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顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?  作者: くろぬか
本編

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記憶 2


 あれからどれくらい経ったのだろう?

 スマホの電池も切れてしまい、今では時間を知る事すら出来ない。

 多分、三日くらいは経った気がする。

 最後に家族にメールを送ってから2回くらいは眠ったから、多分それくらいだ。

 とはいえ自信はない。

 ここは夜が訪れないのだ。

 いつだって赤黒い空が広がり、中途半端に狭い視界。

 影も濃く木々が生い茂る、見えない範囲も多い。

 それがずっと続くのだ、とてもじゃないが耐えられない。

 今日は岩肌に身を隠して、体育座りで目が覚めた。

 目の前には相変わらず樹海の様な光景が広がり、何か生物が居るような気配も感じられない。

 電池切れのスマホを片手に握りながら、重たい瞼をこじ開ける。

 なんで私はココにいるんだろう? 誰のせい? 私に意地悪ばっかりしたあの子のせいだろうか?

 極限まで空腹に襲われている私の脳裏には、よく分からない思考ばかりが彷徨っていた。

 近くで見つけた河原に顔面を突っこむようにして水を飲む。

 もはや獣だ、人間のする行動ではない。

 でも水分を取ったお陰で、少しばかり頭はクリアになる。


 「人のせいにしたところで、問題が解決しない事くらい……分かってるんですけどねぇ」


 なんて、格好付けた事を言えるのも今の内だろう。

 数時間もすれば酷い空腹感に苛まれ、また思考は混乱するだろう。

 それを、何日繰り返してきたのか。

 ”もう、終わりにしたい”。

 いつの間にか、そんな風に考えるようになった。

 それでも私は、川沿いに山を下った。

 多分下っていると思う、正直高低差もよく分からない空間だ。

 登っているのか、下りているのか分かったもんじゃない。

 だとしても生きなければ。

 冷静である内に姉弟や両親の顔を思い浮かべ、必死に脚を動かす。


 「こんな時こそ、来て貰いたいものですね……私の”ヒーロー”さん……」


 歩き疲れ、視界も霧がかかり、思考もあやふやになった所で思い浮かぶのは、いつかの”彼”の姿。

 もうだめだと思った時に現れ、名も名乗らずに去って行った男性の姿。


 もしも、誰かが助けてくれるのなら。

 もしも、少しでもこの状況を良くしてくれるのなら。

 私はその人に何だって捧げよう、全てを差し出したっていい。

 ——だから、私を助けてください。この悪夢から、私を救って下さい。


 そんな事を思った瞬間、その声が聞えた。


 ——クアッ。


 やけに軽い声の烏が鳴き声を上げた。

 最初は幻聴かと思って周りを見回せば、いつの間にか大きな烏が目の前に鎮座してる。

 この森に入って、初めて見た野生の生き物だった。

 喜びの余り飛びつきそうになるが、烏は警戒した様子でスッと身を引いた。

 ここで逃げられる訳にはいかない。


 「え、えっと……逃げないで。 出来れば側にいてください……って烏相手に何言ってるんだろう……」


 自分でもよく分からない。

 野生動物相手に、何故こんなに安堵した気持ちになるのか。

 普段の私なら多分鼻で笑っていただろう。

 だというのに、今にも飛び立ってしまいそうな烏に対して、この上ない焦燥感を覚えていたのだ。


 「あぁ、えっと……初めまして、私黒家巡って言います」


 ——クアッ!


 「えっと、その。 君はこの森の出口とか知ってますか? 出来れば教えて欲しいんですけど」


 ——クァ?


 まぁ、そうですよね。

 不思議そうに首を傾げる烏に対して、私は肩を落とした。

 何を期待していたんだろう。

 まさか烏が私を導いてくれるとでも?

 自分の思考に呆れた笑いを浮かべながら、もう座り込んでしまいたい衝動に駆られたその時。


 ——クアッ!


 目の前の烏が力強く鳴き声を上げると、数歩だけ進んでこっちを振り返った。

 え? なにこれ。

 ジッと見つめてくる烏は、それ以降動かない。


 「付いてこいって、そう言ってる?」


 まさかと思いながらも立ち上がると、烏は数歩進んで再びこちらを振り返った。

 嘘でしょ?


 ——クアァッ!


 今まで以上に強く鳴いて、苛立たし気に翼を広げてバタバタしている。

 思わず足を踏み出すとその行動は収まり、再び数歩進んで振り返った。


 「案内……してくれるんですか?」


 ——クアッ!


 まるで返事をするみたいに鳴いた烏の後を、私はただひたすら付いて行った。

 多分この時の私は何かに縋らないと生きていけなかったのだろう。

 だからこそ烏の行く道を、私はひた歩き続けた。


 ————


 「ここは……」


 目の前には小さな祠があった。

 まるで休憩所と言わんばかりに開けた地に、ソレは立っていた。

 別段珍しくもない形だし、そこまで興味をそそる程でもない。

 それでも、”この森”に入ってから初めて見た人工物。

 思わず安堵のため息を溢してしまった。


 「ありがとうございます、烏さん。 ちょっと落ち着きました。 それでこれからどこへ行けば……」


 なんて、妙に礼儀正しく烏に対して頭を下げた瞬間、烏は飛び立ってしまった。

 バサッバサッ! と大きな音を立てながら、その子は近くの木の枝にとまった。

 おい、ちょっと待ってくれ。

 この先どうすればいいのか、どこへ向かえばいいのかわからない。

 せめてもうちょっと道案内を……なんて思った矢先、聞きなれた声が響いた。


 「巡!」


 それこそ数日ぶり、大げさにアレコレするほどの時間は離れていなかったのかもしれない。

 それでも私にとっては文字通り、”死ぬほど長い時間”を離れていた気分だった。


 「姉さん!」


 思わずその姿に向かって走り、彼女の身体を抱きしめてしまうほどに、私は疲れ切っていた。

 じんわりと滲む様に伝わってくる温もり、”人”の体温。

 その暖かさを噛み締める様に、私は姉の体を抱きしめた。


 「馬鹿っ! 本当に、本当に心配したんだからね……」


 そう言って抱き返してくる姉の腕を背中に感じながら、私は目を閉じた。

 数日ぶりにぐっすり眠れそうな安心感。

 温もりに耽っている私の耳に、”ソイツ”の声は響いた。


 『この状況でどっちか一方を殺したら、どんな顔をしてくれるのか。 いやはや今から楽しみで仕方ない』


 パチンッと指を鳴らす音が聞えた。

 やけに響くその音と同時に、そこらじゅうの影が集まって私たちに向かって牙を向いた。


 「巡っ!」


 姉さんの声が聞えたと思ったら、私は地面に押し倒されていた。

 私に覆いかぶさるように上に乗った姉さんが、苦しそうに笑った。


 「大丈夫、お姉ちゃんは大丈夫だから。 こんなのちっとも痛くないから……」


 嘘だ、絶対に嘘だ。

 今にも倒れてしまいそうな程全身を震わせ、奥歯を噛み締めるその姿は、とてもじゃないが見て居られるものじゃなかった。

 脂汗をながし、嗚咽を漏らし、それでも笑顔を作りながら耐えている。

 その背中には、滝の様に流れ落ちる黒い影が激しく打ち付けている。


 『ほぉ、耐える耐える。 どこまで頑張れるのか、儂に見せておくれ。 お前の苦しむ姿が、儂の糧になるのだからのぉ』


 いやらしく笑うその声は、どこまでも鬱陶しく耳に残った。

 黙れよ、今すぐ黙れ。

 出来る事なら今すぐぶん殴ってやりたい、殺してやりたい。

 それでも今の私には、ただ見ている事しかできなかった。


 「ぁぐっ!」


 短い悲鳴を漏らしながら、姉は耐えられなくなった腕を折り、私を抱きしめた。


 「……え?」


 まるで氷の様な冷たさだった。

 さっきまでの温もりは彼女から失われ、今では冷たい肉の感触だけが残る。

 なんだこれ、何が起きている?


 「ごめんね。もう……ううん。 絶対、大丈夫……だから。 えへへ」


 真っ青な顔で姉が笑ったのが見えた。

 その笑顔を見た瞬間、両目から涙が零れた。

 もう止めてくれ、これ以上見たくない。

 私たちが何をしたっていうんだ。

 悪い事なんて一つもしてない、ただただ静かに生きていただけなのに。

 だというのに、なんだこれは?


 「ごめんね……」


 その一言と共に、姉は目を開いたまま動かなくなった。

 同時に、近くで下駄を踏み鳴らす音が聞える。


 『まぁ、こんなものか。 いや、そうだな……』


 しばらく悩むように唸り声を上げていた”ソイツ”が、リィィンと手に持った錫杖を鳴らす。


 「姉さん……? 姉さん、ねぇ、起きてください」


 肩を揺さぶろうとも、頬を叩こうとも、姉は表情を変えない。

 時間が止まってしまったかの様に、ただただ微笑みを浮かべて動かなくなってしまった。


 『お前、私と少し”げぇむ”をしよう』


 くくくっと、実に楽しそうに笑いを押し殺した老人が、私たちに近づいてくる。

 彼は私の返事も待たずに、勝手に話を続けた。

 再度けたたましい音で錫杖を鳴らし、彼は更に歩み寄ってくる。


 『今儂はお前の姉の魂を呪い、適当に遠くへ追いやった。 ここまで簡単に言えばある程度は理解出来るだろう?』


 「呪い……?」


 思わず返事を返してしまった私の額を、彼は力強く掴んでから、再び口を開く。


 『もしもお前の姉の霊体を、ここまで連れてこられたなら呪いを解いてやろう。 出来なければお前の姉は怨霊となり、いつまでもこの世に彷徨うであろうな』


 「い、いたっ……ぃ」


 ギリギリと音を立てながら、ソイツの指が額にめり込んでいく。

 それこそ、握りつぶされてしまうのではないかという程力強く。


 『ただそれだけではあまり面白くない。 お前に制限時間と、理由をやろう』


 ただただ楽しそうに、その老人は笑いながら説明を続けていく。

 ひたすらに耳に残るが、意味を理解しようにも絶望と痛みで上手く頭に入ってこない。

 それでも、彼は話を続けた。


 『時間はお前の姉が生きた歳月。 命を絶ったこの日、この瞬間まで。 それまでお前が生きる事を許そう。 それ以上時間が経てば、どこに逃げようが、どこまで離れようが、お前は死ぬ』


 語る彼の腕から、黒い霧が立ち上る。

 それは意思を持っているかの様にうねり、私の口へと侵入してきた。

 コレと言った味も感触もないが、不快感だけがひたすらに残った。


 『そこで”ハンデ”というモノをやろう。 お前はこれから、付近に”何かが居る”のが分かるようにしてやる。 その中からお前の姉を見つけ出し、私の元へ連れて来てみろ。 それが出来れば、お前の姉は晴れて成仏。 そしてお前の呪いも解ける……いや、そっちは私を殺せたら、という事にでもしようか』


 何が面白いのか、やけに高笑いを浮かべながらソイツは言い放った。

 黒い翼を広げ、口元が露出した天狗の仮面を被ったその顔が、醜悪に染まる。


 『良いか? お前は姉と同じ歳、そしてこの瞬間まで生きた時間の間に、姉を見つけ私を殺しに来い。 出来なければ二人とも醜い怨霊にでもして、私が飼ってやろう』


 好き勝手言い放つ彼の腕からやっと黒い霧が収まり、私の口は自由になった。

 ソイツが放ってきた謎の物体のせいで、今にも吐きそうだが。

 それでも、私は無理矢理口を開いた。


 「くたばれ、変態のクソ野郎」


 『元気がいいのぉ、その意気で儂を楽しませておくれ。 ただ気を付けろ? お前が苦しめば苦しむ分、それは儂の糧となるぞ?』


 再びソイツの上げる高笑いを聞きながら、私の意識はゆっくりと闇に落ちた。


 ————


 ふと目が覚めた。

 雨が降っていた。

 土の地面はぬかるみ、顔に当たる強い雨が鬱陶しい。


 「私は……生きてる?」


 今や赤黒い空はなく、暗い雨雲が広がっているのが見えた。

 周りを見渡せば小さな祠と、山登りを始めた時に見た様な、普通の木々が生い茂っているのが見えた。

 そして……


 「姉さん……ねぇ、起きてください。 姉さん」


 私に覆いかぶさる様に眠っている姉の姿。

 いくら揺すっても、叩いても、彼女は反応を見せなかった。

 ただその瞳は開いたまま、優しい笑顔を浮かべて、静かに事切れていた。

 体は、氷の様に冷たい。


 「絶対、見つけますから……”安らかに”なんて言うのは、まだ先ですよね……」


 そういってから、姉の瞼に指を置き、ゆっくりと下に降ろす。

 目を閉じた姉は、それこそ眠っている様だった。

 しかし彼女の冷たさが、もう戻ってこないのだと告げている。

 ”悲しい”というより、胸にぽっかりと穴が開いたような感覚。

 小説なんかでその表現を何度か目にしたが、この時私はその感覚を身を持って実感した。

 あぁ……これがそうなんだ、なんて思いが自然と込みあがってくる。

 ただ虚しい、ひたすらに虚しい。

 涙さえ出ない、声も出ない。

 別れの言葉も、その出来事を悲しむ事さえ出来ない。

 その現実を噛み締めながら、私は一言だけ呟いて瞼を閉じる。


 「絶対に、殺してやる……あのクソ野郎……」


 目の前には暗闇が広がり、意識が遠のいて行くのが分かった。

 そこから先、山での記憶は私にはない。

 次に病院で目を覚ましてから、姉の持っていたスマホと充電された私のスマホを渡された。

 どちらにも、まるで遺言のような文章が、履歴として残っていた。


 『絶対見つけるから諦めないで。 私が迎えに行くから』


 姉と弟に送ったメールの返事に、その短い言葉がいつの間にか送られてきていたらしい。

 ただ一言、それだけだというのに。

 私の両目からは止めどない涙が溢れた。


 姉さん。

 今度はその台詞、そっくりそのまま返します。

 今度は、私が貴女を見つけます。

 だからどうか、”悪いモノ”にはならないで下さい……


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