」
「もちろん覚えてますけど、どうしても駄目ですか?」
「もちろん駄目ですねん」
これが会話のキャッチボールか、返しが早すぎて会話のラリーみたいになっていたが。
とは言えここで負ける訳にはいかない、文字通り私には後がないし。
「どうしても行かなきゃいけない理由があります」
「ほぉ、言ってみろ」
「言えません」
「よしこの野郎、引っ叩いてやるからお尻を出しなさい」
そんな事されたら尾骶骨が複雑骨折してしまうのでご遠慮願いたい。
相変わらずラリーが続くが、どうにか折れてもらわないと……
どうしましょうかね。
「ではこうしましょう。 合宿に行く許可を頂ければ先生に報酬を出します」
「あんだよ、今回ばかりは飯の一回や二回じゃ俺も引かねぇぞ?」
いつもより怖い顔で睨む先生と、ひそかに眉を寄せる俊を前に、私は堂々と宣言した。
元よりこのままでは先のない命だ、出し惜しむ事はない。
「私をあげます、文字通り全てを。 今回のは本当にそれくらいの意義があるモノですので、報酬は私の全てです。 今持っている金銭も、これから将来稼ぐであろう金銭も、そして私の持ち物全て。 当然”私自身”も、全て先生に差し上げます。 いかがでしょう?」
自信満々に言い放った私に対して、男性陣は盛大にお茶を噴き出しだ。
ゲホゲホむせ返るほど盛大にまき散らしてくれやがりましたが、別にウケを狙った訳ではないのだが……
「ちょ、おま。 ふざけてんのか?」
「至って真面目ですが」
「ね、姉さん? 本当に姉さん? いつものヘタレはどこいったの?」
「俊は後でお話があります」
何やら心外な反応をしている二人に対して若干イラッと来るが、まぁこんな事を言われれば普通戸惑うのも無理はない。
気持ちは分かるが、私には時間がないのだ。
そして先生自身の命に関わるかもしれない事情に巻き込む為、半端な報酬では釣り合わないだろう。
だからこそ私の人生を全て、彼に捧げてようと言うのだ。
大したことじゃない。
オカ研を作った時から考えていた事だ、今更どうこう思わない。
問題があるとすれば、言葉にした瞬間に異常に恥ずかしい台詞を吐いている気分になった事だろう。
それもまぁ、うん。
仕方ないよね。
「お前の気持ちはよく分かった……ただ、一つだけ聞きたい事がある……」
渋い顔を浮かべた先生は、言葉を選ぶようにゆっくりと喋り、真っすぐ私を見つめてきた。
大丈夫だ、きっとこの人なら私の事を救ってくれる。
何だかんだ言っても、多分最後はスパッと解決して、これからも私の隣で——
「——お前頭大丈夫か? 熱中症? 病院いく?」
決めた、夏休みの目標。
絶対コイツぶん殴ってやる。
4章はちょっと怪異さん達は静かです。
いつものようにお化け屋敷パートがございません。





