草加家
「いやぁ、まさかこの車が満員になる時がもう来るとはねぇ」
感傷深い感想を口にしながら、どこぞのビッチ先生が満足気な笑みを浮かべる。
現在私達は椿先生の車、ファミリーカーと呼べるだろう代物で高速道路を移動中。
人数が増えた事もあり、先生の車では人数的に入らなくなってしまったのだ。
どうやら最近買った新車らしく、断固として先生に鍵を渡そうとしない。
ちなみに話し合いの結果、廃墟探索などの”荒れている”場所に行くときは、天童君一人バイクで移動する事が決定した。
嘆く彼と対象的に、「む、むしろ貸してくれるなら俺がバイクで行ってもいいけど」なんてチラチラと視線を向けていた先生は、きっといつか実行に移すだろう。
乗りたくて仕方ないご様子だ。
「俺バイク乗りたかった……買おうかな……」
「そんなお金ないでしょうに、今は我慢しなさい」
前方に座った教師二人組は、そんな会話を繰り返していた。
もしもバイトとかして、バイク買ってあげたら後ろの席は私専用にしてくれたりするのだろうか?
なんて事を考えている内に、隣に座る夏美にお菓子を頬に押し付けられてしまった。
「また何か邪な事を考えている顔をしてる」
ムスッとした顔で小袋に包まれたクッキーを押し付けてくるのは止めて欲しい、砕けてしまうじゃないか。
「気のせいです。 邪というなら貴方の方がよっぽどだと思いますけど”コンちゃん”」
「その名前で呼ぶなぁ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、私達は合宿先の先生の実家に向かっている。
中央の席には私、夏美、鶴弥さんと座り。
最後尾の席では弟の俊と、天童君が座っている。
何故かやけに静かで、弟が腕を組んだまま険しい顔をしているのは謎だが。
「天童先輩、先生はとても慈悲深い心を持っています。 ですが、貴方があまり羽目を外しすぎるという状態が発生した場合、若輩者である僕ですが寛容に対処するは厳しいかもしれません」
「あ……はい。 承知しおります、理解しておりますよ? 健全で大人しい青春を送らせていただければと思っておりますよ? だから、ね? ほら、楽しもう? 険しい顔しながら腕筋ピクピクさせてないで、ね?」
どうやら随分と仲良くなれたようだ。
これも深夜のネトゲ交流があってこそだろう。
最初は俊の合宿入りに反対したが、こうして仲良くやれているんだったら、今回ばかりは弟にもいい経験になるだろう。
よしよしと頷いてから、前を向き直った。
どうやら順調な走り出しの様だ、これで先生の御両親がちゃんと話が通じる相手なら今回の合宿は安全安心で目的達成の三拍子である。
普通であれば室内だけで活動が終了しそうな『オカルト』関係な部活な訳だが、ウチの部活はやたらと物騒な事態が発生するので、たまにはこう言う安全安心な時期が欲しいというモノである。
そんな私の心境に水を差す様に、先生が口を開いた。
「お前らに一応言っておくことがある」
やけに重い口調で語り始めるその瞳は、随分と険しいモノだった。
バックミラーでチラリと視線を向けてくる辺り、ちょっと鬱陶しいが。
「現地に着いたら、いいって言うまで俺から槍の届く範囲は離れとけ。 いいな? あんまり近くにいると怪我じゃ済まねぇぞ?」
ここに来てまた不安要素が一つ浮上した。
そう言えばこの人の家系は、色々とおかしいんだった。
物理的にも、呪術的にも。
そもそも槍の届く範囲ってなんだよ、何メートルだよ、そこんとこ正確に情報が欲しい所だ。
「随分と物騒な忠告ですが、どこまで本気にすればいいんですかね?」
「どこまでも何もねぇ、全部が全部本気だ」
彼の台詞に車内は静まり返り、誰もがどう言葉を発すればいいのかわからない雰囲気を醸し出していた。
私達は……無事に帰る事が出来るんだろうか?
そんな中一人だけ声を上げる人物が居た。
あんまり望ましくはないが、私の弟が真剣な表情で沈黙を破ってくれやがりましたよ。
「先生、お供します」
「お前は周りのが不用意に近づかねぇように警戒してろ。 間違ってもこっちに寄越すんじゃねぇぞ?」
「わかりました、今回は後衛を務めます」
なんだよお前ら、ネットゲームの話なら後にしろよ。
そんな訳がないとは分かっているが、どうしても言いたくなる状況だった。
本当に私たちは、とんでもない地へ足を向けてしまったのではないだろうか?
今更引き返す事も出来ない事情と、道路交通法に恨みの念を送りながら、私たちは緊張の面持ちで現場の到着を待った。
「え、えっと……高速下りるね……? 本当にいいんだよね? 行っちゃって……」
ここまで来ると、流石に椿先生が可哀想になってくる。
この合宿中に、胃に穴が開かない事を祈るばかりだが……果たしてどうなる事やら。
下手をすれば私達だってそうなりかねないのだ。
なんというか、平穏ってなんだっけ。
「あぁ、孤島に住みたい……出来れば今まで誰も死んでない上に、通販が届く範囲で……あと一軒家付きで」
「宝くじでも当てるしかないんじゃないですかね。 『感覚』でそういうのも分かればワンチャンですよ?」
鶴弥さんの無情なツッコミを頂きつつ、私達は着々と件の”草加家”に近づいて行った。
さてさて、本当にどうなることやら。
————
我、草加先生の御実家に到着せり。
なんておかしなテンションになりながら、車から降りて周囲を見渡す。
見えるのは山、海、そして一軒家。
しかも結構立派!
お金持ちだぞー! って雰囲気ではないが、今住んでる地域の家から比べればずっと広い平屋の建物。
凄い、これは凄いぞ。
もはや一見リゾート地じゃないか、建物に囲まれているよりずっと毎日が楽しそうだ。
しかも結構日が高い内に到着出来たのだ、これは楽しむ他あるまい。
ウキウキ気分で建物に近づこうとした私だったが、ひょいっと持ち上げて後方に戻されてしまった。
「もうちっと待ってくれ早瀬、『御挨拶』がまだだからな」
ほんの一瞬だったが、お姫様抱っこというヤツを体験してしまったようだ。
どうしよう、もう一回近づいてみようかな。
今までお米様抱っこはされた事はあったが、お姫様抱っこは初体験だ。
是非ともアンコールを願いたい。
なんて思っていた私の襟元を巡がガシッと掴み取った。
やめてくれないかな、これじゃ草加先生に近づけない。
「小動物じゃないんですから、少し大人しくしていてください。 ご両親の前でみっともない真似は出来ないでしょう?」
その言葉にピタッと体が停止した。
確かにそれもそうだ、もしかしたら今でも見られているかもしれない。
狐憑きの状態になれば人の気配やら物音やら気づけるかもしれないが、残念な事に今この場でその姿になるわけにはいかない。
出来れば草加先生にも見て貰って、感想とか頂きたい所だが……この調子だといつになる事やら。
などと考えながら静かにしている私達を他所に、草加先生だけが玄関に歩いていく。
確か”槍の届く範囲”だっけ?
それってどれくらいなんだろう、2メートルくらい?
なんて、改めて考え始めた瞬間だった。
「——チェェストォォォ!」
「——古いんだよボケ老人が!」
事態は急に動き出しだ。
窓から飛び出してきた男性が木刀か何かを草加先生に向かって振り下ろした。
不味い、なんて思った瞬間に巡にまた首元を抑えられてしまったが。
「いいから見てなさい」
この状況で何を!? なんて叫びたくなったが、それは目の前の光景が実証していた。
あぁこれは手を出せないわ、という率直な感想が浮かんでしまう程、恐ろしい『御挨拶』が繰り広げられていた。
「はっ! 随分老けたんじゃねぇか? トロ過ぎてハエが止まるぞ?」
挑発的な言葉を溢しながら、次々と繰り出される木刀を草加先生は拳で横に払いのけている。
いや、うん。
多分ハエとか叩き落とすくらいの速度だと思う。
私今この空間に飛び込もうとした? 馬鹿じゃないの? 普通に死ぬわ。
「お前だっていい年して相変わらず昔と変わらねぇな!? 癖も攻め方も昔のまんまだ! この童貞小僧が!」
「ど、童貞ちゃうわ!」
何気に重要な情報を手に入れた気がする。
今回の合宿に参加してよかった。
「ほらほらほら、脇が甘いんだよ!」
「脇に当たった所でジジィの一撃なんざ痒いくらいだってんだ! オラ当ててみろや!」
私達は一体何を見せられているんだろう。
木刀と素手の対決で、なおかつすんごい速さで動き回る二人。
これは狐憑きの状態で本気を出して一発入るかどうかだわ、そして入っても笑ってそうだわ彼等。
なにこれ怖い、霊長類最強決定戦?
「なんだなんだ? やけに若い子ばかり連れてきおってからに、最後尾にいる美人さんは誰だ? 紹介しろ童貞野郎。 もしかしてアレが本命か? あぁん? そうなんだろ!?」
「椿のことか? お袋に殺されろ老害ジジィ」
よし殺そう、そうしよう。
もういいよね、私我慢したよね?
この家なら実力行使とか認めてくれるよね?
なんて事を思いながら踏み出した私の首元を再び引っ張る巡、解せぬ。
そんな風に戯れていた草加先生達と私達を無視して、第三者から大音量の声が響き渡った。
「——こんっの馬鹿ども!! 上がるならさっさとしな! 玄関先で騒ぐんじゃないよ!」
スパァン! といい音を立てながら、その女性は玄関を開いて現れた。
多分草加先生のお母さんなんだろうが、見た目がすんごい若い。
同級生のお母さんとか、そういうレベル。
椿先生のお婆ちゃんといいこの人と言い、”お年寄り”みたいな言葉がゲシュタルト崩壊を起してしまったのは私だけではない筈だ。
しかも見た目だけではない。
玄関を開いた瞬間、二人に向かって眼で追えないくらいの速度で何か投げつけたのだ。
「——ふん!」
「——んがっ!」
二人の声が静まり返った一軒家の前に響く。
ただしその声は、草加先生のお父さん? と思われる人物と、俊君の声だったが。
「後方待機との事でしたが、失礼しました」
静かに頭を下げる彼の足元に転がっているのはフライパン。
うん、間違いなくフライパンだ。
それを彼は拳で叩き落としたらしい。
俊君も普通じゃない、これ絶対。
「あ、愛情表現は……もう少しソフトに……」
と、顔を抑えながら藻掻いているのは草加先生のお父さん。
彼の顔面にはフライパンの蓋が直撃したらしい、ガラス製なのでとても痛そうだ。
「へぇ……見所のある若造もいるんだね」
口元を釣り上げながら、草加先生のお母さんが笑っている。
普段見れば怖いとしか感想の出ないそれだが、今だけは私に向けてほしかった所だ。
なにこれ、こんな事なら耳でも尻尾でも出しながら草加先生の加勢に入るべきだったのだろうか。
とても悔やまれる事この上ない。
「初めまして、黒家俊と申します。 ですが見くびらないで頂きたい、先生の本気はこんな物ではありません。 ご両親に対して手心を加えるのは、人間としては当たり前かと」
「へぇ……随分といい弟子を育てたもんだ」
鋭い眼光で睨む俊君に、感心したように頷く草加母。
何故私はあの範囲に居ないんだろう。
本気を出せばもしかしたら、その台詞は私が頂戴できたかもしれないのに。
悔やまれる、実に悔やまれる。
ちょっと俊君が恋敵に思えてきた、今から勝負を挑んでやろうか。
なんて思っていた所で、巡が数歩踏み出し頭を下げた。
「初めまして、その愚弟の姉の黒家巡と申します。 大変お騒がせして申し訳ありません。 この度は合宿の件で我々一同お世話になります、ご迷惑とは思いますが、どうかよろしくお願い致します」
「こりゃまた……随分といい所のお嬢さんみたいだね? こちらこそ、狭い部屋しか無いが存分に楽しんでいってくださいな」
ちくしょう、お前ら全員敵だ。
本日「夏のホラー2019」企画として、短編? というか四話くらいの作品を投稿しました。
タイトルは「廃病院の久川さんは諦めない」です。
今作は黒家巡の姉の過去の話。
”黒家 茜”が経験した番外編となります。
当然異能なんてありません、先生の右ストレートもゴールデンな右足もございません。
この作品とは違う”怪異”を、よろしければ読んで頂ければ幸いです!
両作ともブクマ評価等頂ければ嬉しいです。
どっちの感想だったとしても、とりあえず残していただけれ作者は一緒なので読ませていただきます。
是非読んでみてください。





