草加家 2
思った以上に立派な家に招かれた私達は、ひとまず詳しい事情を説明してくれとの事で居間に通された。
何やら聞く限り、先生はろくに事情説明もしていないらしい。
とはいえまぁ怪異そのものに興味を持っていないのだ、ある意味彼らしいと言えば彼らしいが。
そんなこんなしている内に、目の前にお茶が並んでいく。
さっきの剣幕が嘘の様に、とても静かな動作で音もなく来客の対応を済ませる先生のお母さん。
お陰でこちらとしては、とんでもなく居心地の悪い静寂が訪れている。
先生とそのお父さんは睨みあってるし、弟に関しては加勢でもするかのように険しい視線を対面の彼に向けている。
他のメンツはと言えば、どうしたものかと視線を右往左往する事態に陥ってる。
若干一名奥歯を噛み締めながら血走った目を、草加父に向けているが、お前絶対この場で耳とか尻尾とか出すなよ?
「お待たせしたね。 まぁとりあえず遠くから来て疲れたろ? お茶の一杯でも飲みながら話を聞こうじゃないか」
軽い口調で語りながら、草加母も腰を下ろした。
これでやっと話が出来るというものだろう。
とはいえ、どうしたものか。
この場には”怪異”と無関係だったり、信じていない輩だって存在する。
彼らと同じ席では、かなり制限された話しか出来ないのだが……
「おっと、私とした事が食材を人数分用意してなかったよ」
パンッと手を叩いた彼女が、ニコニコ笑顔のままそんな事を言い始めた。
それを聞いて思い出したが、この人数ってかなり食費的にご迷惑ではないだろうか。
急に押し掛けるような形になった上、その上御馳走になるなんてあまりにも失礼極まりない。
「あ、いえ。 食事でしたら私達は近くで済ませるのでご心配なく。 こうして大勢で押し掛けただけでもご迷惑でしょうから、これ以上は心苦しいといいますか……」
誰も口を開ける状態では無さそうなので、いち早く反応させていただく。
こういう時こそ副顧問の出番では無いかと思うのだが、彼女は事態に付いて行けないのか、未だフルフルと震えておられる。
全くもって使えない副顧問様もいたもんだ。
「何言ってるんだい? 別に金銭なんざ掛かっちゃいなんだから、迷惑でもなんでもないさ」
「……と、いいますと?」
「野菜は裏の畑から採って来ればいいしね。 おいそこのむさ苦しい一角!」
「は、はい!」
「んだよお袋」
先程同様険しい視線が草加父と先生に向く。
やけに姿勢を正した年配と、反抗期の様な姿を晒している我らが顧問が同時に振り向いた。
「お嬢さんたちに”新鮮”な魚料理でも振る舞おうかと思うんだがね、少しばかり働いてくれるかい?」
「「……マジか」」
買い出し係という事だろうか?
先生がこの場を離れてくれるのは嬉しいが、残念な事にあと一人退席して頂きたい人物と、出来れば聞いてほしくない人物が一人いるのだが……
なんてチラチラ視線を送っていると、草加母は「ふむ……」と顎に手をやってから口を開いた。
「そっちのお嬢さん、今日来たのはアンタの車だったね? 悪いんだがコイツらを乗せてって貰えないかね? ウチの旦那は運転が下手でね、何度車を壊したか分かったもんじゃないんだ」
「え! あ、はい! 謹んでお受けいたします!」
椿先生、撤去完了。
残るは後一人だが……
「そこの坊や。 ウチの息子の弟子なのかい?」
「まだ正式に認められた訳ではありません。 ただ僕にとっては人生における”先生”であり、師匠です」
先程の警戒心丸出しの姿勢とは違い、静かに頭を下げる私の弟。
これで普通だったら反抗期真っ盛りの中学二年生なのだ、それがどうだろう? どうこれ、どう? 凄くない? なんて自慢したくなるほど出来た子である。
「それなら二人と一緒に行きな、いい勉強になるだろうよ。 道具は貸してやるから」
「と、いいますと?」
値引き交渉とかそういうアレだろうか。
市場に付いていくにしても、少し苦しい言い分のような気がするが……
「私は言ったよね? ”新鮮”な魚料理って。 そりゃもちろん、”今”から”海”で取ってくるのさ。 まだ日が高い、時間ならたっぷりあるだろう? 弟子を名乗るなら無理だなんて言わせないよ?」
「望むところです」
売り言葉に買い言葉、とはこの事なのだろう。
やけにやる気を出した弟がメラメラと燃えていらっしゃる。
どんだけ先生の弟子ポジション欲しいんだよ、そこだけはお姉ちゃん心配だよ。
「場所は旦那か浬から案内してもらっておくれ、後で色々準備してから私達も合流するよ」
「ひ、ひゃい!」
急に話を振られた椿先生はおかしな返事を返し、慌てて車の鍵を取り出しながら立ち上がった。
相当最初の物理的『御挨拶』が効いているんだろう、汗がビッショリである。
もしかしたら、最初に胃に穴が開くのは彼女かもしれない。
「ホラ男ども! とっとと動きな! 女子供を飢えさせるような事態になったらアンタらを捌いて喰ってやるよ!?」
それはちょっとご勘弁願いたい。
しかしその声に反応した三名が立ち上がり、それぞれ自信に満ち溢れた顔で返事を返した。
「ガキ共に負けられねぇからなぁ……期待しておけや」
「はっ、ボケ老人は大人しく釣り糸でも垂らして余生を過ごしてろ。 俺が鯛でも鮫でも取ってきてやらぁ」
「先生の弟子を名乗る以上、恥は晒せませんね。 とはいえ食材の材料の調達です、レパートリーを増やすのは僕の担当でしょう」
脳みそが筋肉で出来た三人組が、いかにも重量がありそうな足音で居間から去っていく。
その後を追う若干一名もそそくさと部屋を後にする光景は、なんとも言葉にし難い。
あ、ちなみに鯛はちょっと食べたいですけど、鮫はいらないです。
というか私達は今、なんという原始人の住処に訪れてしまったのだろう。
ムキムキマッチョが槍をもって海に飛び込む姿が脳裏によぎって仕方ない。
何だココ、本当に日本だよな?
「巡、私も行って来ていいかな。 ちょっと楽しそう」
「貴方は大人しく座ってて下さい……お願いですから……」
もうやだ、なんか頭痛い。
脳筋2号までなんかワクワクしてるし、どうすればいいのコレ。
「俺……一応男なんだけど、このノリについて行ける気がしない……」
「きっと筋肉が足りないんですよ、ドンマイです。 私たちは大人しく釣り竿を海に垂らすしかないんですよ」
残ったメンツも各々好き勝手呟いていらっしゃる。
なんこれ、本当にどうしよう。
頭を抱えた所で、目の前に座る女性がクスクスと笑い始めた。
「これで遠慮なく話が出来るかい? 黒家さんって言ったかね、説明してもらおうか。 何があって、何が教えて欲しいのか」
なんというか、凄い掌で踊らされている感が凄い。
私の気のせいだろうか。
「あの……先生から事情は聞いていなかったんじゃないんですか? 何故あの三人を?」
こちらとしてはありがたい限りだが、如何せん都合よく事態が動き過ぎている。
まるで事前に私たちの事を知っている様な手際の良さだ。
そこに少しだけ疑問……というか不安が残った。
「聞いてないよ? だけどまぁ、見りゃ分かるって言って信じてくれるかね? 信じて貰わないと、話が進まないんだがね」
「もう少し、詳しくお願いします……」
カラカラと笑う黒家母は、そうさねーなんて言って顎に手を置いた。
こうも”掴みづらい”と感じる人物は、他に見た事が無い気がする。
顔だって先生達と対峙する時以外は常に笑顔で、心境の変化がわからない。
まるで詐欺師でも相手にしている気分だ。
「これでも”草加家”の端くれだって事さ。 お嬢ちゃん達はそれぞれ何か普通じゃない”モノ”を持っていて、浬の奴も使ってる。 そんで、追い出した二人に関しちゃ、そう言ったモノが見えなかった。 ここまで何か私の勘違いはあるかい?」
「いえ、その通りです……」
ならよかったと呟いて、お茶のおかわりを注ぎ始める彼女。
向こうは警戒心の欠片もない様だが、こちらとしては疑問ばかりが増えていく。
本当に何なんだこの家は。
オマケに意味ありげな様子で”草加家”なんて呟いてくれたお陰で、数名から「おいこら聞いてねぇぞ」と言いたげな視線を向けられてしまった。
鶴弥さんは御爺さんから話を聞いているのか、別段変わった様子はないが。
「浬はこの手の話を嫌うからねぇ、よく連れてきたもんだと関心してたんだよ。 聞きたい事ってのは草加の家から出た”呪具”に関してなんだろう? もちろん話してやるつもりだが、その前にお嬢ちゃん達の話と、学校でのあの子の話でも聞かせてくれないかね?」
急須を戻し、再び微笑みかけてくる彼女。
本当に全て話してしまっていいのか、若干不安になる程の距離感。
短いやり取りの中で、彼女がどこまで信用にたる人物なのかを見極めないと……なんて思っていた所で、隣に座ったケモミミの生えていないケモミミ娘が元気よく手を上げた。
「はいはい! その前に草加先生のお母さんのお名前が知りたいです! あとお義母さんって呼んでいいですか!?」
何言ってんだコイツ、馬鹿じゃないかな。
いや馬鹿だったわ、脳筋2号だったわ。
周りの冷たい視線に気づく事もなく、夏美はワクワクした様子でウズウズと身体を揺らしながら返事を待っていた。
明日からお前の名前はワク〇クさんだ、相棒の熊でも山で捕まえてこい。
そんな場違いなテンションの彼女に、草加母は盛大に噴き出しながらテーブルをバンバン叩いている。
ウチの部員のボケが大層お気に召したご様子だ。
「いいね、お嬢ちゃん最高だよ。 あのバカ息子には勿体ないくらいだ。 気に入った」
「早瀬夏美です! よろしくお願いします!」
ここぞとばかりに自己紹介をぶっこんでくる脳筋に、再び大笑いをかました草加母は腹を抑えながらいい笑顔で口を開いた。
「いいねいいね、面白い娘だ。 あぁ、自己紹介だったね? 私は草加 伊吹<くさか いぶき>ってんだ、よろしくね? こんな可愛い子にお義母さんなんて呼ばれる日が来るとはね、むしろ皆そう呼んでくれていいんだよ?」
クククと笑いを溢す彼女に対して、若干一名は元気よく返事を返しているがどうしたものだろか。
まぁそれはいいか、というかもういいや。
「それではお義母さん、まずは私たちの話からということで……」
「え、何かナチュラルに巡が対応してるんだけどなんで?」
無視だ無視、もう構ってたら話しが進まない。
「あいよ。 色々聞かせておくれよ? 田舎ってのは刺激が少ないんだ」
そう答える彼女は、何処か今まで以上に楽しそうな表情を浮かべた。
作品情報に変化が乏しい……くっころ
明日はちょっとお休みします。
調子が良ければ、明後日には更新できるかと。





