草加家 3
今日はお休みすると言ったな、アレは延期だ!
あ、今日日曜日じゃん。 という事でUPする事にしました。
なんかごめんね。
「狩らなければ!」
「生き残れない!」
謎の掛け声を上げた二人が銛を片手に、やけに大きい岩から海に飛び降りた光景を唖然として眺めていたが、もういい加減どうでもよくなってきた。
一人海岸の砂浜に腰を下ろし、ぼんやりと海を眺めていると背後から足音が聞えてくる。
「お嬢ちゃん、ただ座ってるだけじゃ暇だろう? これでも飲んでな」
そんな台詞と共に、草加君のお父さんが缶ビールを差し出してきた。
あ、はい。
ありがたいけど、帰りも運転が……なんて思った所で、草加君のお父さん……もうおじさんでいいや。
彼は腰に手を当てて笑った。
「大丈夫だよ、帰りは運転してやる。 つっても新車じゃ他人に貸すのは嫌か。 なら皆で歩いて帰ればいいさ。 車出す様な距離でもなかったろ?」
そう言ってから、パラソルやら椅子やらをテキパキと容易していく。
なるほど、荷物を運ぶ為に車を出しただけであって、それさえ済めば後は徒歩でどうにでもなるのか。
「で、では遠慮なく。 頂きます」
「おう、おかわりもこっちに入ってるからな。 好きに飲んでてくれ」
バンバンとクーラーボックスを叩いてから、設置したテーブルにツマミの類を一通り準備してくれた。
なんと用意がいいのか……というか、さっきまでの雰囲気と全然違うんですけど。
「悪いな嬢ちゃん、こんな事に付き合わせちまって。 あの馬鹿の相手は大変だろう?」
優しい笑顔で、彼は喋り始めた。
おかしい、この海岸に着くまでは鬼の形相を浮かべていたのに。
「い、いえいえ。 こちらこそ彼にはいつもお世話になっていますし、それに私だってまだまだ若輩者なので……」
両手で缶ビールを包みながら、慌ててそんな言葉を返す。
そんな私の言葉を聞いて、彼はフッと小さな笑いを漏らすと「あいつもデカくなったもんだ」なんて、感傷深い笑みを作った。
なんか、あれ? 凄いお父さんって感じがする。
草加君の居ない所では、もしかしたら終始こんな感じなんだろうか。
「まぁ、何もない所だが楽しんで行ってくれ。 他の連中もすぐ合流するだろうし、今の内に水着に着替えちまってもいいかもな。 車で着替えてくるもその辺の岩陰で着替えるでもいいさ。 どうせ人なんざ滅多に来ねぇ、なんせ私有地だからな」
軽い感じで言いながら、「んじゃちょっと俺も行ってくるわ」と一言の残した彼もまた、銛を持って海に向かって進んでいった。
アレだよね、凄い野生を感じる。
流石に同年代の人のお父さんにときめく事は無いが、漢! って感じは結構好き。
なるほど、草加君の時折見せる雰囲気はお父さん譲りなのか。
などと一人で納得しながら、缶ビールの口を開けた。
プシュッといい音を立てながら、青空の下で真っ青な海を目の前に昼間からお酒を頂く。
なんという贅沢だろう。
もしも彼の元に嫁入りなんてしたら、休日なんかにはこうやって同じ事が出来るんだろうか。
いい、とてもいい。
お酒が回った訳でもないのに、火照った顔で「えへへ」なんて笑いながら砂浜に転がる。
親子が揃うとちょっとだけ煩い父と子、でも男の子の家って感じで悪くない。
それにあの草加君のお母さん。
怒ると怖そうだけど、丁寧で凄く優しい顔で笑っていた。
そんな三人に囲まれて、毎日賑やかに暮らす生活。
とても、とてもいいじゃないか。
おじさんが張ってくれたパラソルの下、ぐへへっとだらしない笑みを浮かべながら一人で寝転がっていた。
考えてもみろ、これは一大イベントじゃないか。
夏の空、青い海、そしてお泊りが許された相手の実家。
このビッグウェーブに、乗る以外の選択肢なんてあるだろか?
いや無いね、私は乗るぜ、このビッグ——
「何やってんだお前?」
「ふぉわぁぁ!?」
いつの間に戻ってきたのか。
海水をポタポタ垂らしながら、草加君が覗き込んできた。
思わず変な声を上げながらビールをまき散らしてしまったではないか。
「もう飲んでんのか? まぁいいけどよ、危ねぇから潜ろうとかすんなよ? 海に入るにしても膝より深い所は行くなよ? いいな?」
一応心配してくれたんだろうか? だとしたら結構うれしい。
というか海に居るんだから当然だが、海パン姿の草加君がかなりやばい。
普段ダボッとした格好ばかりしているから分かりにくいが、肉体がヤバイ。
体脂肪率? あぁ、あるといいらしいね? とか言いそうなくらい、鍛え抜かれた体をしている。
しかも変にムキムキマッチョという訳ではない。
無駄に厚くする事なく、バランスのいい体。
笑顔で「鍛えてますから」なんて言われた日には、ビール一本でも酔っぱらってしまいそうだ。
詰まる話、目に毒だった。
「えぇっと、その、わかった。 うん、ちょっと遊ぶくらいにしておく……」
分かってますよ、えぇ分かっていますとも。
こういう時に気の利いた台詞の一つでも吐けないから、私は行き遅れているのだと。
結局恥ずかしくなって、視線を反らすのが精一杯なのだ。
私の馬鹿! 阿呆! だから彼氏の一人も出来ないんだ!
いくら自分を罵倒した所で顔は熱いし、後ろからは「どうした?」なんて鈍感野郎の声が聞えてくるし。
とにかく顔を背け、彼とは反対側で目を開いた。
すると……
「えっと、草加君。 ナニコレ」
「おう、すげぇだろ。 今さっきゲットしてきた」
目の前には、ビチンビチンッと元気に跳ね回る大きな魚の姿。
ねぇなにこれ? 小さめのマグロ? とか思うくらいにデカいんだけど。
しかも元気なのだ、銛を持って海に飛び込んだのに、この子元気なのだ。
ちなみに外傷は見受けられない。
「まだ元気だから、海水に入れておけばアイツらが来るまで生きてんだろ。 バケツに入れとくから、飛び出したらまた放り込んでおいてくれ」
なんて言いながら魚の尻尾をムンズッ! と掴むと、いつの間にか水が張られているバケツに放り込んだ。
お魚さんが凄く窮屈そうです。
でもバケツの中で猫が尻尾を追いかける様に泳いでいます。
なにこれマジで。
私の思い描いた海での生活より、若干……というかかなりサバイバルに振り切っているんだけど。
「つうかお前水着持ってきてねぇのか? その格好じゃ暑いだろうに」
人の気も知らないで、コイツは次から次へと。
ジトッとした眼差しを送っても、不思議そうに首を傾げる彼にちょっとだけ殺意を覚える。
「これから着替えるの! どこかいい場所ある? なければ最悪車で着替えてくるけど……」
正直海の家みたいなのが一軒でも立っていれば良かったんだが、当然そんなものはない。
だからといって車で着替えるというのは……まぁ他よりも安全かもしれないけど、カーテンとかつけてないし。
結局行き詰ってしまい、現地の人? に尋ねた訳だが、当の本人は満面の笑みで背後に広がる岩の絶壁を指さした。
「あの辺、丁度隠れられる感じに岩が出っ張ってるからよ。 そこで着替えたらどうよ?」
やはり、野生児。
とはいえ、この状況では仕方ないか……
「それじゃ、誰か来ないか見張ってて。 覗いたら怒るからね」
「つっても、ほとんど誰も来ねぇぞ?」
「い い か ら、見張っててね?」
「……おう」
押し切るような形で、彼のやけに逞しい腕を引っ張りながら、私は岩陰に身を潜めた。
まさか本当に、こんな場所で着替える事になるとは……なんて、今更か。
ため息を溢しながら、服を脱いでいく。
オカ研の合宿だっていうから、ズボンや七分袖のTシャツなんて着てきたが、どうやら間違いだったようだ。
汗でくっついて脱ぎにくい事この上ない。
「椿まだかー?」
壁のように切り立った岩の向こうから、草加君の声が聞こえてくる。
当人はと言えば、早くも海に入りたくてウズウズしているご様子。
男子かお前は、もう少し状況を考えなさいよ。
「女の支度は時間が掛かるの。 そんな事ばっかり言ってるとモテないよ?」
「て、的確にクリティカル狙ってくるじゃねぇか……心が痛い」
痛がってろ、馬鹿。
とはいえ、部員の皆は結構気合の入ったお洒落してきたし、今回は廃墟とか危ない所には踏み込まない予定なんだろうか?
だとしたら教えてほしかった……もう少しマシな服だって、先生も持ってるんだよ?
いつもこんな実用的な格好じゃないんだよ? 本当だよ?
虚空に向けて悲しい言い訳を放ちながら、グッと拳を握る。
よし、今度からミーティングの内容もちゃんと教えてもらう、そうしよう。
こういう時に一人だけ地味な恰好してると、浮くもんね……
虚しい決意と共に、今年買ったばかりの水着を身に着けていく。
紫色がべースの黒い模様の入ったビキニ。
セットでパレオが付いていたので、とりあえず巻いてみた。
ちょっと気合を入れ過ぎただろうか?
これで部員の子がおとなしめな水着で揃えて来た日には、目も当てられないだろう。
「き、着替え終わったんだけどさ……」
「お、そうか。 んじゃ海に——」
「——待て待てマテ。 せめて見て一言感想を残してから行け野生児」
今にも駆け出しそうな少年を引き留め、岩陰から身を乗り出した。
デートとかで初めて彼氏に水着を見せる女の子って多分こんな気持ちなんだろう、私の場合ちょっとというかかなり出遅れたが。
うっさいやい。
「ど、どう?」
とにかく恥ずかしかった。
水着がおかしくないかとか、体型とか、その他もろもろとか。
そういう不安要素が頭の中でごっちゃになって、もはやよく分からない。
冷水に顔を突っこんだら蒸気が上がりそうな勢いだ。
「んー、いんじゃね? いつも通り綺麗だぞ? 俺は結構好き」
今なんつったコイツ。
「お、おう。 そっか、ありがと……あ、海、行ってくる?」
「おうよ! 大物捕まえてくるから、楽しみにしてろよ! んじゃまた後でな」
「い、いってらっしゃい……」
それだけ言うと、彼は再び海に向かって全力疾走していった。
バサァッ! と大きな音を立てて姿が見えなくなるまで見送ってから、私は顔面を抑えてその場に座り込んだ。
「馬鹿か! 馬鹿なのか!? 何言ってんのアイツ、いつも通り綺麗って何だよ! 好きって言った! 好きって言ったよ! しかも普通の顔で! あぁもうなんなのホント! 訳わかんない! バーカ! バァァーカ!」
”そういう意味”じゃないと分かっていても、ニヤケてしまう顔の筋肉がいう事を聞いてくれなかった。
困った。
この後、彼にどんな顔して向き合えばいいのか。
私の顔は、面白いくらいに”普段の顔”を忘れてしまっていた。





