活動 2
なんやかんやあったが、浬先生の手を借りる事なく無事”探索”を終わらせた私たちは、本日の夜もまた別の心霊スポットに足を延ばしていた。
今日はもうガチで廃墟だ、ザ心霊スポットって感じの建物である。
多分ホテルか何かだったのだと思うが、とにかくボロい。
そして昨日のおさらいとばかりに、浬先生は再び車でお留守番。
昨晩の反省もあり、今日は昨日よりまともに動ける……そう思っていた時期が私にもありました。
「多い! 多いって! ”全員回れ右! はいそのまま直進! 建物の外へいったら自由行動! ほらとっとと行けー!”」
とんでもなくいい加減な命令を飛ばしまくっている天童先輩。
それでも今までよりもずっと多くの”カレら”の声が遠のいて行くんだから、意外にも役立っている。
というかケモミミ先輩が御光臨なされてない状態ならば完全に主戦力だ。
やるじゃないかカブト虫。
「天童先輩! 離れすぎないで下さい! そろそろ『なりかけ』が来ます!」
そんな彼が焦った顔で”声”を出しながら、後ろ向きのまま後退してくる。
その近くを色々生やした金髪の早瀬先輩が、目で追うのがやっとの速度で走り抜ける。
金色の軌跡が残りそうな勢いで、黒い霧の中で暴れまわっている。
普段の彼女からは想像出来ないその姿に思わず目を奪われるが、私は私で役割を熟さないと。
——見ツケタ。 イラッシャイ、マセ。 オ部屋ニ、御案内ヲ。
『雑魚』の声とは全く違う、擦れたような声がさっきよりずっと近くで聞こえてきた。
間違いない、きやがりましたよ。
「先輩方! 『なりかけ』が来ます! 警戒してください!」
前方の二人に大声で警告して、周囲の音に対して”耳”に全神経を集中する。
まただ、その声はまるで反響しているみたいに、どこから聞こえてきているのか掴めない。
「まだ、ダメそうですか?」
隣に立つ黒家先輩が静かに呟いてからこちらに視線を向けた。
「す、すみません……」
自身が情けないと感じるのもあるが、昨日今日と黒家先輩がちょっと変だ。
早瀬先輩程こういう場所で彼女と行動を共にした訳ではないが、なんとなくいつもとは違う。
普段より全然口数が少ないし、何より彼女は対抗手段など無くとも、常に早瀬先輩と最前線に居た気がする。
天童先輩が加わってその必要がなくなっただけ、というのもあるかもしれないけど……なんていうかちょっと雰囲気が怖いのだ。
学校とかでは普通なのに。
「近くまで来たら私が知らせます。 そのまま集中してください」
「あの、『感覚』は……」
「未だ昨日見た通りです。 ちょっと調子が悪いみたいなので最小限しか、すみません」
「いえ、そんな謝らないでください」
会話は終わりとばかりに、視線を正面に戻されてしまった。
やっぱりなんと言うか、いつもより距離があるというか……
その影響なのか、早瀬先輩もちょっと機嫌が悪い気がする。
それこそ、私の気のせいだと良いんだけど。
なんてやっている内に、あらかた『雑魚』が片ついていく。
さて、あとは『なりかけ』が出てきてくれれば一段落といった所なんだが、未だ方向は掴めない。
”耳”でその声は捉えているのに、もどかしいばかりだ。
「夏美」
黒家先輩が、小さな声で呟いた。
結構前の方で暴れている早瀬先輩の耳に届くのか心配になるレベルだが……
あっ、ケモミミがピクピクしてる。
多分聞こえたのだろう。
「私の後ろです」
「え?」
先輩の呟きに思わず振り返った、すぐ後ろからさっきのかすれ声が聞こえる……と思った瞬間黒い霧が爆散した。
いやなんだよ、びっくりするわ! 自爆したのコイツ!?
なんて本気で思ったが、消えていく霧の向こうに早瀬先輩が立っていた。
「お見事」
冷静に声を掛ける黒家先輩がちょっと信じられない。
こっわ、早瀬先輩こっわ!
さっきまで前に居たのに、もう後ろに立ってるよ。
絶対この人クロック〇ップしたよ。
「やっぱり、最近の巡の態度は嫌」
不満そうな顔を浮かべながら、耳と尻尾を引っ込めた早瀬先輩。
長期戦のせいか、それとも最後の一撃のせいか分からないが、ちょっと顔色が悪い。
だとしても凄い、というか怖い。
もう絶対この人怒らせない。
「反省してます、とはいえ念の為ってやつです。 各自の戦力アップも必要でしょう?」
「だとしても、嫌。 他にも何かあるでしょ?」
そんな超高速狐モフっ子に睨まれながら、平然と会話する黒家先輩はかなり肝が据わっていると思う。
今は引っ込めているのでモフっ子ではないが、それでも動じないのが凄いわ。
「そうですね、無い訳ではありませんね。 服とか悩んでます」
「服?」
無表情につらつらと言葉を並べる黒家先輩に、むすっとしながら髪を束ねている早瀬先輩。
ちゃんと耳をしまった後は、いつものポニテに戻すと言う先輩の拘りルールがあるらしい。
なんかいいよね、そういうの好き。
ってそうじゃない、真面目な話かと思ったら服ってなんだ服って。
「今度先生の御実家にお邪魔することになりまして、どういう服装で行こうかな……と」
「「は?」」
思わずハモってしまった。
急に何を仰い出したのかこの人は。
「草加ッちの実家がどうしたって?」
あんまり聞こえて無さそうだった天童先輩が、すごすごと帰ってくる。
きっと前方に急に取り残されてしまったんだろう、ちょっと可哀想だ。
なんて考えていたが、取り残してきた当の本人はそれどこれではないらしく、黒家先輩の肩を掴んで揺さぶっていた。
今は耳生えてないし、大丈夫だと信じよう。
「ちょ、ちょっとちょっと! どういう事!? 私聞いてないし! 実家って何!?」
「今言いました、実家とはその人が生まれ育った家の事ですね」
「ばっか違うでしょ!? そうじゃないでしょ!?」
頭をがっくんがっくん揺らされながらも、早瀬先輩の反応に満足気な笑みを浮かべている部長様。
さっきまでの雰囲気はどこへやら、もういつも通りに戻ったらしい。
そっちの方は安心だが、現在進行系で安心できない状況が繰り広げられているんだが。
お願いだから耳とか尻尾とか出てこないでくれと祈るばかりだ。
「なので、戻りながら話しましょうか。 『なりかけ』も片付いた事ですし、帰りましょう」
「う、ぐぐぐ……」
ニヤリと笑う楽し気な表情と、悔しさいっぱいで唇を噛み締める顔が対峙する一方で、話の内容を察したもう一人が膝をついて項垂れていた。
何コレカオス。
とにかく今日の活動も無事終了だ、さっさと帰って昨日の続きを——
——クスクスクス。 楽シソウダネ? 一緒ニ遊ボウ?
全員の動きが、一瞬で固まった。
背筋が冷えたどころではない。
全身に鳥肌が立って体中の筋肉が強張った。
これは、絶対不味い状況だ。
「よりによって出入口前ですか……間違いなく『上位種』です……」
ギリッと奥歯を噛み締める黒家先輩が宣言した。
これが『上位種』……対面する、という意味では私もこれが始めてだ。
『眼』を持っていない私ですら、その姿が見える。
幼い少女、黒いワンピース、腕に抱えられている半壊したぬいぐるみ。
どこか先日みた少女を彷彿とさせ、余計に焦燥感に駆られる。
だがコレは昨日のあの子じゃない、そう確信出来るほどの歪んだ笑みを顔に張り付け、ただただ静かに笑っていた。
「こ、これって……結構ヤバいんじゃ……」
天童先輩も私と似た様な感想を抱いている様子で、後ずさる姿が視線の端に映った。
とにかく、浬先生に連絡を……
「——せぇい!」
スマホを取り出した瞬間に、そんな叫びが前方から聞こえた。
そこには再び金色に染まった早瀬先輩が、『上位種』に向かって右足を叩き込んでいる姿が映る。
さっきまで私達の後ろに居たと言うのに、またとんでもない速さで突進したんだろう。
とはいえそれくらいの速度が乗ったキックだ、いくら『上位種』でも……
「嘘でしょ!?」
——ソウイウ遊ビナノ? パパモ同ジ事シテ遊ンデクレタヨ?
喋る度にゾッとする言葉を吐く彼女は、依然としてその場に立っていた。
早瀬先輩のブーツが顔の横にめり込んでいるというのに、それはもう楽しそうな笑みを浮かべながら直立している。
声も、笑い方も、話す内容も。
全てが不快感を煽る。
逃げ出したい、今すぐ”アレ”の視線から外れたい。
カチカチと奥歯が音を立て、膝が震える。
あんなものが歩み寄ってきたら、絶対漏らす自信がある。
それくらいヤバイ相手が、目の前にいる。
以前の”蛇”の方が、自身を標的とされていなかった分ずっと気が楽だった気がする。
先輩達、いつもこんなの相手にしてるのか。
「は、”早瀬さんから離れろ”!」
——っ!
意外だった。
天童先輩に声に反応して、『上位種』が一歩だけ後退する。
その間に早瀬先輩は凄い速度で下がってきて耳をしまった。
もしかして”異能”は効くのか? ”狐憑き”は私達の異能とは違うから、効果が薄い?
とはいえさっきまで狐憑きの状態で”カレら”を屠っていたのだ。
それを考えるなら『上位種』はベクトルが違うのか、もしくは本格的に”格”が違うのか。
どっちにしても、最悪な状況には変わりないが。
「『迷界』がないだけまだマシです! 一旦出口は諦めて、引き返し——」
——逃ガサナ……フガッ!
黒家先輩と叫び声と『上位種』の悲鳴、そして物凄い衝撃音が通路に響いてた……って、オイ最後のは何だ、今度は何が起きた。
全員背を向けて全力疾走寸での体制で固まり、思わず背後を振り返ってしまった。
そこには開いた扉の影で頭を抱えて、足先から霧に包まれる上位種の姿。
そして扉を蹴破っただろう姿勢から、ゆっくりと足を下ろす浬先生の姿があった。
「ここに居たかお前ら。 おっせえよ! 真面目に肝試ししてんじゃねぇよ。 いつまで掛かってんだ、もういいだろ? 帰ってネトゲしようぜ?」
今さっき蹴破った扉に轢かれたらしい『上位種』は今や形を失って、風に揺られて消えていった。
前回もそうだけど、浬先生の攻撃って物を使っても有効なんですね、びっくりです。
もうそれ『腕』の異能じゃないよ、怪異絶対殺すマンの異能とかでいいよ。
更に言えば退治した本人にさえ気づいて貰えない『上位種』が、ちょっとだけ不憫だよ。
「すみません、今度の合宿の話をしていたら遅くなりました」
早くも冷静さを取り戻した黒家先輩が、いけしゃあしゃあと喋り出した。
こういう時の切り替え早いよね、多分誰も真似できない。
「んなもんネトゲやりながらでいいじゃんよ、ホラ帰るぞー」
呆れた様子で来た道を戻り出す浬先生に、慌てて全員が後を追う。
いくら呆気なく『上位種』をぶちのめしたとしても、この場に一人で残されたくはない。
あんなものを見た後だと特に。
「え、えっと! 合宿ってどこにですか?」
ちょっと疲れた様子の早瀬先輩が先頭を歩く浬先生に尋ねる。
ちなみに小走りになって浬先生の隣をちゃっかりキープしているようだ。
「さっき言ったじゃないですか。 先生の御実家に向かうって、もう忘れたんですか?」
いつの間にやら逆サイドは黒家先輩が陣取っていた。
この二人、相変わらずである。
真ん中の朴念仁も、相変わらずなのが悲しい所な訳だが。
「え、つまり私も行っていいの!?」
「私、ではなく私達、ですけどね?」
普段の雰囲気に戻った先輩達を見て、改めて一息ついた。
今では黒家先輩に”あの”雰囲気もないし。
悩んでいた事って本当に合宿の事だったんじゃ……いや、それは流石にないか。
どう考えたって、無理やり話の流れを変えただけだろう。
だからこそまだまだ不安要素はある訳だが、まあ今日はもう良いだろう。
正直疲れた。
「鶴弥ちゃん、ちょっと俺悲しくなってきたから慰めて……」
「すみません、俊君からメール来たのでまた後で」
「ちくしょぉぉぉ!」
今日もまた、夜は長くなりそうだ。
————
『ちなみに草加先生。 その合宿、俊君も一緒じゃ駄目ですか? 本人居るのにこう言う事言うのもアレかなって思ったんですけど、前に活動を見学でもいいから参加したいって相談されてまして』
呑気な声を出しながら、画面内で早瀬先輩のキャラが物凄いスピードで動き回る。
なんかこの光景さっき見た気がする。
金髪だし、ケモミミもちゃんと生えてるし。
ちなみにキャラネームは”コンちゃん”だった。
昨日の段階で、どこぞの部長様から卑猥キャラクターだとイジられていたが。
『んー別にいいんじゃね? いくらか旅行費は掛かるけど、そこが問題なければ。 椿はまぁなんとかなるだろ、アイツもあれで意外と話分かるからなぁ』
物理火力極振りの”草海林”とかいうキャラクターが、ボスキャラのHPを4割くらい一撃で削り取っていた。
うんうん、こういうのってやっぱり性格出るよね。
『ありがとうございます! 夏美さんも覚えてて下さって感激です。 少しでもお役に立てるように頑張りますね!』
やけに暑苦しい反応を見せながら、”くろやん”さんが物理と速度を駆使してボスの取り巻きを蹴散らしていく。
結構操作が忙しい系のゲームなんだけど、皆慣れるの早いなぁ……
『っていうか草加ッちの地元って海あるんだよね!? つまりそういう事だよね!』
やけに元気な様子の”天我偉古獨久”とかいうキャラクターが、床に這いつくばったままピクピクしている。
何て読むのか聞いても「気にしないで」なんて言われてしまったが、”てんがいこどく”と読めてしまうのは気のせいだろうか。
彼なりの自虐ネタで注目を集めようとしたのかもしれないが、昨日の時点では誰も気づいてあげられなかった。
そんな彼の元へ何故か一人だけ行商人の格好した、大きな荷物を背負った”くろやさん”が走っていくと、貴重であるはずの蘇生薬を惜しげもなくぶっ掛けていた。
『まぁそういう事ですよね。 ただ最近の流行りとかに疎いんで、どうしようか迷ってます。 先生何かリクエストとかあります? 今度どこかの避妊具の様な名前の人を連れて買い物に行こうかと思ってるんですが』
『巡、それって私の”コンちゃん”の事を言ってるのかな? よし、その喧嘩買った』
ボス戦だというのに”コンちゃん”と”くろやさん”がバトり始めた。
もう何が何やら。
こんなの一般参加者が居たら大いに混乱するだろう。
「そういう事であれば、私も一緒にいいですか? 泳ぎに行くなんて随分久しぶりなので、私も水着がありません」
全員にバフを掛けながら、私もキャラクターをウロウロさせる。
いやー、楽しい。
大人数でゲームするの凄い楽しい。
『鶴弥ちゃんならホラ、とっておきがあるじゃない』
「というと?」
『スクール水——』
「——もうバフも回復もいらないと言う事ですね、わかりました」
『ちょ! ごめん待って!』
どこぞの自虐カブト虫が最近セクハラに躊躇が無くなってきたんだが、どうしたものか。
その度に周りから冷めた目で見られているというのに、ある種の性癖に目覚めてしまったのだろうか?
『ばっかお前、天童。 お前は本当に馬鹿だ』
『草加ッち?』
『ロリッ子が背伸びしてビキニを着るのがいいんじゃねぇか』
『な、なるほど! 確かにそれもイイかもしれない!』
「うっせぇ馬鹿共、火炎瓶投げるぞ。 あ、すみません。 もう投げてました」
『『メディーック!』』
「私がメディックだ」
そんなこんなで夜は更けていく。
そろそろ土日……っていうか夏休みも近いんだけど、どっちで予定しているのか。
その辺りは良く聞いておかなければ。
しかし浬先生の実家とは、一体どういう所なのだろう。
今回の合宿から帰ってきた頃には全員がムキムキになっている姿を想像して、私は考えるのを止めた。
というか、今回ばかりは普通の合宿っていったらいいのか、心休まる旅行になってほしいと願うばかりだ。
そういえば、最後に旅行に行ったのっていつだったろうな?
『まぁ兎にも角にも、今回は先生のご両親の話さえ聞ければ目的達成です。 遊び尽くす準備だけはしておいてください』
相変わらずの口調で喋る黒家先輩だったが、その声は普段よりどこか楽しそう聞こえた。
少しばかり忙しくてお休みを頂きました。
デイリー更新はちょっと厳しめですが、今後共宜しくお願いします。
誤字報告がめっさいっぱい来てたー! お恥ずかしい限りでごぜぇます……
ユーザーIDで検索する方法がよく分からなかったので、この場でお礼を。
読み飛ばさずしっかり読んで頂いて感謝です。





