活動
昨日の夜は随分と盛り上がってしまった。
最初は草加先生とちょっと話そうかなぁくらいで電話したが、なにやらお祭り騒ぎの様に騒がしく、あれよあれよという間に私はいつの間にかネットゲームを始めていたのだ。
こういうのに触るのは初めてだったが、皆と遊んでいるという感覚が癖になりそうだ。
そのせいで昨日は久しぶりにお母さんに怒られてしまったが、今度からはもう少し声を抑えよう。
「オカ研に入って初の廃墟探索だってのに……めっちゃ眠いの俺だけかな」
あの後結局天童君も呼び出され、皆で遅くまでワイワイしてたせいか、とんでもなく眠そうな顔で廃病院の廊下を歩いていた。
ここはまだ記憶に新しい、つるやんと最初に来た病院だった。
正直に言えば私も眠い、でも今日もゲームするって約束したから出来れば起きてたい。
そんな事を考えながら草加先生以外のメンバーがゾロゾロと廊下を歩いて行った。
ちなみに椿先生は2、3日休ませてくれと連絡があった。
あのお婆ちゃんの相手をしていたのだからと、誰も反論することは無かったが。
「気持ちはわかりますけど、気は引き締めてくださいね。 こういう所のカレらを放っておけば『上位種』が生まれたり、溢れた手合いが街中に下りて行っちゃいますから。 昨日みたいに街中を周回するのは嫌でしょ?」
「あれは……ちょっとトラウマになっているので、事前に防ぎたいです」
「確かに……それは俺も同意するわ」
聞いた話によると、つるやんと天童君の目の前で自殺者が出そうになったそうな。
それは確かに怖いよね、トラウマにもなるよ。
とはいってもそれを防いだのが俊君だと聞いた時は驚いたが。
世間って意外と狭いね、あと俊君はやはり草加先生ばりにヤバイ人のようだ。
話を聞いていてもにわかに信じられないくらいだったが、「それくらい先生に比べたら可愛いもんです。 あの子はまだ20メートル越えの大蛇とか相手出来ませんから」なんて台詞で何故か、あぁ確かになんて思ってしまった。
そろそろ私の中の常識が壊れて来ている気がするんだが気のせいだろうか。
ちなみに”まだ相手出来ない”なんて言っている辺り、将来的には可能になりそうで怖い。
もはやアレだよ、「男の子だもんね、むしゃくしゃしたから熊狩ってきちゃったの? 仕方ないね」なんて会話が自然と出てきそうだよ。
それは違う、絶対違う、普通ではない筈だ。
こんな時こそ天童君だ、彼を見よう。
「あ、あの早瀬さん。 どうしたの? 俺の顔ジッと見て」
「多分違う理由で見てるんだと思いますから、期待しない方がダメージ少ないですよ?」
そんなやり取りを繰り広げる天童つるやんコンビ。
やっぱこの二人仲いいよね。
「うん、大丈夫。 ありがとう天童君、お陰で”普通”っていうモノを実感できたよ」
「な、なんか凄い心が痛い……誰と比較して”普通”って言われてるのか分かる辺りがすげぇくる」
「だから言ったじゃないですか、鼻の下伸ばすだけ無駄ですって」
何やら天童君の心を傷つけてしまったらしい、これは申し訳ない事をした。
決して嫌味で言った訳ではなかったんだが。
「ご、ごめんね? 悪い意味じゃないよ? 天童君みたいな人が”普通”なんだなぁって思っただけで、別に低く見てるとかそんな事は」
「早瀬先輩止めてあげてください。 ただでさえ低い彼のHPがもはやマイナスに振り切ってます」
「あ、あれ?」
「大丈夫……俺はホラ、そこらにいる普通の人だから。 分かってるから、うん。 大丈夫……」
「何を今更分かり切っている事を言っているんですか天童先輩、少しくらい普通よりイケてるよーみたいに言ってほしかったんですか? あ、バイク”は”格好よかったですよ?」
「だから鶴弥ちゃんさぁぁぁ!!」
なんて会話をしていたら、先頭の巡が片手を上げて全員が止まった。
今まで騒がしかった雰囲気が嘘のように静まり返り、暗い廊下に静寂が広がっていく。
巡と私が手にしたライトが、強い光を放ちながら行く先を照らしている。
そうそう、買っちゃった。
お高いフラッシュライト、凄くカッコイイヤツ。
えへへ。
「まずは鶴弥さんです。 『耳』でカレらの距離や位置、そう言ったモノが掴めますか?」
「え? それなら黒家先輩の『感覚』のほうが」
「いいから、早く。 出来そうですか?」
「えっと、はい。 大体って感じですけど、カレらの声で分かります。 とはいえ私じゃ離れすぎてると曖昧になっちゃいますよ?」
「構いません、”探る”のと”聞く”のが自身の役目だと思って常に集中してください」
「は、はい……?」
意味深な言葉を残して目の前を睨む巡。
なんだろう、何か嫌だな。
昨日椿先生のお婆ちゃんが言っていた内容を聞いても教えてくれないし、どこか不安が残る。
しかも天童君とつるやんには、昨日あった事を話していないのだ。
どうして説明しないのか、どうして自分の事は隠そうとするのか。
それが今になって不安を誘う。
「天童さん、貴方の役回りは牽制です。 カレらが出てきたら迷わず”声”を使って下さい。 少しでも多くの個体を足止め、または無力化するのが貴方の仕事です。 絶対に他の人に”カレら”を近づけさせないように動いてください」
「お、おう! 任せろ!」
まただ、何か凄い違和感がある。
こんな風に事態が始まる前にきっちり説明した事なんてあっただろうか?
いつだって一緒に居て、その場その場で最善と思われる指示を飛ばしてくるのが彼女だった筈だ。
だというのに、まるで二人に教えるみたいに言葉を紡いでいく。
まるで、”自分が居なくなっても”皆が活動出来るようにしているみたいで、凄く嫌だ。
なんだこれ、凄く気持ち悪い。
「夏美は——」
「——いい。 何かあった時に、その都度指示もらえれば動くから。 それでいい」
「しかし、それでは」
「巡が”近くに”居るなら、問題ないでしょ?」
「……わかりました」
渋い顔で視線を反らされてしまったが、今はこれでいい。
もうこれ以上不安になる言葉なんて聞きたくない。
それに私の役目なんて、もう分かり切ってるし。
だからこそこんな”調査”する必要もない廃墟だというのに、草加先生に待ってもらっているのだ。
『なりかけ』は居るが、『上位種』は居ない。
ならば効率だけで言えば、最初から草加先生に入って貰った方が早い。
しかし今回も待ったを掛けたのだ、ならば私で”試したい事”なんて一つしかないだろう。
「来ます!」
丁度会話が切れた所で、つるやんが声を上げる。
お出ましみたいだ。
通路の至る所からカレらが這い出して来る。
扉、床、天井。
これが『迷界』の中じゃないっていうんだから驚きだ、よくもまぁ集まったモノだ。
「それじゃ、指示通りに」
だから、ソレ止めてよ。
普段なら意の一番に声を上げるのが巡でしょうが。
ちょっとイライラしてきた。
「”止まれ! その場で動くな!”」
天童君が叫ぶとまるで再生中の映画を止めたみたいに、近くの『雑魚』がピタっと動きを止めた。
初めて目の当たりにする『声』の異能。
これは……結構凄い能力な気がする。
「夏美、正確にはどれくらい止まりましたか?」
隣に立つ巡が冷静に声を上げる、通路の奥からは未だ”カレら”が迫ってきているというのに。
「えぇっと……10人くらい、って曖昧じゃ不味いよね。 見えてる限りは10人止まってる!」
「そうですか、どこまで止まっているのか確かめたい所ですけど、そこまで余裕は無さそうですね」
「奥から20……くらい? 来ますよ! 更に奥にはもっといます!」
つるやんの叫び声と共に、奥の『雑魚』も迫ってくる。
彼女のいう通り、通路の更に奥にはそれ以上の”カレら”が蠢いているのが分かる。
さながらゾンビ映画だ。
「こんなに多いのかよ! ったく、”消えろ”!」
天童君がさっきより強めな声で叫んだ瞬間、目の前にいる数体が霧のように消え去っていった。
だが、動きを止めた『雑魚』の半分にも満たない。
少なからず動揺したらしい彼は、同じ言葉を何度も繰り返した。
「夏美」
「最初消えたのは4人だね、あとは後ろから来たのが数人ずつ消えてる感じ。 でも決まった数を消してるって訳じゃないみたい、『雑魚』にも強弱ってあるのかな?」
「『なりかけ』みたいなのも居る位です、確かに強弱概念はあるのかもしれませんね」
「せ、先輩方……あんまり落ち着いて話している場合じゃない気がしますけど……」
焦った表情のつるやんが、最前線に立って声を上げ続けている天童君に向く。
確かに、いい加減彼にばかり頼るのはよろしくない状況の様だ。
「”止まれ! 消えろ、消えろ!” あぁクソ! 今まではこんな事なかったのに!」
結構限界の様だ、そろそろ選手交代と行こう。
「街中にうろついているのとはレベルが違うって事ですかね。 夏美、そろそろ」
「分かってる、行ってくるね。 何かあったら教えて」
そう言ってから髪留めを外し、件の耳と尻尾を生やす。
やけにモサモサする尻尾と、急に大きなったかのように感じられる周囲の音。
この違和感にはもう随分と慣れた。
さっきまで感じられなかった筈のこびり付いた消毒液の匂い、体重が5分の1くらいになったんじゃないかと思える程の自身の体の軽さ。
毎晩の様に繰り返す度、この体は私に”馴染んでいった”。
「——ふっ!」
なんて掛け声と共に、天童君の目の前に迫った白衣のおじさんを蹴り飛ばした。
派手に吹っ飛んで、そのまま霧の様に消えてなくなる。
「次っ!」
すぐ隣にいたおばさんを回し蹴りで吹っ飛ばした後、バランスが崩れてコケそうになるも、なんとか両足で踏んばって事なきを終えた。
私が出来るのなんて、草加先生の真似事だ。
いくらかは体術の類を教えてもらったとは言え、殆どが”見せて貰って真似をする”程度なものだ。
とてもじゃないが格好なんてつかない。
見様見真似、しかも実戦素人な力押し。
いつも以上に不要な体力を使っているのが良い証拠だ、こんなの一時間も持たないだろう。
「話には聞いてたけど……すっげぇ綺麗だね、早瀬さん……そのコスプレ」
「あ、えっと、ありがとう? いやコスプレじゃないから」
ポカンと口を開けたままおかしな事を言い始めた天童君に反論しながら、もう1体殴り飛ばした。
うん、『雑魚』くらいなら問題なく相手出来るみたいだ。
とはいえ数と時間の影響で、いつまでもという訳にもいかないが。
限界まで酷使してしまえば、私はその後動けなくなってしまう。
なんとも、不便な事この上ない。
「ずっとこの状態で居られる訳じゃないから、フォローよろしく!」
「りょ、了解! あと今度からはズボンにして、目のやり場に困る」
「あっ、見るな馬鹿ぁ!」
しまった、今日はデニムスカートなんぞ履いてきてしまった。
とはいえ草加先生も居るし、毎回ズボンって訳にも……あぁもう、スパッツでも履いてこようかな。
なんて考えている内に、つるやんの叫び声が響く。
「っ! なんかヤバそうな声が聞こえます! 今までと違います! 多分『なりかけ』! 反響しちゃってどこから聞こえてくるのか……」
「巡! どっちからくる!?」
「……」
「巡!」
「……ちょっと待ってて下さい」
いつもより随分反応の鈍い巡に意識を向けながら、手近な数名を蹴り飛ばしていく。
天童君が動きを止めてくれるので、はっきり言って超楽ちんだ。
とはいえ部長様のせいで不安要素は尽きない。
今日は『感覚』を使ってないのだろうか?
今までそんな事無かったのに……なんて改めて彼女に視線を向けた所で、ビクッと体が震えたまま止まってしまう。
「……巡? なにしてるの?」
なんだ、アレは?
「なにって、貴方の言われた通り……ぅぐっ! 『感覚』の範囲を、広げて……」
苦しそうに歪んだ表情。
そして彼女の周りに纏わり付く黒い霧。
彼女の隣に立つつるやんに変化は見られない、私の『眼』だからこそ、見えている現象なんだろうか?
とはいっても、普通じゃない事が起きているのは確かだ。
まるで、椿先生のお婆ちゃんと対峙した時にみたいに”ヤバイ物”が彼女の体から放たれていた。
「巡! ストップ! もういい! もういいから!」
思わず彼女の元へ向かい、その体を抱きしめた。
何が起きた? ここ最近の彼女は変だ。
今まで何もなかった筈の”異能”が、どう見たって彼女を苦しめ、蝕んでいるようにしか見えない。
そして今日の活動の様子も、普段の巡らしくない。
『呪われただけの存在、その程度では取り殺されるだけの運命でしょう』
あの言葉が、こんなタイミングで脳裏によぎる。
黙れ、本当に黙ってくれ。
「ちょっとマジか! 早瀬さんどうしたの!? あぁもう”止まれ!” こっち結構厳しい! 一回退く!?」
「早瀬先輩!? 黒家先輩もどうしたんですか!? 不味いですよ、早く指示を! 天童先輩下がってください! もうすぐ『なりかけ』が来ます!」
「んな事言われても! ”止まれ! 消えろ!” あぁもう!」
不味い、状況が混乱してる。
指示を出す人間が居ないだけで、こんなに動けなくなってしまうモノなのか。
そんな事を改めて実感した。
とにかく早く天童君の所に戻らないと……でも、このままで巡は大丈夫だろうか?
この手を放したら”カレら”の様に消えてなくなってしまいそうな雰囲気だ。
あまりにも儚く見えるその姿に、この場を離れるのが躊躇される。
私は、どうすれば……なんて思っている時に、腕に抱いた彼女から声が発せられた。
「天童さん。 行動を支配するのではなく、促す命令を出してみてください」
騒がしかった筈のこの場に、その声はやけに響いた。
「えっと……? つまり? あっ、”全員建物から外へ迎え! バラバラに行動しろ!”」
その言葉が響いた瞬間、カレらの多くがユラユラと窓の外へと歩み始めた。
え、なにこれ、どういう事?
止まれ、とか消えろ、と口に出した時より、数倍近い数が彼の言葉に従っている。
天童君の言葉にどれ程の違いがあるか分からない私は、唖然とその光景を見つめていた。
「人っていうのは、自由を奪われる命令より、誘導に近い命令の方が受け入れやすいものですよ」
なんて、腕の中からしたり顔で言われてしまった。
なんともまぁ、この状況でよく考えるものだ。
呆れ顔で、思わず笑みを溢してしまった。
「さて、次は夏美の番です」
「というと?」
「来ましたよ、”上”から」
その声と共に天井を見上げると、何かいた。
ナース……だと思う。
やけに首が長くて、ぶら下がる振り子の様に頭が揺れている。
顎のすぐ下にはロープが巻かれており、どういう最後を迎えたのか、その姿が物語っていた。
恐らくは吊ったのだろう。
そして勢いがよかったのか、それとも発見が遅れたのか。
首の骨は外れ、首の肉と皮が限界まで伸びきっているような外見だった。
そんな”カノジョ”が真上から迫ってきている。
とてもじゃないが、見れたモノじゃなかった。
「夏美、早く祓ってあげてください」
「うん、ちょっと離れてて」
少しだけ離れた場所に移動して、巡を解放する。
もう体の異常は無いらしく、普通に立っている……まぁ、今はいいとしよう。
地面に落ちて来た”カノジョ”は、ズルズルと体を起しながらこちらに向かってきた。
依然として首は伸びきっていて、今では重力に負けた首から上が、ダラリと垂れ下がったまま逆を向いている。
この”人”達は、何を思ってこの場に残っているんだろうか。
つるやんみたいに、”カレら”の声がちゃんと聞こえれば、少しは分かるのかな。
そんな疑問を胸に抱きながら、その醜い姿に歩み寄る。
——見エ、見エテル、ノ?
「うん、見えてるよ」
私の耳に届く声は、以前から何も変わらない。
きっと他にも言いたい事がたくさんあるだろうに、私の耳にはその言葉が届かない。
「だから、ごめんね」
思いっきり、体の限界まで意識しながら、その体を横から蹴り飛ばした。
まるで大きな豆腐でも砕いたような感触。
柔らかい感触を残しながら、”カノジョ”の胴体は上下に分かれて地面に落ちた。
色々とまき散らしてはいるが、その全てがやがて霧に変わる。
こんな力を持っているからこそなんだろうが、何だか切ない光景に思えた。
以前は逃げる事で必死だったのに、眼を反らす事で必死だったと言うのに。
人間というのは、状況が変わればこんな傲慢な感想だって抱くらしい。
でもだからこそ見える世界もある、抗う力を手に入れたからこそ今私は生きている。
だというのに……”カレら”という存在が、たまに物凄く悲しいモノに思えるのだ。
「私がこうなったら、祓ってくれますか?」
私の友人は、真剣な表情でおかしな事を言い始めた。
彼女は私に喧嘩でも売ってるんだろうか? まぁ、絶対買わないが。
「縁起でも無い事言ってると、今この場で蹴り飛ばすよ?」
「それは、随分と頼もしいお言葉ですね」
今日の巡は、やっぱりおかしかった。
夏のホラー2019……病院の怖い話……番外編でちょっと書こうかな、なんて悩んでおります。
どうしよう。
本編も進めたいが……黒家姉とかその辺の話で書くのも悪くない……
どうしたものか。





